亜獣①
5/30まで、平日(土日祝は休み)に投稿していきます。
なお、4/18までは、1日3回投稿します。
背後の茂みから出てきたのは、背丈が中学生程度の、ファンタジーでよく目にする緑色の肌をした小鬼ーーーゴブリンだった。ファンタジーな世界になったというのは、本当だったのか。
「・・・まぢか」
『マスター、戦闘の準備を。私は魔法で支援します』
アイダは腰の刀の柄に手を置く。どうにも手が震えているようだ。怖いのか? いや、違う。これは武者震いだ。呼吸をすばやく調える。
「やってやる」
アイダは、ゴブリンとの間合いを測る。対峙するゴブリンも、アイダとの遭遇が出会いがしらだったらしく面食らっていた。先手をとるにしても、ゴブリンの情報が分からない。「ルルナ。ゴブリンの急所は人間と同じか?」『心音の位置と歩行から判断するに限りなく人型と同じといえます』「強さはどれくらいだ?」『眼前のゴブリンの力は、千年前のイノシシ程度となります』ルルナが言い終わらぬうちに、ゴブリンが棍棒を振りかざして突進してきた。アイダは横に避けながら、抜刀する。その切先がゴブリンの首筋を目指す。
「そう上手くはいかないか」
捉えたと思ったが、腕で簡単に防御されてしまった。ゴブリンの腕から流れる血が鮮明だが、体表を斬っただけで致命的な出血には至っていない。「ルルナ、支援魔法って出来るか?」『すみません、私はマスターを復活させるために力を使い果たしました。支援魔法に回せる余力は現在ありません。・・・ですが、マスターは千年前も武術に取り組んでいました。全くの素人ではありません、ゴブリンを倒せるはずです。自分の力を信じて下さい』ルルナはアイダを奮い立たせるように言う。
「俺のチャンバラ程度の腕前でも倒せるって言われてもな。だけど、ルルナが言うのならーーー」
信じてみようと思う。アイダは事実としてイノシシ程度を倒す技量を持ち合わせていない。俺を復活させた力をもつルルナに頼ろうとしていたが、これから千年後の世界を生きていくのだ。ならば、腹を括るほかはない。
「ルルナ、さっき周辺をサーチしていたよな? その情報を俺にもくれ」
ゴブリンの攻撃を躱しながら周辺の足元の地形を見やる。それに合わせて周辺情報が頭に流れ込んできた。やっぱり思った通りにルルナとの情報は共有できるらしい。少しだけ戦いに余裕が生まれた。
しかし、ゴブリンが大きく吠えた。俺の拙い体の動きと刀技を見透かしたのだろう。
ごおおおおおっ
渾身の攻撃がくる。アイダはゴブリンの跳躍に合わせて背後の木を盾にする。予想通りに棍棒が木の幹に半ばめり込んだ。これは賭けでもあった。ゴブリンが棍棒から手を離さないでいてくれること、それに賭けた。棍棒を幹から引き抜くために生じた数秒に賭ける。アイダはゴブリンの脚ーーーふくらはぎの下部に刀を力任せに振り下ろして、叩き斬る。人間であれば、歩くことが困難になるはずの部位だ。そして、後ろ向きに跳躍して、転がるように間合いをとった。周囲の地形が頭に入っているからこそ、後ろを見ずとも距離がとれる。
アイダはゴブリンの様子を観察する。腹を刺すことも考えたが、刀を引き抜くことも考えると俺の技量ではゴブリンに刀を持っていかれる可能性の方が高い。
やはり戦意に昂っているゴブリンは倒れることなく、アイダを鼻息荒く睨みつけた。殺せると確信したアイダに翻弄されるのが許せなかったのだろう。再び大きく咆哮してアイダに迫り来る。
が、
山の地面は起伏が多い。足の筋肉とアキレス腱を半ば斬られたゴブリンが十全に駆けられるはずもなく、落とし穴のように窪んだ穴に足を取られて転んだ。それをアイダは狙っていた。透かさずに刀をゴブリンの首筋に振り下ろして、続けて刀の峰を思いっきり体重を掛けて踏み抜いた。それでも、首を飛ばすまではいかずに、藻掻くゴブリンが爪でアイダの肉を抉る。
「ぐっ」
ご一読いただきまして、ありがとうございます。