蟲愛づる姫 12.00
26.ライブ会場-ダンスレッスン場
小娘どもをいったんアイドル気取りに預け、ダンス練習を再開。俺はその様子を見守りながらモッニカ女史と情報交換している。
そうだ。ネフィリアの衣装は……ああ。そういう手筈で頼む。
「承知しました。……バンシーP、この話の続きは室内で致しませんこと? 落ち着きませんわ。彼女は、その、目がよろしいでしょう?」
そうしたいのは山々だが事情が変わってな。俺は本気で選挙を勝ちに行く。そのためにも小娘どもがどこまで踊れるのかを把握しておきたい。それと考えようによっては好都合かもしれないぞ。変にコソコソするよりは、こうやって堂々と話したほうが怪しまれない。予定を前倒しにする。迎撃拠点の件もある。ヤツは思ったよりも前向きだ。お前を気に入ったのかもな。
「……そう言われると気が引けますわね。何か騙しているような気分になります。やはり今からでも打ち明けたほうが良いのでは……?」
現実的じゃないな。プログラムはもう走り始めてる。今から変更したらスタッフの混乱を招く。
モッニカ女史はネフィリアにささやかな罠を仕掛けている。アイドル気取りとスタッフもグルだ。
困ったのは、別に悪さを働くつもりはないので、隠蔽工作に甘さが見え隠れすることだった。アイドル気取りとスタッフがネフィリアに意味のない匂わせをするのだ。
しかしそれに対しネフィリアはラブコメの主人公のような鈍感さを発揮した。騙されたフリをしてやっているのかと俺は疑ったが……どうも違う。そして気付いた。
ネフィリアは善意に鈍感なのだ。
善意の第三者を装って近付いてくる悪党の魂胆はすぐ見抜けるのに、仄かな好意を示されると途端に頭がバグる。深読みし、対策を練り、探りを入れるのだが空振りに終わる。蜘蛛の巣のように張り巡らされた善意の網に思索が及ばない。
最近ちょっとネフィリアを見る目が怪しい女性スタッフからケーキをお裾分けされて熱いケーキ論をブチ撒ける……そういう「鈍感さ」だ。
一方、モッニカ女史はメンバー同士の恋愛を禁止とまでは行かないが警戒している。ネカマリスクがあるからだ。新メンバーが性別を偽っていないか審査はするが、万全とは言い難い。リアルで面接などしようものなら、リスクを背負うのはむしろこちらである。
……噂をすれば何とやらだな。
「なんだ、悪巧みか?」
ネフィリアがトコトコと歩いてダンスレッスン場にやって来た。
俺はよーぉと気さくに応じる。
珍しいな、こっちに顔を出すのは。特設会場のほうはいいのか?
「どれほど準備を重ねようとも踊るのはそいつらだからな」
ついに本丸に攻め込んできたネフィリアにモッニカ女史は動揺している。そんな「お願い!」みたいな目を俺に向けるんじゃない。隠し事に向かない性格だな……。放っておくと際限なく仕事を溜め込むタイプだから、メリハリを付けろメリハリを付けろと事あるごとに呪文のように言っていたら、たまにアホになるようになってしまった。違う、そうじゃない。どうして急に知性を失うんだ。
テンパるモッニカ女史に、ダンサーがくすくすと笑っている。今回のライブで雇った振付師だ。本当は【目抜き梟】専属の振付師が欲しいところだが……「歌」あっての振付だからな。定期的にポンポン生えてくるようなものじゃない。だからどうしても外注になる。難しい問題だ。理想を言えばメンバーが作詞作曲ダンス創作まで全て自分たちでこなすことだが……まぁ無理がある。ダンスにも流行り廃りがあるからな……。趣味はダンスっていうレベルじゃ通用しない。作詞作曲も同様だ。結局は分業という結論に至る。いっそ俺が全部やってやろうか? たぶんデスメタルになるけど。観客に中指おっ立てる感じの。ロックだぜ。
俺はじっとダンサーを見る。お前が今すぐ業界No.1のカリスマ振付師になって多少売れたからって他に行かず己の分を弁え【目抜き梟】に荷馬車のように尽くしてくれれば問題は解決するんだがな……という目である。
しかし、しょせんは一介のネトゲーマーだ。俺の期待は少々重かったらしく、
「……バンシーP。勘弁してくださいよ……」
と、泣きを入れてきた。不甲斐ない。一生食いっぱぐれない道を示唆してやろうと言うのに。
俺はそういうタイプのPだ。元々【目抜き梟】とは無関係だから無茶を言えるし、やれる。高圧的な態度が祟って放逐されたって別に構いやしない。少し目を離すと怠けるスタッフのケツを蹴っ飛ばすのが俺の仕事だ。
しかし今年はネフィリアのお陰でだいぶ楽をさせて貰っている。完全に部外者なのに気付けば【目抜き梟】で一番偉い人みたいな感じになっているこの女には脱帽だ。
