厄介師匠
最近、気になっていることがある。
……俺の先生がだんだん世俗に染まっているような気がすることだ。
「ただいま」
ウチの丸太小屋にご帰還された先生がトコトコと歩いてきてぴょこんとソファに腰掛ける。
おかえりなさい。せ、先生……それは……?
俺の視線を目で追った先生が「ああ」と察してどこか誇らしげに「それ」をひづめで摘んで持ち上げる。
「似合うかな? 最近のトレンドらしい。言われてみればコタタマも同じものを持っていたなぁと……」
……先生が首にジャラジャラとチェーンを巻いていた。
「あと、これ。さすがに誰かとぶつかったら危ないから包んで持ってきたんだが……」
そう言って先生が風呂敷から取り出したのはトゲ付きの肩パッドだった。
俺はかろうじて言った。
そ、そういうことでしたらこの先ずっと身に付けることはないんじゃ……?
しかし先生は満更でもなさそうだった。肩パッドをまじまじと見つめて、
「しかしこれはうまく出来ている。ジョークグッズだとばかり思っていたが、こうして見るとなかなかどうして……」
ま、マズいぞ。世紀末ファッションは一度ハマったら抜け出せないところがある。実際、今の俺は鋲付き革ジャンを羽織っているし手首に通した腕輪には邪魔臭いトゲが生えている。
先生はチラッと俺の腕輪を見て、
「いいトゲだね……」
せ、先生の口からそんな言葉を聞きたくなかった……。
俺は我慢できずに叫んだ。
良かぁないですよ! 迂闊に頭を掻くことすらできやしない! 刺さるんですよっ、トゲが! 先生っ……! どうしちゃったんですか!? 最近なんか変ですよ!?
先生は目を丸くした。
「い、いや……似合わないかな?」
似合う似合わないの問題じゃないでしょう!? いえっ、……言葉が過ぎました。俺は先生を束縛するつもりはないんです。理想を押し付けるつもりもない。ただ、急な変化に戸惑っていると言いますか……。
「そ、そうか。いや、コタタマ。君には悪いが……一線を退いて肩の荷が降りたと言うかな。自分の見識の浅さに打ちのめされるばかりだ」
……? 先生が? とんでもない。俺はそうは思いませんが……。
「いや、そんなことはない。私はこの世界を良くしようと思っていた。互いに思いやる気持ちがそれを為せるのだと思っていた。しかし……それは私の自惚れだった。人類社会の正体とは情熱なのだ」
情熱、ですか。それは……やる気のある人間が世界をリードしていくとか……そんな感じですか?
「コタタマはそう思うのかい?」
え、どうでしょうね……? あまり深く考えたことはないのですが……。
先生はウンウンと頷いて俺の返答をじっと待つ。キラキラした瞳を向けられて俺はドキッとした。
……一線を退いてからの先生は生き生きしているように見える。クソどうでもいいような相談をしてくる木端クランのゴミどもから解放されたからだろう。イヤ先生はそんなふうには思っていないだろうが……元より先生はフィールドワークを重要視していて、時間の制約上それができないのはストレスの要因になっていたのかもしれない。とはいえゴミどもの気持ちも分からなくもない。先生のような尊い存在は外を出歩かずに御言葉で民を導いて欲しい……。そういった考えは分かる。情報収集などという地味な作業はごまんと居るモブキャラに任せればいい。キリスト教徒だって聖母マリア像がイキナリ動き出して世界を見て回るとか言い出したらチョット待ってくれといったん止めようとするだろう。世界情勢を知りたいならこっちで説明するので一つでも多くの救いの言葉をくれという気持ちは分かる。そこの部分は結局どうしたって噛み合わないだろう。
そして、今の先生はそうした齟齬が解消された状況にある訳だ。情報収集にしたってひと束幾らのモブキャラでは先生の要望を満たすことはできない。目の付けどころからして違うのだからどうにもなるまい。
世界をリードするものか……。リアルならいざ知らず、これはゲームだからな。国のトップが政策を打ち出し、それに下々のプレイヤーが従って動くといった方法は何かと無理がある。そう考えると、結局はなるようにしかならないのではないか。そこら辺に居るモブキャラが世界を変えてやるなんて高尚な考えを持っているとも思えない。人類社会の正体は出たトコ勝負だろう。
俺が自分の考えを伝えると、ホワイトボードを引っ張ってきた先生が授業を始めた。きゅきゅっとマーカーを走らせて、
「つまり君はこの世界の主体が大衆にあると考えているのだね。それは君の中ではごく自然な考えとなっている。何故かと言えば、ほとんどのプレイヤーは自足自給の生活をしているからだ。公共サービスを今ある生活の保障としていない。よって国家を代表する人物の言葉に従うこともない、と」
言っていて気が付きましたが……それが先生の言う「情熱」ってことなんですか?
