クランマスター、コタタマ
1.クランハウス-居間
最初に気が付いたのは知らないゴミだった。
それは動物的な直感によるものか、それとも本人にも説明できない日常に転がる小さなヒントの積み重ねによるものか……。
何かが「違う」と思ったらしい。
「妙だな……」
ボソリとそう呟いた知らないゴミがチラッと俺を見る。
「おい、崖っぷち。先生は居ねーのか? 今どうしてる? ログインはしてるのか?」
勘の良すぎるゴミは早期処分される。キジも鳴かずば撃たれまい……。
俺は素知らぬ顔で藁人形に戒律を刻み続ける。
あ? オメェーに俺が先生のことをビタイチでも教えてやると思ってんのか? おめでたい頭しやがって。殺すぞ。
俺は知らないゴミにチャンスを与えたつもりだった。生きてウチの丸太小屋を出れるチャンスを。
しかし物分かりの悪い知らないゴミは俺の期待に応えてくれなかった。
「……自然な態度だな。普段のオメェーならそう言うだろうッて感じだ……」
俺は内心で舌打ちした。チッ、だったら疑うなや。理屈を放棄するんじゃねえ。面倒だ。殺すか……。
俺は黒魔石の工程を省略してぞろりと斧を引き抜いた。
知らないゴミが言う。
「インベントリってヤツか。以前よりも無駄な動きがなくなってるな……」
こ、コイツ……どうして分かった?
「今、お前は俺を殺そうとしてるな。それも自然だ。お前ならそうするだろう。何も不思議じゃない。しかし、何か……。先生は……どこに居る?」
オンドレぁ!
俺と知らないゴミの斧が交錯する。
チッ、受けやがった。俺のFAは今、どんどん通用しなくなっている。理不尽に襲い掛かる数々の死が知らないゴミを強くしたのだ。
「認めた……ッてことでいいのか? 崖っぷち……! 先生はどうした……!」
へっ、オメェーらとこうして何度ヤり合ったことか。認めたって? 何をだい? 今更になって俺がオメェーらを殺すのに理由なんか必要かよ? 先生に付きまとうゴミが……!
「オメェーが俺に勝てると思ってんのか!? 戦うだけ無駄だッ! 言えッ! 先生に何をしたッ!」
ピンクさんを抱きかかえたポチョがとんとんと階段を降りてきた。
俺はブンと首を振って吹っ飛ぶように真横に跳んだ。知らないゴミが伸ばした手をガッと掴んで二人でぐるんぐるんと回ってからストッと着席する。密着して肩を組み合っている俺と知らないゴミに、ポチョが弾むような足取りで近寄ってくる。
「マスター、マスター」
俺をマスターと呼べと言ったのは失敗だった。人生とは後悔の連続だ。つまずいたことのない人間なんて居ないだろう。だから本当に大切なのはそこからどうやって立ち上がるか。
俺はチッチッチと指を振った。おいおい、ポチョ。マスターじゃない。ご主人様だろ?
俺は家でクラメンにメイドごっこを強要する男という不名誉を甘んじて受け入れた。
ポチョはイマイチぴんと来ていない様子だ。おうむ返しに俺の言ったことをそのまま繰り返す。
「ご主人様……?」
メイド服なんて倉庫にあったかなぁ。
知らないゴミが手のひらを広げて訳知り顔で言う。
「たしか倉庫の棚の二段目に衣装ケースがなかったか?」
あれか。あれは……先生用の鋲付き革ジャンだ。サイズがドンピシャでこれしかねぇと思って買ったんだが、家に戻ったら急に正気に返ってな。
「チッ、ペアルックかよ。妬けるぜ」
面白くなさそうに鼻を鳴らしてサッと立ち上がる。
「メイド服ねぇ。買って来るか……」
そう言って億劫そうにウチの丸太小屋を出て行った。かなり核心に迫っていたし俺の誤魔化しはひどいものだったが、ポチョのメイド服姿を見たいという欲がそれらを上回ったのだ。しょせんはモブキャラよ。モブキャラにしてはちょっとばかり手こずったがね。
で、サブマスター……いや、我が片腕よ。このクランマスターたる我輩に何か用かね?
