覚醒
1.スピンドック平原-女神像
俺はセブンとは違う。ぶっつけ本番みたいな真似はしない。プランは出来ている。
チワワどもに女神像の登録をさせながら闇ダンの説明をする。
いいか。これから俺たちは闇ダンに潜る。闇ダンは常設ダンジョンの一つ。常設ダンジョンの開放条件はよく分かってないが、時間経過、山岳都市の通過、複数の女神像の登録、それらのどれかだと言われている。検証チームの見立てではリスキルを回避する目的では使えないらしい。断言できないのは検証結果がブレるからだ。VRMMOってのはプレイヤーの思考でフラグを立てれるからな。まして人間ってヤツは嘘を吐く。しかも自分の思考を完全にはコントロールできない。
いずれにせよ、お前らは山岳都市を通過して今スピンドック平原の女神像を登録した。まず間違いなく常設ダンジョンと曜日ダンジョンが開放されてる筈だ。勝手に移動するなよ? パーティーを組まないとバラバラに飛ばされるぞ。パーティーは移動の直前に組む。女神像の転移はメニューの操作と同じように思考操作だが、まれに選んだつもりはないのに飛ばされるヤツが居るらしい。原因は不明だ。好奇心が強すぎる、精神的な不調、招かれた、思考操作の感覚が掴めない、色々言われてる。もしもここに居る誰かがそうだったらパーティーメンバー全員が道連れになる。それも心苦しいだろ。だからパーティー申請は飛ぶ直前に俺が投げるし思考操作も俺が代表してやる。
話を戻そう。闇ダンは常設ダンジョンの一つ。正しくは黒のダンジョンと言う。常設ダンジョンは大半が使い物にならない。極限環境が多いんだよ。中でも闇ダンは極め付けだ。真っ暗闇の中で手すりのない螺旋階段を下っていくことになる。螺旋階段と言っても人工物じゃない。足場はデコボコしてるし段差もまちまちだ。足を踏み外したらショック死する。よく分からんが人間はそういう身体の造りになってるらしい。どう考えても助からねえって分かったら気絶する仕組みになってるんだとか。パラシュートで下に降りようとしたヤツも居るんだが誤作動するわ呑気に空中をふわふわしてたら途中でモンスターに食い殺されるわ散々だったらしい。エンフレを出そうとしたらスペースが足りなくて潰れたアホも居るんだとか。ワープしたら壁の中ってヤツだな。覚えとくといい。エンフレは基本的に超大型巨人みたいな使い方はできない。進撃の巨人ね。
闇ダンに入ったら迂闊に動くな。俺たちが先行する。音を頼りに付いて来い。その辺はセンスだな。工夫しろ。戦闘に入ったらスラリー……スライドリードの残像効果で光源を焚くことになる。大声は立てるな。敵はデカいコウモリだ。小声で喋っても連中にはバレバレだが、人間と同じようには考えるな。どうせ聞こえてるなら大声だろうと小声だろうと変わらんだろうというのは人間の理屈だ。モンスターってのは別種のモンスターと戦うことを想定した身体の造りになってる。たぶん大声を出すと強敵が攻め込んできたと考えるようになってるんだろう。
小声ならいい。必要なことは相談しろ。人間がまったく音を立てずに動くのは無理だ。そこは諦めろ。落っこちたヤツは見捨てろ。もう助からん。死んだヤツは各自解散してもいいし俺たちの帰りを待ってもいい。好きにしろ。
あと闇ダンには上位個体が居る。上位個体ってのは眷属を操れるしデカい。ゴブリンキングみたいなモンだよ。そいつには勝てない。何をどうやっても勝てない。眷属と違って攻撃魔法を使ってくる。闇ダンのヤツは念動力みたいなモンだ。回復魔法を貫通するっていう噂がある。たぶん音を利用した何かだ。コウモリの魔物だからな。対抗策はない。よくあるパターンだ。そんなモンあったらとっくに倒してるしな。
大体そんなところか。じゃあ行くぞ〜。
おっとポチョりんがうとうとしている。子守唄かな? おねむなポチョ子にパーティー申請を投げたら無言申請と勘違いされてオートカウンターが発動して俺は首チョンパされた。最速で俺を殺したポチョさんが「あっ」と赤面してもじもじする。泥のように溶け崩れた俺の肉体が女神像の眼前で団子のように丸まってそこからニュッと俺の手足が生える。空中でくるくると回りながら最後に頭が生えて再生完了。俺は紳士なので公衆の面前で殺されても気付かないフリをしてやるのさ。何事もなかったかのように全員にパーティー申請を投げてパーティー結成だ。自分もチワワみたいな顔した知らないゴミも混ざったがまぁヨシとしよう。
イクぜッ!
