料理人、コタタマ
1.ョ%レ氏のクッキング教室
やぶから棒に何ですか一体……。
ログインするなり五感をジャックされて見たくもない動画を見せられている。
ここは……調理場か?
コナンくんの犯人みたいになった俺らを、エプロン姿のタコさんがびしっと指差す。
【最初に言っておくが、ヒューマンよ。私のチョコは美味いぞ。これは予言だ。諸君らは骨抜きになるだろう。他の女が作ったチョコでは満足できなくなる】
大きく出たな。レ氏よ。いくらあんたでもそいつぁ〜無理だぜ。好みは人それぞれだし、俺らは別に美食家でも何でもねーんだ。女の手作りチョコに勝るモンはねえよ。
……強がりだった。内心ビビっている。俺はョ%レ氏を決して侮らない。このタコさんがやれると言うならばやってのけるだろう。
恐れがあった。
俺の人生で食った最も美味いチョコが、野郎の手作りチョコになるのではないかという恐れだ。
タコさんが材料の計量に入る。
ま、待て……。俺は思わず制止の声を上げた。
しかしョ%レ氏はNAiと違ってプレイヤーの所有権を持たない。それは……今なら分かる……公平ではないからだ。この世に完璧なゲームなどというものはないから、運営とプレイヤーはぶつかる宿命にある。暫定エイリアンに心を読まれては勝負にならない。
発言権を奪われた俺の声は届かない。
物言わぬモブの群れにョ%レ氏が言う。
【私は諸君らを見くびっていた。それは認めねばなるまい。相変わらず下らないことばかりしているようだが……。ヒューマンめ。覚醒したパピコを上回るとは思っていなかった。モョモの介入があったにせよ、彼女はこちら側の%だからな。言い訳にはなるまい】
俺らの運営ディレクターがデレた。
【この場を借りて言っておく。諸君らの思い付きは正しい。新マップの開放はNAiの成長に掛かっている。むしろ最初からそう言ったつもりだった。ヒューマンめ。人の話をよく聞け。彼女はこちら側のスタッフだからな。落ち度があったと認めるからこのような場を設けたのだ。下らん手間を掛けさせおって……】
ディスるディスる。物凄い勢いでディスってくる。
【あるいは諸君らはこのョ%レ氏の予想を上回ったかもしれない。だが思い上がるな。下回ったことのほうが多いぞ。とはいえ、ギルドに選ばれたという点。それについては素直に称賛しよう。一流の%は賞罰を濁さない】
そういやぁ称号をくれるとか言ってたな。なんかくれや。あん時ゃムシャクシャしてたから断ったが、功績に時効なんてモンはねえだろ。なんかくれや。
【こたびの義理チョコはその褒賞だと受け取って貰って構わない。我が固有スキルの粋を凝らそう】
おい。俺の手柄を勝手に広げて薄めるんじゃねえ。チョコは要らねえ。称号を寄越せ。
ふと顔を上げたタコ野郎が俺の内心を見透かすかのように言った。
【覆水盆に返らず。至高の義理チョコを用意しよう。とくと味わい給え】
2.クランハウス-居間
俺は要望メールを連打した。ギルドに選ばれたのは俺の手柄であり、ゴミどもがクソの役にも立たなかったことを熱烈に主張する。ポーンとメールを送信した端から二重の極みばりにポポーンとRE:メールが着信する。鉄壁のテンプレ回答だった。
くそがっ、なんで俺はあの時……!
