李信馬准の憂鬱
1.クランハウス-居間
モグラさんぬいぐるみ、知らないゴミと一緒に居間で経験値稼ぎをしていると、中国サーバーの首脳陣がズカズカとウチの丸太小屋に乗り込んできた。
マジュンくんとリンリー嬢がテーブルを挟んだ向かい側のソファに腰をおろし、同志メイヨウがモグラさんぬいぐるみを抱きかかえて俺のとなりに座る。
同志メイヨウと反対側のとなりに座っている知らないゴミが欲情した。
「李信、馬准……!」
マジュンくんはいつの間にかロリ化の呪いが解けていた。いや前に会った時にはもう解けていた気もする。どっちだっけ? まぁどっちでもいいか。
マジュンくんは何やらしゅんとした様子だが、目を惹きつけるオーラというかそうした何かは健在だ。このカリスマ性はサトゥ氏にはないもの。どちらかと言えばスマイルくんに近いものを感じるが、あのサトウシリーズ御大は頭がイカれちまったからな。狂気という面では上かもしれんが……。
いきり立った知らないゴミが斧の柄に右手を掛け、とっさに左手で自制した。ガチガチと斧の留め具を鳴らし、ギリッと奥歯を噛みしめる。……何なん?
「竜殺し……! この国に何しに来た……!? 返答次第では……!」
リンリー嬢が項垂れて溜息を吐いた。瞬転、知らないゴミの喉元に矛先を突き付ける。
「動くな。少しでも妙な真似をすれば斬る」
彼女は希少な仕事第一のAI娘だ。中国サーバーのトッププレイヤーに仕え、その守護と補佐を己に任じている。それはαテスト時代にジュエルキュリの補佐をしていたことと無関係ではあるまい。
マジュンくんの危機とあらば変身できるリンリー嬢は今をときめく種族人間が敵う相手ではない。
だが、知らないゴミは彼女を無視した。喉元に突き付けられた矛先を意に介さず中国サーバーの若き指導者を凝視する。
強く逞しい男だけが知らないゴミの血潮を熱く燃やす。それは女性蔑視と言うよりは己以外の種馬を排除しろと命ずる本能に従う快楽によるものだった。
本能と意志が一致を見た時、人が理性と呼ぶものは真骨頂を迎える。
知らないゴミの戦意が研ぎ澄まされ、余計な不純物は削ぎ落とされていく。
極致……。
今の知らないゴミならマジュンくんの服の下で躍動の時を待つ筋繊維すら透けて見えるかもしれない。
単純な強さで言えば仙人の方が上だろう。しかしこの男こそが中国サーバー最強のプレイヤーだ。アメリカサーバーのジョンやドイツサーバーのグレゴリオと同じ領域に棲む男だ。立ちはだかる壁が大きく、困難であればあるほど知らないゴミの血は熱し乾き、決して満たされることのない飢えが身を焦がしていく。
男同士の対決に興味なさそうな同志メイヨウがモグラさんぬいぐるみを抱え直して脚を組んだ。漢服の裾が風に遊ぶカーテンのように揺れ、ふくらはぎがチラリと覗く。
知らないゴミは今にも暴発しそうな激情を抑え込んだ。斧の柄に掛けた手を引き剥がしてストンとソファに座り直す。
「……崖っぷち。随分と冷静だな。知ってたのか? コイツらが来るってことを」
うんにゃ。ただ、もう慣れちまったよ。ウチには先生が居るからな。暇を持て余したビッグネームが訪ねて来ることもある。β組だっつーからどんなモンかと思って見てたら案外フツーだ。サトゥ氏はあんなだし、スマイルの旦那はイカれてる。セブンは人ん家に来て無断で死ぬし、ジョンは週五でささやきを送ってくる。まぁ悪いことばかりじゃないけどな。リリララの発想はブッ飛んでるし、リチェット以上のヒーラーなんか見たこともない。頼りになる後輩もできた。
俺の後輩というフレーズにマジュンくんがぴくりと反応した。
俺は溜息を吐いた。
……リュウリュウに会いに来たのか?
