セクハラ神の謎 15:00
1.東京コロシアム-荷受け場
スピンドック平原には目的別に建設されたコロシアムが幾つかある。
ここ東京コロシアムはその一つで、音響設備が整っていることからライブ・コンサートの聖地として知られる施設だ。
何か大きな催しでもあるのか、コンサート会場から伸びる長蛇の列は最後尾を探すのもひと苦労だ。集客を見込んだ屋台が立ち並ぶさまは縁日の賑わいを思わせた。
やっとの思いで人混みを抜けた配達員が関係者用の出入り口から荷受け場に小走りで駆け込む。
帽子を目深に被り直した配達員が受付に向かって威勢良く声を掛ける。
【速達でーす!】
その声は性に目覚めたばかりの男児のようであり、老いてなお盛んな老爺のようでもあった。ありとあらゆる年代の男性の声が織り重なったような不思議な声だ。脳髄に直接響くようなそれは時空をも超越するのではないかと思わせる。
およそ尋常な生物が出せる声ではなかったが、受付のすぐそばで荷物を整理していた小柄な人物は訝しむ様子もなく「はーい!」と元気に返事をした。
見た目にそぐわぬ怪力の持ち主であるらしい。大の大人でも手に余るような荷物を苦もなく積み上げていく。
荷受け場はラッピングされた荷物でパンク寸前といった有様だった。
返事があったことにホッとした配達員が触手を手繰り寄せるように受付に歩み寄る。山と積まれた荷物を興味深そうに眺めながら、
【凄い荷物っスね〜】
受付嬢が器用に積み上げた荷物を満足げに見てから、近くまで寄ってきた配達員に元気いっぱいの笑顔を向ける。
「今日は【目抜き梟】さんのライブですから! まだまだこんなもんじゃありません! もっともっとたくさん来ますよー!」
労働の喜びに尖った耳がぴくぴくと小刻みに震えた。
この世界にはティナンと呼ばれる種族が居る。見た目こそ幼いが、その小さな身体には岩盤を素手でくり抜くほどの頑健さと膂力が備わっている。
健全な肉体には健全な精神が宿るらしく、受付ティナンは配達員が多少モルボルと似ていても気にしなかった。容姿など些細な問題である。そもそも彼女の知る人間とは事あるごとに変身して巨大化する不思議な生き物だ。たとえ発声のたびに七色に輝く光を放っていたとしても個人差と言って差し支えのない範囲である。
配達員は大きな一つ目を優しげに細めて今初めて聞いたように驚きの声を上げた。
【目抜き梟の! あ、そうか。今日は……】
受領の印を押しながら受付ティナンが誇らしげに大きく頷いた。
「はい! 今日はクリスマスイブですから!」
配達員が持ってきたのはピンク色の便箋だった。中に入っているのは手紙だろうか。ひっくり返してみると、ハートマークのシールで封がされている。可愛い。ラブレターかもしれない。
受付嬢が便箋を何度かひっくり返してみる。びっくりして声を上げた。
「宛先が書いてません! 配達員、さん……?」
配達員は忽然と姿を消していた。
受付ティナンはまたびっくりした。彼女の知る人間はあまり速く動かない。とてものんびりした生き物なのだ。
受付ティナンは便箋を手にしたまま少し悩んでから、透かし見るように便箋を掲げた。
「これはもしかしたら神様がくれたお手紙かもしれません!」
きっと今日はとても素晴らしい一日になる。素敵な予感に胸が躍った。
2.ライブ会場
おっすー。
【目抜き梟】のアイドル気取りどもがクリスマスライブをやると言うので、準備を手伝っている。
社員通路を通ってライブ会場に戻ってきた俺をメルメルメがこっちこっちと手招きする。
アイドル気取りどもはリハーサル中だ。
俺はゴチャゴチャと床に散乱した機材を避けて歩いてメルメルメの元へ向かう。
しっかしどうしてこう直前になってバタ付くかねぇ? 予定通り事が運んだ試しがねえ。
メルメルメの手招きが加速する。急げと言いたいらしい。へいへい。俺は分かった分かったと手をひらひらと振りながらダラダラと歩いていく。
コンビニ前にたむろするチンピラのようにしゃがみ込んだ俺をメルメルメが声を潜めて叱り付けてくる。
「遅いぞっ。ドコ行ってた……!」
ドコだっていいだろ〜。俺ぁ〜【目抜き梟】の一員じゃねんだよ〜。オメェーらが人手が足りねえってんで仕方なくこうして手伝ってやってんだ。休憩くらい好きに取らせろや〜。
