めぐるキノコ
1.ポポロンの森-人間の里
この世界はもうダメだー!
俺は絶望した。
てっきり他人事だと思っていたら、まったく他人事ではなかった。
徒党を組んだマタンゴが人間の里を占拠して山岳都市に向けて進軍している。そしてその進軍ルートの途中にはウチの丸太小屋もあった。
通りがいいのでマタンゴと呼んでいるが、ドラクエのマタンゴとは似ているようで似ていない。目口鼻はない。手足が生えた大小様々なキノコが地表を埋めつくさんばかりに前進してくる。
以前に遺跡マップで目にした樹木型とはまったく異なるタイプのようだ。モンスター並みのパワーとタフネス。俊敏性、索敵能力は種族人間にも劣る。しかしこの数……!
厄介なのは繁殖力だった。歩くたびに胞子をバラ撒き、倒しても倒しても後からどんどん生えてくる。
俺はとっくのとうに完全変身している。粗大ゴミどもと肩を並べてレーザー砲を連射してマタンゴを消し飛ばすも、Vampire Survivorsの終盤のようにどんどん敵が湧いてくる。
ログインして、呑気にさて今日も経験値稼ぎするかと思っていたらこの有様だ。前後関係がまったく分からない。
俺はレーザー砲をみゅんみゅんとチャージしながら吠える。
おい! こんなの無理ゲーだろ! 発生源とか何かねーのか!? このままじゃ押し潰されるぞ……!
……最近こういうことが増えた。俺がログアウトしている間に事件が起きて事態が進行している。いや、むしろ今までが異常だったのだ。とはいえ理屈は分かる。ネトゲーにはゴールデンタイムと呼ばれるアクティブユーザーのピーク時間がある。ゴールデンタイムとはつまり普通に生きてたらその時間にログインするプレイヤーが多いだろうという時間帯だ。俺もそのクチだから、俺のログイン時間とイベントが重なるのはごく自然なことなのだ。
しかし新時代にその理屈は通用しない。
ダッドはプレイヤーのゴールデンタイムなど一切配慮しない。
ギルド憑き、ギルド堕ちは廃人の比率が低い。何故かは分からない。少なくとも俺は意識して調べたことがない。
俺と肩を並べてレーザー砲をブッパしている粗大ゴミが悲鳴を上げるように甲高い声で吠える。
【分かんない! 分かんないよ! でもここで食い止めないとッ!】
俺のレベルがどんどん上がっていく。レベルばかりが上がっていく。でも俺は何も手にしていないッ!
俺は強い焦燥感を覚えた。
養殖プレイヤーの末路は哀れなものだ。このゲームのレベルは極めて上がりにくい。だからこそ最低限のプレイヤースキルを保障する「壁」であり得た。レベル10ならそこそこ戦えるだろう、レベル20なら足手まといにはならないだろうという保障だ。裏を返せば、レベルの低さは「伸びしろ」であり「将来性」なのだ。技量の向上を伴わないレベルアップは未来の可能性を閉ざすに等しい。
ダメだ! 俺は決断を下した。
ここはお前らに任す! 俺は突っ込む! このままじゃどうにもなんねぇ!
【ヤメロ! お前は砲撃タイプだろ! 突っ込むなら他に適任が居る!】
黙れ! ファーストペンギンってヤツだよ!
時間が惜しい。俺は説明を省略した。
雄叫びを上げてキノコの群れに突進する。ネフィリア! ネフィリアー! 【歩兵】をこっちに寄越してくれ!
戦況が動く。森の奥からポポロンの眷属が出てきた。マズイッ……! 俺は更に焦る。マタンゴと野良ポーキーがカチ合うのはマズイ。野良ポーキーがマタンゴを糧にレベルアップしたらマタンゴ以上の脅威になる。ヘタしたら上位個体が誕生するかもしれない。
野良ポーキーには晶獣も混ざっている。光の輪を触手で振り回して投げると、投擲された光の輪に触れたマタンゴが八つ裂きにされていく。
ナニそれ!? 俺はビビった。
晶獣が使うスタイリッシュ魔法は異常だ。ルールを逸脱している。死の交換は攻撃魔法における絶対のルールのハズで、攻撃対象の指定と選定は便利すぎるがゆえに大きなペナルティを科せられるハズだった。
……何が起きてる!?
分からない。誰も説明してくれないし、ヒントは都合良くそこら辺に転がったりしていない。だからそういうものだと割り切って前に進むしかない。
……! とにかくあるかないか分からん発生源を押さえることだ。発生源なんかないってんならオシマイだ。ティナンを連れて移住するしかない。だがドコに行く? ティナンは非力な部類のモンスターだ。他のモンスターに追われて各地を転々としてきた。エッダ水道にあるタコの像は、かつてティナンがあそこに暮らしていたことを意味する。マールマール鉱山の坑道にしてもそうだ。レイド級を持たないティナンは、ニャンダムの庇護下に収まることでようやく安住の地を手にした。
俺はマタンゴどもに空爆を浴びせながらニャンダム様に救援要請をした。
ニャンダム様! ニャンダム様ー!
