シルシルと挨拶回り
1.エッダ水道-【提灯あんこう】秘密基地
あけおめことよろ〜。
シルシルりんと一緒に年始の挨拶回りをしている。
ちょうどお師匠様のネフィリアが小娘どもにお年玉を順番に渡しているところだったので、俺とシルシルりんも列に並ぶことにする。
俺とネフィリアは属している陣営が異なるため基本的には対立関係にあるが、やっぱり俺はネフィリアに対してどうしても非情になりきれない部分がある。それは俺の甘さなのだろう。ネフィリアを救ってやりたいという気持ち。自分の気持ちに嘘を吐くことはできない。
ネフィリアが「ん」と突き出したポチ袋を小娘どもが順々に受け取っていく。
「えへへ。あざす。今度また一緒にお買い物に行きましょうね」
「ん」
常日頃より小娘どもに貢がれているネフィリアはマナポやエーテルで荒稼ぎしている。そうした闇資金が小娘どもの手に渡ることで洗浄されていくかのようだった。
どのくらい入ってるのかな〜。俺はそわそわしながら着物姿のシルシルりんのお尻を眺める。
シルシルりんの順番になった。シルシルりんがぺこりとお辞儀をして新年の挨拶をする。
「明けましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いしますね」
「ん」
ネフィリアはお財布からお金を取り出して突き出した。シルシルりんがわたわたと手を振って遠慮する。
「いえっ、お金はいいです! お友達ですし、そういうのはナシにしましょ。ね?」
ネフィリアはシルシルりんの手をぐいっと引っ張ってお金を握らせた。有無を言わせずにシルシルりんの華奢な肩に手を置いてぐるんと身体を回すと、よいしょーっと背中を押し出して小娘の群れに放り込んだ。
小娘どもがエサに食い付くピラニアのようにたちまちシルシルりんを取り囲む。
「シルシルりんあけおめ〜」
「着物キレー。いいな〜。これ露店バザーで買ったの?」
「私ら、このあとバザー行くからさ〜。シルシルりんも一緒においでよ」
俺はネフィリアの眼前に立った。金くれ。
手のひらを突き出して待機する俺にネフィリアは「ん〜……」と少し悩んでから、財布から取り出した金を俺の手のひらにポンと落とす。
……少なくね?
なんか俺だけ少ない気がする。
俺は粘った。
ネフィリア? もうひと声。
ネフィリアたんは答えず、お財布をいそいそと懐に仕舞った。
……ケチ臭い女だな。不労所得でウハウハだろうに。まぁいい。俺は生活費を恵んで貰ってる身だ。とやかく言うまい。
俺は手を引っ込めて度量の大きさを示した。
よう、ネフィリア。このあと【目抜き梟】んトコに顔を出しに行く。お前らも来いよ。
ネフィリアは「ん」と頷いた。
……コイツ、どんどんダメになっていくな。公私の区別が付きすぎと言うか……人前ではもっとちゃんとしてるのに。
とにかく、そういうことになった。
2.スピンドック平原-【目抜き梟】クランハウス
小娘と歩兵ちゃんの混成軍を率いたネフィリアがアイドル気取りの巣窟にズカズカと踏み込んでいく。そのあとを俺とシルシルりんが続く。
シルシルりんはネフィリアと【目抜き梟】が衝突しないかと心配しているようだ。
「えっとぉ……コタタマりん? ネフィリアさんとモッニカさんたちって仲良しなんですか?」
いや? どうだろうな。リリララとはβ組同士、面識はあるだろうけど。仲良しかって言われると……。少なくとも普段絡んでるのは見たことないかな。
「そう、ですか……」
まぁ気にしなくていいよ。同じゲームやってるんだからどうにでもなるさ。そんなことより、シルシルりん。髪、ちょっと伸ばしたんだね。軽くグラデ掛けた?
