不治の病
1.山岳都市ニャンダム-怪しい倉庫
アンパンくゥん……。
新年を祝して寝起きドッキリを画策している。
マイフレンドのアンパンくんが魔境と化した人間の里に住めなくなり裏市の倉庫で寝泊まりするようになって随分経つ。
長時間ログインマーカーが点灯しっ放しになっており、家を出た形跡もないことから、マイフレンドのアンパンくんは寝落ちしている可能性が非常に高い。
他に用事があったこともあり、これ幸いとサプライズを試みる次第と相成った。
寝起きドッキリ、テレビで芸能人がよくやってるしな。いっぺんくらいは自分でやってみたいじゃないか。
が、しかし初手ハプニング! なんてことでしょう、玄関のドアの鍵が閉まっているじゃありませんか。これは弱りましたねぇ……。おや、こんなところにアンパンくんの家の合鍵が?
俺はこんなこともあろうかと常備しているアンパンくんの家の合鍵をスチャッと取り出した。
俺は目がいいので、一度目に焼き付けたものを忘れない。合鍵なんざチョチョイのチョイよ。
鍵穴にスッと鍵を差し込み、音が鳴らないよう慎重に手首をひねる。
……回らねえ。
野郎、さては俺に無断で鍵を替えたな?
女キャラの一人暮らしだからって何をそんなに警戒してるんだよ。やれやれ、これだから自意識過剰のネカマは……。
仕方ねえ。屋根裏から入るか。
窓から入れればそっちのほうが面倒がないのだが、アンパンくんは薬屋を営んでおり、日の光を嫌う薬品が多いことから家に窓がないのだ。壁よりはまだ屋根のほうが造りとして脆い。
俺はえっちらおっちらとアンパンくんの家の屋根に登ると、その場にしゃがみ込んで手のひらを屋根に押し当てた。懐から取り出した魔石を代償に戒律を刻んでいく。
今の俺の職業は細工師。他の細工師はどうか知らんが、俺は非生物にデバフを与えることができる。
腐食した屋根材を音が鳴らないよう慎重に取り除いていく。やがて、ぽっかりと空いた穴に身体をねじ込み、屋根裏への侵入に成功。アンパンくんの家の間取りは把握している。狭い屋根裏を這って進み、この辺りだろうと見当を付けて先ほどと同じように床に穴を空けていく。
ビンゴだ。
そっと穴を覗き込むと、身体を丸めて寝こけているアンパンくんを発見。しめしめとほくそ笑み、穴から身を乗り出して、スラリーの応用で天井に張り付いてコソコソと移動していく。
俺は慣性を削って軟着陸するのは苦手だが、誰に教えられるでもなく壁に張り付くことはできた。ナルトで言うならばチャクラ量こそ少ないものの繊細な操作が得意なタイプなんだろう。あるいは空を走り回るニャンダム様から振り落とされた衝撃体験によるものかもしれない。
スラリー特有の残像エフェクトは気掛かりだったものの、深く寝入っているアンパンくんが目覚める様子はない。
四つん這いになって壁伝いにカサカサと床に降りた俺は、足音を立てないようゆっくりと寝起きドッキリのターゲットに近付いていく。
身体を丸めてすぅすぅと寝息を立てているアンパンくんはトレードマークのポニテをおろしており、寝間着代わりのダボT姿だ。何の配慮か知らんがタオルケットを布団代わりにしていて、そこから生足がにょきっと生えていた。やはり男は男のツボを知るものなのか、惜しげもなく晒した太ももの肉付きは俺の繊細な男心をくすぐるものがある。
念のためにタオルケットを摘んで持ち上げてみるものの、ガインと指を弾かれた。
チッ、言われんでも別にアンパンのパンツに興味なんかねーよ。
システムから一方的に下心があると決めつけられたようで、俺は面白くない。家から持ってきた藁人形ズをアンパンくんの周囲に配置していく。怨嗟の声を上げた藁人形ズがのろのろとアンパンくんの身体を這い上がっていく。
アンパンくんの唇から悩ましげに吐息が漏れる。
「やぁ……ん……」
