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ギスギスオンライン  作者: ココナッツ野山
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モグラ帝国創世記

 モグラ帝国に帰還した俺をもぐらっ鼻は大して歓迎してくれなかった。そろそろ勝ちの目が見えてきていて、用済みになりつつある俺の過激な政策に嫌気が差してきたのだろう。あるいはバニートラップにハマって一度は国を捨てた俺への不信感もあったかもしれない。

 もちろん忠義に厚い饅頭屋は別だ。戦地から帰ってすぐに駆け付けたのだろう。返り血やら何やらで薄汚れた身なりでガッと勢い良く跪く。


「陛下……! よくぞ……! よくぞご無事で……!」


 饅頭屋はデキる男だ。当然ながら自分の立場を危うくするものがオーバーワークにあると把握している。

 それでもなおなのだ。【敗残兵】のメンバーを排した今のモグラ帝国に自分と並ぶ将は居ないと分かってしまうから、重要な局面で他の者に手柄を譲ることができない。自分以上にうまくやれる者が居ないからだ。

 饅頭屋が現れたことで重臣たちの雰囲気がホッとするようにゆるんでいた。利に聡い彼らにとって饅頭屋は自分たちの財産を保障してくれる存在である。そこには憧れの感情もあるだろう。人間の心は都合良く出来ていて、自分に利益を齎してくれるものに好感を抱く。戦時中は正義のヒーローのように頼もしく見て、応援し、心より尊敬したものを、戦後に陥れて謀殺することは彼らの中で矛盾しないのだ。それは同棲を始めたカップルが些細なすれ違いや粗探しの末に破局するのと似ている。

 俺はニッと笑って傍らに立つ初代チワワをチラッと見た。

 素早く立ち上がった饅頭屋が重臣たちに見せ付けるように初代チワワの肩をガッと掴む。


「質屋殿! 良くやってくれた! 単身、敵陣に突入して陛下の御身をお救いするとは……! 貴公こそ真の忠臣ぞ!」


 質屋とは初代チワワのことだ。露店バザーで悪徳商人に金を握らせて悪どい商売に手を染めていることからそう呼ばれる。キャラネを明かさず偽名で通すのはこのゲームのプレイヤーの基本的な嗜みだった。

 質屋は饅頭屋の惜しみない称賛にニコリともせず謙遜した。


「いえ、饅頭屋殿。必要なことをしたまでです。こう言っては不躾だが……あなたはいささか働きすぎる。ご自重なさい。戦はあなただけのものではない」


 饅頭屋がムッとやや不快げな顔をしてから、思わず顔に出た不満を誤魔化すように快活に笑った。


「これは一本取られましたな!……宰相殿はよく先を見越しておられる。私のような武骨者とは違う……」


 ……いいぞ。俺はほくそ笑んだ。内心で呟く。そうだ、饅頭屋。俺は質屋を宰相に上げる。この国に必要なのは派閥争いだ。理想を言えば三つ巴の構図にしたかったが、武官と文官の権力争いは分かりやすい。分かりやすさは大事だ。どちらに付くか選びやすいということだからな。

 質屋が居れば饅頭屋の粗探しをする勢力が生まれる。饅頭屋の評判を一定にとどめることができれば、饅頭屋を生かせる。俺が守ってやれる。守られるのは可哀想なヤツじゃないと不自然なんだ。

 俺は玉座からゆっくりと立ち上がった。無視されたらどうしようかと思ったが、重臣たちは跪いてくれた。一応は王様なので形だけは敬ってくれるようだ。

 俺は言った。


「兵を集めよ。神聖ウサギ王国を攻め落とす」


 

 Chapter4.肉球を重ねて


『前進』


 俺は短く告げた。君主の特権、エリアチャットだ。

 帝国軍は苦戦している。兵力では勝るものの、王国軍の采配が巧みすぎるのだ。

 何をやっても裏を掻かれると分かっているので、俺は愚直に前進を命じる。数に物を言わせたゴリゴリの力押しだ。奇策には頼らない。

 俺はウサギ城を見つめて、うさ耳どものあるじに胸中で語り掛ける。

 リリララ。分かるか。戦術でも戦略でもお前のほうが上。俺じゃお前には敵わない。けど最後に勝つのは俺なんだ。俺はお前の誘いには乗らない。作戦で負けてるからって天才的な閃きなんかに頼らない。お前らは兵が10人死ぬまでに俺の兵隊を20人殺していい。歴史はお前を高く評価するだろう。俺は愚将として世間に笑われる。それでいい。俺はお前と知恵比べをしない。リリララ。お前は甘すぎるよ。どうしてうさ耳を選んだんだ。それがお前の敗因になるんだと分かっていただろうに。

