第三の使徒
Chapter3.王と王
まんまとバニートラップにハマった俺が出頭したことで勢い付いた王国軍は攻勢に転じた。俺という頭を欠いた帝国軍が総崩れになると楽観視したのだろう。兵力に劣る王国軍には勝利するという経験が不足している。だから読み違える。漫画の読み過ぎだ。頭を失ったからと突然瓦解する軍などない。簡単に言えば最前線で身体を張る兵隊を指揮するのは王の仕事ではないからだ。
いや……あるいは指揮系統の混乱を見越してのことかもしれない。俺のあとを継ぐとすれば饅頭屋……あいつは俺を取り返そうと躍起になって前掛かりになるということか?……それはさすがにヤツを甘く見過ぎだ。仮にそうだとしてもこちらにはリチェットが居る。
いずれにせよモグラ帝国はそう簡単には滅びない。俺が作り上げた強い国だ。俺を舐めるなよ。
囚われの身となった俺はウチの子たちから引き離されて牢獄にブチ込まれた。
見張りに看守が立っているが……茶番だ。リリララ、居るんだろ? 分かってるな? もはや見張りなど互いにとって無意味。プレイヤーを完全に拘束するすべはない。俺はいつでも死に戻りできるし脱獄できる。それでも俺がここにとどまっているのは今のモグラ帝国を動かしているのは俺ではないと示すため。こうなってはリリララは、いやモッニカは証拠スクショを出せない。内通者が居ようとも関係ない。放っておいてもモッニカが探し出してくれる。何故ならモッニカはアイドルグループのマネージャーだからだ。女を人質に取るような真似を看過することはできない。リリララの精彩予測があれば証拠スクショを押さえるのはそう難しくないハズ……。
策は練ってある。俺はウサギ王国を滅ぼしモグラ帝国の王に返り咲く。そしてリリララがそう読むことも分かっている……。
全て読んでいる。俺の勝ちだ。
うさ耳看守が牢の鍵をガチャッと開ける。
「出ろ。女王陛下がお呼びだ」
女王……リリララか。
……尋問? 何のために……いや、そうか。予測がズレたのか。予想以上に早い……が、俺にとっては好都合……。
のろのろと身を起こした俺はうさ耳看守にガチャッと手錠を掛けられた。思わず苦笑が漏れる。
まるで犯罪者だな。
「どの口で……。お前は罪もない人々を殺し義理チョコを奪った。大罪人だ」
まだそんなことを言ってるのか?
俺は率先して歩き出した。追い付いてきたうさ耳看守が一定の歩調で俺の斜め後ろを歩く。付かず、離れず。反撃を想定しているのか。口振りの割には冷静だ。
俺は気分良く続けた。
優先ドロップの仕様は何のためにある? よく考えろ。レ氏はこうなることを想定していたんだ。ヤツは義理チョコが戦争の引き金になることが分かっていた。
「……争奪戦を起こすためにそうしたと?」
違う。仮に優先ドロップがなかったとして……結局は奪い合いになったさ。チョコをドロップするまでリスキルすればいい。ただそれだけのこと。だからレ氏は弱いヤツからさっさと死んでチョコを失う仕様にした。無駄な手間をなくすためだ。つまるところヤツは優先ドロップという仕様が俺たちに浸透するのを待っていた。そしてチョコを失ったものは奪う側に回る。言ってみれば失うものがなくなる訳だからな。必然的にそうなる。
「……そうかもしれない。でもっ、だからこそっ、私たちは手を取り合って進むべきなんだ……! お前は運営の手のひらの上で踊らされて悔しくないのか……!?」
悔しい……? ああ、そうかもな。レ氏とはいずれケリを付けるさ。でもそれは今すぐじゃない。だが備えは必要だ。俺はそのために動いている。おそらくはリリララも。だから今俺がお前に言えることは……余計なことはするな。もぐらっ鼻だのうさ耳だの……そういう段階はとうに過ぎてるんだよ。
……優先ドロップの仕様。これは無駄な手間を省くためだけのものじゃない。これはメッセージだ。レ氏は俺らに謎解きを仕向けている。ドロップの仕様とはすなわちルート権。ルート権は所有権に直結するシステムだ。
死んだプレイヤーは所有権で縛られた装備ごと再生する。これはこのゲームの根幹に関わるシステムだ。VRMMOで……丸裸で再生するゲームなんて嫌だろう。それはどの星でも変わらないハズ……。
ドロップに優先順位を設けることができるとすれば……優先ドロップと特別な所有権は本質的に同じモノと考えたほうが通りはいい。つまり……優先順位を極限まで下げて何らかの条件を付け加えることができるということだ。リスキルで女キャラの服を剥いだなんて話は聞いたことがないからな。
……普通にやって女キャラをひん剥けるとは思えない。しかし……。
(私とセックスしたいんじゃないのか?)
