蟲愛づる姫 11.00
25.特設会場-フードコート
小娘どもをフードコートに案内してやって一緒にメシを食うことにした。
現在時刻は11時。昼時になると混むからな。今のうちに昼食を済ませておこう。
特設会場には百貨店でよく目にする施設案内図もあるし、困った時に頼れるインフォメーションもある。そいつをうまく使って好きにしろと言いたいところだが、小娘どもは知らない場所で迷子になることを恐れているようだった。なんでだよ。お前らリア友なんだからスマホで連絡を取り合うなりすればどうにでもなるだろ。俺などはそう思うのだが、ゲームとリアルでは勝手が違うらしい。ゲームん中じゃささやきを回せても、リアルで電話を掛けるのは憚られる……そういうのもあるのだとか。まぁリアルで全員仲良くしろとまでは言えん。むしろ全然マシなほうなんだろう。
「タマっち全然迷わないね。私、苦手ー。どっちがどっちか分かんなくなる」
「私も〜。上ってどっちが上?みたいな」
「タマっちは目がいいもんね」
目は関係ない。俺はココの建築に絡んでるからな。上から下まで何十回と往復してたら自然と覚えちまったよ。
考えることは皆一緒ということか、フードコートは早くもゴミで賑わっていた。今からこんなに混むのか。こりゃ昼時は座れるか怪しいな。ひとまず席を確保したいところだが、上着を椅子に掛けるなりペットボトルを机に置くなりして縄張りを主張するワザは使えない。盗まれて終わりである。そこで俺が席を陣取り、小娘どもをファンネルのようにメシの購入に飛ばすことにする。と言うのも味にうるさい俺はフードコートで腕を振るうメシ屋にケチを付けたことがあり、細かい味付けや接客態度にネチネチと文句を付けたら煙たがられて毒殺されたことが多々あるのだ。スパイスが効いててイイ感じじゃねーかコレだよコレ!と絶賛してた時に血を吐いて死んだので、俺の好物が特定の毒物だと勘違いしているふしがある。実際、監修俺のコタタマメシとやらを口にした客どもが血を吐いてバタバタと倒れていく。そうか、死ぬほどウマいか。俺も心を鬼にしてネチネチ言った甲斐があったよ。今すぐに営業を停止しろ。
俺が監修したメシだけは頼むなと言い含めてファンネルを放つ。
小娘どもが飛び立つなり、ぞろぞろとゴミが寄ってきた。
「崖っぷち〜。立候補すんのかぁ?」
「どういう風の吹き回しだよ〜。メンド臭がりのオメェーがよ〜」
「……勝算があンのか? 決選投票まで持ち込めば勝てるっつぅ勝算が」
以前からずっと考えてたことだ。トッププレイヤーってのはろくなことをしねぇ。勝手に厄介ごとを一人で抱え込む。そのたびに俺はヤメロと言ってきたんだが……どうも能力があるとダメらしい。なんつーか、なまじデキるから他人任せにすると余計に面倒臭いことになる……そういう感じなんだろう。でも、それは勝とうとしてるからだ。以前なら俺が頭を張っても同じことになっただろう。しかし状況が変わった。もうティナンは種族人間の手には負えねぇ。
ゴミどもがザワつく。
おい。人の話を聞いてン……。
ゴミどもが左右に分かれ、セブンがこちらへやって来た。手にはお盆を抱え、お盆の上には丼の器が乗っている。
「セブンが……メシを……?」
無断で俺の向かい側の席に座ったセブンが、ゴミの発言に噛み付く。
「あ? 俺がメシを食ったら何かおかしいのかよ?」
そりゃおかしいだろ……。
おかしいが……まぁ選挙に勝てば【敗残兵】復権のチャンスだ。さしものセブンも今日ばかりは死んでる場合じゃないってことか。
お、カレーうどんか。美味そうだな。お前うどん派か? カレーうどんにゃ入ってねぇけど、かき揚げは心強いよな。カリカリの食感も好きだが、麺と絡めて食ってもウメェ。
セブンがテーブル備え付けの割り箸をズ、と引き抜いた。パキッと割って言う。
「崖っぷち。お前……本気か?」
俺は口を閉ざしてセブンの目を見た。
コイツとは色々あったが、俺の中で何かが変わりつつあった。コイツにだけは負けたくないという思い。それは「憧れ」だったんだと今では思う。
皮肉げに口元を歪めたセブンが「フン……」と鼻を鳴らす。カレーうどんに手を付けようとして、麺を掴もうとした割り箸がスカッと空を切る。
「……?」
セブンが割り箸の先端をじっと見る。汁物に浸けた筈なのに、まったく変色していなかった。
不可思議な現象に、しかしセブンは安堵すらしているようだった。深い納得の色を帯びた声で呟く。
「ああ、そうか。俺は、もう……」
セブンの身体が薄れていく。
大気に溶け込むように、スゥ……と消えた。
ちょっとー!