2.黒のダンジョン
常設ダンジョンは特別マップなのでチャンネル操作しやすい。チャンネル操作はエンフレが持つ機能の一つで、タガがゆるんだ異常個体はチャンネル操作が得意な傾向がある。
ゴミどもが追ってくると面倒だ。俺は今居るチャンネルに鍵を掛けて後続を断つ。これでよほどひっ迫した事情でもなければ俺たちを追うことはできない。もちろん俺が心を許している人物は別だが。着ぐるみ部隊とかシルシルりんとかな。
闇ダンの中は相変わらず真っ暗だ。俺は記憶にある闇ダンのマップを参照して進んでいく。別のチャンネルでゴミどもが死に散らかしているらしく、骨がバラバラと降り注いで地べたに転がる。邪魔な骨を奈落の底に蹴り出しながら前に進む。
無明の闇の中、ウチの子たちとチワワたちの息遣いだけが聞こえる。
いいぞ。その調子だ。
種族人間は状況把握の80%を視覚情報に頼る生き物だ。
だから視覚に頼れない状況に放り込んでやればリアルで染み付いた余計な癖を削ぎ落とせるかもしれない。他人に迷惑を掛けたくないとか物分かりのいいフリをする悪い癖だ。そんなものは生きて行く上で何の役にも立たない。
お喋りは禁止していない。
マグちゃんがポチョに声を掛ける。
「ポチョさぁ、こういうのダメでしょ」
「ん? ダメ? 苦手? かも?」
ポチョはマグちゃんの乙女心を理解していない。
「やっぱり? じゃあ私に掴まりなよ」
「え? 別にいい。両手空けたい」
ポチョは本能で戦えるトコがある。以前に闇ダンデートした時も暗闇に怯えている様子は一切なかった。感覚が鋭く、見えないなら見えないである程度は他の感覚で補うことができるのだろう。
むしろ不安になっているのはマグちゃんのほうで、今のは手を繋いで欲しいという彼女なりのアピールだった。
そういった機微に聡いのはポチョよりもスズキだ。
「マグマグー? ポチョはいいから私のこと気にしてよ。こんなトコ、アチャが来るトコじゃないよ……」
しかしマグちゃんは厄介乙女なので、気を遣われたと察するとすぐに意地を張る。スズキはスズキなりに言葉を選んだがマグちゃんのお気持ちレーダーを潜り抜けることはできなかった。
「や、あんたは大丈夫でしょ。うちらの中で一番オネーサンなんだから」
皮肉混じりに断るが、マグちゃんは不安を紛らわせるために喋り続ける。
「てかジャムは? ドコ? 居る? 落っこちてない?」
ジャムはこっち。さっきから俺の手を握り潰そうとしてる。
「つ、潰そうとしてないよ。変なコト言わないで……! は、離さないでね!」
昼行性の人間が暗闇を恐れるのは当たり前だ。そういう当たり前の感覚を赤カブトは当たり前に備えている。
俺たちの声を頼りにチワワたちはおっかなびっくり付いてきている。いいぞ。この経験はお前らにとって大きな武器になる。
チワワが七人も揃ったんだ。当然、女キャラも混ざっている。身を寄せ合って進むチワワたちは手が触れ合って恥ずかしいなどと言ってられる状況じゃない。玉突きを避けるために手のひらを他のチワワの身体に当てて動向を把握する程度のことはやっている筈だ。
それでいいんだ。チワワよ。工夫しろ。生き残るために。だが、まだ足りない。もっとだ……。
俺はチワワをどんなふうに死なせるか考え始める。薄情なようだが、この編成で闇ダンを制覇するのはまず無理だ。ならば負け方を考える必要がある。
ウチの子たちは俺のようには考えない。俺の考え方に追い付いてくるのはいつだってゴミのようなプレイヤーだった。
知らないゴミが俺の肩にガッと手を置いて小声で耳打ちしてくる。
「フォローはする。お前は進め」
それだけ言って後方へ遠ざかっていく。……頼むぞ。コウモリは空を飛ぶ。挟撃は避けられない。隊列を伸ばして各個撃破されるのは上から数えたほうが早いくらいマシな展開だ。少なくとも戦いにはなる。最低限、武器を振り回せるだけのスペースを確保しないことには話にならない。
むっ、なんかいい匂いがする。
仕方ねぇな〜。俺は鼻の下をぐーんと伸ばした。ウチの子が不安になって俺に近寄ってきたようだ。俺は特別鼻が利く訳じゃないから匂いだけで個人の特定はできないが……さっきの様子だとマグちゃんかな? もっとくっ付きなよ。はぐれないように手を繋ごうぜ。
ああ、離れて行ってしまった……。まったくもう、照れ屋なんだから。
「わっ、なんか踏んだ」
おいおーい。そこら中に骨が散らばってんだから気を付けろ。
「コタタマ!」
ポチョ。来たか。戦闘開始だ!