俺はギリッと奥歯を噛み締めた。
急に黙りこくった俺を不審に思ったか、うさ耳看守がひょいと俺の顔を覗き込んできた。俺の形相を目にしてびくっとする。
俺は心の中で鉛のように重く呟いた。
……不可能ではない……。
俺の頭の中はピンク一色だった。
うさ耳看守が悔しそうに何か言ってる。
「こんな戦争がっ、世界のためだって言うのか……?」
俺はテキトーにそれっぽいことを言っただけなのだが、なんか勝手に良いように解釈したようだ。
まぁ好きにするといい。俺の知ったことではない。
俺はうさ耳看守を従えて謁見の間に移動する。そこで俺を待っていたのはアイドル気取りの連中であった。
普段はダンスレッスンでダメダメなリリララが偉そうに玉座に腰掛けている。内心自分は凄いんだと思いながらもダンスレッスンではダメダメなので女王様気取りでストレスを発散しているのだろう。
玉座の横に控えるモッニカ女史が手錠で拘束されている俺を見て嗜虐的に口元をゆるめた。
「あらあら、コタタマさん。こんなところで奇遇ですわね? もぐらっ鼻の王様が……こんなところで何をなさっておりますの?」
白々しい。虜囚に身をやつした俺をいたぶるのが楽しくて仕方ないようだ。すっかり歪んじまって……。可哀想に。
俺は心より同情したが、とにかくこの場ではヘタなことを言わないことだ。憮然として言う。
俺に何の用だよ?
モッニカ女史は調子に乗った。それほど考えの浅い女ではないのだが、今までの数々の因縁がそうさせるのか、彼女は俺の優位に立つと少しおかしくなる。
モッニカ女史が玉座手前の勾配がゆるい階段を降りてきて俺の顔面を覗き込んでくる。
「帝国は後継者問題で大わらわのようですわ。お陰様で王国軍は領土を取り戻せましたし、これからもぐらっ鼻を駆逐しようとしていますの」
ふん、そりゃどこの世界線の話だよ。俺はそう思ったが口には出さなかった。モッニカ女史は俺の反応を探っている。この場に連れて来たのはリリララに俺の反応を見せるためだ。リリララの精彩予測は俺とは相性が悪く未来視じみたことはできないらしいが、鋭い嗅覚もあいまって情報を抜く程度のことはできる。
俺はモッニカ女史を無視して挑むようにリリララを見上げた。くるぶしまで届く長い髪を結い上げている王国のあるじは普段よりも幾らか大人びて見えた。俺は反射的に頭の中でリリララを着せ替えていく。うさ耳の女王様なのに、なんでバニースーツじゃないんだという怒りがあった。いや、ここはあえての逆バニーという手も……。
俺はリリララを見る目を細めてじりじりと目に力を込めていく。
俺は女の裸を幻視することができない。それは俺がチラリズムのわびさびを解する男だからだと思っていた。しかしそうではないとしたら……それが特別な所有権によるものだとしたら……俺自身の問題ではないとすれば……突破口はある。
俺の脳内を激しく行き来するエロ伝達物質を察したか、リリララの顔がみるみる赤くなっていく。
他愛もない。俺はニヤッと口元を歪めた。我慢できずに叫ぶ。
リリララぁ! とっくに分かってるんだろ! お前のアビリティの弱点はエロなんだよ! 俺の心に土足で踏み込んでおいて知らんぷりは筋が通らねえだろッ!