恥ずかしそうに俯いたシルシルりんが前髪を指でいじる。
「……変じゃない? 髪の長い子が多いから、いいなぁって……」
似合ってるよ。着物の所為かな? 大人っぽく見える。
シルシルりんは小柄な女性だが、慎ましいユニットサイズに特別コンプレックスを抱いている様子はない。それは当然のことで、そもそも気にしているなら身長を盛れば済む話なのだ。
実際、アイドル気取りの巣窟に足を運ぶにあたってバンシーモードを起動した俺は背の小ささなどまったく気にならない。
シルシルりんとイチャ付いていると、歩調を落としたマゴットがシルシルりんの横に並ぶ。シルシルりんと腕を絡ませて、
「ちょっと。あんたさー。シルシルりんはあんたとは違うんだから汚さないでよー」
何を言う。シルシルりんは俺とお付き合いしてるんだぞ。
「それは知ってるけどさー。あんたは私のことも狙ってるんでしょ……。知ってるんだから」
人聞きの悪いことを言うな。舐め腐った恋愛観をしてる俺がイイなと思ってる女性全員に盛大にフラれて哀れなお一人様になったらその時はお前に面倒を見て貰う。それだけのことだ。
「ま、まぁもしもそうなったらね? 私、そういうのに弱いからなー。ペスも元々そんな感じだったらしいしぃ……」
今、捨て犬の話してる?
いや、ペスはそんなことないだろー。だいぶ話盛ってねーか? こんなのどっからどう見ても血統書付きだぞ。今にも血継限界使いそうじゃん。
俺はマゴット家門番の曇りなき被毛をナルトに例えた。
マゴットの横で上機嫌に尻尾を振りながらてしてしと歩いているペスさんが由緒正しき雑種の俺を見て、すぐにフイと前を向く。俺を視界に入れたことでピクニック気分はたちまち消え失せたようだ。尻尾がしおれる。
いや、交渉の余地はまだあるのかもしれない。のろまな種族人間に合わせてゆっくり歩いていたペスさんがぐるりと迂回して俺のケツを嗅いでくる。
……ははん? さてはこのワン公、俺が俺だと確信を持てずに居るのか。これはチャンスだ。大型犬の戦力は種族人間を遥かに上回る。本能でアクティブスキルを使えるらしく、ガチでやり合ったらモンスターですら危ういだろう。
このワン公を従えることができたなら俺は無敵だ。
よーし、ペス。おいでおいで。ペスや〜。
俺がにこやかに抱っこを提案すると、ペスはササッと離れてマゴットの横にぴたりと並んだ。
……女の姿をした俺じゃお前の相手にすらならねえってことかよ?
俺は我慢ならなくなって叫んだ。
ペェーーース! 俺だ! コタタマだッ! 姿は変わろうと俺はここに居る! 来いよッ! いつもみたいに掛かって来いッ! お前は俺の……!
「ウチのペスにヨコシマな感情向けるのやめろ!」
マゴットさんに頭をべしっと叩かれた。
ヨコシマじゃないやい! ライバルなんだよ〜! 俺はそいつと対等でありたい……。
だのにペスは俺をライバル認定してくれなかった。ピクニック気分を取り戻して上機嫌に尻尾を振っている。
チッ、しょせんワン公か。見てくれに騙されやがって。ここぞとばかりに小娘どもに着せ替えされたのが良くなかったのかもしれない。犬は嗅覚が鋭い動物だ。
……また今度会いに行くよ。男の姿でな。その時は俺の気持ち、聞いてくれるか?
ペスが俺をチラッと見てワフッと小さく吠える。
通じ合えた気がした。
おっと、犬畜生とラブコメパートやってる場合じゃねえ。
「ネフィリアちゃ〜ん!」
おっきなおっぱいを揺らして駆け寄ってきたリリララがネフィリアに抱きついた。ネフィリアの首元に顔を埋めて歓迎の意を示す。
共にβ時代を駆け抜けた戦友の再会である。
しかしネフィリアはつれない。
「暑苦しい。離れろ」
冷たくあしらわれてもリリララはめげない。ネフィリアの手を取ってぐいぐいと引っ張っていく。
「ネフィリアちゃんもウチの子になりなよ。また一緒にウサ耳付けてぴょんぴょんしよ? ね?」
また一緒に……うさ耳付けて、ぴょんぴょん……。
……クソ運営の策略でプレイヤーが二分した際、ネフィリアは神聖ウサギ王国に属していた。その時に王国を治めていたリリララと会っていても不思議ではない。
ネフィリアがキリッとして言う。
「言ったハズだ。これっきりだとな」
リリララがしゅんとする。
「でもネフィリアちゃん、モグラっ鼻は嫌だって……」
ネフィリアがリリララの頭をガッと掴んで揺さぶる。
「会話をしろ。この頭の中はどうなってる?」
文句を言いつつも今更になってリリララの独特なテンポをどうこうするつもりはないようだ。リリララを置いてさっさと歩いていく。
リリララが置いていかれまいとネフィリアのあとを追う。おずおずと差し出された手を、ネフィリアが忌々しげに引っ掴んで引っ張っていく。
「モッニカはどこだ? アイドル解放戦線などという新参者に引っ掻き回されてからに……。嘆かわしい。実に不甲斐のないことだ。私が潰してやろうか?」
随分とお優しいこったな。
二人がウダウダやってる内に追いついた俺がそう言うと、ネフィリアはプイとそっぽを向いた。
「コイツは私と同じβ組の一員だ。魔法使いとしての才は私を凌いでいる。才能はあるべきところになくては意味を為さない。見ててイラつくんだよ。それだけだ」
そういうのをお節介と言うんだが……まぁいい。そいつをモッニカに言いに行くのか?
