忖度戦争
Chapter1.戦禍を招く義理チョコ
人間の里陥落の報はたちまち大陸全土に知れ渡った。
俺たちは目的のブツを回収して即時撤収したが、プレイヤーは何度でも蘇る……死人に口なしを実行に移せないのは痛い。情報はダダ漏れした。
事件を引き起こしたのは俺であり、毎年恒例のいつものヤツであること。
狙いは義理チョコの独占であること。
俺が君主のジョブを手にしたこと。
全てバレた。
特に義理チョコが優先ドロップの対象であること。
それが意味するところは……義理チョコの価値の高騰である。
一部のプレイヤーはこう考えた。
この義理チョコは金になる。
一部のプレイヤーはこう考えた。
奪われる前に食うしかない。
そして大半のプレイヤーはこう結論付けた。
二つ手に入れれば一つは食える。
ログインしたその場で食ったもの。ティナンに渡したもの。様々だろうが、この先、義理チョコの総数は確実に減っていくことになる。
暫定エイリアンが本気で作ったチョコだ。味は至高の領域だろう。
美味い菓子は一度食えば病み付きになる。そこに降って湧いた優先ドロップの仕様。
奪い合いになるのは目に見えていた。
考えることは皆一緒だ。手元の義理チョコを守るためにプレイヤーは結託し、集団の規模がある一定の値を越えた瞬間に彼らは奪う側の人間となる。
ここにプレイヤーはもぐらっ鼻とうさ耳に二分して醜い争いを繰り広げることになる。
一方、モグラ城に凱旋した俺はモグラ帝国の樹立を宣言。勝ち馬に乗るべく集ったもぐらっ鼻に義理チョコの奪取を命じた。
とりわけ早く駆け付けたのはミュウモールを率いる饅頭屋であった……。
ザッと跪いた饅頭屋が戦果の義理チョコを俺に献上して言う。
「陛下。逆賊【敗残兵】めらを討ち取りましてございます。お納めを……」
ほう。やったか。
ついにモグラ帝国のトップに立った俺にとってもっとも邪魔なのは【敗残兵】の幹部だった。うさ耳どもが結託しても大したことはできない。モグラ帝国とウサギ王国では兵力に大きな差があるのだ。つまり【敗残兵】は切ってもいいコマであり、なまじ発言権があるだけに生かしておけば内乱を招くだろう。
ヤツらは強いが、人間爆弾を大量投下すれば殲滅は容易い。とはいえ確実に成功するとも言い切れなかった。追い詰められた廃人どもが何をしでかすか分からなかった。討伐を成し遂げた饅頭屋の功績は大きい。
しかし懸念が一つ。俺はぐッと身を乗り出して饅頭屋に尋ねる。
では逆賊に捕らえられた女王陛下の御身をお救いできたのだな……?
