【蛇足倶楽部】とリュウリュウ
1.人間の里-【蛇足倶楽部】剣道場
蛇マンが剣の道場を開くというのでリュウリュウと一緒に冷やかしに来ている。
俺は板張りの床にあぐらを掻いて座り、傍らのリュウリュウに説明をしてやった。
蛇マンってのはアレだ。モブキャラの代表選手みてーなヤツで、PKクランの頭だよ。クラン名は【蛇足倶楽部】だったかな。まぁ単純な兵力で言えば国内で四位か五位……そんなトコだ。本来、PKクランなんつうマイナー集団がMMOで上に来ることはそうそうないんだが……このゲームは運営がクソだからな。ノーマナー行為を散々放置した挙句、厳選されたゴミが残っちまったんだろう。
今日もツートンカラーが素敵なリュウリュウは働きたくねえとばかりにだらしなく座っているように見えるが、それは骨格上の問題である。まだ見ぬ強敵の存在にリュウリュウのハートは熱く燃え盛っていた。
「先輩。剣道場を開くというのは……許可制なのか? 勝手に始めたらマズいのか?」
ん? いや、マズくはないさ。蛇マンの場合は特殊なんだ。そもそも剣道場なんてのは本当ならクランで各々やること。実戦を積めばある程度は勝手に身に付くだろう。ただ、国内サーバーじゃ猫も杓子も捻流だからな。クランメンバー……門下生ってことになるのか……そいつらが捻流に走らねえよう牽制する、のと……サトゥ氏への対抗意識だろうな。見ろ。俺らみてーに招待された客が何人か居るだろ。見覚えがある。あいつらは攻略組だ。おそらくは捻流を使う。腕前はどうかな。
「アオほどじゃない。二枚か三枚は落ちるな」
アオを基準にされてもなぁ。
「俺はアイツが気に入った。ああまで初心なのはそうそう居ない」
そうかい。じゃあ、いつかリベンジマッチしねえとな。
おや、おっ始めたな。
蛇マンのデモンストレーションだ。
門下生がカカシを二人掛かりで支えて立ち、蛇マンが腰に差した剣を引き抜く。
蛇マンは剣とナイフを使う。西洋ふうの大小ってトコか。地ずり殺法の名手だ。
腰を落とし、左手を腰のナイフに添える。
「アッー!」
嬌声を上げるや膝の動きで地を滑るようにカカシに接近。低い。いや低すぎる。大きく体勢を崩した蛇マンがすっ転び……次の瞬間には反転してカカシの首を跳ね飛ばしていた。追撃のナイフ。もたれ掛かるように肉薄しカカシの胸にナイフを突き立てた。
……歓声はない。
今、転び掛けたよな……? とっさに誤魔化したようにしか見えなかった。リアクションに困る。
しかしリュウリュウは得心行ったように大きく頷いた。
「イイ。練り上がっている。地ずり殺法とはこういうことか」
リュウリュウがそう言うなら転び掛けたように見えたのはワザなんだろう。
遅蒔きながらオオッと歓声が上がる。
蛇マンがリュウリュウに目線で礼を述べ、ワザの解説に入る。
「俺の剣は脊髄反射を利用する。俺なりに色々と試して、人間ができる最速の動きは転びそうになった時に出るモンだと分かった。とっさに手を突き出すとか、脚を開くとかだな」
俺は格闘技に詳しくない。そんなモンかと思うばかりだ。
蛇マンが続ける。
「本当ならそんなのは成り立たないんだが、このゲームにはスラリーがある。捻流から見てどうだった? 遠慮なく言ってくれ」
剣士には自分の流派が一番という思いがあるだろう。しかし捻流は元を正せば【敗残兵】の真似事だ。創始者のスマイルくんとサトゥ氏への反発心もある。
招待された知らないゴミたちが口々に言う。
「体勢が低いのはイイな。跳んだら剣が届かないかもしれない」
「……決め打ちをしている。動く相手に当たるか?」
「体勢が悪い。地ずり殺法は地に足を付けてこそという認識だったが……今のスピードは……」
賛否両論といったところだ。
蛇マンが俺を見る。
「崖っぷち。お前はどう見る? てか、お前なんで女のカッコしてんだよ。俺のトラウマをえぐって何がしたい?」
オメェーのトラウマなんぞ知らねーよ。
そう言って俺は蛇マンが寄越した招待状をひらひらと振った。
招待されたからには女キャラを出す。最低限の礼儀だろーがよ。礼儀のなってねえのばっかだが……。まぁいい。どう見るって言われてもな。ラッキースケベを狙うには都合良さそうだな、としか。
俺の言葉に攻略組のゴミどもがハッとした。あんだよ?