「お前の要件が先でいい。アイドル解放戦線などという下らない輩を招き入れたのはお前だ。何か考えがあるんだろう?」
いいや? 俺はお年玉を貰いに来ただけさ。
シルシルりんが違う違うと手を振る。
「ご挨拶しに来ただけです! こらっ、コタタマりんっ。お年玉は違うでしょっ」
俺はシルシルりんにメッと叱られて興奮した。
時に、リリララよ。お前ここに居ていいのか? お前ら元旦は生放送やるとか言ってなかったか?
俺にそう言われてリリララはハッとした。ネフィリアと手をつないだまま廊下を走っていく。
モッニカ女史のところに案内してくれるようだ。
リリララに引っ張られながらネフィリアが俺に文句を付けてくる。
「おい! 生放送って何だ! 聞いてないぞ!」
あ? 承知の上じゃねーのかよ。歩兵ちゃんたちを使えば情報収集はお手のモンだろ。そっちの怠慢を俺に押し付けられても困るぜ。そういうのを責任転嫁っつーんだ。
シルシルりんも慌てふためく。
「こ、コタタマりん? 私も聞いてないですよ? 私たちお邪魔なんじゃ……」
ああ、大丈夫、大丈夫。モッニカは出演しないから。せっかくキレーな顔してんのになぁ。
まぁメンバーを言葉巧みにこの界隈に引っ張り込んだモッニカ女史が連中の面倒を見るのが筋か。
どうせまた人手が足んねえだの騒いでるだろうからよ〜。連れてきてやったぜ。ご待望の人手ッてヤツをな。
俺は肩越しに振り返って小娘どもを見た。ニカッと笑って告げる。
さあ、楽しい社会見学の始まりだ。
3.新年初配信
パイプ椅子に腰掛けた俺にスタッフがおべっかを使う。
「いや〜。バンシーP。助かります」
なーに、いいってことよ。困った時はお互い様ってな。持ちつ持たれつやって行こうや。
スタッフはニカッと破顔した。それにしても、と前置きして収録スタジオを忙しなく駆け回っている小娘どもに視線を振って言う。
「【提灯あんこう】イイですね〜。特に、ネフィリアさんですか……。彼女、光るものがありますよ。今までウチには居なかったタイプだ」
現場を仕切っているのはネフィリアだ。クソ忙しい現場に連れ込まれて、わちゃわちゃしているスタッフを見てイラッとしたんだろう。我慢できなくってああせぃこうせぃと指示を出し始めたらもう逃げられない。生まれついての仕切り魔だ。
俺は内心でほくそ笑んだ。
ネフィリアよ……。お前は俺と同じ穴のムジナ。こうなると思っていたよ。今年はお互い忙しくなりそうだナ……?
少し離れたところではシルシルりんがモッニカ女史にぺこりとお辞儀していた。
人手を連れてやって来た友人に感極まったモッニカ女史がシルシルりんをぎゅっと抱きしめる。
スタッフとしてもモッニカ女史に頼らざるを得ない現状を歯がゆく思っていたのだろう。いつもそう。どこもそう。現場に足りないのは仕切れる人間なのだ。
「バンシーP。今年もよろしくお願いしますね」
スタッフがそっと俺にお年玉をくれた。
俺はいささか飾り気のないポチ袋から札束を取り出してべべべっと数える。ポチ袋を懐に仕舞い、歯列をギラ付かせて言った。
「Happy New Year」
これは、とあるVRMMOの物語
今年も一年よろしくね!
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