基礎に歩むもの③
注)11/22:無水拍についてのタンスイ伏線を開示。
5/30まで、平日(土日祝は休み)に投稿していきます。
今週は夕方・夜あたりに投稿していきます。
「ちょっと、タンスイ君! こんな朝早くから何やってるんですかっ!」
凛とした、しかし明らかに怒気を含んだココミの声が、森に響き渡った。
その一声で、高まっていた集中が一気に弛緩してしまい、タンスイもアルドも前のめりによろけてしまう。なんとか体勢を立て直して、タンスイが子供のように口を尖らせる声の主――ココミに顔を向けた。
「姉ちゃん、なんでここに? ‥‥‥ってか、今いいところだったんだぜ! 男同士の熱い魂のぶつかり合いってやつを邪魔しないでくれよな。そうだろ? アルドのおっさん」
「タンスイぃ~、アルドさんを巻き込まないの!」
ココミはぷんぷんと怒りながらタンスイに近づいて行き、その背後ではユキナがやれやれといった表情でアルドに視線を送っていた。ココミはタンスイをひとしきり見た後で、
「魔力の異常な高まりを感知したからさ、てっきり昨日のゴブリンの残党か何かの襲撃だと思って、急いで駆けつけてみればね。‥‥‥でも、タンスイ君が戦闘で興奮するなんて珍しいね。いつもは守る、を第一にしてたよね? やっぱり私が傍にいないとダメみたい、本当に心配だよ」
ココミはため息をつきながらも、タンスイの姿を見て少し安心したように表情を和らげる。やはり調査で帰りが遅いのを心配していたようだ。やはり姉弟だな、とアルドは思った。
「無事だから良かったけど‥‥‥あまりアルドさんに迷惑をかけちゃダメですよ? アルドさん、うちの弟が本当にごめんなさい」
「え? いやいや」
とアルドは慌てて首を振った。
「俺の方がタンスイ殿に無理を言って、稽古をつけてもらっていたんだ。刀の、刀武家としての感覚を、少しでも掴みたくてな。だから、彼を怒らないでやってくれ」
「そうだったんですか。うーん、でも、さっきの様子は稽古というには、あまりにも本気に見えましたよ? やっぱり戦うのって危ないと思います。ほら、『戦わずして勝つ』って言うじゃないですか。そういうのが一番だって、私は思うんですけど‥‥‥」
言いながら、ココミはどこからか取り出した回復薬の小瓶を取り出し、弟のタンスイの腕の擦り傷などにパシャパシャと振りかけていた。
タンスイも怪我をしていたようだ。俺の刀は少しは届いたということかなと思っていると、ユキナがずずいと近づいてきた。彼女も回復薬を持っており、アルドの腕を優しく撫でるように回復薬を使う。
「あ、いや、タンスイ殿のように振りかけてもらうだけで大丈――」
「おじ様、遠慮なさらないでくださいな」
と丹念に刷り込んでいく。確かに血は流れてはいるが、大した傷ではない。大丈夫だ、と腕を振りほどこうとしたアルドの言葉を、ユキナが「安静にしてて下さいませ」という強い視線で遮った。
「ふふ。先ほどのココミの言葉は分かりづらいものと思いますわ。おじ様に孫子の兵法を説いても‥‥‥あの格言は我が国でのものでしたから」
(いや、孫子なら俺も知っているんだが。‥‥‥記憶喪失の身では「ああ、呉の兵法家だな」とも言えん)
そう言ってユキナは、一呼吸おいて周囲を眺める。
「それにしても‥‥‥おじ様も弟くんも、ずいぶんと派手にやらかしたようですわね」
ユキナが呆れたように肩をすくめた。
その言葉に促されて、アルドも改めて周囲を見渡して、はっと息を呑んだ。手合わせに熱中しすぎたあまり気づかなかったが、二人が打ち合った場所を中心に、木々が何本も薙ぎ倒され、地面は抉れ、まるで小さな広場のようになっている。これではまるで強力な聖霊魔法が炸裂した跡といってもいい。
(これほどとは)