 獅子奮迅の働きを見せるうさ耳どもが散っていく。三対四ならどうにかやれたろう。二体三ならどうにかしのげたろう。しかし一対ニはどうにもならない。

 俺は決着となる言葉を告げた。


『女殺隊。出ろ』


 女キャラで構成された決戦隊だ。

 俺はリリララとモッニカをイイナと思っているので、俺以外の男に殺させない。あの二人を殺していいのは女キャラだけだ。

 ……分かるか。リリララ。俺は舐めプをやってるんだ。効率度外視の手を打てる。余裕があるから我を通せる。結局は強さが全てなんだよ。お前らは弱いから何も守れない。

 もぐらっ鼻はウサギ城の目前まで迫っている。ここから逆転の目はない。

 リジェネ状態の女殺隊が城内に突入した。【八ツ墓】の青い光が幾重に波打ち戦場をうねる。打って出たリリララが【四ツ落下】で女殺隊を地に沈める。どうして生贄を使わない? それもお前の弱さだ。非生贄式は感覚を閉ざすんだろ。お前自身が言っていたことだ。それがどういう感覚なのかは俺には分からない。だが精彩予測が一時的に停止することくらいは予想が付く。


『第二、第三隊。出ろ』


 誰も女殺隊が一つきりだとは言ってない。突っ込めば魔法で一網打尽される。そんなことは誰でも分かる。それでもリリララはやるしかなかった。勝ち目がないことは分かっていただろう。それでも彼女はもぐらっ鼻を選ばなかった。

 女殺隊がリリララに迫る。

 モッニカがリリララを庇った。一人や二人倒したところでどうにもならない。

 モッニカが女殺隊に背を向けてリリララを抱きしめた。


 宙を舞ったうさ耳が、ひらりひらりと揺れて、ぱさりと地と落ちた。


 ここに、ウサギ城は陥落。

 神聖ウサギ王国の歴史は幕を閉ざした……。



 Chapter5.夢の果てへ


 戦に敗れ、降伏したうさ耳どもを俺はモグラ帝国の新たな民として迎えた。

 表向きは平等を謳い、それはそれとして上手く勝ち馬を乗りこなしたもぐらっ鼻たちにご褒美として称号を与えていく。

 全員一級臣民だ。もるもると鳴いて喜ぶもぐらっ鼻は見ていて滑稽だが愛嬌めいたものがなくもない。

 臣民の称号は微々たるものだがステータスが向上する。


「もるぅっ!」


 うんうん、がんばったねぇ。良かったねぇ。

 一方、うさ耳どもは五級臣民だ。スマイルくんが作った臣民制度は三級までなのだが、俺が作った。名ばかり称号なので恩恵は特にない。

 まぁそこはね、やっぱりね、どうしてもね、差が出ちゃうよね。だってお前ら俺に歯向かったじゃん? 仕方ないじゃん? まぁこっからですよ。こっから国に貢献してくれたら昇格させてやっから。称号なんて大した意味はありませんよ。レベル2か3程度の差しかないし。ホント大した意味はないの。ケジメっつーんですかね。そういう感じ。

 そう、これは差別ではない。区別だ。俺に付いてきたもぐらっ鼻が報われるのは当然のことだ。信賞必罰ってヤツだな。知らんけど。そういうのは裁判官が決めることでしょ。もぐらっ鼻の裁判官がさぁ。

 かようにして俺の国造りは順調だ。

 どうにかしてデバフ称号を作れないかと試行錯誤したりと充実した日々を過ごす。ああ、忙しい忙しい。義理チョコを食ってる暇もありゃしない。どんな味なんだろう。楽しみだ。試しに摘もうとしたこともあるのだが、チョコ漬けになった廃人が「チョコくれよ」としか言わなくなってしまったらしく、安全性が実証されるまでチョコ禁されてしまったのだ。まぁうさ耳どもが蓄えてたぶんをごっそり頂戴したんでね。チョコ漬けにしたバニーちゃんたちに恵んでやるのも楽しそうだ。今からワクワクするぜ。

 そんなある日である。

 俺は饅頭屋と初代チワワを会議室に呼び出して、ここだけの話をするのであった……。

 