俺は賢いふりをした。先生にヨシヨシして貰うためだ。
先生はうにうにと踊るモグラさんの絵を描いている。
「そうとも言えるし、そうではないとも言える。物事は繋がっていて、互いに影響を及ぼすからだ。目に見えにくいものほど条件を絞って観測する必要がある。例えば……レ氏は【重撃連打】を個人的に好まないという話を私にしたことがある」
レ氏? 個人的に? ヤツの寝ぐらに召喚されたんですか?
「いや、直接会いに来たんだ。黙っていた、と言うより……今それを話すのは、君が【ふれあい牧場】のクランマスターだからだね」
……分かりません。どういうことですか?
「私がこうだと言えば君の発想の妨げになる。それは私としては面白くない。しかし責任を押し付けてしまったからね。ある程度は話しておこうと……出来た」
先生は踊るモグラさんの絵を描き終えた。
しかしそれ自体は今の話と関係がなかったようだ。先生が続ける。
「レ氏は【重撃連打】を嫌うが、有用性に関しては認めている。もっとも開放しやすい位置にスピンドックを配置したことからもそれは分かる。一方で、最高クラスのスキルではないとも言っている。七土種族の固有スキルでないとはそういうことだ。【重撃連打】はベムトロン嬢らの固有スキルだからね」
ベムトロン嬢……。俺は危うく吹き出しそうになった。先生は案外ベムやんのことを可愛らしく思っているのかもしれない。
「ではレ氏が【重撃連打】を嫌い、強く意識しているのは何故なんだろうか。おそらくあのスキルはシステムの根幹に関わっているのだろう。それがどういったものかは現段階では何とも言えないが……第三段階、第四段階が判明すれば見えてくるかもしれない」
第三段階を開放したサーバーはないんですか? たしかに使っているプレイヤーを見たことはありませんが……。
「開放した国があるという噂は聞いたことがある。まずロシアだろう。あそこは鎖国していてね。おいそれと立ち入ることができない。残念だ」
鎖国……? いや、しかしエンフレでゴリ押しすれば……。
……エンフレなら何とかなると考えるのは日本人プレイヤーの悪い癖なのか。ジョンたちはせっかく貯めた経験値をドブに捨てるような真似はしないって言ってたしな。
俺は他のゴミを道連れにしたいからエンフレに化けるみたいなトコがある。他のゴミが付き合ってくれないならエンフレを出すのは極力避けるだろう。イヤ、どうかな……。やっぱりガンダムの影響が強そうな気がする。俺のエンフレはガンダムって言うよりはエルメスだけど。ララァですよ。
まるで俺は悲劇のヒロインのようだった。
先生と一緒に刻の涙を見たい。
しかし先生は魂を引力に囚われたオールドタイプに関心があるようだ。ホワイトボードに雷マークを描いて様々な注釈を書き込みながら、
「このように順序立てて考えていくと、自分は何が知りたいのかが分かってくる。【重撃連打】の例では高段階の姿ということになる。ADプフは三次元開放、可次元開放と言い表していたね。面白い表現だ。観測者の立場を表したものだとすると、可次元とは通念を含めたものかもしれない。我々の固有スキルは他者の認識に依っているという。ならば七土種族といえど、個人で為せる範囲を越えたスキルはあると考えたほうが自然だ。また全次元開放は間違った表現だとはっきり言っていた。これはおそらくスキルの本質を知るのは不可能ということ。ポポロン嬢は呪詛を叫べと言っていたな。するとスキルの名称を呼ぶという行いが意味するのは……」
先生がどんどん早口になり物凄い勢いで板書していく。俺はハイっハイっと挙手した。
先生! 先生ー! さっぱり分かりません! 俺を置いて行かないで!