頃合い良しと見て俺はアンパンくんから離れた。俺と違って夜目が利かないアンパンくんの有視界距離を計算に入れてスッと床に腰をおろす。
藁人形ズが身体を這い回る感触に耐え切れなくなったかのようにアンパンくんが目覚めた。
「やっ、なに? なに? 虫? なに……虫?」
完全に寝ぼけている。
「えっ、ちょ……えっ? だ、誰か居るの?」
闇に紛れた俺の姿が徐々に浮かび上がっていく。
アンパンくゥゥゥゥゥゥん。あーそぼゥゥゥゥゥゥ。
「ひょえっ……!」
変な悲鳴を上げて何故かとっさにタオルケットで肢体を隠そうとしたアンパンくんが藁人形ズを振り払おうと二つ同時のことをやろうとして無様にスッ転んだ。
ドッキリ大成功〜。
俺はキャッキャと手を打って喜んだ。
アンパンくんがタオルケットを腰に巻き付けながら叫ぶ。
「で、出てけー!」
俺はアンパンくんの家からポイと摘み出された。
2.ジャムジェムの悩み事
どうしても俺の居ないところで服を着たいと言うので、仕方なくアンパン家の前で待機している。待つことしばし。玄関のドアがガチャッと開き、憮然とした表情のアンパンくんが顔を出した。
「あのねぇ、旦那。しまいには本気で通報する、よ……?」
語尾が尻すぼみに消えていったのは俺の横に立っているAI娘一号に気が付いたからだろう。
アンパンくんは俺と赤カブトを交互に見て、
「えっ。もう殺しちゃったの? そこまでやらなくても……」
勝手に俺の命乞いパートが終わって刺されたり何だのを粗方済ませたことにするな。用事があって来たんだよ。ほら、ジャム。
俺が背を押して促してやると、消沈した様子の赤カブトがおずおずと両手をアンパンくんに差し出す。
赤カブトの手のひらの上で、一体の藁人形がアンニュイな様子で座っていた。
「この子が最近なんだか元気なくって……」
アンパンくんはぽかんと口を開けて、藁人形を見ている。藁人形から視線を引き剥がすと、ゆっくりと顔を上げて俺を見た。
「……え?」
悪ぃけどよゥ、ちょっと診てやってくれや。
「ていうか、藁人形って動くの……?」
そこからか……。少し長くなる。立ち話も何だな。家に上がるぜ。
立ち話も何なので俺と赤カブトはアンパンくんの家にお邪魔することにした。
アンパン家は生意気にも課金アイテムの照明器具を導入している。パッと点灯した蛍光灯の明かりの下、我が家の藁人形事情を説明していく。
俺が経験値稼ぎに藁人形をいじってるのは知ってるだろ。小物作りはコスパいいからな。理想を言えば消耗品が望ましいってことになる。俺の場合は呪いの藁人形ってことになるんだが……。
「なるかなぁ……?」
藁人形ズはアンパンくんが気に入ったようだ。アンパンくんの身体をのろのろと這い上がり、拠点制圧する兵士のように服の下に潜り込もうとしている。
「やっ! ちょっ、何この邪悪な生命体! ハドラー親衛隊もびっくりするくらい旦那の悪いトコを受け継いでる……!」
ダイ大な。俺はフェンブレン嫌いじゃないぜ。武人としてひと皮剥けたハドラーも虚栄心を完全に捨て切れた訳じゃない……シビれる設定じゃねーか。そういうのがイイんだよ。なんていうか、過去を完全になかったことにはしないっつーかな。
まぁハドラー親衛隊と違って俺の藁人形は禁術で生まれた訳じゃねーけど。魔族の秘術じゃねーよ。殺すぞ。
「先回りしてツッコむのは自覚してるんだよなぁ……!」
アンパンくんは服のあちこちから攻め上がる藁人形ズに苦戦している。
俺は構わず続けた。
まぁ見ての通りだ。どうも俺は物体に命を吹き込むのが得意な彫り師……ッてことになるらしい。黄金の意志っつーかな。ジョジョね。
「こんなの呪いでしょっ」
で、色々あって藁人形を動かすのは成功したんだよ。五寸釘を持たせてチャンバラごっこさせたりしてたんだが……そのうちジャムが情を移しちまってな。この子に元気がないって言うから連れて来たんだ。お前なら何とかできるだろ。何とかしたってくれや。