「そろそろスマイルの旦那とサトゥ氏が動き出すのでブッ殺して俺の天下を確定演出に持って行こうと思う」


 饅頭屋がむむっと唸る。


「陛下がそう仰るのであれば……身辺警護をより堅固なものと致しましょう」


 初代チワワが軽く手を上げて饅頭屋を制止する。


「あとにしろ。王には何かお考えがあるようだ。ここはまずご采配を仰ぐべきだろう」


 ムッとした饅頭屋が言い返す。


「そのような悠長なことを言っている場合か。貴公は彼らの怖さを知らんのだ」


 初代チワワと饅頭屋はあまり仲が良くない。最初は演技で対立関係を装っていたのだが、演技しているうちに本当に仲が悪くなってしまった。

 初代チワワは饅頭屋を無視した。黙って俺を注視してくる。

 これが本当にあの可愛くないチワワかと俺は感心するばかりだ。

 まぁ男子三日会わざれば刮目して見よという言葉もある。コイツの場合は三日なんてモンじゃねーし、ほとんど別人みたいになっていてもおかしくはないのだろう。なんなら大人しめの変化ですらある。このゲームのプレイヤーは実直を絵に描いたサラリーマンみたいなヤツが曲がり角を曲がっただけで舌べろーん出してチェーンをブンブン振り回すようになったりするからな。ポケモンの進化のほうがまだ納得できるよ。


 すっかり人が変わってしまった初代チワワ。

 俺には分かる。きっとこの男は俺と似たような変遷を辿ったのだ。

 実は人一倍繊細で、ピュアな心を持っていて……。

 VRMMOに夢を抱いていた。あの頃の俺のように。

 なのに、このゲームは新規ユーザーに優しくなくて……。

 失望するたびに心はすり減っていく。

 期待していないフリばかりが達者になっていく。

 いっそ諦めることができれば、どんなに良かっただろう。

 たまに息を飲むほど美しいものに出会うことがあるから、期待をしてしまう。救いを求めてしまうのだ。

 それは、罪なのかもしれない……。


 心のポエムを詠み終わった俺は手振りで二人に座るよう命じる。

 今着席したこの二人が俺の自慢の右腕と左腕だ。彼らに黙って事を進めればたぶん途中で勘付かれて面倒なことになる。

 そうならないよう事前にこの場へと招いたのだ。

 俺は改めて二人に説明した。

 スマイルとサトゥ氏をブッ殺し、俺がこの国のてっぺんを取る。饅頭屋の言うことも分かるよ。アイツらは強ぇ。関わらずに済むならそれが一番だ。けどな、そうはならねえ。アイツらは俺から君主のジョブを奪うために必ず動く。うさ耳どもとドンパチやってた時に動かなかったのは、俺を確実に殺せるタイミングを窺ってたからだ。ヤツらがもっとも恐れていた事態は俺が君主のジョブごとロストすることだった。そうなることを危ぶんで裏で色々と動いてたんだろう。俺があっさりとウサギ王国をブッ潰せたのはそういう背景がある。

 ここまではいいか?

 饅頭屋と初代チワワは頷いた。

 よしよし。続けるぜ。ウサギ王国はブッ潰した。今からまた戦争ってのもダルいだろう。このまま例によって例のごとくなし崩しに解散したなら、もぐらっ鼻は一級臣民の称号を持ち逃げできる。そして……例えばの話だ、仮に俺がロストしたなら、君主を失った臣民の称号はどうなる? それは分からない。前例がないからな。だが称号が機能しなくなっても不思議じゃない……もぐらっ鼻はそう考えるのさ。あいつらは一級臣民だから考え方が守りに入るんだ。つまり現状維持。それが今のもぐらっ鼻の考え方だ。俺が王様なのは気に食わねぇが、だからと言って分の悪い賭けをする気にはならない。俺から言わせてみれば五分五分だけどな。他人のロストが称号に影響するってのも妙な話だ。とはいえワールドクリエイトモードの恩恵であることも確か。国が滅べば……ってのも考え方としちゃ不自然な点はない。だから五分五分だ。

 さて話を戻そう。良くも悪くもこの国は安定しつつある。俺はひとまずロストの危機を脱したと言っていい。てーことは、スマイルとサトゥ氏はお膳立てを終えたってことだ。いつ動いても不思議じゃない。だから俺が動かす。アイツらをぶっちめねーことには気の休まる暇がねえ。俺が上ってことをハッキリさせる。じゃあ具体的に何をどうするか。いいか。お前らは何もするな。スマイルとサトゥ氏を釣ろうってんだ。並大抵のブラフじゃ通用しねえ。だからお前らにこの場で俺の作戦を伝えることもしない。いいな。何もするな。お前らがヘタに動けば俺の邪魔になる。