「はっ……。抜かりなく。今は別室にて」
……調略に応じたか。応じないなら殺せと命じたが……これが吉と出るか凶と出るか。
リチェットはモグラ帝国の正統な血筋を引く女王だ。権威の象徴であり、あの女を蔑ろにするともぐらっ鼻の無用な反感を買う。
饅頭屋は相変わらずだ。忠誠心が高く、攻略組と伍する武力を持つ。頭が回り、指揮もとれると豪華な人材だが……働きすぎる。この男に匹敵する人材などそうそう見つからない。一人の将軍が英雄視されて信望を集めるのは俺にとって好ましいことではない。何しろモグラ帝国は常勝無敗の集団なのだから。それはつまり饅頭屋が居なくとも勝てるということを意味していた。
饅頭屋はその高すぎる忠誠心ゆえに程々に失敗することができない。俺の役に立ちすぎる。
俺とてツラいのだ。使えるコマは失いたくない。
……饅頭屋に匹敵するコマさえ居れば……。
俺は饅頭屋を労って下がらせた。
リチェットを幽閉している別室へ向かう。
護衛に外で待つよう告げて部屋に入る。
リチェットはしゅんとして椅子に座っていた。俺は気さくに声を掛けた。
よう、リチェット。
仲間を皆殺しにされたリチェットがジト目で俺を見てくる。
「……コタタマ。やはりオマエが黒幕か。よくもウチのメンバーを……」
お前もそうだが……サトゥ氏とメガロッパは生かしとくと厄介だからな。味方のフリして近付かれると迷惑なんだよ。せっかく俺一本でまとまってるのに芯がブレるだろ。歴史上の偉人を集めたら最強の国になるって訳じゃないんだぜ。そんな簡単な話じゃない。何事もバランスさ。
俺はツカツカとリチェットに歩み寄って彼女のあごをぐいと指で持ち上げた。
お前は俺の妻になるんだ。
「誰が……!」
カッとなったリチェットが俺の指に噛み付いてくる。おっと。俺はひらりと躱したつもりだったが身体が追い付かず指を食い千切られた。痛ぇ。
リチェットが俺の指をペッと吐き捨てて言う。
「今にサトゥが助けに来てくれる……! オマエの天下は長続きしないぞ! いつものパターンだからな……!」
クックック……。気の強い女は嫌いじゃないぜ。まぁ今のうちに精々吠えてろ。
俺は床に転がる俺の指を拾って金属片で繋いだ。君主は戒律の関係でヒールを受け付けないのだ。指一本くらいならウッディの力で何とかなるが、これ以上噛み付かれては堪らない。凶暴な女から距離を置いて今後の予定を教える。
挙式は早けりゃいいってもんでもない。兵の戦意高揚に使う。タイミングを見てだな。逆に言えば早まることもある。準備しておけ。いいな。
そう念押しして部屋を出ていく。
「サトゥ……」
俺が部屋を出ていく寸前にリチェットは嗚咽を漏らしていたが、しょせん悲劇のヒロインごっこの一環だ。調略に応じたというのはそういうこと。女は誰だってお姫様になりたいのだ。
いずれにせよリチェットと婚姻関係を結べば俺の権力基盤は揺るぎないものとなる。
部屋を出てツカツカと廊下を歩いていく俺に護衛の一人が声を掛けてくる。
「陛下。あの女は始末したほうがいいのでは……?」
どうしてそう思う?
「……失礼ながら、あの女が陛下になびくとは……」
俺は護衛の首を刎ねた。本当に失礼だな。不敬罪だ。ついでに女心も分かっていない。
知らんのか? 女は強い男に惹かれるんだぜ。そして今の俺はサトゥ氏を越えた。君主のジョブを手にした俺は無敵だ。誰にも止められやしないさ。
くくくくっ、ふははははははははは!
俺は哄笑を上げて廊下をツカツカと歩いていく。俺の行く道が覇道となるのだ。モグラ帝国という軍事大国を手にしながらリチェットの遣り口は手ぬるかった。憎きうさ耳めらの殲滅に拘るあまり正面衝突に持ち込もうとするところがあった。
しかし俺は違う。俺は使えるならうさ耳も利用する。恭順を示したなら受け入れもしよう。
何故なら人間という生き物は、別に平等な社会になど興味はないのだ。自分よりも下の人間を見て安心したいのだ。現代社会でそれを言っても世間体を気にして誰も納得しないフリをするから言わないだけ。
だから俺が作ってやる。もぐらっ鼻がうさ耳を支配する国をな。そう、認めてやってもいい。女キャラのバニーには価値がある。価値があるものは取り込むべきだ。