成仏したセミ野郎に俺は堪らず不満の声を上げた。いつも通りのセブンだったとゴミどもがゲラゲラと笑う。
ったく、何しに来たんだよ。カレーうどん勿体ねーから俺が食うぞ。
セブンが遺したカレーうどんをお盆ごとずりずりと手前に引き寄せる。特にこれといった特徴のないカレーうどんだ。これこれ。こういうのでいいんだよ、こういうので。奇をてらう必要はないんだ。何がコタタマメシだよ。
セブンが割り箸ごと成仏してしまったので、新たに割り箸を取り出してパキッと割る。
しかし汁の跳ねには気を付けねぇとな。服に付いたらガチで凹むからよ。コツは欲張らないこと、うどんの端じゃなく真ん中を掴むことだ。麺の長さは大体均一になっている。焦ることはない。まずは慎重に見極める。あれ、うまく掴めねぇな。
麺と格闘する俺をゴミどもがせせら笑う。
「ヘッタクソ」
「箸の持ち方が悪いんじゃねーか?」
うるせー。焦らすな。やたら麺がツルツルしてるんだよ。……いや、違う? 割り箸か? 割り箸が、なんか……。
ギョッとしたゴミが俺を指差す。
「お、おい。崖っぷち。お前、身体が……」
え。あ……。
俺の身体が透き通っていた。手をかざしてみると、手が邪魔で見えない筈のカレーうどんが、薄れゆく肌越しに見える。
俺は自嘲した。
もう、そんな時間か……。
スゥ……と俺の身体が消える。
その場に取り残されたゴミどもが顔を見合わせる。
「えっ。嘘だろ……?」
「……じゃあ、俺はなんで崖っぷちと……?」
「そう、か。そういうことだったのか……」
全てを理解したゴミどもの身体が薄れていく。
小娘どもが戻ってきた時、そこには俺たちの姿はなく、湯気を立てるカレーうどんだけが残されていた。
まるで俺たちの生きた証であるかのように……。
いや俺のメシ! ダッシュで死に戻りして合流すると、憤慨した様子の小娘どもが「ちょっとー!」と俺の不義理をなじった。
「無断で居なくなるの禁止!」
「なんかひとこと言えよー! メモとかさー!」
「てか、このカレーうどん何だよ! 怖いんだよ!」
うるせーうるせー。俺だって好きで消えた訳じゃねんだよ。
セブンのアビリティは死をトリガーにして発動する認識操作。術中にハマると自分の身に何が起こっているのかまったく分からないし、その間は身体が無防備になるので、いつ誰に殺されても不思議じゃない。俺だってゴミが放心した様子でぼーっとしてたら心配するし、迎撃型の能力を警戒する。仮に俺が倒れても能力を暴けるなら命を賭ける価値はある。残機を一つ失うだけなのだから。
俺はカレーうどんを勢い良くずぞぞぞとすする。くたばったついでに紙エプロンを持ってきた。汁の跳ねが気になるなら紙エプロンを付ければいい。どんなに気を付けても跳ねる時は跳ねる。それが俺の結論だ。
小娘どもは俺のために盛りそばを用意してくれていた。うどんとそばが揃っちまったなァー! まだ仄かに温かいカレーうどんが冷めきらないうちに一気に平らげてから、盛りそばをつるつるとすする。完食。ごちうさ。
お前らまだ食ってんの!? 遅いよ! ひと口食べてはペチャふた口食べてはクチャ、口ばかり動かしてないで箸を動かしなさい! あとがつかえてるんだから!
