カマキリに見える男
1.エッダ水道-深部
ギルドの指揮官代理に収まったネフィリアは国内サーバーにおいて不動の地位を得ている。
エッダ水道の最深部へと至るルートの一つを完全に封鎖することでエッダと一種の共存関係を築きつつあるようだ。
安住の地を手に入れた歩兵ちゃんたちが野良猫のような太々しさで脚を畳んで座っている。凄い数だ。百は下るまい。赤く光る単眼が一斉に動いて俺を追う。……俺は顔パスだが、未だにこの道を通る時は生きた心地がしない。
しかし俺のとなりを歩く似非ティナンは呑気なものだった。
「ほー! 壮観だな」
悪名高き詐欺師のピエッタさんと一緒にネフィリアの隠れ家に向かっている。
「こんだけのギルドがネフィリアのひと声で動くのか。さすがは魔女。β組はやっぱり侮れねーな」
俺は天邪鬼なのでネフィリアが誉められてるとそんなことはねーよと言いたくなる。実際に言った。
そんなことねーよ。逆に言えばこれだけの戦力を持っててあいつは自分から動こうとしない。あいつは腑抜けちまった。以前のネフィリアはもっと冷酷で、情け容赦のないヤツだった。俺は悲しいぜ。
「以前のネフィリアねぇ。それもどーだかな。私の見立てじゃネフィリアは先生と似たタイプのプレイヤーだ。魔女ってのは特定のプレイヤーに作られた虚像なんじゃねーの?」
……面白い見解だな。何故そう思う?
「……さぁね。なんとなくさ」
世間話をしているうちにネフィリアのヤサに着いた。玄関のドアを開けて中に入る。
ピエッタは秘密基地を訪ねるのは初めての筈なのだが、何故か間取りを大まかに把握していた。小娘どもがたむろしている居間にひょいと顔を出す。
「よー。クソガキども。邪魔してるぜ」
俺の妹弟子たちは何故かピエッタさんを歓迎した。
「あ! ピエッタさんだ!」
「ちっちゃーい。かわいい〜」
「ピエッタさん! 今度はいつ露店出すの? また行く!」
「あ、タマっち。ちわ」
「タマっち。ピエッタさんと一緒に居ると犯罪臭パないね」
……知り合いなんだ?
俺の素朴な疑問にピエッタさんが小娘どもをあしらいながら簡潔に答える。
「お前の知り合いは大体な」
そうなんだ。
「そ。お前、会話コストが低いからな」
よく分からんが、俺の周囲で相関図が自動更新されていくのは会話コストとやらが関わっているようだった。察するに話題に事欠かないとかそんな感じだろうか……? 得体の知れない情報共有はやめて欲しいものである。裏であのモブ顔とか呼ばれてたら俺泣いちゃうよ。
まぁいい。おい、ピエッタ。そろそろ時間だ。さっさと行くぞ。
「だからもっと早く行こうって言ったんだよ」
早すぎなんだよ。お前の言う通りの時間に出てたら二時間前に着いてるじゃねーか。
「だから妥協してやったら案の定途中で二回死んだじゃねーか。何が道案内してやるだよ」
道案内してやったろ。お前一人じゃココまで辿り着けねんだよ。歩兵ちゃんに撃たれて終わりだ。俺に感謝しろ。
「それこそネフィリアに話を通しとけば済む話だろ。私に恩を売ろうとするな。キショいぞ」
ああ言えばこう言う……。なんて口の減らない似非ティナンだ。
俺たちはああでもないこうでもないと言い争いをしながら会議室のドアを開いて中に入る。席に座りながら言い争いを続ける。
何度も言うが、この会議は本当なら部外者は立ち入り禁止なんだぞ。少しは俺の顔を立てたらどうなんだ。
「私も何度も言うが、私に抜けられて困るのはテメーらだろ。私は手柄を立てたからココに居るんだ。私の手柄だ。テメーのじゃない」
いつも暇そうにしてるテメェーに声を掛けてやったのは俺だろ!
「私の力を当てにしてたくせに何言ってんだ!」
このっ……!
俺は生意気な似非ティナンに掴み掛かるがガシッと手四つになって押し込まれる。
ぐあ〜!
「レベル1の雑魚が私に勝てると思ってんのか!? いつまでも進歩のねえ……! だからテメーはアホだってんだよ!」
ち、調子に乗るなよ……! 俺にはギルドの力があるッ! 本気を出せばキサマなんぞ……!
俺は完全ギルド化しようとするが、それよりも早く俺たちの争いを見学していたネフィリアたんにべしっと頭を叩かれた。
「ヤメロ。ピエッタ。よく来たな。歓迎するぞ」
ネフィリアたんに歓迎されたピエッタさんがふふんと得意げに鼻を鳴らして俺を見る。
くそっ、このアマ……! いつかぎゃふんと言わせてやるからな……!
しかし力では敵わないので、俺は心の中でもるぁと鳴いてピエッタさんを威嚇した。
ネフィリアが同席しているネカマ八曜にピエッタさんを紹介する。
「先ほど言ったようにコイツが営業成績一位のピエッタだ。コタタマの友人と言うか……まぁ友人だ」
だってさ。ピエッタさん、聞いた?
