交渉
1.クランハウス-居間
メガロッパに書いて貰った原稿で細工師に戻れたぞやったぁ。土下座は屈辱的だったけど俺はレ氏に嫌われてるから俺が本気で嫌がってないと高得点は狙えないとメガロッパが言うから仕方なく土下座してやったら躊躇ってるうちに集まってきたゴミどもに冷やかされたり撮影されたり散々だったぜ。でもお陰様でタコ野郎の評価で過去最高得点を更新して誉められたぞ。頭を下げる角度が少し気に入らなかったから次からはそこを気を付ければもっと良くなるんだってさ。ブッ殺すぞ。
という訳で彫り師に再就職した俺は上機嫌で藁人形に戒律を刻んでいる。やっぱこれよ。こういう地味な作業をコツコツとやるのが俺には向いてる。職人気質っつーかね。少しずつ工夫して改善するのが楽しいんだよ。稼げる経験値は俺の体質もあって微々たるモンだが、俺にはラム子クエストもある。そこでドカンと稼げることもある。まぁ大半は知らん星の知らんモノを取ってこいとかいう無理難題か軽い拷問みたいな単純作業だからスルーしてるんだけど。なんで俺らっトコのネット弁慶は定期的に俺らに星を数えさせようとすんの? もっとも俺もたまに天井の木目を数えるがね。
おお、藁人形たちよ。お前たちも俺が力を取り戻したことを喜んでくれるのか。
俺は彼らに一人ずつ五寸釘を手渡してやった。
彼らを動かすのは俺が刻んだ戒律であり、戒律とはルール。ルールとは意思だ。よって藁人形たちは俺の分身とも言える存在ということになる。
これまでの様々な出来事が、俺の戒律に対する理解を深めつつあった。
スキルの正体が、言うなれば……「立法術」とでも呼ぶべきものであるのなら……相性が良いのは怒りや憎しみといった負の感情である筈だ。もちろん俺は悪の誘惑には屈さないが……いや、だからこそ……俺ならば闇の力を利用し、振り回されることなく使いこなせるのではないか?
つまり……よく分からんが俺は悪くないということだ。正義は勝つ。
……俺は木片をゴトリとテーブルの上に置いた。
藁人形たちが手にした五寸釘で木片を削っていく。
作業に従事する藁人形たちをじっと見つめていると、居間の前を赤カブトが横切った。視界の端に俺が入ったらしく、進路を変えて居間に入ってくる。
……赤カブトじゃない。クリスピーか。
見た目や細かい仕草は完コピしているが態度が本人と違う。ピエッタのそれと比べて程度の低い演技は、そもそもクリスピーに俺を騙す気がないからだろう。実際、第一声からして赤カブトの物真似を放棄したものだった。
「Goatの弟子か。ゲストのスキルを取り戻したようだな。転職というやつか」
まぁね。なぁ、クリスピーさんよ。物は相談なんだが、俺の身内に化けるのはやめてくれないか? ややこしいったらないぜ。
クリスピーはソファに腰をおろし、彫刻をしている藁人形たちを見つめる。
「無理だな。私は波長を合わせているだけ。お前側の問題だ」
リュウリュウの警告が俺の頭をよぎる。
(クリスピーに気を付けろ)
……クリスピーは自分のスキルについて特に隠そうとはしない。聞けば答えるかもしれない。
スキルを止めると家が潰れるって話だったな。あんたの固有スキルは【学習】。スイッチを切ると大きくなって暴れ出す……ってコトかい?
「そういうことだ。思考能力というのは直接的に飢餓を埋めるものではないからな」
あんたにも縄張りはあるんだろ? 放っておいていいのか?
「良いこともある。お前たちが砂漠を越えるためにはゲストの許可が要る。それが分かった」
……そうだな。でも他のレイド級はそうじゃないんだろ?
「同じことだ。使徒は攻めて来ない。ゲストがあの調子ではな」
使徒か……。神獣と公爵はいいのかい? マールマールとスピンドックは縄張り争いで喧嘩したことがあるんだぜ。
「無用な心配だ」
理由を聞いても?
「ダメだな」
……急に口が固くなったな。神獣と公爵を従えるような力を持っているのか……? いや……さすがにそれはない。マールマールが素直に受け入れるとは思えない。何か別の要因があるのか。例えば……いや、考えても無駄か。俺はレイド級の称号にどんな効果があるのか正確に知らない。特に【獣王】に関しては謎が多い。ニャンダム以外の獣王を見たことがないので比較ができないのだ。
俺は尋問めいたことを取りやめにした。世間話でもしよう。
なんか面白い国あった? 土産話を聞かせてくれよ。
「ダメだな」
……なんで?
「冗談だ」
クリスピーはニコリともせずにそう言った。赤カブトが絶対にしないような態度で腕組みなどして足を組み、
「そうだな……。面白いと言えば面白い。Goatは絵がヘタだ。知識だけはあるようで、聞いてもいないことをペラペラとよく喋る」
コイツ、いい奴じゃん。
俺はクリスピーくんの認識を改めた。レイド級というだけで警戒していたが、俺の知らない先生の話をしてくれる。
ウチの子に化ける件に関しても、こうして見るとFate/で言うところのオルタ化した姿を見ているようでお得感がある。たぶん日によって姿を変えるだろうし、日替わり弁当みたいでワクワクするぞ。
そうなんだよな。俺はクリスピーくんと仲良くなるべきだ。人に化けるレイド級。それすなわち交渉の余地があるということだ。
クリスピーくんさ。俺らのこと眷属にしてみない?
