192_ひ、み、つ。
翌週琥太郎と美澪は琥太郎の仕事終わりに会社前で待ち合わせをして、流伽のバイト先である綾乃さんのお店「打垂髪」へと向かった。
夜7時前の歌舞伎町はあらゆる方向から人の波が押し寄せ渦巻いている。日本一の繁華街の夜の賑わいが今まさに始まるといった時間だ。
会社を出た琥太郎と合流した美澪はしばらくは琥太郎と手を繋いで歩いていたが、歌舞伎町が近づいて人が増えてくると琥太郎の腕にしがみつくように腕を組んできた。
美澪は今日も可視化した状態になっている。以前に美澪は、こうして自分が人から見える状態で琥太郎と手を繋いで歩けるのが嬉しいと話していた。多くの人が行き交い少々歩きにくい今の状況でも、琥太郎の腕にしがみついて腕を組んで歩く美澪はなんだか嬉しそうだ。
大久保公園から花道通りを抜けて新宿ゴールデン街へと到着すると、歌舞伎町の中でもディープなエリアであるこの辺りも既に夜の賑わいを見せ始めていた。会社帰りのサラリーマン、ピンクや青に髪を染めた女性、顔に多数のピアスをあけた若者、観光客と思われる外国人等々、そこには様々な人種が入り乱れている。それに加えて、不可視状態の妖や、人の姿へと成り済ましている妖達までもが、楽しそうにゴールデン街の狭い路地を行き交っていた。
「これだけ大勢の妖が行き交ってるのに、人間がそれに気づいてないのが不思議な感じ。」
「そうだよね。しかもなんだか妖の姿を隠しきれてないのだって結構いるよね。っていうか、妖の方も別にきちんと姿を隠せてない事を気にしてなさそうだもんなぁ。あれっ、だけどよく見ると、流石に軽く認識阻害の術っぽい事をしてるのも混ざってるね。」
「ふふふっ、私がここで耳とか尻尾を出して歩いてたとしても、絶対誰も気にしなそう。君津じゃちょっと考えられない。」
琥太郎と美澪の2人は、ゴールデン街の狭い路地を入った長屋の中ほどの木の扉を開けて入る。流伽のバイト先である綾乃さんのお店「打垂髪」の入り口だ。そこから2階へと続く階段を上ると、カウンターには既にお客さんらしき2人の妖が座って飲んでいた。一人は全身にキョロキョロと動く目がついているので百目と呼ばれる妖だろう。もう一人はカウンターの椅子に座っていても下半身が床に長く伸びていて、顔はちょっと狐っぽい感じの妖だ。こちらは白うかり(しろうかり)と呼ばれる妖のようだ。
「こんばんは。」
「いらっしゃ~い。」
「早かったのね。だけど、早めに来てくれて良かった。最近は流伽ちゃんのおかげで早い時間からすぐに席が埋まっちゃうのよ。流伽ちゃんは大人気なのよ。」
「こんばんは…」
いつもは割と無口な美澪も、今日は綾乃さんにきちんと挨拶している。東京で琥太郎と過ごすようになり、琥太郎の影響を多少受け始めているのかもしれない。
「こんばんは~。美澪ちゃんも久しぶり。」
「ちゃんはいらない。美澪でいい。」
「じゃあ美澪、ムギとミックからも聞いたわよ。模擬戦が物凄かったって。琥太郎君も凄いけど、琥太郎君のまわりも本当にびっくりしちゃうわね。」
「負けたから凄くない。」
「ふふふ…、もう、頼もしいわねぇ。だけど、あんまり無理し過ぎて怪我しちゃだめよ。」
「なんだ嬢ちゃん、どっかで模擬戦でもしてきたのか?」
綾乃さんが美澪と話していると、カウンターに座っていたお客さんの妖達が話しかけてきた。
「それはひ、み、つ。 もぉ、女の子の事をあんまり詮索しないの!」
「なんだよ~。可愛い娘の事は気になっちゃうんだよ。ははは…」
綾乃さんも他のお客さんには、流石に花園組内での事は適当に話を濁してくれるようだ。