俺はキャラを模索する段階に差し掛かっていた。
先生のあとを継いだからには半端なことはできない。
クランマスターとしてウチのクランの方針を早急に決めねばならない。考えることは多岐に渡る。公式イベントに積極的に参加するのか、しないのか。するとしたらどういうスタンスで行くのか。メインの活動は狩りでいいのか。それとも生産職の活動をフォローしていく形態にするのか。
先生が残した【ふれあい牧場】のカンバンをでっかくしていくためには俺自身が強烈なキャラをしていたほうがいいだろう。場合によっては今後オネエキャラで売っていくことも検討している。
ポチョはもじもじしている。
どうしたザマス?
秒単位でキャラを替えていく俺に、ポチョは可愛らしくおねだりした。
「ご主人様ぁ。ポチョ子ね、マスター権限が欲しいの。クランマスターになりたぁい」
可愛い顔してなんてことを言うんだ……。
いくら愛娘のお願いでもそればっかりは聞けない。俺は先生より直々に後継者に指名されたのだ。権力に強い興味を示すポチョ子をどうにかして説得せねば。
あのな、ポチョよ。クランマスターってのは舐められたらおしまいなんだぞ。先生にはこの宇宙を創造したという実績がある。でも俺やお前はそんなに大したことはしてないだろ。だったらもう文句を付けてくるやつは片っ端からブッ殺すしかない。俺はいいさ。人間の里に毒をバラ撒いても叙述トリックで真犯人をでっち上げれば話は済む。でも、お前はそんなことしたくないだろ?
「みんなと仲良くなるから大丈夫!」
ポチョ子は偉いな〜。よしよし、マスターの座を明け渡すのは無理だけど、ポチョ子のサブマスター権限を上げてあげようね。何が欲しい?
「ホント? ポチョ子、メンバーの除名権が欲しい!」
俺を除名するつもりか?
ポチョはサッと目を逸らした。
「そ、そんなことない……」
……クランマスターが除名された場合、マスター権限は自動的にサブマスターへと引き継がれる。
どうしてそうまで権力を我がものにしようとするんだ……。
いや、意外でもないのか……?
割と初期の段階からポチョは権力を傘に着ようとする部分がある。
じっと見つめる俺に、ポチョは指を絡ませてもじもじしている。やがて、ぽつりとこう言った。
「私、人の上に立ちたい……」
それは純然たる権力への憧れであった。
そんなことがあるのか……。
か、家族会議だ!
俺は家族会議を発令した。
2.ティナン姫の屋敷-アットムの部屋
真のクランマスターはどっち? 出張版クランマスター杯〜!
俺は今日のお題を声高らかに叫びながらアットムくんの部屋にドカドカと乗り込んだ。
金髪と半端ロリとAI娘一号と二号も俺に続く。
「……えー?」
座禅を組んで幼女の気配を探っていたアットムくんが控えめに驚きの声を上げた。
俺はかくかくしかじかと事情を説明した。
……という訳で俺とポチョがクランマスターの座をめぐって争うことになってな。正直俺の手に負えんのでお前の意見を聞きたい。どうだ?
「いや〜……。そっかぁ」
アットムがチラリとポチョを見る。
ポチョがサッと立ち上がる。耳に掛かった髪を指でさらりと払って偉そうに腕組みをした。ふふんと鼻を鳴らして、さぁ選べとばかりにアットムをじっと見つめる。
アットムは戸惑うばかりだ。
「その自信は一体どこから……。いや、僕ねぇ、前にも言ったと思うけど、ポチョはそういうのあんまり向いてないと思うんだよねぇ……」
たしかに。なんか前に聞いたことあるな。
ポチョは腰からぶら下げた凶器を抜かなかった。よしよし。我慢のできる子だ。
今のところサブマスターが凶行に走る気配はない。アットムが続ける。
「……気を悪くしないで聞いて欲しいんだけど、ポチョってたまに凄く頭が悪いんじゃないかって思うことがあって……」
ダメか? 俺はポチョを見た。
しかしポチョは動かない。おっと、これは? 何やら余裕の表情だ。
かつての狂犬も今となっては俺に飼い慣らされ大人しいものである。
しかしアットムは警戒を強め、腰を浮かせた。
「いや、ほら、こう言っちゃ何だけど、僕はコタタマと仲良いし……。どっちかを選べって言われたら、まぁ……コタタマだよね」
「アットム」
ポチョさんの静かな声。
「キミの考えはよく分かった。でも考えてみて欲しい。もしも私が大統領だったとしても同じことが言える?」
えっ、大統領なの?