ちっとも悪びれない俺にメルメルメは呆れた様子だ。
「お前というやつは……。相変わらず真面目なのか不真面目なのかよく分からんやつだな。気に入らないことがあるとすぐに仕切り出すくせに」
段取りがなってねんだよ段取りが〜。見ててイライラすんだ。チッ、またモッニカが居ねえ。ちょっと目を離すとすぐにこれだ。あいつが仕切るって話はドコ行ったんだよ〜。何があっても現場を離れるなって何度言わすんだよ〜。
「ついさっき、なんかスタッフが来て慌てて連れてったな」
あ〜? 俺の言ったこと無視かよ。しまいにはスタッフ全員皆殺しにするぞ。いっそスッキリすらぁ。
立ち上がろうとする俺の手をメルメルメがガッと掴んで座らせる。
「ヤーメロって。お前、ジュニアに舐められまくってんだから。マジで収拾が付かなくなる」
くそっ、あいつら平気で暴力に訴えてくるからな。アイドルがそんなことでいいのかよ。
俺はツヅラとかいう変な名前したガキンチョに頭が上がらない。ふと気が付けばそんな力関係になっていた。あ、いえ、すいません、ツヅラさん。心の中で呼び捨てにするのも憚られる。
俺とメルメルメはボソボソと喋くりながら配線をまとめていく。スタッフがつまずかないよう配線をまとめる仕事だ。台車がスムーズに行き来できるよう、どうせあとで剥がすことになるテープを延々と張っていく。誰もやらないから仕方なく俺たちがやっているのだ。通りすがりのアイドル気取り(ジャージ着用)が「バンシーPそんな仕事いいですよ!」とか言ってくるたびにイライラする。そんな仕事じゃねんだよ。じゃあ機材を手運びすんのかって話だ。人手が欲しい。ティナンの人手が。種族人間はダメだ。物の役にも立ちゃしねえ。だのに通しで振り付けをチェックしたいだの何だのとアイドル気取りどもが言い出すもんだからティナンを現場に連れ込むことはできない。あのあざとい生き物は宇宙的な超技術で録画禁止の措置を取られているのだ。いっそティナンと種族人間をバラでタイムシフト組んだほうが早かったんじゃねーか? でも、それやるとティナンが寂しがるからな……。
そう、ちょうどあんな感じに種族人間と手を繋ぎたがるのだ。
受付ティナンがモッニカ女史の手を引っ張ってぴょんぴょんと観客席を跳ね回っている。モッニカ女史は皐月の空をはたはた泳ぐ鯉のぼりのようになっていた。
あれは怖い。俺は同情した。現場を放り出してどっか行ってたモッニカ女史を怒鳴りつけてやろうと思っていたが取りやめにする。急きょ予定を変更してパンチラチャンスに備える。が、受付ティナンは巧みにモッニカ女史の身体を振って俺に付け入る隙を与えない。さらにやるようになったな……! 俺はシャアばりの実況を交えて緊迫感を高めていく。受付ティナンが来る。種族人間の三倍のスピードで俺に迫る。跳んだ!?
俺と受付ティナンのカットインが走る。
だが特に意味のない演出だったらしく、俺の眼前に着地した受付ティナンがダンゴ虫のように丸まるモッニカ女史を差し出してきた。
「ここでいいですか〜?」
モッニカ女史は顔面蒼白ながら気丈にニコッと微笑んだ。
「ええ。ばっちりですわ。ありがとうね」
受付ティナンはぴしっと敬礼して「お仕事ですから!」と言って去っていった。加減していたらしく、帰りは五倍速だった。
受付ティナンを見送ったモッニカ女史がふらふらと立ち上がる。かと思えば、すぐにへたれ込んだ。ガクガクと震える手でピンク色の便箋を差し出してくる。
あん? 読めってのか?
封は切られていた。折り畳まれた手紙を広げて見る。
そこには新聞紙を切り貼りしたような文字でこう書かれていた。
『死の災いが降りかかるであろう』
ふーん。
俺は傍らのメルメルメに手紙を押しつけて率直な感想を述べる。
で?
メルメルメが小さく悲鳴を上げた。
「き、脅迫状……?」
そうかぁ?
俺は首をひねった。
そう取れなくもないが、これじゃ脅しにならんだろ。残機が一つ減るだけだぜ。
これは、とあるVRMMOの物語
プッチョ、ムッチョ〜。ごはん冷蔵庫に入れておくからあっためて食べてね〜。
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