「この師弟、圧が凄いな……」
勝手に仕切り出す俺の師匠ともなれば、これはもはや一種のプロデューサー仙人と言ってもいい。
仙人様がダンサーを問い質す。
「私はダンスの良し悪しなど分からんが、この時点でバタ付くのはどうなんだ?」
「いえ、不安を紛らわせる意味もあるので……。振り付けは大丈夫ですよ。ただ、リハと本番は別物ですからね。こればっかりは……」
「ふうん……。ウチの【歩兵】どもに寄るよう言っておく。ダンスを仕込んでおけ。覚えはいい。あとでまた来る」
言うだけ言ってさっさと出て行こうとするネフィリアを俺は呼び止めた。小娘どもを手招きしながら言う。
待て待て。ちょうどいい。小娘どもからお前に少し話がある。
くるっとターンしてトコトコと戻ってきたネフィリアが小娘どもを見る。
小娘どもがもじもじしながら言う。
「あの、となりでちょっと踊るので……」
「もしも良かったら……」
「見に……」
「一階のメインストリートか?」
十数人が踊れるだけのスペースがある場所は限られる。小娘どもはこくこくと頷いた。
ネフィリアはチラッと俺を見た。俺もこくこくと頷く。現場は俺が仕切る。
ゲリラライブのようなものになる。時間は追って伝える。小娘どもの出来次第だ。予定を空けておけ。
ネフィリアは俺の真意を量りかねているようだ。
「……勝てるのか?」
勝つさ。
俺の答えがお気に召したらしく、ネフィリアがニヤッと笑う。小娘どもを見て、
「いいだろう。コタタマに協力してやれ」
そう言って、次なる粗を探すためにダンスレッスン場を出て行った。
ダンサーが「あのー」と俺に声を掛けてくる。
「【歩兵】ってギルドの、ですよね? ダンスを仕込めと言われても、私はどうしたら……」
メンバーに手伝わせろ。教えさせるんだ。場合によってはステージに出すかもしれん。
ダンサーがモッニカ女史を見る。責任者は彼女だ。ネフィリアの思い付きに振り回されてきたモッニカ女史が「うーん……」と悩む。
「……まず可能なのですか? 歩兵の皆さんは私たちとは少し身体の構造が違いますけど」
「たぶんできます。アレンジはしますけど、職業柄ですかね……ちょっと期待してた面はあるので」
お遊戯のようなモノにはなるだろうが、メンバーの緊張を解すにはいいかもな。
そう間を置かず、歩兵ちゃんたちがわらわらとやって来た。小娘どもと再会のハグを交わす。エイリアンに捕獲されたガキンチョどもという構図にしか見えんが、まぁいい。
おい、こっちだ。俺も居るぞ。来いよ。ハグしよう。
腰を落として両手を広げる俺に、歩兵ちゃんたちは何故か警戒して近寄って来ようとしない。
こらこら。無視するんじゃない。ドラクエの中ボスみたいな感じになっちゃうだろ。コタタマが現れた!みたいな。ちょっと重めのBGMが流れてさ。
そんな俺を哀れに思ったか、歩兵ちゃんたちがわらわらと寄ってきて俺の身体によじ登る。ははは。可愛いやつらよ。俺は全身を隈なくびっしりと歩兵ちゃんで覆われてイキッた。
モテモテで困っちゃうなァー! 身動きが取れねぇ……! おい! もういい! 窒息しちゃうだろ!
歩兵どもの赤い一つ目がビコンと息づくように点灯した。なんだよ。俺に興味津々か〜? ま、こうまで慕われて悪い気はしねぇ。ただ、独占欲っつぅかな? 俺を酸素から引き離そうとするのは違うだろ。そこはさすがに許せよって俺なんかは思うね。俺もギルドブリーダー目指してみっかなぁ? お前らが居ればそれなりに上に行けるんじゃねーかな。だからよ、もしも……。もしも、ここを出れたらさ……。お前らさえ良ければ、俺と……。
俺は窒息死した。
ダッシュで死に戻りして特設会場に向かう。小娘どもがダンスを仕上げる前に下準備をしておこう。いや、仕上がることはないだろうが、最初からそこまでのクォリティは求めていない。
ん? 何だアリャ? ムカデみたいなのが特設会場の外壁に張り付いている。【爆破兵】だと? また物騒なのが……。
ギルドの兵科は便宜上のもので、決まった形になるとは限らない。歩兵が進化して人型になったりもする。でも、まぁ大体合ってる。
爆破兵パイセンは結構ヤバめなパイセンだ。ヤンキー学校で二年なのに三年のパイセンから一目置かれてる感じのヤバさである。
パイセン……。特設会場を爆破するのかい? だったら俺とアンタは敵同士ってことになる。そんな悲しいことってないぜ……。アンタにとって俺は可愛い後輩じゃなかったのかよ!? いいや、分かってる。アンタは騙されてるんだ。俺とアンタの仲を引き裂こうとしてるのは誰だい? それも分かってる。
居るんだな!? ヤツがッ! ここに来ているのかッ!
