セクハラ神の謎 16:00
3.東京コロシアム-会議室
場所を会議室に移し、脅迫状?の処遇について俺、メルメルメ、モッニカ女史の三人で相談している。
なんで俺?とは思ったが、ただでさえ足りない人手をこんなモンに割くのも業腹なので付き合ってやるとする。
モッニカ女史は容疑者に心当たりがあるようだった。えぐるように俺の顔面を凝視してくる。
「……コタタマさん。動機をお尋ねしても……?」
質問おかしくない?
俺が知る訳ないじゃんね。
俺は容疑を否認した。
モッニカ女史はにこりと上品に微笑んで居住まいを正した。
「冗談です。もちろん信じておりますわ」
そして犯人しか知り得ないことを俺に喋らせようとしてくる。
「お手紙は二枚。一枚目はつい先ほどご覧になった通りです。もう一枚はメンバーの私生活に関する情報が書かれていたので、この場では控えさせて頂きますわ」
……コイツ本気で俺を疑ってやがるな。
嘘吐け。もっともらしいこと言いやがって。もしもそうならお前は冗談なんて言わねーよ。ガチで警察沙汰じゃねーか。
モッニカ女史が眉をひそめる。まじまじと俺の顔面を見つめてくる。小さく吐息を漏らし、
「……認めるつもりはない、と?」
何が何でも俺がやったと決め付けたいようだな。しまいには出るトコに出るぞ。
モッニカ女史はかすかに動揺した。
「……けれど、毎年恒例ですし。本当に違いますの? 天地神明に誓って? もしも嘘だったら……ひどいですわよ?」
俺は憤懣遣る方ないとばかりに溜息を吐いた。
あのなぁ、モッニカ。……いや、俺も悪かった。たしかに俺はこれまでに何度も騒ぎを起こしてきた。疑われても仕方ない。毎年恒例……たしかにそうだ。叙述トリックだの何だの言っといて結局は俺。そんなことを何度繰り返したか……。
けど今回ばかりは俺を信じてくれないか? そんなことを言えた義理じゃない。そんなことは分かってる。けど、もしもコイツが……。
俺は机の上の便箋に目線をやって続ける。
もしもコイツが本物だとしたら、事は俺らだけの問題じゃ済まなくなる。
メルメルメも俺の意見に賛同してくれた。手紙を虫メガネで観察しながら、
「崖っぷちらしくないのは確かだ。さすがに脅迫状はな……。ヘタしたら警察沙汰だぞ」
そういうことだ。
メルメルメにそうまで言われてはモッニカ女史も無下にはできない。
このメルメルメというネカマは頭の配線がどっかイカれていて、一種の神懸かりめいた部分がある。もう随分と長いこと【目抜き梟】に居候しているので、モッニカ女史もメルメルメのそうした場面を幾度か目にしていても不思議ではない。
モッニカ女史は今更のように怯えた。
「け、警察に届け出たほうがいいでしょうか?」
……その場合、ライブは中止になるな。リリララに……いや、モッニカ。お前が決めろ。フォローはしてやる。
メルメルメが虫メガネを仕舞った。
「……なんで新聞紙なんだ?」
あ? そりゃあ筆跡を隠すためだろ。
「それが妙だと言ってる。印刷技術なんてものはこの世界にはない。トレースしたんだろう。そこまでは分かるが……塗りにムラがない。ハッキリ言ってこれは……人間業じゃないぞ」
じゃあティナンに書かせたか……もしくはそういうアビリティなんじゃねーか?
「何のために? 筆跡を隠すのは特定されないためだ。これじゃ逆なんだよ。むしろ犯人を特定するための手掛かりになる」
メルメルメの推理が冴え渡る。
「脅迫状ってのもぴんと来ない。ライブを中止に追い込みたいなら実力行使に出ればいい。リアルでそれをやったらまず逮捕だ。罪状は重くなる。でも、ゲームだぞ。脅迫状に何の意味がある?」
そこまで頭が回らなかったんじゃねーか?
「違う。あべこべなんだ。何もかもが噛み合わない。何か……気持ち悪い。これが、ここにあること自体……違和感か? そういう感じだ」
モッニカ。この手紙を受け取ったのはティナンだよな? このゲームには郵便なんて気の利いたシステムはない。有力な手掛かりになる。配達してきたのはどんなヤツだった?