俺は激しく後悔した。
……しかし物は考えようだ。ロストすれば称号も失う。称号などというものはしょせんその程度。ならば至高の義理チョコとやらがどんなモンか味わってみるのも一興。そうさ、俺は何も失っていない。
そうでも考えないとやってられなかった。
チッ、面白くねえ。何が面白くないってクソの役にも立ちゃしねえゴミどもが俺の相伴に預かることだ。ョ%レ氏の義理チョコを食べるのは俺だけでいい。そうだ、俺だけでいい……。
……義理チョコの配布はバレンタイン当日だと見ていい。先年のバレンタインで義理チョコは優先ドロップの対象だった。もしも今年もそうだとしたら……独占とまでは行かずとも……ゴミどもから義理チョコを奪うことは可能だ。ログインした瞬間に殺せばいい。
そうだ。何を躊躇う必要がある? 元はと言えば俺の手柄だ。俺とは別系統のギルド堕ちは居るようだが、ョ%レ氏のあのハシャギよう……俺はギルド堕ちの先駆者と見なしていい。
そうだよな。簡単なことだったんだ。全員殺してしまえばいい。そのためには……。
俺は整形チケットを取り出した。正しくは「キャラクタークリエイト券」と言う。キャラクリを「整形」と呼ぶのはMMORPGに連綿と受け継がれてきた文化の一つだ。
キャラクリ券の外観は千円札と似ている。野口英世の代わりにョ%レ氏の肖像がさも偉人であるかのように居座っている。目にするたびに軽くイラつくので出しゃばるのはやめて欲しいのだが、今だけは感謝してやってもいいと思った。
久しぶりにこの感覚を思い出せたから。
やっぱりそうなんだ……。
俺は、ゴミどもの吠え面を拝みたい。
くくくっ、ふはははははは……。
湧き上がる哄笑を堪えず、整形チケットの端を摘んでビリリと破っていく。
当然ながら整形チケットは使い捨てだ。キャラクリは別の空間で行われるため、とっさに避難できないよう特定の行動がトリガーとなる。手にして念じるなどというあいまいな使用法ではない。こうして破るのだ。ただしョ%レ氏の肖像を破らないように。それをやってしまうとキャラクリの権利を破棄したと見なされる。キャラクリをせずに捨てるというプレイヤーの自由意思も尊重されていて素晴らしいことですなクソッタレ!
俺はクソ運営の肖像を破らないよう慎重に整形チケットを使用した。
3.スピンドック平原-【目抜き梟】クランハウス
ツヅラは元気かな?
俺は心優しい男なので中国サーバーから連れてきてアイドル気取りどもにブン投げた呪骸っ子についてそれなりに責任を感じている。
他国で暮らすというのは簡単なことではない。翻訳機能で言語の壁こそ取り払われているものの、文化の違いに戸惑うこともあるだろう。
とはいえ【目抜き梟】は本来ならば男子禁制の女の園だ。頻繁に立ち入るのはあまりよろしくない。アイドル気取りどもは俺の金づるの一つだからな。実はコタタマくんと付き合ってるんじゃないの〜?なんて風評が立つのは避けたい訳だ。風評が立つなら立つで、じゃあせめてスケベなことさせろよってなモンである。チチも揉んでないのにコタタマくん彼氏疑惑が持ち上がって金づるの人気が落ちるのは俺にとって損でしかない。よって呪骸っ子一号を気に掛けてはいるものの、気が向いた時に足を運ぶにとどめている。ここまで歩いてくるの面倒臭いしな。
てな感じのことをモッニカ女史に言うと、彼女は疑わしげに俺をしげしげと見てくる。
「……目的は【巫蟲呪画】ですか?」
おいおい。……驚いたよ。俺をそんな目で見てたのか? モッニカ……。少し冷静になれよ。俺はサトゥ氏とは違う。と言うより、俺にとってお前らはその程度の価値か? どう思う? 俺はお前とサトゥ氏の確執をこの目で見てる。もしもツヅラを私利私欲に利用しようとすれば俺はお前の信用を失うだろう。俺にとってお前らは失っても惜しくないコマなのか? どうだい? こればっかりは俺がどうこう言うことじゃないよな? ただ、これまで俺は越えちゃいけねえ一線を守ってきたつもりだ。お前の目から見てどうだい?