「大統領じゃないけど。私の言いたいことは伝わったと思う……」
……?
「……?」
俺たちは困惑した。この金髪が何を言わんとしているのかさっぱり分からなかったからだ。
「ま、待って。違う。全然違うよ……」
スズキが立ち上がってポチョの肩に飛び付いた。ポチョの耳元に唇を寄せてコショコショと耳打ちする。
「ポチョっ、違うでしょ……! なんで急に変なこと言い出すのっ」
ほほぅ、黒幕はこの女か。アドバイザー、スズキ。
「うーっ」
「うーっじゃないっ」
「だってぇ」
「拗ねないのっ」
さて、どうしたもんかね。俺としてはポチョが本気でクランマスターをやりたいと言うならその意思を尊重してやりたい。正直言って俺は是が非にでもって訳じゃないし、ポチョほどの情熱は持ってない。アットムは適性を問題視してるが、ウチみたいなまったりクランは、このメンバーの内誰がマスターであろうと大して変わらないと思う。たとえ俺が平メンバーに戻ったとしても号令を掛ける係になるのは俺だろう。たまにあるクラン合同会議にしたってグダグダになって終わることが多いし。
うーん……。
おや、マグちゃんが家から持ってきたモグラさんぬいぐるみの前足をちょこっと上げている。モグラさん、どうしたんだい?
マグちゃんがモグラさんの言いたいことを代弁する。
「あのさ」
うん?
「もしもの話なんだけど、ペタタマがロストしたらどうなんの?」
その場合はサブマスターが繰り上げ当選だな。ウチの場合はポチョだ。
「……じゃあ結局同じことなんじゃない?」
…………。
いや、俺はロストしないよ。な? アットム。
「いや……」
俺の相棒はサッと目を逸らした。
「……誤解しないで欲しいんだけど、僕は何もポチョがダメって言ってる訳じゃないんだよ?」
いや、ダメって言ってたじゃん。
アットムくんは俺を無視して続けた。
「ただ、ほら、僕はポチョと色々あったしさ……。素直に応援できないっていうか……。ね?」
その色々がヤバすぎるんだよ。お前ら未だに家ですれ違っても挨拶しないからな。ピリッとした感じ出すのヤメロ。
一方、赤カブトは気楽なものだ。ほわほわとして言う。
「アットムくんは? マスターになりたいとか。ペタさんはそういうの気にするからぁ、マスターになったら命令できるよ」
「僕はめったに家に居ないからなぁ。スズキは? 人前に出るのは苦手そうだけど、リリララさんもそんな感じじゃない? 人前に出るのはコタタマに任せちゃうのも手だよね。意外とスズキは向いてるんじゃないかなって僕は思う」
「意外とって何? 私はポチョがマスターになるならサブやるよ。アットムは平ね。私のほうが偉くなっちゃうのかー」
「偉いとかなくない? そもそもウチのサブって何の権限も持ってないし……。ホント名ばかりっていうか……」
おい、名ばかりって言うな。ウチのポチョ子は最強に可愛いだろ。無敵なんだぞ。
「急に母性出してきた……」
相談した結果、ひとまず現状維持ということになった。
俺は俺がロストするまで繋ぎのマスターとして職務をまっとうしていくこととなる。
そう、受け継がれたものは繋いで行かねばならない。
俺はきたるべき時にポチョへとバトンを渡す。そういう役割なのだ。
俺は言った。
「ポチョ……二ヶ月前に高架下のコートで言ったことを覚えているか?」
テニプリであった。
ポチョがハッとする。
ポチョはスズキとリアルで会ったりしているようで、漫画の貸し借りをしている。その壮大な伏線を回収する時がやって来たのだ。
「お前は【ふれあい牧場】の柱になれ」
テニプリであった。
これは、とあるVRMMOの物語
五感を奪うテニス……。
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