「そうだ」
マジュンくんよぉ。アイツのことは放っといてやれよ。転生戦士じゃあるまいし前世のことでぐだぐだ言うのは男らしくないぜ。まぁ旧交を温めたいってんなら俺がどうこう言う問題でもないんだろうが……その様子だと違いそうだな。
「ああ。私はパイロンとヤりたい」
俺はチラッとリンリー嬢を見た。
リンリー嬢は憮然として押し黙っている。
マジュンくんが単刀直入に言う。
「チェンユウ。パイロンと私の仲を取り持ってくれないか? パイロンは君に敬意を払っている。にわかに信じ難いが……あながち彼の片思いという訳でもなさそうだ」
リュウリュウはイイ男だよ。街を歩いてるとな、ガキンチョどもが寄ってくるんだよ。リュウリュウのほうから構ってやることはねーが、ガキンチョどもにしがみ付かれても邪険にすることはねえ……。
アイツはリュウリュウだ。白龍じゃねえ。それでいいじゃねーか。どうしてダメなんだよ……?
同志メイヨウは俺に賛同してくれた。
「マジュン。お前は白龍を下した。ヤツをロストに追い込んだ。完全決着だ。私にはそう見えたぞ。お前の勝利を疑うものは居ない。だからお前は竜殺しなどという大層な二つ名で呼ばれてるんだろ。何が不満だ?」
マジュンくんは両手を組んでブリッジを作ると、自らの内面を探るようにゆっくりと語り始めた。
「あの時は全てを出し尽くしたと思った。尋常な勝負でパイロンを打ち倒した。そう思った。満足もした。しかし……」
「なんだよ。言えよ」
「……一度では満足できないんだ。世界は広い。パイロンに匹敵する猛者も居るだろう。しかし……何故だろうな。私はパイロンを求めてしまう。彼でなくてはダメなんだ」
…………。
俺はチラッとリンリー嬢を見た。
リンリー嬢はジト目でマジュンくんを見ている。
知らないゴミがチッと舌打ちした。のろけ話など聞いていられないと言うように投げ遣りに言う。
「ヤりたいならヤればいい。襲っちまえよ。否が応もねえ。男と男だ。そういうこともある」
メイヨウが怪訝そうに片眉を上げて知らないゴミを見ていた。内心「誰だコイツ?」くらいは思ったかもしれない。いっそ追い出してくれても良かったのだが、あとから割り込んだのは自分たちのほうとあって知らないゴミの話に乗ることにしたようだ。
「無駄だ。このバカは、もう何度も襲撃してる。白龍は……今はリュウリュウか。ヤツは逃げ足が早くてな。あの図体で信じられんほど上手く立ち回る。よしんば事を構えたとしても遊びでは意味がないと、このバカは言うんだ」
遊び?
