【ふれあい牧場】vs【目抜き梟】
1.ポポロンの森
ポーキーの触手がレベル1の柔肌をまさぐる。野生の本能はまるでそれ自体が高度な知能を持つかのように俺の服をめくり、柔らかいお腹を探り当てた。触手越しにポーキーの鼓動を感じた。びくびくと脈打つ核が生体マシーンであるかのようにパターンを変えていく。それに応じて触手がキリキリとねじれて、こよりのように細まった先端がびすッと俺のお腹に突き刺さった。
ポーキーは捕らえた獲物をすぐには殺さない。食べ物は新鮮なほうが美味しいと知っているからだ。
俺のお腹に突き刺さった触手がボコボコといびつに膨らみ、吸い上げた養分をポンプのように抽送していく。
その作業は俺が死んでしまわないよう慎重に行われた。
生命力は人によって様々だ。身体の大きさ、その日の体調にもよるだろう。しかし昆虫の模様が幾何学的な模様を描くように、野生の本能は精密な作業を淡々とこなしていく。
俺はまだ生きている。ポーキーの分泌液が俺の生命維持を助け、健常であると脳を騙すのだ。脳が絶望した瞬間に人は死ぬ。ポーキーの分泌液は残酷なまでの優しさを湛えていた。痛覚をやわらげ、これ以上は引き伸ばせないという最期の一瞬まで延命措置を施してくる。
そこには愛があった。
生きることへの歓びと感謝があった。
身を苛む飢餓を忘れさせてくれる、このひと時は、ポーキーにとって別れではない。出会いであり、共に生きていくという前向きな意思だ。
生まれたての赤子を祝福するかのようにポーキーの触手が俺の身体を掲げる。木漏れ日が讃美歌となって降り注ぐかのようだった。
この手が離れた瞬間に、俺は死ぬ。
俺は死にたくなかった。この手のぬくもりをいつまでも感じていたかった。
だから、ポーキーに刃を向けるウチの子たちがひどく残虐な侵略者に思えて仕方なかった。
やめてくれ……。殺さないでくれ……。
ぶらりと垂れた俺の手が、かすかに動いてポーキーを庇う。俺は目がいいから、木陰に身を潜めてポーキーの核を射抜こうとしているスズキの姿を見落とすことはなかった。
俺はもう助からない。なのに、どうして穏やかなこの時間を奪い去ろうとするのかと悲しく思った。
射線を遮られたスズキが悲痛な声を上げる。
「こ、コタタマー!」
そんな顔をさせたかった訳じゃないんだ。
ただ、俺は……。
俺の意識が闇に溶けていく。
言葉にならない思いが、俺という輪郭を失って世界と混ざり合っていくかのようだ。
死という圧倒的な体験。
死という、不可避でありながら決して解き明かされることのない未知の領域。
それらの末端にほんのわずかでも触れることができるとすれば、それは仮想空間での出来事ということになる。
VRMMOとは壮大なる死の実験だ。
死の間際、人は何を見て、いずこへと至るのか。
有史以来追い求めてきたその謎に迫った時、人は何を得て、何を失うのか。
答えはこの先にある。
ふわっと幽体離脱した俺を、舞い降りてきた天使が天上へと誘う。
彼女の歓びに満ちた笑顔は死を悼むものではない。生命の帰還を祝福するものだった。母のように包み込み、姉のように寄り添うものだ。
つらく険しい現世から解き放たれた俺の霊体を、ちびナイがラッパを吹いて素晴らしい世界へと連れ去っていく。
俺との別れを惜しんだ赤カブトが叫ぶ。
「待って! ナイさん! ペタさんを連れてかないで! ペタさんをどうするつもりなの!?」
ちびナイはにっこりと微笑み、茶碗に盛った白米を箸で掻っ込むようなジェスチャーをした……。
2.クランハウス-居間
うーん……。
ダッシュで死に戻りするなり俺はメモ帳にウチの子たちの戦力を数値化しようとしたのだが、途中で行き詰まった。
なんか凄いというのは分かった。チワワよりは断然強い。動きが違う。それは分かる。しかし廃人と比べてどうかと言うと……? それがイマイチぴんと来ない。
そもそも俺は剣術や弓術についてさほど詳しくないのだ。何をどうしたら正解なんてことは分からないし、価値基準をどこに置けばいいのかも分からない。
例えばサトゥ氏なんかは空中でゴキブリみたいに動く。目で追うと経験則が悲鳴を上げて吐き気を催すので、見ていて気持ち悪いやつは強いんだろうと簡単に考えていた。
つまり気持ち悪さと強さは正比例の関係にあるという説だ。
しかしポチョは別に気持ち悪くない。むしろ見ていて爽快感を覚えた。気持ち悪さ=強さという考え方では、この現象は説明が付かない。
スズキが何かゴチャゴチャやってるのは分かったが、それが一体何を目的としたものなのか分からない。
俺の特技はMPK。モンスターのヘイト傾向や行動パターンは大体頭に入っている。だからモンスターの気を引いたりタゲを調整する手順なら見れば分かるだろうと思っていた。
が、そうとも限らないらしい。
俺がパーティーを組むと途端に使い物にならなくなるのはそういう部分で、例えば弓矢でチクチクと食事の邪魔をされたモンスターがどういった反応を示すのかは人によるのだ。種族人間は大して個人差もないくせに言ってることもやってることもバラバラで一定の法則に落とし込むのは無理がある。