……日頃から女の尻を追っ掛けることしかしてない俺は図らずも真理を突いたようだ。
蛇マンが我が意を得たりと頷き、
「捻流には致命的な弱点がある」
そう言って蛇マンは実演するように及び腰になり、内股になった。言う。
「おっ勃っちまったら跳べねえ」
……! 今度は俺にも分かった。
パンチラ殺法対策かッ……!
このゲームの女キャラはスカートを履くプレイヤーが多い。それは寒さが苦にならないのと、戦術的に有効であること、ゲームの中でくらい好きな格好をさせろということだ。実際、俺もバンシーモードを出す時はズボンよりもスカートを履くようにしている。ズボンが悪いとは言わないが、俺は脚フェチなのだ。脚フェチの俺が生足を避けることは自己否定なのだという思いがあった。
パンチラを見ないのではなく、迎えに行くという発想……!
パンチラへの熱い想いを語る俺に蛇マンが赤面して「違ぇーよ!」と吠える。
「オメェーと一緒くたにすんな! 恥を知れ! 恥を!」
あーん? イイ子ぶってんじゃねーよ。
蛇マンは地団駄を踏んだ。
「このゲームの女どもはどいつもこいつもヤラシイんだよ! ひらひらした服を着たヤツばっかじゃねーか……!」
そりゃーオメェ。女ってのはカワイイ服を着たがるモンだ。リアルじゃ会社が真面目に働けっつって誰も得しねえ縛りを押し付けてるだけだぜ。とはいえガッコじゃクソ寒ぃスカートが指定制服だからな。じゃあ私服OKにすりゃいいのかって言ったらそれもなんか違うだろ。ハッキリ言うが、この議論に答えはねえぜ?
「お、俺も嫌いじゃねえけどよ〜。こちとら真面目にヤッてんのにチラッと見えちまったら反応しちまうんだよ。情けねえ話だが、こればっかりはな……」
分かる分かる。
俺たちは分かった。うんうんと頷く。
男ってのはバカな生き物なのだ。好きな子には意地悪をするし、思春期になるとそれがカッコイイと思って中二病を発症する。そして、どんなにクソ真面目な場面でもパンチラを無視することはできない。
分かった俺たちに蛇マンが頷く。ナイフを鞘に戻して、空いた片手をポケットに突っ込んだ。言う。
「俺の剣なら戦えるぜ」
オオッ。今日一番の歓声が上がった。
あえてナイフを使わないという余裕の態度を見せつつ、チンポジを調整できる。
こ、この流派は……。
正直、俺は甘く見ていた。捻流という剣法は、このゲームの仕様に合っているのだ。360度自在に動ける空中を主戦場とし、選択肢を増やすことで相手に分の悪い賭けを強要する戦法。おまけに人間の視野は左右に広く、上下は狭い。無茶をやっているようで理に適っている。その捻流に対抗馬など出てこないと思っていた。
しかし、なるほど。蛇マンの言う通りだ。捻流には勃ったら跳べないという致命的な弱点がある。いや跳べなくはないんだろうが、それをやった日には女キャラ……つまり半数以上のプレイヤーから不評を買うだろう。今のために明日を捨てるのは刃牙のジャック・ハンマーくらいである。当然ながら俺たちにそこまでの覚悟はない。
そうまで言われては攻略組の面々も認めざるを得ない。
「革命的だ」
「ああ。俄然現実味を帯びてきたな」
「名前は? 流派の名前はあるのか?」
手のひらをドリルに換装した連中に蛇マンが面食らうほどだった。
「い、いや、名前はねえ。やってることは捻流の変形みてえなモンだし……」
この場で決めちまえよ。何でもいいさ。捻流だって別に最初から名前があった訳じゃないんだぜ。空中殺法って言やぁ通じたからな。なんなら流派っつう意識すらなかった。ワザが洗練されてだんだん気持ち悪くなっていったから既存の剣法とは別の呼び方が必要になったんだろう。命より武器代が惜しいもんだからって捻流は意地でも頭を狙わないからな。
困った蛇マンが門下生に助けを求める。
「ど、どうする?」
蛇マン率いる【蛇足倶楽部】はPKクランだ。お世辞にもガラが良いとは言えない連中の集まりである。
「マスターだろ。お前が決めろよ」
「定着するとも限んねーしな」
「てか流派ってダサくねーか?」
イヤお前らは身内だから実感ねーだけだって。これスゲーぞ。目から鱗ってのはこのことだ。俺は目からボロンと剥がれ落ちた鱗を進呈した。
【蛇足倶楽部】のメンバーが俺の鱗をひっくり返して見ながら「それならまぁ……」と納得する。
協議の結果、「拝流」の名を冠することになった。
剣とナイフを交差した構えが拝んでいるように見えることから拝流だ。誰も口にしなかったがパンチラを拝むという意味合いが強いことは言うまでもあるまい。
俺はあぐらを掻いたまま、指をちょいちょいとやって蛇マンにこっちへ来るよう指図した。
それで……結局お前は何をしてーんだ? こんな道場を開いて剣のお稽古ってガラでもねーだろ。言えよ。情報共有はネトゲーマーの義務だぜ。
……無論そのような義務はない。だが現代のネット社会を生きるものたちはなんとなく理解しているだろう。情報とは無価値なのだ。戦国時代や近世時代とは違う。スマホをいじるだけで手に入る情報に金を出すアホは居ない。そして、そうした時代の波は全チャが幅を利かせるネトゲーのプレイヤーにしっくりと馴染んだ。ギミックが複雑になるにつれて自力で解くという習慣が廃れたからだ。掲示板を見れば答えが載っているのだから当然そうなる。
情報の秘匿は優越感に浸るための自己満足でしかない。
俺の前にあぐらを掻いて座った蛇マンが言う。
「数は力だ」
かもな。で?