「いえ、それが……特にこれといって特徴のない人物だったと」
……なに? ティナンがそう言ったのか? 特徴がない……? あいつらは道ですれ違っただけの人間の顔だってそらで言えるんだぞ。……その子、ここに呼べるか?
「わ、分かりました」
モッニカ女史が受付ティナンを会議室に連れてくる。
受付ティナンの証言はこうだ。
「うーん……。ダメです! 思い出せません! でも、たぶんこのお手紙は神様がくれたんだと思います!」
俺たちは顔を見合わせた。
メルメルメは寒気を堪えるように腕をさすっている。
「こ、これは……ヤバい。関わり合いになるべきじゃ……」
ティナンの記憶に干渉できる……? レイド級か? しかし人型は……。
モッニカ女史も俺と同じことを考えたようだ。俺と目が合う。
……人型のレイド級、クリスピーには先生が付いている。仮にクリスピーだったとしても……ライブを中止したから何だってんだ?
メルメルメがボソリと呟く。
「脅迫状じゃない。これは予言だ」
……予言だと? そんなモンがあるかよ。まやかしだ。
モッニカ。この件はいったん保留だ。犯人は居る。そいつは人間だ。何かトリックがある。ライブ本番まで三時間……。俺とメルメルメで犯人を追う。お前はライブ会場に戻れ。
メルメルメ、行くぞ! ビビッてんじゃねえ! 振り付け精彩予測なんだろ!
メルメルメの身体の震えがピタリと止まった。俺を見て、グッと頷く。
「ああ。振り付け精彩予測だ」
何を言ってんのかさっぱり分からねえが、メルメルメの目には闘志が宿っていた。ガッツがあった。
よぉーし! それでいい! 行くぞぁドルヲタ野郎ッ!
「よっしゃ! 一発かますぜぃセクハラ野郎ッ!」
俺たちはガッと肩を組んだ。おおと雄叫びを上げて会議室を飛び出して行く。
捜査開始だ!
4.居酒屋【火の車】
「崖っぷちを見張れ」
メルメルメはそう言った。
俺の姿は見えない。別行動中だ。提案したのは俺で、自分から別行動しようとは言い出さない……それがメルメルメという人物の上手さだった。
俺は入念に下準備してから事に当たる人物ではない。詰めが甘い。見張っていればいつかきっとボロを出す。メルメルメはそう考えたのだろう。だから油断を誘うために表向きは俺の味方を装う。
ここ【火の車】はガラの悪いプレイヤーの溜まり場でもある。人間ってそんな感じだっけ?という感じの漫画やアニメでしか見ないような下品な笑い声が店内のあちこちから響く。
メルメルメから集合するよう言われて落ち合ったのは三人の男たちだ。
メルメルメの声は喧騒に紛れて余人の耳に届くことはなかったが、男たちは周囲を行き交うプレイヤーが気になるようだ。テーブルに身を乗り出して悪巧みを始める。
「……整形チケットを使って客に紛れてるかもしれない」
「しっ。口を隠せ。あいつは唇を読める」
「……目だ。目がいいんだ」
仮に……彼らを知らないゴミA、知らないゴミB、知らないゴミCと呼ぼう。
彼らはメルメルメがもっとも強く信頼する男たちだった。コイツらは絶対に犯人じゃない。そう言い切れるだけの信頼があった。
何故なら彼らは【目抜き梟】の非公式ファンクラブの部隊長……いわゆる親衛隊と呼ばれるメンバーだからだ。
今日この日のために共に汗を流してきた。ドルヲタと蔑まれようとも歯を食いしばって生きてきた。
稼ぎのほとんどをファングッズに費やし、寝る間を惜しんでヲタ芸に磨きを掛けてきた。
それらは全て今日この日のため。
彼らにとって【目抜き梟】のクリスマスライブは一年の集大成であり、生き甲斐そのものだった。
【目抜き梟】は今でこそ国内で一位、二位を争う大型クランだが、鳴かず飛ばずの下積みの時期は当然あった。
成功した今だからこそ彼女たちのメソッドは納得の行くものに聞こえる。しかしそれは実のところ順序が逆で、成功したからこそ自分たちのコンセプトを信じて貫けるようになったというのが真相だった。
【目抜き梟】がまだデビューしたてで、生放送の再生回数を増やすために売れない芸人みたいなことをやっていた頃……。