「イヤ何ともならんでしょ! 俺は何者なの!?」
己を見失い掛けているアンパンくんに赤カブトがバッと頭を下げる。
「アンパンくん、お願いします!」
AI娘にそうまで言われてはアンパンくんも強くは出れなかったようだ。赤カブトが差し出した藁人形ちゃんを渋々と受け取る。
「……まぁ診るだけ診てみるけどぉ……あんまり期待しないでね? 俺、藁人形は専門外だしイヤそんな専門家居ねーよっていう……」
藁人形ズを振り落としたアンパンくんが藁人形ちゃんの検診に入る。
不安げに見守る赤カブトの肩を俺はぐッと抱き寄せた。
アンパンくんが藁人形ちゃんをまじまじと見つめながらボヤく。
「そんなウチの子はどうなんですかみたいな雰囲気を出されても困るんだけど……。ちょっと待っててね」
そう言って立ち上がったアンパンくんがクリップボードを持ってきて藁人形ちゃんの様子を事細かに記載していく。
こうして改めて眺めてみると、赤カブトの言う通り、藁人形ちゃんは他の藁人形ズと比べて明らかに元気がない。
まったく動こうとしないし、心ここにあらずと言うか、ぼんやりと遠くを眺めているような。かと思えば他の藁人形ズをチラッと見て肩を落とす。そんなことを繰り返しているように見えた。
アンパンくんの指示で五寸釘を渡してあげても、すぐに興味を失って手放してしまう。
眉根を寄せて手元のカルテと睨めっこしていたアンパンくんが投げ遣りに言う。
「……風邪かなぁ」
なに言ってんだお前。藁人形が風邪ひく訳ねーだろ。
「急に正気に戻るのやめて?」
ハッとした赤カブトがパッと立ち上がって少し離れると俺とアンパンを手招きする。
あんだよ? 何か分かったのか?
赤カブトは興奮した様子だ。
俺を盾にして藁人形ちゃんを指差し、小声でまくし立てる。
「ほら見てっ。またあっち見てるっ。見てて……。ほらっ。ねっ? 同じ子をいつも見てたんだっ。これって……! これって、そういうことだよねっ?」
……あ?
鈍ちんの俺に赤カブトがパタパタと地団駄を踏む。
「も〜っ。ペタさんは女の子のキモチをもっと勉強するべきですっ。ねっ、アンパンくんっ。アンパンくんは分かるよね?」
アンパンくんは茫洋とした眼差しで藁人形ちゃんを見つめていた。ボソリと言う。
「マジかよ」
えっ。分かってないの俺だけ? どういうこと? 意地悪しないで教えてよ。
赤カブトが背伸びして俺の耳元に唇を寄せる。そしてこう言った。
「あの子、恋しちゃってる……!」
マジかよ。
3.深夜-ポポロンの森
まぁ恋してるってんなら仕方ねえ。
添い遂げちまいなよゥ!
気合い一発、俺は金槌を振り下ろした。
カーン……カーン……
夜の森に釘打つ音が染み入るようだった。
金槌を振り下ろす俺を、赤カブトが熱のこもった視線で見守る。おっぱいの前で両手をグーにして、この神聖な儀式を一瞬たりとて見逃すまいと目を見開いている。
コイツでしまいだッ!
エイメェェェェェンッッッ!
裂帛の気合いと共に俺が最後のひと振りを打ち込む。
ぜぇぜぇと息を荒げ、汗ばんだ手を木の幹に預ける。呼吸を整えながら顔を上げて出来栄えを確認する。
そこには二体の藁人形が五寸釘で打ち付けられていた。
仲睦まじく磔になった二人の藁人形の手は永遠の愛を誓うように重なっている。
これ以上は野暮ってモンだろう。
俺はバッときびすを返してアバヨと言うように手をひらひらと振る。
祝福するぜ、ご両人。
ふふっと微笑んだ赤カブトがふわふわとした足取りで月下に踊る。
「あのね、ペタさん。ちょっと羨ましくなっちゃった。私たちもいつか……ね?」
くるりと振り返った彼女のピンク色の瞳が夢見がちにキラリと輝いた。
これは、とあるVRMMOの物語
結婚かぁ……。
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