「懐くな。キショい」
ネフィリアぁ〜今の聞いた? ひどくない? この子、協調性が足りないよ。営業成績一位ってのも何かのまぐれなんじゃねーの?
「お前が要らんこと言うからだ」
何を? このっ……! ぐあ〜!
ネフィリアとの力比べもそこそこにネカマ八曜がキレる。
「話が先に進まねーよ! 崖っぷち! オメェーはちっと黙ってろ!」
「ネフィリア! オメェーもだ! イチャ付くならヨソでやれ!」
俺は耳の後ろに手を当てると舌をベッと出してピロロロロロと怪音波を放った。
「それヤメロ!」
至近距離で俺の怪音波を浴びたピエッタさんがバッと跳躍して俺におぶさり俺の首を腕で締めてくる。ぐぐぐっ……!
俺が悶絶している間にネフィリアが議事を進行する。
「さて、ピエッタ。コタタマから聞いたぞ。私たちに何か言いたいことがあるらしいな?」
ピエッタさんが俺の首を絞めながら答える。
「ああ。ハッキリ言うぜ。卸の体制を変えろ。仲介はムダだ。レシピを隠したいってのは分かるが……どのみちいつかはバレるぜ。そろそろ売り逃げに走ったほうがいい。少なくとも目端の利くヤツはもう気付いてるぜ。エーテルはクラフト技能じゃ作れねえってことにな」
……そろそろ何か仕掛けてくると思っていたぜ。
俺はピエッタに稼げる仕事を与えたが、稼げると言ってもしょせんはゲーム内マネーだ。ゲーム内マネーなんざ100万あっても1000万あっても大した価値はない。
ピエッタは根っからのエンジョイ勢だ。楽しむためなら課金も惜しまない。詐欺師だけあって頭も口もよく回る。もっとも俺はその手に乗らんがな。付き合いが長いだけにこの中で一番ピエッタについて詳しいのは俺だ。俺はこの女の手口をよく知っている。騙し合いになるだろう。しかし俺は決して屈さない。
俺はピエッタさんの腕をパンパンと叩いてギブアップした。
俺の身体から降りたピエッタさんが椅子によじ登って座る。
「悪い話じゃないだろ。お前らの目的はエリクサーの撲滅なんだから。そのためのシェアの拡大。いつまでも同じことやってたら負けるぜ」
……ネフィリア。お前はどう思う?
「迷っている。ハッキリとは言えんが、おそらくエーテルとエリクサーの製法はかなりの部分まで共通している。そうとしか思えない」
ネカマ八曜が同意した。
「だろうな。単なる含有率の違いなんじゃないかと思うことすらある」
「俺は賛成だぜ。まずレシピを握ってるのが旧ネフィリアチームだけってのが不安でならねぇ」
「特にアンパンだ。あいつは口が軽い。エリクサーにしたってあいつが口を滑らしたんじゃねーか?」
いや、それはない。たしかにアイツは口が軽いが、態度にすぐ出る。俺も真っ先にヤツを疑ったが……答えはシロだ。なかなかボロを出さないもんでイラついてとりあえず殺して山に埋めてみたが……特に不審な点は見られなかった。そこまでやれば聞いてもいないことを勝手に観念して白状するんだよ。その時は俺の悪口を言ってたらしくてな。俺に隠し事はできないと念を押しておいたぜ。なのに近頃じゃレベル差で俺に勝てると気付いたらしく生意気な口を利くように……。そうか。やはり裏切り者はアンパンだったのか。ちょっと殺してくるわ……。
所用を思い出して席を立つ俺の腕をピエッタがガッと掴んだ。
「私怨だろ。そういうのはあとでやれ。私はここの面々と初対面も同然だぞ。お前が居なくなったら気まずいだろ」
お前、そんな殊勝なキャラだったか? 怪しいぞ。何を企んでる。言え。
「お前……私のことを何だと思ってるんだ。わ、私だって……女の子なんだぞ?」
ぴ、ピエッタさん……。
涙目になって俯く彼女に、俺は彼女のことを誤解していたのかもしれないと思い直した。もしかしたら俺に気があるのかもしれないと。幼児体型なのは気に入らないが、このゲームには整形チケットがある。見た目などどうにでもなるのだ。仲介の件についても彼女が俺のことを憎からず思っているというなら俺を裏切るような真似はしない筈だ。一考の余地はある。
ピエッタさんは涙をひゅっと引っ込めた。
「まぁ冗談はさておき……」
ピエッタさん?
「許せよ。エイプリルフールだろ」
エイプリルフールではないだろ。今日もう六日だぞ。
「嘘を吐いていい日は私が決める」
な、何を言ってる……?
「お前、なんかマジで私の味方しそうになってたからキショくてやめた」
こういうヤツなんだよ!
俺はガタッと席を立って俺の繊細な男心を弄んだピエッタさんを糾弾した。
コイツはホントに信用ならない! もっともらしいことを言ってエーテルのレシピを掠め取ろうとしてるんだッ! みんな、騙されるな!
