基礎に歩むもの①
5/30まで、平日(土日祝は休み)に投稿していきます。
投稿時間は、早朝・昼・夕方・夜のどれにすれば良いのかな、と。今週は夕方・夜あたりに投稿していきます。
ふっと意識が現実へと引き戻される。一歩、足を前に踏み出すと、湿った土と朽葉を踏みしめる確かな感触が足裏に伝わってきた。さっきまでの、あの不思議な空間ではない。見慣れた(と言ってもまだ数日だが)森の中だ。
「戻ってきた、のか?」
木々の葉が、朝日を受けて夜露がきらきらと光る。その眩しさに思わず目を細めたアルドは、長く息を吐いた。体の中に、先ほどの奇妙な体験の余韻が色濃く残っている。単に感覚が鋭敏になったのとは違う。まるで自分の意識が周囲の空間——木々や大気、地面と溶け合ったかのような、全てと一体となった不思議な浮遊感と透明感。意識を集中さえすれば、ここから距離のあるドルフ村での、人々が朝餉の支度を始めている気配さえ、肌で感じ取れるかのようだ。そして、自分の周囲に大小様々な気配の鼓動を感じている。ふと、一瞬だけ違和感を感じた。気配が一つ消えたような気がしたのだ。しかし、それよりも、自身の高揚感に飲まれていく。
「この手足の感覚も・・・いや、俺自身が変わった、のか?」
さらに深まっていく感覚に戸惑いつつも、確かな変化として実感する。アルドは森の薄暗さを押しのけるように、明るさが増していく空を見上げた。天地ひとつ。脚は確かに大地を踏んでいるのに、意識はどこまでも高く、広く、天にある。体が有るとも無いともいえる、そんな奇妙な状態だった。
試しに、腰の刀に手を伸ばす。いや、手を伸ばすという意識だけで、鞘から滑り出るように刀が手の中に収まっていた。まるで最初からそこにあったかのように。
「・・・刀は手であり、手は刀である」
呟いた瞬間、かっと胸の奥が熱くなった。得も言われぬ高揚感が全身を駆け巡る。気づけば、アルドは森の中を歩き、走り、そして自然な流れで刀を振るっていた。抜刀し、身を翻して前後を薙ぎ払い、再び鞘に納める。一連の動作に、以前のような迷いやぎこちなさはなかった。
「っ!」
言葉にならない衝撃と歓喜が、アルドの体を震わせた。これまでは、どうすれば効率よく刀を扱えるか、どう振れば相手を斬れるかと、想像の中でだけで体を動かしていた。だが、今は違う。意識が、心が、思ったままの場所に刀が在る。まるで自分の意志がそのまま刃として現れたように。これが、本当に「刀を扱う」ということなのか!
アルドはしばし目を閉じ、込み上げる興奮を鎮めるように深い呼吸を一つした。そして、目を開けると、その瞳には強い光が宿っていた。
「この感覚、絶対にものにする」
一過性のものにはしたくない。あの夢現の体験。遠い昔、病床で、あるいはリストラされた後で、漠然と憧れていた夢。その夢たる「強さ」の片鱗が、今、確かにこの手の中にあるのだ。この感覚が消え失せてしまう前に、感覚を意識として体に覚え込ませる。そうすれば、この感覚を意識的に制御し、自分の確実な力となるはずだ。
その決意を心に置いた、まさにその時だった。
「おお? やっぱおっさんじゃねえか」
不意にかけられた声に、アルドは弾かれたようにそちらを向いた。茂みの陰から、タンスイがひょっこりと顔を覗かせている。彼はきょろきょろと周囲を見回し、納得したように頷いた。
「なるほどねえ。村の近くで突然現れた、妙にデカい気配は、おっさんだったわけか。隠れて近づいてみたが・・・驚いたぜ」
どうやら調査の帰りだったらしい。
「しかし、なんだ? 今のおっさん、妙に昂ってるみてえだな?」
タンスイはアルドの様子を面白そうに観察し、すぐに何かを察したようにニヤリと笑った。
「くくっ、こりゃ噂に聞く『覚醒イベント』ってやつか? 刀武家の、この場面に立ち会えるなんて、やっぱ俺は運がいいぜ! どうだ、おっさん? ウズいてんだろ? 一発、派手にやり合おうぜ!」
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