くっ……。しかし考えてみれば当然のことか。組の構成員がほとんど居なくなることを考えれば、娘だけ置いて行くほうが不自然……。
しかしヤツはどこだ? 姿が見えない。もしも爆破兵の単独行動だとすれば、これは「メッセージ」だ……! イカれてるのか? あの女ッ……【爆破兵】なんぞ寄越しやがって……!
いずれにせよ放置はできん。仮に万が一ッ、何かの偶然でたまたまッ、野良の爆破兵が今日という日この瞬間この場所にやって来たのだとしても捨て置けば選挙どころの騒ぎじゃなくなる。
うおおおおおっ! 俺は猛ダッシュで特設会場の屋上に向かった。
屋上にあるのは特設リングだ。発情したゴミどもを隔離し、勝手に相討ちになって死ぬよう有刺鉄線金網デスマッチの会場になっている。大切なのは押さえ付けるんじゃなく、場を用意してやることだ。どんなこともそう。特設会場のテーマは「取引」。ちょっと冒険してみたいけど、恥ずかしくて勇気を出せない……そんなお客様のために店内に死角を用意してあげる。そんなつもりはなかったけど、店内のレイアウトを変更したら偶然できてしまった……そんなさり気ない「死角」だ。魔が差すお客様も居るだろう。レジを通していないのに、うっかり首が取れてしまった……死に戻りして……申し出るのが恥ずかしくて、返しそびれる……そういうこともある。しかし、そこにほんのひとこと、「取引」という言葉を添えてあげることで、お客様の「事故死」を減らすことができる……そういう統計だ。「お会計」という優しい言葉は女性のお客様を安心させる……使い分けることも大切だ。彼女たちの大半は正常個体……正常個体は強い個体だから、優しい言葉に「誠意」を感じて店内で「事故死」はしないという社会的なマナーを守ってくださる。しかし異常個体は自分の「弱い心」といつも戦っていて、そこには「葛藤」があるから、いつだって「漢」を試せる場を探し求めている……。つまり地の果てまで追い掛けるってことだがな……。
屋上の特設リングでは一体何があったのか、セミを讃えるコールが沸き起こっていた。
「セブンッ! セブンッ!」
「脱げッ! 脱げッて! 焦らすんじゃねえ!」
「俺らの『熱』で蒸し殺されんゾッ! あ!?」
蜜を塗った樹木にたかる虫けらのように、ゴミどもが金網にびっしりと張り付いていて、中で何が起こっているのか分からない。
キショいんだよ、なんなんだ……。
関わり合いになろうとも思わない。俺はそそくさと屋上のへりに移動する。落下防止用の柵なんてものはない。経費の無駄だからだ。四つん這いになって下を眺める。……居た。爆破兵パイセンは特設会場の建材に興味があるようだ。たくさん生えた脚で器用に外壁に張り付き、内部の空洞を探るように進んでは戻り、進んでは戻りを繰り返している。
パイセン……! パイセン……!
俺が屋上のへりから身を乗り出して声を掛けると、いったん無視されたものの、カカッと脚の先端でコンクリ片をえぐり取り、じっと眺めたのちに、まるで今気付いたようにハッとして俺を見た。
そういうのいいですから……! 早く……!
カサカサと登ってきたパイセンに俺は腕を伸ばして掴まるよう言うが、パイセンは俺の手をするりと躱して俺の首に巻き付いてきた。俺の肩の上でぐるぐると周回し、脱力するや、コンクリ片をじっと眺める。
くそっ、同じギルドだし嫌悪感とかはないが……これマフラーってことでイケるか? ゴリ押しできる? ちょっとばかしオシャレすぎんゾ? 軽く100シーズンほど冬を先取りしていて、逆に時代を遡って森林の王者みたいになってるが……!
ともあれ無事にパイセンの回収を終え、俺は素早く屋上をあとにした。セブンは死ねッ!