 饅頭屋が不安げに眉根を下げる。


「それは……御身を危険に晒す、ということなのでは……?」


 言ったろ。作戦は内緒だ。

 初代チワワが恭しくこうべを垂れる。


「……仰せのままに」


 饅頭屋が初代チワワの声を遮るように身を乗り出した。重ねて言う。


「陛下。私は反対です。危険だ。時間をください。私に彼らの討伐を命じてください。草の根を分けて捜し出してみせます。それまではどうか……」


 饅頭屋。俺はお前を高く買ってるよ。でもここはあえて言う。お前じゃヤツらには勝てない。ヤツらは別格なんだ。これまでに俺は色んなプレイヤーを見てきたが……総合力で言えばアイツらは頭一つか二つは抜けてる。セブンも同類だが……アイツのことは気にしても仕方ない。運だよ運。放っといても死ぬし。

 初代チワワが冷淡な眼差しを饅頭屋に向けた。


「饅頭屋殿。無礼ではないか。あなたはいつから王に意見ができるほど偉くなったのか。親しき仲とはいえ身の程を弁えることだ」


 饅頭屋は初代チワワの言葉を無視した。言葉に熱がこもる。


「陛下! ご再考を……! お、お言葉ですが……あの二人は別格だと陛下は仰いましたな。格が違うと。陛下は……どうなのです?」


 どうとは?


「で、ですから……ご自愛を。ご自愛をなされるよう、私は……。そ、そうだ。女王陛下は……リチェット殿はどうなさるおつもりなのですか? 国がまとまり、今こそ婚儀を進めるべきなのでは……」


 ……そうか。お前は反対なのか。お前は本当に忠義に厚い男だよ。俺の周りは敵ばかりだ。お前が居てくれて本当に良かった。よく今までこんな俺を支えてくれたな。感謝してるぞ。

 俺はニコッと笑った。

 饅頭屋は頭を掻いて照れ臭そうに笑った。


「そんな、改まって突然何です? 照れるでござるなぁ……」


 俺は饅頭屋を処刑した。

 俺の言うことを聞かないんだから仕方ない。話したのは失敗だった。何を言っても無駄だろう。いったんは従うフリをしても俺の身の安全を第一に考えて裏で動くに違いない。それじゃあダメなんだよ。あの二人を誘き出すには俺がミスをするしかない。

 饅頭屋。お前の処刑もその一つだ。お前は最後の最後まで俺の役に立ってくれた。本当に感謝してるよ。ズッ友で居ような。


 ズッ友を処刑したことでモグラ帝国の派閥争いは終息し、初代チワワが権勢を伸ばしていく。

 初代チワワを神輿に担いでクーデターを起こそうとした輩も居たようだが、初代チワワは手練手管で彼らに取り入り、潜入捜査の要領で粛々と反乱の芽を潰していった。

 初代チワワは決して俺を裏切らない。何故なら俺は神に選ばれたKINGだからだ。

 俺は初代チワワに面倒なことを全部押し付けてリチェットとの婚儀を推し進めていく。饅頭屋の言う通りここらで軽く結婚しとこうと思ったのだ。リチェットってフツーに美人だしな。

 良いではないか、良いではないか……。


「良くはないんだよ!」


 どうせ結婚するんだから現時点で半分くらい俺のモンだろうと言い寄ってみたがダメだった。部屋を追ん出されて、もるもると悲しげに鳴いてリチェットの部屋のドアをカリカリと引っ掻く。

 チッ、ダメか。ちょっとくらい、いいじゃねーか。サトゥ氏なんてやめて俺にしとけよ。

 ままならない世の中である。

 ふんだ。いいもんね。俺にはバニーちゃんたちが居る。

 今日はバニーマグちゃんとデートだ。

 マグちゃんは俺が一国の王となって大喜びしてくれた。自分を着飾るのが大好きなので貢ぐと素直に喜んでくれる。


「えー? 結婚? どうしよっかなー。そうだ、この服買ってよ。そしたら考えたげる」


 マグちゃんは考えてくれた。結果的に結論は先送りになったが俺は満足だ。もぐらっ鼻とうさ耳が稼いだ金なので俺の懐は痛まないし、ショッピングを楽しんでいる時のマグちゃんはガードがゆるくなることがある。この日は人だかりが邪魔だからって俺に肩車しろとか言ってくるんだぜ。ドキッとしちゃう。だって男の子だもん。


 そんなこんなでウチの子たちと遊び呆けて国民の血税をド派手に溶かす日々を送っている。

 国民の不満は日増しに高まる一方だ。

 そんなに気に入らないならエンフレ出せばいいんじゃないんですかァ〜? そしたら俺も出しますし。エンフレ戦やろうよエンフレ戦。なんでダメなの? いいじゃん、やろうよ。君主なんか別にどうなったっていいじゃん。ぶっちゃけエリアチャットうざいっしょ?