ハッとした先生がこほんと咳払いして俺に向き直る。
「つまり社会とは時代が作るものであり、この場合の時代とはその時、その場所を生きる人々がどう生きたか。私もその一員だ。私は傍観者であろうとしたが、それは間違いだとはっきり分かった。ならば、コタタマ。私はネフィリアの頭を撫でに行かねばならない」
ネフィリアを? ち、ちょっと待ってください。どうしてそうなるのか俺にはよく……。俺じゃダメなんですか?
先生はスッと瞑目した。しばしの沈黙。ゆっくりとまぶたを開けると、丸いお腹を突き出して両腕をクロスした。ばってんマークだ! アウトぉー!
ザッときびすを返した先生が居間を出て行く。
「私にはネフィリアの助けが必要だ。誉めて伸ばすしかあるまい……!」
そして戻ってきてホワイトボードを片付けた。
そういうことならご一緒します!
そういうことになった。
2.エッダ水道-【提灯あんこう】秘密基地
開口一番、先生はネフィリアに文句を言った。
「こんなところに引きこもって……」
じろじろと秘密基地の内装を観察している先生にネフィリアが吠える。
「こんなところで悪かったな! 文句を言うなら帰れ!」
俺は先生の肩をゆさゆさと揺さぶった。
先生……! 誉めてあげないと……!
「しかし……。日光は人間の成長に欠かせないものだ。特に子供にとっては……」
先生は小娘どもの生育環境が気になって仕方ないようだ。
ゲームなのでキャラクターが勝手に育つことはないが、児童のココロとカラダに先生は一家言を持つ。
俺は慌ててネフィリアたんをフォローした。素早く席を立つと、閉め切られたカーテンをバアッと開く。
ほら、先生! ちゃんと日の光は入るんですよ! ここの真上はギリギリ地上に通じてるんで……!
しかし先生は納得しない。
「……昼間はともかく、日の出と入りは真っ暗だろう。やはり健康的とは言い難い……」
ネフィリアが苛立たしげに足踏みをする。
「ギルドは海底でしか生きられない。イヤ海底でもタコが襲ってくるので厳しいが、他に行き場がないんだ。私が手を差し伸べなかったら今頃はティナンの慈悲に縋って生きていたかもしれない」
先生は疑わしげにネフィリアを見ている。
「……家事はどうしてる? 金銭の管理は?」
ネフィリアがばんばんとテーブルを叩いた。
「そんなことどうだっていいだろ! 何しに来た!」
先生……! チャンスですよ……!