2.血闘
スラリーの残像エフェクトは淡い光を発する。
焚かれた燐光が戦闘開始の時を告げ、最難関ダンジョンのいびつな輪郭を朧げに映し出す。
けたたましい羽音を立てて大きなコウモリが俺たちに迫る。モリー……上位個体じゃない。眷属だ。数は3。斥候だ。常設ダンジョンに生息するモンスターはリビングアーマーなど一部の例外を除き多彩な行動パターンを持つ。上位個体はレイド級ほどの傲慢さはまだ身に付けていないから眷属に自由な行動を許す時もある。
こちらの隊形は悪くない。最初から光源を用意して進めるだけ進む方法もあるのだが、そうしなかったのは正解だった。魔物と人間では物事の捉え方、考え方が違う。一寸先の暗闇を恐れて慎重に進んだからこそ今の状況がある。
コウモリの標的はポチョだ。ウチの最大戦力であり、高い戦闘適性を持つ。悪路に強く、直感的に味方が有利になるよう動ける。
硬直しているチワワたちに知らないゴミが指示を飛ばす。
「無理に敵を追わなくていい! 周囲を警戒! お前らは初心者だ! うまくやろうとするな! ヘタクソなりにッ、この戦いで何か掴め! アッー!」
嬌声を上げた知らないゴミがチワワの肩を足場に跳躍。抜刀してコウモリに二度切り付ける。コウモリのタゲが移る。ポチョと赤カブトのアイコンタクト。赤カブトの立ち位置がイイ。ポチョが軽やかにステップを踏んで下がる。赤カブトが剣を振り上げて嬌声を放つ。
「あっ、やっ……! んぅ〜っ……!」
常設ダンジョンのモンスターは弱い。それは最難関ダンジョンと言われる闇ダンですら例外ではない。皮膜の張った羽は脆く、【全身強打】が当たれば落ちる。
スズキが引き絞った弓矢を前方に向ける。飛行能力を持つ敵の群れに対して先手を打つのは現実的ではない。俺たちはきっとここで全滅する。それは覚悟の上だ。
俺は完全ギルド化を試みる。今の俺は無職だ。どのみちスキルはろくに使えない。が、変身する時にやって来るあの感覚がない。
!? 変身できねえ……! なんだ? 俺は何をされた? 音? 超音波か?
反響定位。コウモリやイルカで有名なアレだ。闇ダンのモンスターはプレイヤーの目を通すと大きなコウモリに見える。そのことには何かしらの意味がある。音に関連する特殊能力を持っている可能性は高い。
ジャムの【全身強打】で二羽落ちた。
スズキがギョッとしてこちらを振り返る。
「え? コタタマ!?」
単純なフィジカルで言うなら、完全ギルド化した俺が一番高い。その俺の突然の不具合。陣形に穴が空いている。
攻撃魔法は強力だが、味方の近くで撃てないという欠点がある。
俺は足元が崩れるような錯覚を覚えた。
いや、これは錯覚などではなく……!
俺の死体が地べたに転がっていた。
俺はいつの間にか死んでいた。
な、なにゆえ?
俺の突然死にポチョが反応する。だが、それよりも早く反応したものが居た。
それは種族人間を遥かに上回る反応速度を持ち、高度な知性を獲得した突然変異体だった。
闇の中、なお濃く黒い巨体が浮かび上がる。天井から逆さに吊り下がる上位個体が折り畳んだ羽の隙間から俺たちをじっと見つめていた。
かろうじて【全身強打】の射程範囲から逃れた眷属が急旋回して標的を変えた。上位個体の下知。俺たちが守ろうとしていたものを……!? モリー! お前は!
モリーとパールマグナの目が合った。マグナが射すくめられたように硬直する。眷属が迫る。ポチョがスラリーのギアを上げた。無詠唱。ダメだ。間に合わない。スズキがガムシャラに矢を撃つが当たらない。
いや、ジャムが……速い!
