基礎に歩むもの②
5/30まで、平日(土日祝は休み)に投稿していきます。
投稿時間は、早朝・昼・夕方・夜のどれにすれば良いのかな、と。今週は夕方・夜あたりに投稿していきます。
そう言って、タンスイは背負っていた大剣を軽々と抜き放ち、切っ先をアルドに向けて不敵に笑う。
その挑発に、アルドの口元にも自然と笑みが浮かんだ。
「ああ、願ってもない。相手を頼む」
アルドは刀の柄に手を置いて「後の先」の構えをとる。先ほど微かに感じた違和感はタンスイのものだったらしい。きっとタンスイが本気で気配を消していたから、接近には気づけなかっただろう。「まだ、この新しい感覚を自分のものにできていないってことでもある」だからこそ、この手合わせは絶好の機会になる。タンスイの動き、その気配を確実に捉え、必ず自分自身の力として定着させてやる。
「へっ、知っているか? 俺の騎士職ってのは本来守るのが仕事なんだぜ? 後の先は得意分野なんだが、あえて後の先で俺を挑発するなんざぁ、おっさんも酔狂だな。いいぜ、面白ぇ! 稽古をつけてやるよ。俺の先手を受けきれたら褒めてやるぜ! だが、すぐに腰砕けになるんじゃねえぜ?」
タンスイが言い終えぬうちに、二人の間で見えない意識の取り合いが始まる。互いの攻防が何度もぶつかり合い、空気が張り詰める。朝の森の静寂の中で、互いの呼吸と、高鳴る鼓動だけが聞こえるような錯覚――数秒ほどの時間が永遠に感じられた。
昇る朝日に弾かれたように夜露が舞った。
刹那を切り裂くがごとく、大剣が電光石火にアルドに打ち下ろされる。
閃光のような一撃——大剣が雷鳴を轟かせた。常人ならば反応すらできずに体が砕け散るであろうほどの一撃。しかし、アルドの体は自然に動いていた。抜き放たれた刀が大剣の側面を滑るように受け流し、返す刀でタンスイの大剣を持つ手首を狙う。だが、タンスイもアルドの反応を読んでいた。手首を引くと同時に、がら空きになったアルドの胴へ鋭い蹴りを放った。
「くっ!」
アルドは蹴りの衝撃を受けながらも、咄嗟に後方へ跳躍してダメージを最小限に逃がす。
「やるじゃねえか、おっさん! レベルは圧倒的に俺が上だってのに、今の動きに対応するとはな。さすが噂のレアジョブ、刀武家ってわけかっ!」
体勢を立て直したタンスイが、興奮した様子で叫ぶ。
「いや、俺はまだ、刀武家には至っていない。何かが、まだ足りないんだ」
アルドは刀を中段に構え直し、タンスイとの間合いを慎重に測る。先ほどの攻防で、自分の動きが以前とは比較にならないほど向上していることを実感していた。同時に、タンスイの動きの気配を確実に捉えることが出来ていることにも気づく。
(これが、感覚が研ぎ澄まされるってことなのか?)
ならば、まだまだ試すことはある。アルドは地を蹴り、疾風のような速度でタンスイの懐に飛び込み、下から斬り上げる。しかし、タンスイは大剣の柄頭で巧みに受け止め、その勢いを利用してアルドの顔面に肘打ちを見舞おうとする。しかし、アルドはこれを予測しており、身を翻して後方へ飛び退いた。
「よし‥‥‥!」
感覚による予測の手応えを感じてアルドが軽く呟き、そして今度は流れるような連撃を繰り出した。
「ははっ! やっぱこうじゃねえとな。 楽しいぜ、おっさん!」
打ち合いながら、しかしタンスイは内心で舌を巻いていた。アルドの動きは、一合、二合と打ち合うごとに洗練され、その太刀筋は鋭さを増していく。明らかに先ほどまでとは別人だ。(なんだ? こいつ、戦いながら成長してやがるのか?)
タンスイは村周辺の調査の傍ら、この世界に来てから自身のステータスに加わった『実存強度』の意味を探っていた。MMOにはなかった概念。無数の仮説を立てて、道中で出会うモンスター相手に検証を繰り返してきた。MMOプレイヤーならば、ココミほどの精度はなくても、戦闘を通じて相手のおおよその能力値を把握できる。
「改めて確認するが、おっさんの実存強度は1、レベルはせいぜい10ってところだ。対して俺は実存強度4、レベルは166。普通なら、赤子同然に転がってるはずなんだがなあ」
鍔迫り合いの合間に、タンスイが呟くように言う。
「ずいぶんと差があるんだな」
アルドもその差に内心驚きつつ、タンスイの意図を探る。俺では相手にならないと、手を緩めるつもりか?
「それがどうだ? 俺の攻撃を捌くだけじゃなく、互角‥‥‥いや、むしろ押され気味だぜ!」
「いや、それはタンスイ殿が本気を出していないからだろう? そう、俺に合わせてくれている」
「まあな。本気でやったら一瞬で終わっちまうだろ?」
タンスイは肩をすくめるが、その目は真剣だった。
「俺の仮説じゃ、『実存強度』ってのは文字通り、力の次元みてえなもんだ。この差が開くほど、下位の攻撃は上位に届きにくくなる。最終的には完全に無効化されるはずなんだ。実際、実存強度1のザコモンスターじゃ、俺に傷一つつけられなかった。なのにおっさんの斬撃は、何度か俺の鎧を貫通しかけてる。まあ、ほとんど無効化されてるが‥‥‥妙だよな?」
タンスイは言葉を続ける。
「俺の仮説が間違ってるのか、それとも、その『刀武家』ってジョブが、実存強度の差を覆すような、とんでもねえ『キラー』ジョブなのか‥‥‥どっちだと思う?」
「何が言いたい?」
「ははっ! つまりだな、おっさん‥‥‥いや、アルド。あんたは強くて最高だってことだよ!」
タンスイの目が爛々と輝く。二人は再び距離を取り、互いに睨み合う。これまでの打ち合いは、互いの力量を測るための準備運動に過ぎなかったのだろう。空気が再び張り詰め、肌が突き刺す殺気、そして腹の底から震えあがってしまうような圧力がアルドに襲い掛かってくる。アルドもまた気を吐く。周囲の木々が風もないのにざわつき、地が揺れた。これから放たれるであろう、互いの本気の一撃。じりじりと互いの間合いが詰まり、しかし動かない。呼吸ですら隙を生じさせる邪魔ものでしかない。
この僅かでありながらも濃密な時間のなかで、先の先を取り合う。
そのひりつく殺気のなかを、一羽の小鳥が耐え切れずに高声を立てながら横切っていく。それが互いの視線をふさいだ。
っ! 動く!
まさに互いが踏み込もうとした、その瞬間だった。
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