目覚め
5/30まで、平日(土日祝は休み)に投稿していきます。
なお、4/18までは、1日3回投稿します。
風の冷たさが頬をくすぐる。
土の匂いがする。それと生い茂る草の青臭さ。頭上では木々の葉のこすれる音が聞こえた。
「かはっ」
アイダは声を出そうとしたが、喉がつかえてせき込んでしまう。そのまま数度ほどせき込んだ後、大きく呼吸をして上半身を起こした。目を開けると、そこは薄暗い森の中だった。ぼやけた視界の中、見覚えのある祠が目に入る。苔むしてはいるが、間違いない。
「ここは・・・あの神社の祠? 御神木は」
周囲を見渡すが、記憶にある御神木や神社は見当たらない。代わりに、樹齢数百年はあろうかという巨木が幾本もそびえ立っていた。
ふと、手に違和感を覚える。見ると、抜き身の刀を握りしめていた。刀身に映る顔は、確かに自分自身のものだ。しかしーー、
「俺の顔だよな? それにしても、いや、年齢が若いような気がする。30歳半ばの顔だ」
うーん。もしかして、これは夢か? なら、いつから夢を見ているのだろう。
『マスター、おはようございます。千年ぶりのお目覚めですね、気分はいかがですか?』
「その声は・・・ルルナ?」
AIルルナの声が脳内に聞こえて、少しだけ安心感が広がった。やはり現実なのだろうか? それを確認するためにも、自分の胸元を見てみる。これが現実ならば、AIを取り入れた手術痕があるはずーーーだが、なくなっていた。それに、いつもの倦怠感がなく、体が軽く感じられる。
「ここは、どこだ?」
絞り出すような声音は驚くほどひどく掠れていた。それに永久に続く場所に幽閉されていたように体の節々が強張っている。
『ここは千年前に、あなたが最後に訪れた神社の祠です』
「・・・千年だって!?」
そしてルルナの説明が続いた。それは俺の想像をはるかに超えていた。AIだと思っていたルルナは、実は「六律系譜」に属する土属性の聖霊で、俺は一度死んだ後、千年の時を経て蘇ったのだという。
「・・・聖霊? 俺は死んで甦った?」
一体何がどうなってるんだ? 体のしびれが取れていくにしたがって、不安感が胸中を徐々に満たしてくる。千年後の世界だなんて。こんな何も分からない場所で、どうやって生きていけばいいんだ?
とりあえず、落ち着こう。まずは刀の鞘を探さなければ。
そう思って辺りを見渡すと、先ほどの祠の中に、漆黒の刀の鞘が安置されているのが見えた。祠に一礼をして鞘を手に取り、刀を納める。
かちり。
刀は鞘にぴたりと納まった。
そして、俺は目を瞑り、大きく息を吐いて目を開けた。よし、少しは落ち着いた。
「ルルナ、どうして千年後の世界になってしまったんだ?」
『天幻です。天幻によって世界の法則が変わりました。私は聖霊と呼ばれる存在へと転化したのです。そして、マスターを再びこの世界に呼び戻すために、長い年月をかけて準備を・・・』
ルルナはアイダが混乱しないように優しく語りかけた。
『長い話になりますので後ほど。今は、ただ・・・生き返って下さったことに、感謝を』
「いや、俺の方こそ生き返らせてくれてありがとうだ、ルルナ」
ああ、そうだよな。ルルナがいてくれるのだ、俺は一人ではない。この右も左も分からない世界でも何とかやっていけるはずだ。だから、もう一度ルルナに感謝の言葉を掛けーーー。
『マスターの復活は世界にとって必要ですから』
「え?」
『いえ、なんでもありません』
世界に必要? そんなことを言われても、俺はただのコンビニ店員。千年後の世界に甦ったところで、出来ることなんて何もないと思う。
ただ、何の柄もない俺でも当面の目標は分かる。それは衣食住、つまり生活の確保だ。そのために必要なのは、
「ルルナ。この地域に人が住んでいそうな場所は知っているか?」
『私はマスターを復活させるために、この祠から動けませんでしたから多くを知りません。ですが、年に数回ほど祈りを捧げに来る人たちがいました。その人達の会話を聞いていましたので、近くに村が存在することは確かです。おそらくーーー』
ルルナの言葉が、不意に途切れた。
『マスター、何か・・・気配を感じます』
「特に変わった様子もないけどな」
アイダは周囲を見渡したが、特に変わった様子はない。しかし、ルルナが言うからには何かあるのだろう。
ーーー聖霊魔法・高位制御式起動『ロカ・アプレーデ(高度索敵)』・・・失敗。
ーーー聖霊魔法・標準制御式起動『サーチ(近距離把握)』・・・成功。聖霊魔法を実行します。
『マスター、後ろです。来ます!』
ご一読いただきまして、ありがとうございます。