俺から有益な情報を引き出せるとでも思ったか? 甘いんだよ。俺はどんな時でも目の前に居る女に夢中になれる。それ以外のことなんかどうでもいいからだ。
「おやめなさい!」
モッニカ女史が俺の頭をべしっと引っ叩いた。
俺は反省した。
……そうだな。女に心を読まれて気持ち良くなってる場合じゃねえ。行くとこまで行ったらマジで軽蔑されかねんし。危ない危ない。一時の快楽に我を失っていた。クールに行こう。
俺はクールダウンした。男は下半身で物を考える生き物なので、エロ伝達物質の供給をある程度は意識的にコントロールできる。いわゆる社会性というヤツだ。
一瞬で社会に適応した俺にリリララはホッとした。街中を歩いてればエロい妄想を垂れ流す男など山ほど居るだろうが、普段はそれをノイズとして処理しているのだろう。恨めしそうに俺を見てくる。
「……コタタマくんのえっち」
ふん、あんなもんは挨拶代わりだ。この俺を見くびるなよ。普段はもっと重い負荷を掛けてイメージトレーニングしてる。
俺は強がった。女に妄想を覗かれるのは精神的にクるものがある。平静を装っているが、俺の最大限をリリララにぶつけてみたいという破滅願望に似た昏い愉悦が湧き上がって来ていて、俺は自身を恐れた。落ち着け……。リリララとはそれなりにイイ関係を築いてきた。それらが全て無駄になるぞ。性癖は墓の下まで持っていく。それが男子の生き様だ。
ふう、と大きく息を吐いて俺は顔を上げた。リリララを直視しないよう微妙に視線をズラして提案する。
何が知りたい? 教えてやるよ。生憎と俺も暇な身じゃないんでな。
かろうじて理性を保っている俺にリリララがコクリと頷く。
「三人目……って?」
そこまで読めるのか。わざわざ俺が説明する必要があるのか?
リリララはふりふりと頭を振った。
「知らない人のことは分からない」
そうかい。じゃあ答えよう。一人目は饅頭屋。二人目はリチェット。そして三人目が俺が用意したコマだ。饅頭屋が使えすぎるんでな、ヤツに匹敵するコマをずっと探してた。お前も王様なら分かるだろ。手柄が偏るのは良くないんだよ。とはいえ死に戻りがあるからな。転戦するのは簡単だし戦地暮らしで過労死するってこともない。どうしてもデキるヤツに仕事が集まる。ついでに言うと手柄を立てたから何だッて話だ。出世競争の構図を作れない。そのくせ出る杭は打たれる。ハッキリ言って饅頭屋を切るのが一番手っ取り早いが……じゃあ切ってどうなるのかと言うと、そのぶん俺が苦労するんだよ。それもアホらしいだろ。だからもう一つ……。
俺はニヤッと笑って人差し指を立てた。
大駒を用意した。
それこそがまさにモッニカ女史の知りたいことだったのだろう。
帝国軍の足並みが崩れない。この女は俺を過大評価していて、俺が何かとんでもない作戦を思い付いたのだと考えた。でも、そうじゃない。俺がやったのは人材発掘だ。それは開戦当初からずっと考えていたことで、たまたま俺がモグラ帝国に居られなくなったから用意していたコマが有効活用できた。ただそれだけのことなのだ。
「し、知らない人というのは……?」
知らない人は知らない人さ。
人材発掘するに当たって俺が目を付けたのは先生を崇拝する集団だった。
ウチの丸太小屋の地下には先生を祀る礼拝堂があり、そこにいつの間にやら怪しい集団が住み着くようになった。
絶対に必要なのは……決して欠かすことのできないものは忠誠心だ。先生へと向ける強い信仰……。それは俺というキャラクターの根っこの部分だからな。根っこが同じなら行動原理は大きくブレない。
そして……彼らの優秀さはある程度保証されている。この世界を真に正しい方向へと導く存在に先生を選んだ時点で凡百とは違う。
逆に言うなら……この俺を第一に考えるようでは高が知れている。査問会のメンバーや饅頭屋はその辺りが甘い。心情的には理解できるが……俺と過ごした時間に惑わされ本質が見えていない。
モッニカがおぞましいものを見るような目を俺に向けてくる。
「き、狂信者……」
失礼だな。生活の知恵と言ってくれよ。この世に神は居ない。でも何かを信じて生きたいじゃないか。なら神を創ればいい。元来、宗教ってのはそういうモンだろう。もっとも俺のは宗教じゃないがね。
「では……何だと仰るのですか?」
言ったろ。生活の知恵さ。
主婦がちょっとした工夫で節約するように……俺は先生を崇めて心の拠り所にする。
俺は豊かな人生を送りたい。ただ生きてれば満足なんて言うほど謙虚にはなれない。だから自分の命よりも価値が上だと思うものに出会いたかった。俺にとっての先生がそうなんだ。