リリララの天然ボケやモッニカの鋭いツッコミに光る物を感じたプレイヤーは、生まれたての雛を見つめるような目で彼女たちを見守っていた。
アイドルグループとしての地位を確立し、路線変更した【目抜き梟】から離れていったファンも居るだろう。
考え方は人それぞれだ。
ステージに立って歌うリリララは神秘的な雰囲気を持つが、古参ファンは知っている。踊らせると急にビジュアル系バンドみたいになるリリララは動くなと命じられているのだ。
それはアーカイブを追われると一発でバレてしまうので、新規ファンが幻滅する前に古参ファンは情報を小出しにして耐性を持たせていくことになる。
いや実はリリララって少しドジなところがあってさ……。
気付けば彼らは親衛隊と呼ばれるようになっていた。
初日組か、それに準ずる歴戦の戦士でもある。頭が回り、腕も立つ。
知らないゴミA、B、Cは相談するでもなく周りがガヤガヤとうるさいので仕方なくギリギリまで椅子を寄せているのだというフリをした。それとなく周囲を観察して店内の人間の位置を把握。俺の目について余計な知識を持っているようで、俺の視野の広さを計算を入れつつ口元を隠すなどして話を続ける。
「毎年恒例のアレか。どうせまた叙述トリックがどーしたと言ってんだろ」
「メルメルメ。見張るって話だが、正直ヤッちまったほうがいいぞ。ヤツにはそういうシンプルなのが効く」
「……サトゥはどうしてる? ヤツも殺しておいたほうがいい」
そうも行かない事情があるのだ。
メルメルメは彼らに事情を説明した。
彼らの流した汗の一滴、一滴がもしも全て信用を得るための工作だったとしたら、もはや騙されても仕方ないと言えた。それすら疑うなら他の何も信じられない。身動きが取れなくなるだけだ。メルメルメ一人ではどうにもならない。人手が要る。
事情を聞いた知らないゴミA、B、Cはしばし沈黙した。何が何でも俺の犯行だと疑いたいのだろう。俺の叙述トリックに穴を見つけようとしている。
悩んでいる間にモルボルと似た店員が人数分のお冷とおしぼりを持ってきた。メルメルメがメニューにサッと目を通して四人分の食事を適当に注文する。
【らっしゃっせー。あい。あい。あい。あい。あざすー】
知らないゴミたちは慎重だった。モルボルと似た店員が十分離れてから口を開く。
「ヘタしたら警察沙汰か……。たしかに、らしくない」
「……身バレしたらアイツはおしまいだ」
「……メル。お前はどう見る?」
「……正直、しっくり来てない。らしくないと感じてる。けど、どういうルートを辿っても結局は通報することにはならなかったんじゃないか……。そんな気もしてる」
四人から離れたところではモルボルと似た店員の手際を小柄な女性プレイヤーが誉めている。
「おっ、やるじゃねーか、新入り! その調子だぞー」
【うぃ、パイセン。あざす】
メルメルメと知らないゴミたちは悪巧みを続ける。
「……ほぼシロ確か。いや、しかし……」
「外部犯かもしれない。その線は捨てない。だがヤツはホシから外せない。だとすれば……この事件の裏には何かある。俺らの知らない何かだ」
「メシを食ったら出るぞ。気ぃ張ってこうぜ。何でもいい。少しでも不審な点があったら見落とすなよ」
モルボルと似た店員が触手で器用に四人分の食事を運んできた。
【メニューここ置きやっスぅ。ごゆっくりしゃっさっせー】
声が光に変換されるかのようだ。発散された七色の輝きが後光となってモルボルと似た店員を照らす。神のごとし威光……。
メルメルメと知らないゴミたちは軽く礼を言ってから食事に手を付ける。
一刻も早く動き出したいが、メシ屋に来て何も食べずに店を出るのは不自然だ。
いささか慎重すぎるかもしれないが、自分たちもまた見張られている。そういう想定で動く。
四人の思いは一つだった。ほんの些細なことでもいい。何か手掛かりが欲しい……。
これは、とあるVRMMOの物語
マレ〜。そろそろ出ないとライブ間に合わないよ。なんだよ、着てく服悩んでんの? 私が見繕ってやるよー。
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