 俺はバニースズキのお腹に顔を押し当ててエリアチャットをブッパした。


『まーーーーーー!』


 特に意味のない叫びである。


「やんっ」


 バニースズキがくすぐったそうに身をよじる。

 ウチのちんちくりん一号は上機嫌だ。

 王様になったのに他のバニーに手出ししない俺は偉いと誉めてくれる。


「びっくりしちゃった。コタタマって意外と一途なんだね」


 いやぁ、俺もせっかく王様になったんだし派手に女遊びしたかったんだけどさぁ。ジャムがガチギレして俺を刺してきそうじゃん? そしたらあいつのフレリが白紙になっちゃうからさぁ、それはさすがに可哀想かなって。

 スズキがポッと頬を赤らめる。


「コタタマ、優しい……」


 なははははー! そんなつもりじゃなかったんだけどなァー!


 だが、そんな俺の優しさが愚民どもにはイマイチうまく伝わっていなかったらしい。

 堪忍袋の緒がブチ切れたもぐらっ鼻が反乱を起こしたのだ。

 チッ、冗談の通じねー連中だな。殺せ殺せ。

 俺は初代チワワにテキトーに命じた。

 初代チワワが軍を率いて鎮圧に乗り出すが、反乱軍はなかなかしぶとかった。

 というかフツーに負けそう。

 ああ、そういうこと? 別にその場の勢いとノリで徒党を組んだ訳じゃないのね。この日のために牙を研いでたのか。なるほどね。ようやくお出ましですか。遅いよ。待ちくたびれちゃった。

 この日、ついにスマイルとサトゥ氏が表舞台に姿を現したのだ。

 俺はモグラ城の玉座に腰掛けて二人を待つ。

 おら、さっさと来いよ。兵隊は全員反乱軍の鎮圧に回した。俺の首はここだ。

 ……全ては俺の計画通りだった。

 俺の首は一つしかない。君主の席は一つ。スマイルとサトゥ氏は混乱に乗じて城内に忍び込んでくる。そして互いに潰し合う。相討ちになって両方死ねば、まぁ一番面倒がなくていいが、そう都合良く行くとは思っていない。

 アイツらは優秀だから、どちらか一人は俺が待つ謁見の間に辿り着く。

 俺がやられて嫌なのは暗殺だ。いくら俺でも街中でイキナリ人間爆弾を投げ付けられたら対処できない。だから饅頭屋の言うように兵でガチガチに守りを固めることをしなかった。どんなに守りを固めても、あの二人はどうにかして兵を出し抜くからだ。やろうと思えば俺を暗殺することもできたろう。

 でもアイツらはやらなかった。俺が隙だらけで、暗殺以外にも遣りようはあると考えたからだ。なぁ、そうだろ?


 俺は死闘を制して謁見の間に姿を現した男に種明かしをしてやった。

 お前らにとって君主なんざ、あれば便利程度のモンでしかないんだよ。俺がロストしたら困るから機を待った……暗殺するまでもなく正面から攻め込んで勝てるから軍を興した……全部言い訳だ。お前らは、ただ殺し合いをしたかった。全力で戦いたかった。

 全身血まみれの男が、玉座の俺にゆっくりと歩み寄りながら剣を抜き、余計な荷物になる鞘を放り捨てた。

 手に持つ剣は二刀。

 スマイルが言った。


「コタタマくん。面倒なことをしてくれたね。また称号の付け直しだ」


 そうかい。そいつはすまないことをした。もっともあんたはそんなことを気にする必要はないがね。

 スマイルは伏兵を警戒している。俺が潰し合いに誘導したことは悟っていただろう。実力伯仲の二人が戦えば無事では済まないと俺が考えたと……自分にとって都合の良い解釈をした。だから俺がトドメを刺すために伏兵を仕込んでいるという的外れな推測に至るのだ。