Chapter2.卑劣なる罠
モグラ帝国の侵攻は苛烈を極めた。
圧倒的な兵力を背景に神聖ウサギ王国の領土を占領していく。
かつてのバトルフェーズで学んだことだ。
殺しても死なないプレイヤーに対して、要所を攻め落として地形的な有利を得ようとする戦法は通用しない。肝心なのは孤立しないことだ。碁と似てるかな。戦略的な旨みがあろうとなかろうと戦力的に脆い部分に攻め込んで、そこを起点に周囲が全て味方という状況を作っていく。
当然、神聖ウサギ王国の兵はこちらの隙を突こうとしてくる。寡兵とはいえ、今や種族人間の手札は多岐に渡る。死に戻りを強制する【四ツ落下】。長距離射程の【夢死暗澹】。【全身強打】と【重撃連打】は相変わらず強力だ。【敗残兵】以外にも中国とツテを持つクランがあるらしく【巫蟲呪画】が戦場を引っ掻き回すこともあった。
魔法とは数の利を覆しかねない力だ。しかし魔法アタッカーとてしょせんは人間なのだ。人の意思で制御される魔法は怖くない。
人の意思とはSNSなのだ。どう思うかではない。どう思っているか発信すること。それはつまり心が目に見えるということ。それは現代社会における致命的な脆弱性に他ならない。内心どう思っているかなど関係ない。種族人間は目に見えないものを重要視しない。そういう生き物だ。
俺は部下に命じてSNSに誤情報をバラ撒いて拡散させた。神聖ウサギ王国の上層部は利権を貪り義理チョコを独占しているという誤情報だ。
無論、俺はそんなことはしない。義理チョコを一度でも口にしたなら病み付きになるのは目に見えていた。うさ耳どもを屈服させてからゆっくりと味わえばいい。
ハッシュタグを使えば狭い範囲で話題を独占できる。嘘をもっともらしく塗り固めることができる。
対する神聖ウサギ王国の対応は見事なものと言えた。国庫に貯め込んである義理チョコの山を発信したのだ。
そのレスポンスの早さから俺は【目抜き梟】が参戦したと決め付けた。開戦より一週間。バレンタインライブの後処理を終えたか。
リリララの精彩予測は敵に回すと厄介だ。おそらくはこちらの戦法を真似してくる。
SNS作戦は失敗に終わり、それどころか逆手に取られた。俺が城に招待したバニーを侍らしていることがバレたのだ。バニーの顔が映っていなかったのはせめてもの温情と言うよりは俺への警告だろう。
くそっ、やられた……。
バニースズキがうさ耳を揺らして俺に擦り寄ってくる。
「私たちのコト。みんなに知られちゃったね」
可愛い。俺はスズキを抱き寄せてナデナデした。
情報提供したのはこの女なんじゃないかという疑惑もあったが、バニートラップには抗えない。俺が君主になってからというものウチの子たちとイイ感じなのだ。まず殺されない。俺を殺すと君主のジョブが移ってフレンドリストが破棄されるからだろう。俺を殺せないものだからウチの子たちは我慢していて、その我慢している姿にグッと来る。
スズキが俺にぐいぐいと身体を押し付けながら俺の耳元でささやいてくる。
「ね、コタタマ。私のためにウサギ王国を獲ってよ。ポチョとジャムもきっと喜んでくれるよ。私たちに世界を頂戴。ね? いいでしょ?」
言ってることが完全に悪女だが、それも悪くないと思った。俺の愛を証明するまたとない機会だ。
となると問題はやはりウチの子たちとイチャついてる証拠スクショか……。
リリララの性格上ウチの子たちの顔を晒すとは思えない。しかし証拠スクショを握っているのがリリララとは限らないし、向こうは報復という形を取っているのが強い。
これ以上ウサギ王国を攻めれば警告が実行に移されるかもしれない。和睦のサインとも取れるが……ここで手打ちにしたら結局は繰り返しになるだけ。
ならば……。
俺はスズキの手を取って言った。
策はある。俺はウサギ王国に行く。お前らも一緒に連れていく。
俺は神聖ウサギ王国の捕虜になった。
これは、とあるVRMMOの物語
スケベ根性がモグラ帝国に危機を招く……。
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