「スマイルはサトゥを越えた。力でてっぺんを取った。触発されなきゃ嘘だろ」
俺は口元を手で覆った。笑っていることを悟られないためではない。笑っていることを印象付けるためだ。
俺はお前らゴミどもがわちゃわちゃしてるのを見るのが好きだぜ。お前らは俺と同じなんだと安心するからな。
蛇マンが淡々と続ける。
「捻流が強いんじゃねえ。強いのはサトゥやスマイルだ。同じことやってちゃ勝てねえ。だからそれが分かりやすいようパッケージを作った。拝流っつうパッケージだ。コイツで俺は上に行く。崖っぷち。俺に付け」
お前が俺に何を期待してんのかは知らねーが……なかなかシビれるプレゼンだった。
そう言って俺は立ち上がった。目で俺を追う蛇マンの肩を軽くポンと叩いて道場の出入り口に向かって歩いていく。
リュウリュウ、行くぞ。
のそりと身を起こしたリュウリュウが俺のあとに続く。
蛇マンが俺の背に声を掛けてくる。
「崖っぷち。この前の会議……オメェーはGMについては触れなかったな。ヤツのスキルのカラクリが分かったのか?」
俺はアバヨと言うように手をひらひらと振った。言う。
時が来たら言いな。気分が乗ったら付き合ってやるよ。
……マレとクリスピーのスキルは似ている。
マレの【四ツ落下】再現とクリスピーのささやき盗聴。
それらはほとんど同じ理屈だろう。
【戒律操作】と【学習】は同じタイプの固有スキルだ。
2.クランハウス-居間
リュウリュウは先生の護衛だが、先生がログインしていない時は気の向くまま風の向くまま自由に遊んでいる。
この日もそうだった。
俺がウチの丸太小屋で経験値稼ぎをしていると、リュウリュウがのしのしと居間に入ってきて俺の向かい側のソファに座る。
おコアラ様を抱っこしていた。
俺は緊張した。
こ、これはこれはおコアラ様……。ちょっと待っててくださいね。
俺は素早くキッチンに引っ込んで人数分のお茶をお出しした。お茶請けの茶菓子をお盆に乗せてテーブルの上に置く。
おコアラ様が前足もとい腕を伸ばして茶菓子を爪で摘み上げた。胸元に引き寄せて、ペリペリと包装を剥いでいく。
「リュウリュウ。私はまだお前を同志とは認めていないぞ」
おコアラ様は厳しいお方だ。着ぐるみ部隊の中にあって異質とも言える荒々しい一面を持つ。
茶菓子の包装をバナナの皮のように剥いたおコアラ様が続ける。
「お前はコタタマくんを先輩として慕っているらしいな。ならば私もお前の先輩ということになる。そうだな?」
リュウリュウはおコアラ様を抱え直してお茶をひと口すすった。言う。
「生涯に一人と決めた出会いは一つでいい。二つは多すぎる」
おコアラ様は鼻をひくひくと動かして茶菓子の匂いを嗅いでいる。キロッと動かした目でリュウリュウを見た。
「中国の李信馬准がお前を追っているそうだな。袖にされた李信馬准がコタタマくんと接触したと聞いているぞ」
リュウリュウが俺を見る。
俺はテーブルの上を這っている藁人形に五寸釘を手渡してやった。
……もう少しリュウリュウの様子を見るか、場合によってはこっちで片付けるつもりだったんだけどな。おコアラ様には何かお考えがあるのだろう。そういうことなら仕方ない。
俺はコクリと頷いて認めた。
「……そうか」
おおよその事情は察したのだろう。リュウリュウが瞑目して考え込む。
俺はお茶をすすった。
おコアラ様が茶菓子をぱくりと頬張る。
……俺は興奮した。
これは、とあるVRMMOの物語
動物好きってそういうことじゃないだろ……。
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