会議は紛糾した。
ネカマ八曜が口々に言う。
「そもそもオメェーが言ってたエリクサーの胴元ってのはドコに居んだよ!?」
「ネフィリアが探し出せねえってのはオカシクねーか!?」
「なんか裏で歩兵使ってコソコソ動いてっしよぉ!」
胴元の拠点を潰してんだよ! じゃあ何か!? オメェーらの見てねートコで俺とネフィリアが延々と自作自演してるっつーんか!? そんなの虚しいだけだろ!
「それこそオメェーの言う叙述トリックってヤツだろ!」
「崖っぷちよぉ! いい加減に観念しろや! オメェーは情報は漏れるってぇ考え方なんだよ!」
「俺らに隠れてコソコソそれっぽいことしてたら俺らが騙されるとでも思ってんだろ!?」
なんだそれ!? さすがに自意識過剰なんじゃないスかー!?
俺は再び怪音波を放とうとしたが、それよりも早くピエッタに腕をひねり上げられた。しかし今度は俺が一手早い。テーブルに押し付けられながら完全ギルド化してピエッタの戒めを振りほどく。
無駄だ! ピエッタぁ! 人間ごときが俺に敵うと思うなッ!
俺に振り払われてバランスを崩したピエッタが椅子ごと倒れる。
……おい、大丈夫か?
ピエッタは頭から血を流して昏倒している。…….嘘だろうと思った。どうせ演技だ。血のりか何かを使って俺を騙そうとしている。そうに違いない。
しかし……もしもそうでなかったら俺の好感度はダダ落ちになる。そのリスクは騙されて俺がアホを見ることと比べると、あまりにも大きすぎる。
ぴ、ピエッタ……。
俺はピエッタの小さな身体をそっと抱き上げた。パチッと目を覚ましたピエッタが輸血パックみたいなのを投げ捨てて吠える。
「嘘だよバーカ!」
知ってたもんねバーカ!
バーカ、バーカと罵り合う俺らにネフィリアが短く告げる。
「座れ」
あ、ハイ。
俺は着席した。
ネフィリアが続けて言う。
「エリクサーの件は水掛け論にしかならない。私を信じろ。最悪、レンタルしたギルドを全機回収する。そこまでやればエリクサーの栽培は確実に破綻する」
ネカマ八曜が待ったを掛ける。
「そいつは認められねーな。レンタルギルドはイイ金になってる」
「いや、それ以前の問題だ。エリクサーの供給が停止したからって今更それで何になる? エーテルの一人勝ちになるだけだ」
「……むしろ何故今までそうしなかった? あれだけ麻薬は許さないと言っておいて」
問題はレシピ……と言うより麻薬をバラ撒こうとするヤツなんだよ。いいか。このゲームには詰みがある。MPKを許容するシステム……PKを助長する構造……。俺やネフィリアを出し抜けるヤツが本気でプレイヤーの邪魔をしようとしたら止められない。何をしてくるか読めない。……リリララは攻略が滞ってプレイヤーが引退していく未来を見たことがあるらしい。だが実際はどうだ? 俺たちは未だにプクリを倒していない。たぶんこの先も勝てないだろう。あれは強すぎる。サトゥ氏はかつてこう言ったぜ。同じプレイヤーだけがプレイヤーのプライドを攻撃できるってな。リリララの予言はまだ生きていて……今はまだその時じゃないってだけかもしれねぇ。だとしたら……そいつを引き起こすのは俺とネフィリアが追ってるヤツかもしれねぇ。
俺に抱っこされているピエッタさんがボソッと言う。
「それテメーなんじゃねーの?」
ンな訳あるか。俺がそんな大それたことができるような男に見えるか? 俺は廃人ですらねんだぞ。いや、廃人だったとしても……一人じゃ無理だ。MMORPGってのはそういうモンじゃねー……。
これはチャンスなんだ。
たしかに俺は誉められたよーな人間じゃねーよ。だが、こんな俺にも吐き気を催すような邪悪は分かる。それは無知なるものを自分の都合だけで利用するヤツだ。ジョジョね。
「やっぱりテメーじゃねーか」
俺はそんなことしないでしょ! 俺、割とティナンのためにがんばってるよ!
「それ言えば何でも許されると思ってるだろ」
もー! この子はホントにああ言えばこう言う……!
俺は口の減らないピエッタさんを高い高いした。そうしてあやしてやっていると、彼女はふへっと笑った。
「こうして見ると……お前マジでキショいな。なんだよ、そのカッコ」
完全ギルド化した俺は出来損ないのカマキリのような姿をしている。
しかし見慣れれば可愛いような気がしてくるのが俺だ。
ピエッタさんが俺の目を指でぐりぐりといじりながら言った。
「カマキリと言えば……メスに食われる代表格だな」
ネフィリアがハッとして俺を見た。
ネカマ八曜もハッとして俺を見た。
俺は冷静に答えた。
ギルドの姿は兵科で決まる。そんなの関係ねーよ。
……そうだよね?
これは、とあるVRMMOの物語
なるほど?
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