スライドリードの部位別使用。慣性制御を極めれば、自然法則の都合の悪い部分だけをシャットアウトできる。
無重力空間を行くようにジャムジェムが加速していく。
ただしそれは理想値だ。人はTASにはなれない。人間の身体はそのような精密な作業をこなせるようには出来ていない。
無理に加速したジャムジェムの両足に大きな負荷が掛かる。骨は軋み、筋肉は裂けていく。
ジャムがマグナに覆い被さった。
ハッとしたマグナが悲鳴を上げる。
「何やってんの!? 逃げなよっ!」
眷属がジャムの細い首に牙を突き立てる。
ジャムはニコッと笑った。
「良かった。マグちゃん……」
追い付いたポチョが眷属の羽を剣で引き裂く。ジャムの首筋から垂れた血がマグナの頬を濡らした。
マグナが叫ぶ。
「私をッ! 舐めるなぁ!」
……αテスターの変身はョ%レ氏が彼女たちに与えた報酬だ。
彼女たちは戦士の形態を取ることで、一時的にかつての力を取り戻すことができる。
変身の条件は彼女たちが自ら決める。
ジャムジェムは現世との繋がりに俺を求めた。
ルインルビィは第二の故郷を欲した。
パールマグナは……。
なおもジャムの首に牙を押し込む眷属を白い碗甲が押しのける。堪らず顔を上げた眷属の口を日本刀の剣尖が突き破った。
ジャムジェムはすでに事切れている。彼女の遺体を抱き上げたパールマグナの全身が純白の甲冑に包まれていく。
彼女は生産職だ。レベル上げを面倒臭がって前線に出ることはあまりない。しかしα時代に積み上げたレベルが今何をするべきか教えてくれる。
立ち上がったマグナが上位個体を睨み付ける。挑むように指差し、呪詛を叫んだ。
「α-Jewel! チンタラやってんじゃないよ! 引っ叩かれたいの!?」
心の働きとは一定のエネルギーロスであり、それ以上でも以下でもあるべきではなかった。
なのに、情状の酌量を排除できなかったのは力と意思を分離できなかったからだ。
それは裁判と似ている。
戒律から生み出されるものは秩序や罰である筈だ。
スキルとは司法の構築なのだ。
正誤は善悪でしか量れない。
それはどこまで行っても主観だ。
大きいこと、優れていること、正しいことは全て別の事象なのだから。
司法が善良な隣人の立場に立つように、スキルには人格を与えなくては正しく力を発揮することができない。
闇ダンに流星雨が降る。色は赤。火と言うには濃く、血と言うには淡い。それは命の色だ。
αテスターの固有スキル。告解室の作成。マグナの結界に取り付いた眷属が焼き爛れていく。
上位個体は動かない。
眷属の動きが変わった。焼け爛れた仲間を傘にして結界に身体をねじ込んでいく。突破される……!
定められた法に則る価値の交換。必中必殺の魔法はない。それは単なるゲームバランスの問題で、そういう設定になっているというだけの取り決めだ。不滅のギルドに対抗するために彼らが持たない「死」に価値基準を置いたルールだ。
だから、もしもギルドが戒律を学んだのなら彼らは滅びることになる。
アナウンスとマグナの声が重なる。
【「限界突破」】
甲冑が一部を残して脱落し、白い炎が帯のように彼女を取り巻く。
術者のレベルアップに伴い爆発的に火勢を増した緋の結界が眷属の身体を焼き切る。
手勢を退けられ、興味深そうに首を傾げた上位個体がついに動く。
変身したマグナのレベルは300を優に越える。しかし闇ダンの上位個体……モリーのレベルは……1000以上だ。
流星雨に打たれてもびくともしない。のれんを払いのけて店内に入るようにあっさりと結界を抜けた。
マグナは笑った。バカらしいとばかりに。
「はっ……。なんで、こんな化け物が……」
……同族殺しを繰り返して強い個体を作る。
ネフィリアが編み出した邪法は、このゲームに攻略不能のポイントを作るものだった。
彼女に何故と問うたなら、仕様としてそうなっているのだから自分がやらずともいずれは誰かがやったと答えるだろう。
群れの中で突出した個体は歯止めが利かなくなる。淘汰の輪から外れて際限なく強くなっていく。
しかし新規ユーザーにとっては、そんなことは瑣末なことだ。
何故なら彼らはレイド級と戦ったことがない。無知ゆえに恐れを知らない戦士になれる。
マグちゃんを庇うように取り囲んだチワワたちがきゃんきゃんと吠える。
「リーダー! 指示をくださいよ!」
「これはどんなイベントなんです!?」
フフフ……! 指示? 必要ないさ。それだ。チワワぁ! MMORPG……! お前らは言ってみれば異世界転生してるんだぜ? お前らは分かってるさ……! 知らないフリしやがって!
MMORPG。答えは最初から提示されている。
正解は中二病なのだ。
モンスターが居て、魔法があって、守るべきものがある。
なら、やることは一つだろ。
カッコ付けようぜ。
モリーの巨体が迫る。
チワワたちが武器を構えて一斉に駆け出す。
俺たちの戦いは始まったばかりだ。
これは、とあるVRMMOの物語
本日のオススメはふれあい牧場丼〜採れたてのチワワを添えて〜。フレッシュな魂を豪勢に盛り付けた逸品。さっぱりした風味を穢れた魂の臭みが引き立て、なんとも言えないクリーミーな味わいに仕上げました。
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