 だが、そんなのは勝手な思い込みだ。

 実力伯仲の二人が戦えば無事じゃ済まないって? そんなの分かんねーだろ。人間は刺されたら死ぬんだぜ。あっさり決着が付くこともあらぁな。そもそも今のサトゥ氏じゃスマイルには勝てねぇ。少なくとも前にヤり合った時はスマイルの圧勝だったじゃねーか。

 まぁ今回は相当苦戦したようだが。

 クックック……。旦那、どうした? 随分と歩きづらそうにしてるな。腱を痛めたか。

 俺が怪我を心配してやると、スマイルは大仰に肩を竦めた。


「しつこくてね。なかなか離してくれなかった」


 分かるよ。アレはしつこい。メンヘラ気質なんだよな。

 俺は軽口に応じながらスマイルを指差した。

 スマイルは歩みを止めない。周囲を観察しながら攻撃魔法に備える。

 そう警戒するなよ。しかし久しぶりだからな。よく狙わないと外しそうだ。

 俺は嬌声を上げて【心身燃焼】を打った。

 少し自信がなかったのだが、うまくスマイルを射程距離に収めることができた。

 傷を癒やされたスマイルが怪訝な顔をする。


「……何のつもりかな?」


 伏兵なんか居ないって教えてやったのさ。

 そう言って俺はゆっくりと玉座から立ち上がった。手に持つ斧を軽く素振りして具合を確かめる。


 俺はスマイルくんとサトゥ氏を決して侮らない。

 一対二では負けるだろう。

 しかし一対一に持ち込めば勝てる。

 何故なら俺は世界最強の男だからだ。

 無論、レベル差があることは理解している。懸念があるとすればそこだった。

 だから……。

 これがなければ俺は何とかして二人から逃げ回っていたかもしれない。

 俺はカッと目を見開き、荒ぶる鷹のように両腕を広げた。ぶるぶると総身と震わせて嬌声を放つ。


「アッー!」


 俺の全身から放射された二つの青い光が波打ち、ぶつかり、押し合い、へし合い、波濤に立つ波しぶきのように謁見の間に降り注ぐ。青い光芒が壁のようにそそり立つ。

 アナウンスが走る。


【波間に揺れる、花は珊瑚、火に似て、血は濁り、鉄は鈍る。果てる命、咲く命、朽ちる定め】


【八ツ墓】の第二段階。複合環境だ。

 くくくっ、スマイルめ。鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてやがる。

 おかしくて堪らない。そうだよなァ。あんたは強いもんな。気付かないよなァ。

 教えてやるよ、スマイル。【八ツ墓】の真価はステータスダウンにある。そして……コイツはエリアチャットと同じだ。術者に社会的なヒエラルキーを求める……つまり君主のオリジナルなのさ。

 スマイルぅ! 身体が重いだろ! ステータスダウンッ! 今のあんたは俺と同じ土俵に上がったッ! レベル1のステータスってことだよ! オメデトウ!

 くくくくっ、ふははははははははは!

 さぁ、ヤろうか! 精々足掻けッ!


 俺は怪鳥のように飛び上がった!



 2.決戦


 俺は着地した。スマイルが狂ったように突進してくれば丁度良いところにスマイルの首が来る予定だったのだが目測が狂った。

 二刀を両手にぶら下げたスマイルが前に出る。遅いぞ。全て見えている。

 ニヤ付きが止まらない。まったく負ける気がしない。まぁ相手はβ組でも一、二を争う剣士。遊びは程々にしよう。俺はスマイルを指差して【四ツ落下】の生贄にロック。潰れて死ねッ! 四人居ないのでリングは形成できないが、どういう訳か俺は生贄に捧げるという工程だけを切り出して使うことができた。君主の特性なのかもしれない。

 スマイルが跳んだ。生贄のロックを回避。チッ、速く動かれると当たんねーんだよなぁ。スマイルをぐちゃぐちゃにしてみたかったのだが、当たらないなら仕方ない。魔法を撃つには近すぎる。肉弾戦か。それも悪くない。そっ首を叩き落としてやるッ! 俺も前に出る。

 スマイルが空中で慣性をひねる。俺の頭上を飛び越える動き。だからノロいって! 丸見えなんだよなァー! 俺は余裕を持ってスマイルを迎撃する。

 あれれー!? なんか俺も遅いなぁ! おっかしいなァー!

 俺の斧を持つ片腕が刎ね飛ばされた。

 身体が追い付かなかった。



 3.決着


 がっはァー!?