思わず呟いた俺をメイヨウが見る。マジュンくんに向けていた剣呑な眼差しがとたんに和らいで、俺はドキッとした。俺の繊細な男心に気付いた様子もなくメイヨウが淀みのない口調で続ける。
「白龍は私の武の師だ。アイツは遊びに技は使わない。《勁》がデカすぎてマトモな勝負にならんらしい」
《勁》とな。
中国サーバーでは日常的に飛び交う不穏なワードに俺は眉をしかめた。
ひとことで言えば世界観が違う。俺は未だに中国人はそれでいいのかと疑っていた。
が、知らないゴミは当然のように受け入れていた。
「それほどのものか……。遊びってのは? 殺しはアリだろ? 何が違う?」
メイヨウはテーブルの上を這っている藁人形を指で摘み上げた。指であやしてやりながら、首を傾げる。
「さぁ? あの男の考えていることはさっぱり分からない。かつての師とはいえ、私は出来の良い弟子ではなかったしな」
ずっと押し黙っていたリンリー嬢が傍らのマジュンくんをじっと見つめたまま補足してくれた。
「パイロンは変わり者が好きだった。私の知る限りメイヨウは彼が唯一とった弟子だ。乱暴者で、嫌われ者だったかもしれないけど……私はパイロンとまた会えて嬉しい……」
彼女にとって白龍は元ご主人様ということになる。
現ご主人様の反応を窺うリンリー嬢であったが、マジュンくんの頭はリュウリュウのことでいっぱいだった。
「チェンユウ。見たくはないか? パイロンの……かつて仙人をして手が付けられないとまで言わしめた男が全力で戦う姿を。君が知るパイロンは彼のほんの一面かもしれないんだよ。……いや、そんなことを言っても君は首を縦には振るまい。けれどね、私は騙し討ちのような真似はしたくないんだよ」
……この人、意地でもリュウリュウと呼ばないな。
パイロンという呼称にマジュンくんのリュウリュウに対する強い執着のようなものを感じて俺を身震いした。
……リュウリュウはなんて言ってんだよ。さすがに二言、三言は交わしたんだろ?
するとマジュンくんはしゅんとした。
「それが、この間、ついにハッキリと迷惑だと言われてしまってね……」
……ああ、そうか。リュウリュウは今、先生とクリスピーと一緒に旅してるからなぁ。
リュウリュウとしてはクリスピーから目を離したくないだろう。
それで、ついにキッパリと再戦を断られたマジュンくんが俺にお願いしに来た、と。そういう流れか。
う〜ん……。
俺は腕組みなどしてうんうんと唸った。
マジュンくんはいよいよとなれば手段を選ばないと言ってるが、それはハッタリだろう。個人的な願望を満たすために他者を巻き込むようなヤツじゃない。かつて俺の夫を殺す寸前まで行ったとんでもない野郎だが、踏ん切りを付けるためにキルペナをカンストまで持って行くような男だ。
俺が悩んでいるのは別のこと。
ここはメイヨウ様に尋ねてみるか。
なぁ、メイヨウ。なんでリュウリュウはマジュンくんの挑戦を断るんだ? アイツは別にPvPが嫌いって訳じゃないぜ? なんならガチガチのPvP志向のプレイヤーだ。その辺がどうも引っ掛かる。
メイヨウ様は藁人形をいじるのも飽きて、モグラさんぬいぐるみの前足を上下していた。
「さぁ? あの男はこうと決めたらテコでも動かない。そもそも口で説明することを嫌っていた。だからな、チェンユウ。私はリュウリュウがお前を慕っていると聞いて驚いたぞ。あの暴れん坊をよくもまぁ手懐けたな」
そんなもんかねぇ?
俺は首をひねった。
リュウリュウは気のいいヤツだ。先輩の俺を立ててくれる。マグちゃんもよく懐いているし、どうもコイツらの言う白龍とリュウリュウの像が俺の中でうまく重ならない。
とはいえ人間なんてそんなモンだろう。
ま、こればっかりはリュウリュウの意思だな。マジュンくんは全力を出したリュウリュウと手合わせしたいらしいが、そんなの俺が何を言ったところでどうにもなるまいよ。
そういうことだ。リュウリュウには俺から聞いてみるよ。今日んトコは帰ぇーんな。
そう言って経験値稼ぎを再開した俺の手をマジュンくんがガッと握った。
「頼まれてくれるか。チェンユウ、我が友よ……!」
あなたね、友達を作りなさいよ。日本人と中国人がうまく行きっこないんだからさ。
中国という国は強すぎる。どれだけの潜在能力を秘めているのか知れたものではないし、事実アメリカが脅威と見なしている国は中国とロシアくらいだろう。どちらも世界最大級の国土を持つ大国だ。
しかし、とも俺は思った。
……先生がやろうとしているのは、こういうことなのかもしれないなぁ。
これは、とあるVRMMOの物語
男と男の仲を取り持つ男。
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