モッニカ女史は疑り深いが、お嬢様育ちとあって脇が甘い。第三者の意見や噂よりも自分の目で見たものを信じようとする。そんなものはどうにでもなるのにな。
案の定、モッニカ女史は己の浅ましい行いを恥じた。
「い、いえ……。そうですわね。コタタマさんは小さな女の子には優しい……。思えば、ずっとそうでした。成人女性には興味がない。そうでしょう?」
帰る。じゃあな。
くるりときびすを返した俺をモッニカ女史が慌てて引き止めてくる。
「じ、冗談ですわ! そんな、本気になさらないで?」
まったく……。ロリコン疑惑はシャレにならんからヤメロ。ウチのスズキがあのナリだろ。俺も内心自分のこと疑ってるんだぞ。おっぱい大好きなのにどういうことなんだよって。女なら誰でもいいんだろうと思って心のバランスを保ってるんだぞ。この繊細な男心よ。
まぁそれはいい。ツヅラのことだ。ツヅラに懐いてるもう一人の呪骸。俺はヤツのことを認めちゃいねーぞ。サトゥ氏がメイヨウから預かった中国人プレイヤーで、ツヅラのファン。それは分かった。けどよ、ヤツは【巫蟲呪画】を使った。ツヅラを生贄にしてな。モッニカ。お前はヤツも犠牲者だと言ったが、それについてはどう考えてるんだよ?
モッニカ女史はサッと赤面した。
「……し、知りません!」
…………。
ええ? そういうアレなの?
ちょっと待ってよ。質問を変えよう。そういうアレならツヅラはその辺どうなの? 納得してんの? だとしたら見る目変わるなぁ……。
モッニカ女史はあたふたしている。汗をハンカチでぬぐいながら、
「つ、ツヅラはそういったことに無頓着ですから。無自覚と申しますか……。罪作りな子です」
なんだその鈍感系主人公みたいな設定。そういうことはちゃんと教えてやれよ。放っといたら俺みたいになるぞ。
「でも……」
モッニカ女史は目を伏せた。チラチラと俺を見てくる。
……俺に保健の授業をしろってのか。
そういうことになった。
4.山岳都市ニャンダム-怪しい倉庫
てな訳でよ、ひでー目に遭ったぜ。
アンパンくんと一緒にエーテルを作っている。
と言ってもキノコパウダーの精製さえ終えれば残りの作業はネフィリアんトコから借り受けた【歩兵】ちゃんたちがやってくれる。ダベるついでに歩兵ちゃんたちに混ざってタバコ葉を紙で巻いていく。
一応説明はしたけどよ〜。ツヅラはぽかんとしてっし、なんかあんまり伝わった気がしねーな。まず【巫蟲呪画】の生贄にされるのを気にしてねーらしい。まぁ痛覚カットされてるし気にするほうが変なんだと言われれば確かにそうなんだが。ツミレ……ああ、呪骸っ子二号の名前な。ツミレは知らぬ存ぜぬだよ。とんでもねえ女だ。ツヅラの無知に付け込んで、あんなことやこんなことを……。てか、そもそも俺だってよく分かってねーんだ。俺に説明させるのはおかしいだろ。なんで?って聞かれても分かんねんだから。
紙を巻き終わったエーテルは歩兵ちゃんの手で三つに仕分けられる。出来の良いエーテルと出来の悪いエーテルだ。キノコパウダーの精製は手作業になるため、どうしても成分に偏りが出てしまう。一般に出回るのは出来の悪いエーテル。出来の良いエーテルは広告に使う。太い客にサンプルで渡したりだな。
保健の授業についてはアンパンくんもイマイチぴんと来ていないようだ。タバコ葉をくるくると紙で巻きながら首を傾げて、
「女の子同士なのにそういうのあるんだ?」
どうなんだろうな。モッニカがテキトー言ってるとも思えんが……。
本日のアンパンくんは由緒正しい女騎士ヘアースタイル。首の後ろで縛った髪を身体の前に垂らしている。白いうなじと細い首。手で絞めたら簡単にへし折れそうだ。
俺は女キャラをめったなことでは殺さないが、アンパンだけは別だ。定期的に殺して山に埋めないと据わりが悪いと言うか……そわそわしてくる。ともすればうっかり仲良くなってしまいそうなのが嫌なのかもしれない。アンパンも俺に殺されて内心ホッとしている部分があるんじゃないか……。
しかし今のアンパンくんは三次職の召喚術師。レベル20を越えている。以前は多少のレベル差なら戦闘経験の差で埋めることができたが、さすがに今となっては難しいかもしれない。
……俺は壁際の棚の上に無造作に置かれているアンパンじるしの毒薬をチラッと見た。すぐに視線を手元に戻して、作業中のアンパンくんにそれとなく尋ねる。
なぁ、アンパン。お前の夢だったエーテルはもう完成したんだし、もう毒薬は作らなくていいんじゃないか?