 俺はもんどり打って倒れた。予想だにしない衝撃に切り飛ばされた肩口を押さえて絶叫する。

 ぐわーッ!

 ごろごろと地べたをのたうつ。

 ば、バカな!? 一体ッ……何をした!? スマイルぅー!

 スマイルくんが振り返って言う。


「……【八ツ墓】の段階解放のことなら知っていた。君の言う通り、使う必要性を感じなかっただけだよ」


 ンなこた聞いてねーよボケカス! なんで俺がこんなッ……!

 こ、こんな……。

 刎ね飛ばされた俺の腕がボテッと地べたに転がっている。

 武器もどっか行った。ついでに言うとスマイルくんは俺の打った【心身燃焼】でリジェネ状態になっている。今後の展望がまったく見えなくて俺は愕然とした。

 ま、負ける……?

 何故だ?

 訳が分からなかった。俺は王だ。王は決して負けない。それは確実なことで……そう、コーラを飲めばゲップが出るというくらい確実なことなのだ。ジョジョね。それなのに何故? 確かにスマイルは俺を技量で上回っているかもしれない。だから何だと言うのだ? 俺は王だ。地を這いずって生きる下賎なゴミどもとは違う。勝利は約束されている筈だった。なのに何故……。

 今、あり得ないことが起こっている。俺は混乱する頭で現状を整理するが、どんなに考えても分からなかった。引力に引かれて地に落ちる筈のりんごが急に浮き上がって天に吸い込まれるようなものだった。こんなことはあり得ない……。

 いや、そうか。そうだったのか。狂ってるのは世界なんだ。こんな簡単なことに気が付かなかった自分がひどく滑稽に思えて我知らず苦笑が漏れた。

 俺はゆらりと立ち上がってスマイルを指差した。命ずる。

 自害しろ。今この場で。


「コタタマくん……」


 俺はニヤニヤしながらスマイルに近寄っていく。俺が間合いに入ってもスマイルは動かない。当然だ。俺は何一つ間違っていないのだから。スマイルの肩をガッと掴み、今から死にゆく男の労をねぎらうように二の腕を優しくさすってやる。ん? どうした? 見ろ。血が出ている。このままでは俺が死んでしまうぞ?

 俺はスマイルくんにブン殴られて地べたに転がった。俺は「ヒィッ!」と悲鳴を上げた。な、なんでぶったの? 俺の胸ぐらを掴んで引き起こしたスマイルくんが静かに凄んでくる。


「目を覚ませ。勝利を乞うな。エンフレを出せ。それが君だ。コタタマくん。私はずっと君を見ていた」


 な、なんの話? 苦しい……。そんな乱暴にしないで。


「最初に会った時……面白いプレイヤーだと思った。見下していたことは認める。君は弱いからな。何が楽しくてこんなゲームをやっているのかと思った。あの頃の君はいつも世に拗ねたような目をしていた」


 息が……息ができない。離して……。

 スマイルくんは離してくれた。

 俺は地を這ってスマイルくんから離れる。

 血が止まらない……。このままじゃ死んじゃう。ヒールを……。

 俺は「きゃんっ」と嬌声を上げてヒールを打った。しかし赤い輝きがすぐにくすんで消えてしまう。えっ、バグですか?

 バグじゃなかった。


【消えゆく定め、命の灯火……】


 ……そう。そうだったな。余は君主。ヒールは受け付けぬ。勝ち続ける定めよ。

 俺は精神を再建した。

 スマイルは致命的なミスを犯した。一時はこの俺を追い詰めておきながら、少し「お願い」してやったらこのザマ……。甘すぎる。

 俺はゆっくりと立ち上がり、会話パートに突入したらしいスマイルに応じてやることにした。王者の余裕がそうさせるのだ。

 ツカツカとスマイルのすぐ横を通り過ぎながら言う。


 面白いプレイヤー? そうかもな。あんたの感想にケチを付ける気はないさ。だったら今度は俺があんたの第一印象を語ろうか。そうだな……。随分前の話だし、細部に抜けはあるかもしれんが……。

 ……バカが。俺は内心でほくそ笑んだ。俺はいつでも死に戻りできる。自害すれば君主のジョブを渡さずに済む。

 ふんぬっ。俺はいつものように自分の頭を取り外そうとした。が、外れない。あれ? おかしいな。どっか引っ掛かったか? ふんぬっ……! なんだこれっ、外れねえ!