俺が小声でせっつくと、先生は面白くなさそうに鼻を鳴らした。渋々とネフィリアたんに優しい言葉を掛ける。
「……ネフィリア。歩兵たちと子供たちは君に懐いているようだ。少しくらいは心境の変化があったようだね。今の君なら以前に私が言っていたことの意味が分かるんじゃないかな? どうだろう?」
「その細目でじっと見てくるのヤメロ! 私をバカにしてるのか!?」
こ、これはダメだ……! 先生はネフィリアの前では素直になれない。
俺は二人の間に割って入った。
ま、まぁまぁ。ネフィリア。今の先生が忙しいのは分かるだろ? お前は前に言ってたじゃないか。適材適所、そうじゃないのはイラつくって。先生がついに動くと知ってお前も内心嬉しかったんじゃないか? 【ふれあい牧場】のメンバーはお前が俺の師匠ってこともあって、お前に対してあんまり敵対心を抱くことはないし……。それはお前にとって物足りなかったハズだ。
俺にそう言われてネフィリアは渋々と着席した。憮然としたまま先生をチラッと見る。
「……で、用件は何だよ?」
しかし先生は追求の手を一向にゆるめようとしない。
「その服……。スカートの丈が短すぎないか? 君の趣味とも思えないが……。コタタマ?」
いやっ。そう……っスね〜。俺がプレゼントしたんだっけな〜。どうだったかな〜。
俺はさっきから冷や汗が止まらない。ネフィリアが着てる服は小娘どもが贈ったものだ。いつ小娘どもが乱入してきても不思議ではないからヘタなことは言えない。
だがネフィリアは先生に隠し事はできないと悟っているようだ。俺を指差し、
「それを言うならコタタマはどうなんだよ……! ヤサを転々として女のヒモみたいになってるぞ! イヤまんまヒモだ!」
人聞きの悪いことはよしてくれないか。俺は遊ぶ金欲しさに投資を受けているだけのこと。プライベートを充実させることでストレスを軽減して良い仕事をする。それが俺のスタイルなのさ。
先生はウンウンと頷いた。
「ゲーム内マネーとリアルマネーは分けて考えるべきだ。コタタマはお金をコミュニケーションツールの一種と割り切ってるんだよ」
「だったら私もいいだろ!」
まぁまぁ。ネフィリアさん。そう声を荒げないで。……先生? ネフィリアもネフィリアなりにがんばっているようですし、ここは一つ……。
「……仕方ない」
先生は渋々と席を立った。少し嫌そうに両腕を広げて、ネフィリアに言う。
「さぁ、来なさい」
胸に飛び込んで来いと言われてネフィリアが怪訝な顔をする。
「……来いとは? なんのつもりだ?」
そんなことも分からないのかと先生が溜息を吐いた。
「……今になって思えば、私は君に厳しく当たりすぎたのかもしれない。それは期待の裏返しで、君ならば分かってくれるだろうと思っていた。いや、実際に分かってくれていただろう。問題は私が師弟関係に拘泥するあまり歩み寄ることを怠ったことにある」
「そんなことはないが……」
「いいや、ある。ネフィリア。君がひねくれた原因は私の言うことを聞かないプレイヤーへの反発心だ。昔の君は素直だったからね。いつだったか、ヤギ先生が正しいのに悔しいと言って……」
ネフィリアがテーブルを飛び越えて先生の頬を手でぶにぶにと押さえ付ける。
「アンタ嫌がらせに来たのか!?」
俺は素早くネフィリアの首に斧の刃を押し当てた。
そこまでだ。いくら先生の一番弟子だろうと無礼は許さん。あまり調子に乗るなよ……! 俺だって先生に何度も投げ飛ばされてるんだ……!
「屈折した感情を私に向けるのはヤメロ!」
そう言いつつネフィリアは先生の頬から手を離した。プイとそっぽを向いて不満げに唇を尖らせる。ややあってから口を開く。
「……何だよ? 何がしたいんだ? 人型のレイド級の件か? 本当に大丈夫なのか? あんたは情に甘いから……騙されてるんじゃないか?」
気遣うようにチラチラと見られて、先生はプイとそっぽを向いた。
「君に心配される謂れはない。コタタマ、行こう」
「何だよ……!」と地団駄を踏むネフィリアを置き去りに俺と先生は居間を出て行く。
先生は最後まで振り返らなかったが、部屋を出る前にこう言った。
「時々は寄るようにしよう。君たちには生活習慣の改善が必要だ」
これは、とあるVRMMOの物語
ツンデレ師匠。
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