目覚め
11/22 加筆修正しました。戦闘の主導権を強化。
5/30まで、平日(土日祝は休み)に投稿していきます。
なお、4/18までは、1日3回投稿します。
風の冷たさが頬をくすぐる。
土の匂いがする。それと生い茂る草の青臭さ。頭上から木々の葉のこすれる音が降り注いでいた。
「・・・息が、苦しくない?」
上半身を起こし、自身の胸に手を当てる。いつもなら鉛のように重いはずの心臓が、今は力強く、そして静かに脈打っていた。全身に血が巡る。指先まで感覚が鋭敏だ。まるで錆びついた機械が、新品になったかのような全能感を覚える。
ふと、視界に入った自分の「手」に目が止まった。記憶にある、コンビニ業務で荒れ果てた節くれだった手ではない。かといって、青臭い若者の手でもなかった。
深夜のコンビニ業務と年齢相応の疲労で荒れ、節くれ立っていたはずの四十路の手のはずだが? だが、今目の前にあるのは、厚みのある掌。骨太で、逞しい血管が浮き上がった腕。掌を握りしめる。皮膚が突っ張る感覚がない。関節が油を差したように滑らかに動く。それは、男として最も脂が乗り、力が充実する三十代半ばの手だった。
(若返っている・・・?)
顎に触れる。顎に触れる。無精髭の感触はない。指先に伝わる肌の張りは、疲労を知らぬ弾力に満ちていた。
「ここは・・・あの神社の祠か?」
周囲は鬱蒼とした森に変わっていた。見覚えのある祠はあるが、御神木は見当たらない。代わりに樹齢数百年はあろうかという巨木がそびえ立っている。そして、アイダの視線は、祠の傍らに立てかけられた『それ』に吸い寄せられた。漆黒の鞘に収まった、一振りの刀。 かつて自分が炎の中で握りしめていたものとは違う。だが、なぜか懐かしいような、魂が惹かれる気配を放っていた。
「刀・・・? なぜ、ここに?」
無意識に手を伸ばす。指が柄に触れた瞬間、カチリと何かが嵌まるような感覚と共に、脳の奥底から声が響いた。
『マスター、おはようございます。千年ぶりのお目覚めですね、気分はいかがですか?』
耳から入る音ではない。頭蓋骨の内側で反響するような、聞き慣れた、しかし凛とした声音。
「その声は・・・ルルナ?」
AIルルナの声が脳内に聞こえて、少しだけ安心感が広がった。一体、ここはどこなのだ? それを確認するためにも、自分の胸元を見てみる。これが現実ならば、AIを取り入れた手術痕があるはずーーーだが、なくなっていた。
「ここは、どこだ? 俺は一体どうなったんだ。それに、この刀は」
『ここは千年前に、あなたが最後に訪れた神社の祠です』
「・・・せん、ねん?」
あまりに非現実的な年月に、アイダは絶句する。
『千年前の『天幻』により世界の法則(理)が書き換わりました。それに伴い、AIであった私も六律系譜に属する土属性の「聖霊」と呼ばれる存在へと転化いたしました』
「聖霊・・・? ルルナは、神様か何かにでもなったって言うのか」
『似て非なるものです。私はマスターを再びこの世界に呼び戻すため、長い時をかけてマスターの再構築を行いました。その刀は、この地の民が聖霊に捧げた供物。そして、マスターを呼び戻すための『依り代』であり、貴方を選んだ守り刀といえるでしょう』
「供物が、俺を選んだ、だと?」
アイダは刀を握る手に力を込める。ずしりとした重みが、心地よく掌に馴染む。千年の時が過ぎたこと。ルルナがAIから聖霊に変化したこと。そして、この捧げられた刀。理解を超える事象ばかりだが、混乱よりも先に、腹の底に静かな納得が落ちてくる。この肉体が持つ『落ち着き』が、事態を受け入れさせているのかもしれない。
『世界変化については、長い話になりますので後ほど。今は、ただ・・・生き返って下さったことに、感謝を』
「いや、俺の方こそ生き返らせてくれてありがとうだ、ルルナ」
ああ、そうだよな。ルルナがいてくれるのだ、俺は一人ではない。この右も左も分からない世界でも何とかやっていけるはずだ。だから、もう一度ルルナに感謝の言葉を掛けーーー。
『マスターの復活は世界にとって必要ですから』
「え?」
『いえ、なんでもありません』
世界に必要? そんなことを言われても、俺はただのコンビニ店員。千年後の世界で一体何を成せというのか。
「ルルナ。この地域に人が住んでいそうな場所は知っているか?」
『私はマスターを復活させるために、この祠から動けませんでしたから多くを知りません。ですが、年に数回ほど祈りを捧げに来る人たちがいました。その人達の会話を聞いていましたので、近くに村が存在することは確かです。おそらくは、ここから遠くないところに』
ルルナの言葉が、不意に途切れた。
『説明は後ほど。―――警告。地表振動、感知(聖霊魔法アース・ソナー)。敵性反応、接近。』
唐突に、ルルナの声が鋭さを増した。
『戦闘支援モード、起動。聖霊魔法アース・ソナーをマスターに接続。・・・来ます!』
ご一読いただきまして、ありがとうございます。