 自分の頭を引っこ抜こうとしている俺にスマイルくんが淡々と告げてくる。


「コタタマくん。人間の頭はそんな簡単に外れない」


 そ、そんな筈は……。いや、でも……。あれ〜? おっかしいなぁ〜。なんで外れないんだ? いつもはこう、ポロッと簡単に……。

 え? 夢? 夢を見てたの? なんで?


 スマイルくんの呆れたと言わんばかりの声。


「……戒律だよ。アバターの肉体は戒律で組まれた模造体だ。今のような状況で……死んで逃げることはできない」


 そうなんだ?

 初耳だった。

 なるほどな?

 言われてみれば人間の身体ってそんな感じだった気もする。

 スマイルくんが俺に歩み寄ってくる。

 ま、待てって。お、おおお俺を殺すのか?


「ああ、そうだ。君主を返して貰う」


 俺はダッと地を蹴って逃げ出した。しかしすぐに何かにつまずいてすっ転ぶ。ンだよ!と怒りに任せて睨み付けると俺の腕だった。

 スマイルくんが俺に迫る。

 俺は慌てて立ち上がろうとしたが、急なめまいに平衡感覚を失ってストンと尻もちを付いた。俺の腕からボトボトと血が垂れている。ろくに止血もしないまま動き回りすぎた。血が足りない。

 俺は無事なほうの腕をブンブンと振った。待て待てとスマイルくんに停止を命じる。

 く、来るなっ! 尻もちを付いたままずりずりと後ずさる。

 血が足りない。ふらふらする。足に力が入らない。立てない。俺は地を這って少しでもスマイルくんから離れようとする。

 ダメだ。勝てない。負ける。なんでだ? なんでこうなった? 俺は王様なのに。なんでこんな目に遭わなくちゃならない? 愚民ッ……! 何してる! 俺を助けろッ!

 ま、饅頭屋! 饅頭屋はどこだ!? お前だけは俺にどこまでも付いてきてくれる! そうだろ! 饅頭屋! どこに居る!? 俺はここだ! ここに居るぞ! 今すぐ俺を助けろッ!

 ……しかし饅頭屋の返事はない。そういえば俺が処刑したんだった。

 ち、チワワは!? チワワはドコ行った!?

 スマイルくんがボソリと呟く。


「そこの者。出て来い」


 そう言って柱を指差すと。柱の陰から初代チワワが出てきた。

 よ、よしよし! いいぞ!

 俺はスマイルくんを指差して初代チワワに勅命を下した。

 質屋! コイツを殺せッ! お前なら勝てる! お前なら……!

 初代チワワが汚物を見るような目で俺を見ていた。


「か、勝てるか! なんだ、そのザマは!? あんたは神に選ばれた使徒じゃないのか!? そんなっ、そんなのはっ、王じゃない! あんたは王じゃない!」


 デスノート展開ヤメロ! 配役が圧倒的に足りないだろ! クォリティ低いんだよ! じゃあ誰が俺を撃つんだッて話だ……! せめてやり切らせろよ!

 おお? 何やら赤い光が俺に降り注いで……。ふふん? なるほどな? ここに来て目覚めちまったか。俺の新たなチカラが。

 アナウンスが走る。


【王は一人】

【エラー!】【都落ち】

【警告】【弱者は王たり得ない】


 あ? 

 おい、何してる! システム! 訳分かんねえこと言ってねーでさっさと力を寄越せ!

 言うが早いか、どこからともなく差し込んだ青い光がスマイルくんを照らした。おい、待て……。


【条件を満たしました!】

【イベント】【王の資質】【Clear!】

【Class Change!】

【おめでとうございます!】

【サトウnキ さんが君主にクラスチェンジしました!】


 つまりどういうことかと言うと……俺はシステムに見放された。

 王座に返り咲いたスマイルくんが頭痛を堪えるように眉間を揉みほぐしている。


「まったく……」


 逆手に持ち替えた剣を振り上げて俺を見下ろす。

 待っ……。


「君と居ると退屈しないな」


 俺はさくっと刺されて死んだ。




 これは、とあるVRMMOの物語

 穢れた魂ウメェー! す、素晴らしい……! このめくるめく味の快感! 〆のコタタマは格別だァー!



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― 新着の感想 ―
[一言] そうか、宰相ちゃんってのがメガロッパさんの最初のあだ名だった。読み返して引っかかりが取れた。
[良い点] くっそ笑ったw
[良い点] 確かに途中で我慢できずにエンフレ出すとかしなかったのはコタタマっぽくない気がする [一言] 今回のコタタマの死に様はなんとなく昔を思い出す
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