「完成ってことはないよ〜。どんどん改良していかなくちゃ。エーテルの売上で金銭面はだいぶ楽になったけどね。あればあるだけ使っちゃうし、いきなり店じまいってのも寂しいじゃない? それに……ね?」
アンパンくんは薬屋としての営業も続けている。新薬を出来た端から自分で試す訳にも行かないので、客に試して貰うためだ。アンパンくんが薬屋としてそこそこ上手くやれているのはモニターテストの手順がきちんとしているという点が大きい。つまり人体実験である。薬学の発展は犠牲なくして語れない。
良薬口に苦し。良い薬屋ほど毒に通じる。アンパンはその典型だった。
俺はキリの良いところでいったん作業の手を止めた。腰の後ろで手を組んで歩兵ちゃんの働きぶりを見て回る。作業の精度については疑っていないが、ネフィリアならこの子たちに密命を下すことができる。余計なことをされては困るので、定期的にチェックするようにしている。
俺は歩兵ちゃんが仕分けしたエーテルをそれとなく手に取って眺める。タバコ葉の色、ツヤ。特に問題はないようだ。しかし念には念を。鼻にくわえて、くんくんと匂いを嗅ぐ。埋もれているぶんもチェックしながら、世間話でもするかのようにアンパンくんに尋ねる。
最近の新作で……何かイイのは入ったかい? できるだけ苦しんで死ぬような……。
「D系列のa3かなぁ。毒性はかなり強いんだけど、扱いが難しいんだよね」
D系統は……たしか気化毒だったか?
「そうそう。やっぱりなんだかんだでA系統が一番使い勝手がいいのかなって。気化毒って外で使うと物凄い勢いで薄まっていくからさ。軽くしないと飛んで行かないし、バランスが難しいよね」
毒の話が好きな薬屋は多い。表立って語れるような内容ではないからだ。何しろこのゲームにおいて毒薬は種族人間を殺害する用途でしか使われない。
研究の成果を話したくて仕方ないのだろう。アンパンくんのタバコ葉を巻く仕草がリズム天国みたいになっていく。上機嫌にぴょこぴょこと身体を揺らしながら、
「なにー? いきなり毒の話なんかしちゃってさ。また何か企んでるんでしょ? 旦那は変わんないなー。そういうのホントにやめてよね〜。俺の評判がまた悪くなるんだから」
口振りとは裏腹にアンパンくんは軽快にタバコ葉をくるくると巻いていく。
それって凄くよく分かるよ。苦労して作ったモンを実際に使ったらどうなるか知りたいんだろ……? だったら、たまには身を以て体験してみるのも手なんじゃないか……?
D-a3は気化毒か……。アンパンの言う通り、やはり使い勝手がいいのは……。
俺はそれとなく壁際に並んでいるビンのラベルを視界の端に収めた。
おっと、もうこんな時間か。そろそろ何か食わねえとな……。おい、アンパン。冷蔵庫の中のモンを使うぞ。
「いいよ〜。俺、今日は中華がいいな〜」
いいぜ。サボらないでちゃんと仕事したらな。俺が目を離すとオメェーはすぐに脱線するからな〜。
「えー? そんなことないって〜」
俺は内心ほくそ笑んだ。
……いいや、お前はサボるさ。集中力が落ちてきたから休憩しているという名目なら俺はいつも許してやるからな。そうだろ、アンパンよ……。お前は俺を舐めてるから、ちょっとくらいサボってもエサは貰えると知ってるんだ。そしてお前がサボっている間、俺はお前の目を盗んで自由に動ける。
俺はアンパンくんのテキトーな言葉にハイハイとテキトーに返事をした。
とっておきの中華料理を作ってやるよ。コタタマスペシャルブレンドってトコかな。きっと死ぬほど喜んでくれるに違いない。
俺はこう見えて家庭的な一面もあるのだと壮烈に示唆するように歯列をギラつかせた。
これは、とあるVRMMOの物語
ふむ。今日のメニューはアンパンですか。私は味にうるさいですよ? コタタマ……。あなたが友人をどう調理するか、見ものですね。
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