今、とても幸せな気分だ。
先生よりも尊い存在はこの世にはないと確信しているから。
要するに……。
俺はモッニカを見た。俺の穢れなき眼に怯える彼女に言う。
お前と同じさ。お前はリリララが大切なんだろ? 友達っていいよな。お前の友情と俺の信仰は同じものだ。何も変わらない。素晴らしいじゃないか。俺は先生のために死ねる兵隊を作るんだ。彼らは死を恐れない。もっと恐ろしいことを知っているから。それは信仰を失うことだ。
モッニカが苦し紛れに言う。
「……あなたを今この場で殺せば君主のジョブは私のものとなりますわ」
俺は今生きている。
これは忖度戦争だ。
お前らはフレンドリストを大事にしすぎる。
戦力差を覆したいならエンフレを出せば良かった。
だが、お前らはそうしなかった。
俺がエンフレを出してロストするのを恐れたからだ。
お前らの負けだ。
言うが早いか、城全体がぐらぐらと揺れる。
転びそうになったモッニカを俺は抱き止めた。細い腰に腕を回して抱き寄せる。
城壁が崩れ、ぽっかりと空いた穴から巨人が顔を出す。
目をぱちくりしているモッニカに俺は言った。
もぐらっ鼻だのうさ耳だの……そんな下らないことで争うのはもう終わりだ。
リリララがじっと俺を見つめて言う。悲しそうな声だった。
「コタタマくん。ダメ。死んじゃうよ?」
死なないさ。俺は無敵だ。
俺はモッニカを立たせてやってエンフレに歩み寄っていく。
エンフレが俺へと手のひらを差し出してくる。
【KING。お迎えに上がりました】
お前一人か?
この声。俺が見出した男だった。
【他の者は近付かないよう命じております】
……いくら俺でもエンフレに勝つのは難しい。他のもぐらっ鼻を信用しないという理屈は分かる。しかしうさ耳にも異常個体は居るだろう。さすがに単独で動くのは……いや、饅頭屋を出し抜くためか。身体を張って俺を救出したとあっては饅頭屋も認めざるを得ない。
蛮勇をあえて選ぶというセンス……。
自分のロストを……あるいは俺の命すら天秤にかけることができる。
使える……。俺の目に狂いはなかった。
俺はエンフレくんの手のひらの上に乗った。
神聖ウサギ王国もこれで見納めだ。振り返ってリリララとモッニカに礼を述べる。
ありがとな。お前らがウチの子たちのスクショを晒さないでいてくれたこと。俺は忘れない。ここからは正々堂々戦おう。
俺を手のひらに乗せたエンフレくんが浮上していく。
【……KING。この場で始末しますか?】
いいや。証拠スクショを握ってるのはモッニカじゃない。態度で分かった。良くも悪くも素直だからな。裏で糸を引いたのがアイツなら俺に対してああいう煽り方はしない。義理は通した。この場はこれでいい。アイドルは同じ女を敵に回せない。サイン会とかでな、よく言う女性ファンも居て嬉しいというのはそういう理屈なんだ。
エンフレくんは上空で姿勢を正してこうべを垂れた。
【仰せのままに】
不必要な動作だ。コイツなら俺の性格もある程度把握しているだろう。俺へのおべっかじゃない。心から出た所作。先生の後継者たる俺にごく自然と尊敬の念を抱いている。コイツの先生への信仰は相当なものだ。
人は分からないものだ。
あの生意気だったチワワがここまで成長するとはな……。
俺を大切に抱えたエンフレくんが大空を駆けていく。
地上ではもぐらっ鼻とうさ耳が雄叫びを上げてぶつかり合っている。
兵力では帝国軍が勝るが、どうやっても犠牲者は出る。
血を分けた同胞がバタバタと倒れていくのを見ても俺は何も思わなかった。
最後に勝つのは帝国軍だと分かっているからだ。
この戦争も、もうすぐ終わる……。
いくらリリララでもこの戦力差は覆せない。結局のところ明暗を分けたのは人数差だった。頭が俺でなくとも、よほど愚鈍な王でなければ結果は同じだったろう。
理屈を言えばそうなのだ。
マールマールが神獣で、スピンドックが公爵だったから、モグラ帝国には勝ち馬に乗るべく多くの兵が集まり、勝つべくして勝った。もぐらっ鼻は嫌だからと逆張りした連中は、負けるべくして負けた。鞍替えした連中も居るには居たろうが、それはどちらにも言えること。結果は変わらない。
俺は視線を正面に戻して、戦後処理とその先の展望について思考を巡らせる……。
これは、とあるVRMMOの物語
ふ〜食べた食べた。そろそろ〆のコタタマかな?
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