「嫌だ」
そう言わず。クリスピーくんは俺らのこと下等な生き物だと思ってるんだろうけど、ひと口に人間と言っても色々と居るんだぜ。七土種族って知ってる? 先生から聞いた?
「宇宙人というヤツか。にわかには信じ難いな……」
俺もだ。疑わしいと思ってる。漫画の登場人物くらいの認識だよ。ただ、この世界で生きていくなら無視はできない。クリスピーくんもそう思うだろ? 変身種族は強い。あのプクリですらプフさんのことを敵……とまで行かなくとも遊び相手と見なしたんだ。彼らとの交渉は同じプレイヤーの俺らが居たほうがきっとスムーズに進む。どう? 今ならジョンとサトゥ氏をセットでくれてやってもいい。ついでにマジュンくんも付けるぞ。俺がひと声掛ければホイホイ付いてきそうな面々で一番マシなメンツだ。きっとクリスピーくんも気に入ると思う。
「それは……お前が決めていいことなのか?」
いンだよ。友達だからな。
友人とは互いに助け合うものだ。いちいち許可を取ったりはしない。クリスピーくんを味方に引き入れるためだったと言えば全人類が納得してくれるだろう。
クリスピーくんの反応に気を良くした俺はさらに交渉を続ける。
第一、クリスピーくんはゲスト……レ氏が気に入らないんだろ? あのタコは俺らを使ってレイド級を討伐させるつもりだ。そいつを未然に防ぐためにはクリスピーくんが俺らを眷属にしちまうのが一番手っ取り早い。つまりレ氏が嫌がる展開のハズだ。正直な話……俺は同族を信用してなくてね。いつかNPCの暮らしを脅かすんじゃないかと思ってる。そいつは俺の流儀じゃないのさ。あと個人的にレ氏が気に食わない。眷属ってのはレイド級に絶対服従なんだろ? 俺の手で攻略の目を完全に摘むのも悪くない。俺は生産職だしな。根っからの平和主義なのさ。
「……一人ひとり眷属にするのも面倒だが」
じゃあこういうのはどうだ? まず各国の中核を成すメンバーを眷属にする。こっそりな。そいつらに親しい連中を10人ほど連れて来させて眷属にする。そうすれば首脳陣はほぼ手中に落ちるハズだ。そうでなくとも種族人間ってのはヒエラルキーを重んじる。意見が割れれば出足は鈍るだろう。
「……いや、ダメだ。やはり沽券に関わる」
俺は食い下がった。やんわりと手のひらを見せて交渉を続ける。
でもクリスピーくんは先生から色々と教わってるじゃないか。先生だって人間だ。イヤ神か。同列視しろってのは乱暴か……。弱ったな。どうしてもダメ?
クリスピーくんがピクリと反応した。
「Goatを眷属に?」
それはダメだ。眷属になった人間がどうなるか分からない。前例がないからな。レ氏のことだ。眷属になろうとするプレイヤーが出る程度のことは想定しているだろう。ロストしてもおかしくない。せめて俺で試してからにしてくれ。
「お前もか……」
こら、ガッカリするな。可能性はある。レ氏は俺たちプレイヤーをエサにレイド級を育てるつもりだ。そうじゃないかと思ってはいたが、ポポロンっつう……さっき言った七土種族の一員だ……そいつも俺と同じことを言ってたから、たぶん間違いない。つまり眷属になっても別に問題はないかもしれない。レ氏はクリスピーくんのことを高く買っていたし、むしろ特定のレイド級の下に付いたほうが他のレイド級と戦う機会は増えるハズだ。
「……Goatは称号を持っている。【賢者】は精神的な支配を受け付けないと……」
それがあったか。そうだな。やっぱり先生を眷属にするのはダメだ。クリスピーくんは知らないかもしれないけど、先生は強制クラスチェンジに抵抗して体調がおかしくなったこともあるんだよ。
「……しかしそれは干涸びのスキルを無効化する、ということではない筈だ。抜け道はある」
ちょっとちょっと。クリスピーくん? なんかさっきから先生を眷属にしたがってない? どういうこと? 俺じゃダメなの?
「…………」
クリスピーくんは答えなかった。
藁人形たちが彫り終わった木製の先生像を手に取ってまじまじと眺める。
「……これは貰っていく」
え? 気に入ったの?
「……気に入る? 妙なことを言うやつだ。ニンゲンなど歯牙に掛ける価値もない下等生物ではないか」
先生は違うよ?
「……そう。それはそうかもしれない。神か。なるほど」
クリスピーくんは先生像に視線を落として「フフッ」と笑った。
……ふむ。
俺は席を立ち、廊下に誰も居ないことを確認した。クリスピーくんの肩にぽんと手を置いて上体を屈めると、彼の耳元に唇を寄せて小声で言う。
……クリスピーくんは着ぐるみ部隊を知ってるかな?
「……Goatの仲間、だったか」
そう。知ってるんだね。
俺はにっこりと笑ってクリスピーくんに背を向けた。言う。
工房の地下に礼拝堂がある。一度、訪ねてみるといい。もちろん君さえ良ければね……。
これは、とあるVRMMOの物語
レイド級に資質を感じるな。
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