27.特設会場-メインストリート
ムィムィ星人とささやきで連絡を取り合うことはできない。というかフレンド登録そのものができない。フレンドリストはささやき魔法に付随する機能であるらしい。よってカシラより拝借してきたスマホを使う。別に組員から借りても良かったのだが、カシラくらいになると非常事態に備えて複数台のスマホを持っているものらしい。いっそカシラに告げ口してやろうかと思ったものの、別の星に来てハシャぐ気持ちは分からんでもない。ヤツのナンバーは覚えている。カシラをハメて八十組を乗っ取ろうとした時に、大切なお嬢さんだけは逃がそうと、カシラが非登録のスマホでお嬢さんに連絡を取るよう仕向けたのだ。キリがないってんでお嬢さんはナンバーを家族以外に教えないよう厳命されてたからな。ガッコじゃ高嶺の花みたいな扱いされてる割に、ケモ耳系男子はアグレッシブで、隙あらばお嬢さんのナンバーを入手しようとしてくる。俺に襲い掛かってくるのも、護衛ならお嬢さんのナンバーを登録したスマホを持っているだろうという考えあってのことかもしれない。
俺は視察がてら特設会場のメインストリートをインショップ側に沿って歩きつつ、スマホを耳に当てた。爆破兵パイセンのカラダで口元を隠し、通話を悟られないようする。スマホなんかこっちにゃないからな。スマホ板はあるけど。ささやき魔法で遣り取りする時に多少は嫌悪感が紛れるらしい。個人差があって、俺はダメだった。
……出ないか? お嬢さんからしてみたら、知らない人からのコールだからな。イチ護衛としては安心したような、複雑な心境だ。出て欲しいけど、不安要素を増やすのはやめて欲しいと言うか……。カシラに丸投げしたほうが俺は楽だし、いっそ出ないで欲しい。出るな。いや出た。
『ハイハーイ! 自己紹介どうぞー!』
愛想が良すぎる。
普段はおっちょこちょいなトコもある三枚目だけど決める時はバシッとキメるふとした時にクールな横顔コタタマっちです!
『うっそだぁー! 女の子でしょー! 今ナニしてんの? ひま? 私もヒマでさ〜。ヤダヤダヤダー! ショッピングしたーい!』
いや俺だって俺。整形チケットで女に化けてんのよ。今日アイドルのライブあってさ。そのお手伝い。男キャラが推しメンの周りウロチョロしてたらなんだアイツってなるでしょ? ゲームん中で力仕事に男手が欲しいとかあり得んからね。なんならネカマですら許されないんだけど、なんでか知らんが俺は許されてんのよな。逆にアリみたいなよく分からん許され方をしてて……。いや、そんなことはどうでもいい。今、爆破兵パイセンが俺のマフラーみたいになってて、かなりオシャレな感じだ。目立っちゃうカナって思ってたけど道行くゴミどもがトガッてて、むしろ地味なのかと不安を覚えてる。内心チョット期待してた、ムネのドキドキ返してよね、キサマの仕業か。
『あれー? じゃあホンモノかー? カワイー声してんネ! じゃあイイよ! 持っててー! ゴエイ、ゴエイー! お揃いだね! ふひひっ』
おい待てコラ。爆破兵パイセンはアーティストなんだぞ。仮になんかあっても俺ごと芸術にされちまうよ。あ、くそっ、切りやがった……!
やっぱりギャルはダメだ。話が通じねぇ。ここはやはりカシラに……。いや、でも、うーん……。お嬢、フネで退屈してんのか。ワガママ娘だと思ってたけど、我慢してくれてるんだな。爆破兵パイセンを連れてきたなら、やろうと思えば脱走もできたろうに……。
八十組は武闘派で知られるものの、ギルドと真っ向からヤり合えるほどじゃない。装備制限の戒律があるらしく、武装は課金アイテムのビーム十手とビームドスくらいしか見たことがない。派手な銃撃戦を好むお嬢からしてみれば物足りない毎日だろう。爆破兵パイセンを地上に放ったのも、飛び散る肉片と火に沈む街を見たいというささやかな願望の表れかもしれない。実行に移さないのは、たぶん俺のためだろう。へっ、とんだ悪役令嬢だぜ。
俺はスマホをポケットに仕舞った。
お嬢の夢、俺が叶えてやるよ。
時が来たら、3000人のムィムィ星人を街に放つ。
押し寄せる宇宙人の群れに秩序は崩壊し、興奮したゴミどもはたちまち暴徒と化すだろう。
喜べ、ゴミども……!
俺がお前らのサンタクロースだ!
お前ら悪い子にプレゼントをくれてやる……!
靴下は用意したか? ツリーの飾り付けはOK?
安心しろ……。そんなものは要らない。
これは、とあるVRMMOの物語
血塗られし祭宴が幕を開ける……。
GunS Guilds Online