「タマっち、ごはん食べたらどうする?」
「私、服見に行きたい」
「ライブどうする? 早めに行かないと混むんじゃない?」
「チケットあるから大丈夫なんじゃない?」
お前らグッズ欲しいとかある? それ次第だな。物販はもう始まってるけど、サイリウムとか複数あってもしゃーねぇだろってモンは割と売れ残るから、いつ行っても大丈夫だ。混む混まないで言うならライブ開演の一時間前、二時間前のほうが混まない。スタートは五時だから三時か四時だな。ただ、選挙がどう影響するのかは分からん。初の試みだからな。
小娘どもはネフィリアの身内ということで特別にチケットを貰っている。熱狂的なファンという訳ではないが、興味はあるようだ。どハマりして道を踏み外さないことを祈る。ライブは……ちょっと別物だからなぁ。音楽なんか興味ありませーんっていう顔をした連中がコロッと宗旨替えしたりもする。人間の趣味や関心事などというものはしょせん表層的なものなのだ。だからちょっとしたことでコロコロ変わる。小娘どもは多感なお年頃ですし……。
あっさりと洗脳されてしまったメルメルメという実例もある。最初は他に行き場がないから【目抜き梟】で匿うという話だったのに、ほとぼりが冷めて追い出される前に自分の居場所を作って根を張ったネカマだ。無駄に勘が良く、一人だけ別のストーリーを進めているふしがある。さらわれた男、埋め込まれた男と言えば、それすなわちヤツである。
しかしながら【目抜き梟】はリアル女の集まりという触れ込みで売れてきたアイドルアバターグループなので、クランハウスに住みつくネカマは大きな炎上リスクを孕む。バンシーPなる怪しい経歴を持つ俺はどうにかしてヤツを追い出そうと画策したのだが、いざ実行に移そうとすると俺に災いが降り掛かる。こりゃヤベェと思って先生にお祓いをして貰っている間に、野郎はあたかも乙女ゲームのオープニングのように親衛隊メンバーと順々に出逢っていた。「それ、もしかしてバンシーPの幸運の掛け軸……? 買ってる人、居るんだ……」みたいな。おかしくない? おかしいよ。俺の幸運シリーズは原価率がバカいいからグッズとして優秀なんだぞ。なんか知らんけど買っていくアホが居るし。
ともあれ、さしもの俺も親衛隊の連中は切れない。こっちは何もしてないのに勝手に突然変異を起こしてサクラに進化したような連中だ。反転アンチの資質を強く秘めるが、それを差し引いてもお釣りが来るほど便利で、使い勝手がいい。【目抜き梟】を最初期から応援しているだけあって相当な腕前で、放っておいてもアンチを始末してくれる。献身的で、社交的だ。あそこまで行くと、もう【目抜き梟】が好きって言うより【目抜き梟】を好きなファンが好きなんじゃねぇか?
……チケット購入者はライブ会場に出入り自由だ。チケットの偽造は不可能とは言わんが、そこまでやるならこっちも本気で動くから覚悟しとけって感じだな。
ライブをエサに有権者を釣った以上、【目抜き梟】のファンを味方に付ければ、かなりの票数を見込める。
小娘どもは……アイドル気取りからダンスを習っていたな。
やってみて分かったが、選挙ホールで演説するのは一度か二度で十分だ。あれはどうしてもレスバになる。他の立候補者が揚げ足を取ってくるからだ。一人ずつ順に壇上に立たせるとかすれば良かったな。しかしそれはそれで面倒と言うか……。レスバを眺めてたほうが楽しいってのはあるかもしれない。
そりゃあ投票するには選挙ホールに来なきゃダメなんだから、選挙ホールで待ち受けて自分に票を入れるよう説得するのが理屈としては正しいんだろうが……俺は先生に勝ちたい。
手は打った。
先生の箱を早めに出す。
ご自分が推薦されたと知れば、きっと先生は選挙ホールにやって来る。いや、あるいはすでに……整形チケットを使って姿を変え、投票しているかもしれない。それが一番ありそうだ。ネフィリアなら先生の偽装を見抜けるかもな……。
いずれにせよ、小娘どもは使える。ネフィリアの下に付くクランメンバーがリアルJCってのは有名な話だからな。
俺はペチャクチャとお喋りしながらメシを食っている可愛い妹弟子たちを見つめて、ニコッと笑った。
お前らさ、俺のことは応援してくれないの?
俺は小娘どもを言いくるめた。
小娘どもは強硬に反対したが、コイツらはアイドル気取りがライブに向けて一生懸命がんばっている姿を見ている。様々な感情を抱いた筈だ。
おだて、なだめ、すかし……徹底抗戦の構えを見せる小娘どもの論理的な脆弱性を突くや、ゴミどもを味方に付けて一気呵成に畳み掛け、それでも渋る小娘どもに、俺は優しく妥協案を提示した。
アイドル並みに美少女だけどフツーでそういうところが可愛らしくて顔面盛ってるけど女性が美しくありたいと願うのは当然のことでアイドル願望がなくもないけど勇気がなくて踏み出せない小娘どもは、同調圧力に屈して首を縦に振った。
「もー! サイアクー!」
「ネフィリアさんに言い付けるかんね!」
「詐欺師! オニ! アクマ!」
何とでも言うがいい。
これはビジネスだ。俺はお前ら全員に服を買ってやる。その代わりお前らは俺に協力するんだ。ただ、ネフィリアに言い付けるのは少し待ったほうがいいな……。だろ?
自分たちから言い出したことだろうに、小娘どもはお化けを見るような目を俺に向けた。
「そ、そこまで計算して……?」
「こんなやつがシュショーになったら、この国はどうなっちゃうの……?」
そう怯えるな。なーに、お前らはひと足先に大人になるんだ。俺に全てを委ねろ。大したことじゃない……。案外、病みつきになるかもな?
シンデレラを踊りに誘う王子様のように、俺の磨き抜かれた歯列がギラリと輝いた……。
これは、とあるVRMMOの物語
女の子を言葉巧みに丸め込んで連れ出すワザを演説に活かしてみてはどうでしょう?
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