戦闘に夢中になり、冷静さを失っていた。これが実戦だったら、そこに付け込まれていたはずだ。アルドはまだまだ自分は未熟だと強く戒める。
そして、無意識に口をついて言葉が出ていた。
「しかし、本当に、聖霊魔法を使った跡みたいだな」
「そりゃ、そうだろうぜ」
タンスイが当然といった顔で答える。
「剣の『法術技』ってのは、突き詰めれば聖霊魔法そのものなんだからな。正しい『型』を何度も繰り返すことで、体の中に聖霊魔法の制御式みてえなものが刻まれるんだ。で、戦闘職、特に武器職は、意識を集中させれば、その体内制御式を使って剣の法術技‥‥‥つまりは聖霊魔法を発動できるってわけよ。ま、アルドのおっさんは記憶喪失だから知らなかったみたいだけどな」
タンスイが得意げに説明をしてくれた。
「そうか。聖霊魔法は、ルルナのような聖霊が外部から制御式を演算するだけじゃないのか。武術の『型』そのものが、体内での制御式になり代わり得る。だから、さっき魔力が高まったと言っていたのか。ということは、俺でも、聖霊魔法が使える、ということか?」
新たな事実にアルドが感慨に浸りかけた、その時だ。タンスイがふと真顔になり、アルドの顔を覗き込んできた。
「‥‥‥にしてもよ。さっきの打ち合いで確信したぜ」
「確信?」
「ああ。あのユニーク・ゴブリン戦の時も一瞬だけ感じたんだが‥‥‥おっさんの動き、たまに『人間離れ』してるぜ」
タンスイの言葉に、アルドは眉をひそめる。
「人間離れ、とは大きく出たな。俺は必死だっただけだが」
「いや、膂力とか速さの話じゃねえんだ。なんていうか‥‥‥システムの外側にいるみてえな、妙な『静けさ』を感じるんだよな。そこだけ時間が止まってるような、そんなヤバい気配だ」
タンスイはそこでニヤリと笑い、アルドの肩をバシッと叩いた。
「ま、それが『刀武家』の力なのか、おっさんの隠された才能なのかは知らねえが。‥‥‥あの感覚、忘れんじゃねえぞ。あれこそが、俺たちみたいな『力押し』をひっくり返す切り札になるはずだ」
「‥‥‥そうか。肝に銘じておこう」
タンスイの指摘は、まさにアルドが感じていた「水面」の感覚そのものだった。他者から、それも実力者であるタンスイから客観的に指摘されたことで、アルドの中でその感覚がより確かな「目指すべき道標」として定着していくのを感じた。
アルドは深く頷き、すぐに我に返る。
「いや、それよりも‥‥‥なんだか、その、すまない。森をこんなにしてしまうとは、思っていなかった」
アルドが頭を下げると、ココミは少し驚いた顔をしたが、すぐににっこりと微笑んだ。
「ううん、ちょっとびっくりしたけど。男の人には、こういうことも必要なのかなって、少し思いました。タンスイ君も、さっきは怒ってごめんね。でも、本当に怪我だけはしないように気をつけてね」
「へへ、もちろん分かってるって! 姉ちゃんこそ、心配かけて悪かったな」
それからタンスイは頭を掻きながら、「それよりさ、腹減っちまって。昨日からまともに食ってねえんだよ。‥‥‥そうだ! 姉ちゃん。俺、でっけえ葉王牛を仕留めてきたんだぜ! これでバーベキューしようぜ!」
「えっ、葉王牛!? すごいじゃない、タンスイ君! あれ、とってもお肉が甘くて柔らかくて、滅多に獲れない一級品のお肉!」
ココミが目を輝かせる。
「そうですね、朝食の準備はしちゃってたけど。うーん、でも、朝からお肉はちょっと重いんじゃないかな」
「えーーーっ!」
タンスイが今にも泣き出しそうな顔をする。その表情に、ココミはすぐに折れたようだ。
「も、もう、分っかりました! タンスイ君、特別だからね。その葉王牛を朝食の料理に追加します」
「やったぜ! さすが姉ちゃん!」
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