返事はない。そうだろうなと思った。兵を守るために王が最前線に身を投じるのはあべこべだ。ニャンダム様はプライドが高い。プライドを刺激して「言い訳」を用意してやらないとダメだ。言い訳を用意するにしたって何度も使える手じゃない。毎回、当たり前のように頼られたら誰だってイヤになるだろう。結局のところマタンゴどもを俺たちが撃退するのがベストということになる。
粗大ゴミどもが決断を下した。
【野良ポーキーに加勢するぞ! 育った眷属はレイド級に食われる! ポポロンのレベルが上がるのは仕方ない!】
……仕方なくはない。俺たちはまだ【全身強打】の四段階目を開放していない。長い目で見たらゴールが遠ざかるのは最悪の選択だ。これっきりならまだいい。しかし同じことが起きたらどうする? 俺たちは悪しき前例を作ることになる。しかし代案がない。四段階目の開放は諦める。それくらいの覚悟が要る。それは現時点で唯一確認されているプレイヤーを強制的にロストする手段を失うということ。アメリカサーバーはあえてロストを克服しなかった……。
やるしかない。
突進はヤメだ。状況が変わった。俺たちは野良ポーキーを軸として編成を組み直す。
マタンゴ勢が野良ポーキーに次から次へと狩られていく。
決定打になったのは深部に住む野良ポーキーの参戦だった。
群れを成した深部ポーキーが液状化し、マタンゴの軍勢を呑み込んでいく。
圧勝だった。
発生源があったとしても関係ない。それほどまでに大きな戦力差があった。
大量の養分を得たポポロンの眷属がボコボコと泡立ち、巨大な肉塊となって、ぐうっと立ち上がる。
せり出した眼球をギョロギョロと動かして、周囲を観察する。
その所作には知性があった。
俺たちは打たれたように硬直している。
新たなレイド級を生むという選択をしたつもりはなかった。しかし俺たちが知らなかっただけで、ある特定の条件を満たしたスライムは合体して、より強大な個体になるのだ。まるでキングスライムのように。
誰もヒントを与えてくれないから、俺たちは失敗から学ぶしかない。それはつまり最低でも一度は失敗するということだ。
天を仰いだ巨人が甲高い咆哮を上げる。
次の瞬間、巨人の手足に触手が巻き付いた。引き倒され、森の奥に引きずり込まれていく。
怨嗟の声を上げた巨人が光の輪を放つ。それらは森の奥から放たれた七色の光に阻まれ、届かなかった。巨人の片腕がボコボコと泡立ち、我先に逃げ出すように脱落する。分裂、飛散しようとしたように見えた。しかしそうはさせじと伸びた触手に巻き取られ、素早く回収されていく。
……その後、巨人がどうなったのかは分からない。
ハッキリしているのは、たぶん俺たちが何をしようとも結果は変わらなかっただろうということだ。
俺たちは、この世界に居る意味があるのか?
それは……リアルでしばしば感じる疎外感と似ていた。
運命を否定し、才能を拒絶した。それでも人生に意味を求めるのは何故なのだろうか……。
2.残党狩り
残党狩りだヒャッハー!
シリアスパートが終わったので、キノコ狩りに出ている。野良ポーキーが討ち漏らしたマタンゴを数にモノを言わせて囲んでボコるのだ。
これが楽しい。
マタンゴは動きがトロい。胞子には要注意だが、母数が少なければどうとでもなる。
オラぁ! オラぁ! 俺は仲間とはぐれたマタンゴを斧で何度もブッ叩く。マタンゴが腕を振り回すも、俺はサッと躱してカウンターを叩き込む。
これ! これだよ! 俺はかつてない充実感に満たされた気持ちになる。
やっぱり弱いものいじめはMMOの醍醐味だよなぁー!
その調子で痛め付けていると、やがてマタンゴが両腕を上げて抱き付こうとしてくる。
ラストオーダーか。捕まったら苗床にされるってトコか? へっ、見え見えだぜ。スーパーアーマーを警戒し、するすると後退。その隙に知らないゴミどもがマタンゴを背後からブッ叩く。
勝った。ボロンとドロップした魔石をゲット。
初見で看破するという偉業を成し遂げ、俺たちは順調にキノコ狩りをしていく。
ふむふむ。人間サイズのヤツなら何とかなるな。
マタンゴは個体差が激しい。3メートル級に手出しするのはやめておこう。
ハイエナのように勝てそうなマタンゴを物色していると、気付けばゴミのようなパーティーが結成されていた。
「へへっ。崖っぷち〜。コイツ随分と具合がイイぜ?」
「確変入っちまったな〜? お、レベル上がった」
調子に乗ったゴミがマタンゴの攻撃を紙一重で躱そうとして捕まって折り畳まれて死んだりもしたが、俺たちはゲラゲラと笑いながら狩りを続ける。
苦戦して強敵を倒すよりも雑魚を乱獲する。それがMMOの基本的な狩りである。臆病さは優秀な狩人の必須条件と聞くし、俺らは安全マージンをたっぷり取って雑魚をいたぶるぜ〜。
残党狩りが進むにつれてペースが落ちてきた。
キノコを求めて森をうろつく。
俺たちはだんだんイライラしてきた。
「……狩り場が飽和してきたな」
「俺たちのキノコを……許せん」
……キノコは胞子で仲間を増やす。養殖して定点狩りという選択肢もあったハズだ。
なのにゴミどもは目先の利に目がくらんで育ったキノコから狩っていく。
このままでは貴重なキノコが絶滅してしまうと何故分からんのだ?
キノコを守らねば……。
この時、俺たちの心は一つになった。
3メートル級のキノコを発見。群がるゴミどもの浅はかさに吐き気を催した。なんたる醜悪さ。
俺たちと同じ結論に達したパーティーも居るようだ。木陰から頷き合い、互いにヒーラーを出す。
【夢死暗澹】の十字砲火。
3メートル級キノコに群がっていたゴミどもは全滅した。よしよし……。
種族人間の【夢死暗澹】は精神力が弱すぎて同じ人間にしか効かない。キノコは無事だ。
元気に胞子をバラ撒く3メートル級に目を細める。たくさん子供を生むんだぞ……。
この調子で行こう。
これは、とあるVRMMOの物語
無限ループかな?
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