赤カブトとマグちゃんにしたってAI娘のくせして非効率的というか何というか……俺が太ももを見ていると急に動きが悪くなったりする。赤カブトに至っては【敗残兵】直伝の空中殺法を自主的に封印する始末だ。
要約すると、伝説の傭兵でも何でもない俺がウチの子たちレベルの戦力を正確に推し量ることはできないということが分かった。
つまり……実際に殺し合って貰ってどっちが上かハッキリさせるしかないな。
そう、勝敗は分かりやすい。殺されたほうが弱いのだ。
標的は女キャラがいいだろう。俺はウチの子たちが俺以外の男を殺すのが嫌という歪んだ性癖を持っている。それは例えるならば制服モノで全部脱ぐのは違うだろと思うようなもので、俺自身の意思ではどうにもならない。本能を克服したと嘯いている俺ら万物の霊長類様は実のところ性癖を支配下に置くことができないのだ。なんなら性癖に人格をコントロールされている。
人は性癖の下僕だ。
ならば従うしかあるまい。
廃人で都合のいい女というと……メガロッパ辺りか? ハチというオプションも見込める。
しかしヤツらに絡むと先生のご尽力により人型問題が解決したことを悟られるかもしれない。それは良くない。獲物に逃げられたと知った廃人どもは地の果てまで先生を追うだろう。先生が海外サーバーの各拠点の女神像を登録するまでは時間を稼ぐ必要がある。特にサトゥ氏に嗅ぎつけられると面倒だ。
時間の問題……。そう、時間の問題ではある。俺の見立てでは一週間保つかどうか。それまでに先手を打つ。
話を戻そう。ウチの子たちの実力を測るには生半可なヤツじゃダメだ。かといって【敗残兵】のメンバーは使えない。ならリリララ……モッニカ女史辺りか? うん、悪くない。そうしよう。あいつらは人型さんの件で俺に協力してくれた。事の顛末を伝えてやってもいい。
そういうことになった。
3.スピンドック平原-【目抜き梟】クランハウス
チョリっすー。
例によって例のごとく女キャラに化けた俺はウチの子たちを連れてアイドル気取りの巣窟に足を踏み入れた。
「あ、ポチョりんだー!」
「スズちゃん、ちっちゃーい。かわいい〜」
俺を取り巻く相関図が俺の知らないところで勝手に更新されていても俺はもはや驚かない。そういうこともある。
わちゃわちゃと寄ってきたアイドル気取りの集団に半端ロリのスズキはサボテンモードに移行した。ポチョの後ろに隠れて心のトゲで威嚇する。
「……ちっちゃいとか言うな。気にしてんだ」
ボソッと悪態を吐かれてアイドル気取りどもは大喜びである。
「えー? いいじゃーん。男の人ってスズちゃんみたいなのが好きなんだよ。モテるっしょ?」
「ポチョりんもモテそう〜。髪キレイ〜。いいな〜」
「あっ、ジャムとマグちゃんも居るー。こっちおいでよー」
可愛いの連呼で生存報告を終えた面々を俺はパンパンと手を叩いて黙らせた。
レッスンを続けろ。俺らはモッニカに用がある。散れ。
アイドル気取りどもは頬を膨らませて俺に抗議した。
「バンシーPひどーい」
「私たちがサボってるみたいな言い方やめてくださいよー」
俺はチラッとアイドル気取りどもを見た。
ウッと呻き声を上げた連中が頬を赤らめておっぱいを腕で隠す。
セクハラ神様より賜った俺の魔眼は女キャラに対して絶大な効果を発揮する。レッスン時に着用する薄手の運動着では軽減効果を見込めない。
「ヤラシイ目で見るの禁止!」
「ポチョりん何とか言ってやってよ〜」
アイドル気取りにしがみ付かれて腕におっぱいを押し付けられたポチョりんはコクリと頷いた。頷きモードに移行している。
今のポチョなら何を言っても頷いてくれる。アイドル気取りどもは今がチャンスとばかりにどんどんポチョと約束を取り付けていく。たちまちポチョのスケジュールが勝手に埋まっていく。
私も私もーと密着してくるアイドル気取りの群れにポチョ共々埋没したスズキが「やめっ、ヤメロ!」と悲鳴を上げた。
やむなし。
俺はアイドル気取りどもの相手をウチの子たちに任せて先に進む。
キャーキャーとやかましいことこの上ないが、レッスンが一時中断となりタオルで汗を拭いていたモッニカ女史と合流。
先生が旅立ち、それに伴って人型問題が解決したこと、今後は俺が【ふれあい牧場】のクランマスターとしてやっていく旨を告げた。
このゲームのプレイヤーは老廃物がエネルギーに還元される仕組みになっているが、汗に関しては別扱いだ。気化熱による体温調整を除外できなかったか、もしくは男キャラの戦意を保つため。そのどちらかだろうと言われている。
アイドル気取りと同じくスポーティーな格好をしたモッニカ女史は上気した肌も相まって、普段は品の良さというベールで覆い隠された色っぽさが鼻をつくかのようだ。
汗で張り付いた運動着が気になるらしく、浮き出た身体のラインをそれとなく手で隠しながらモッニカ女史が気遣わしげに宙を眺める。
「そうですか……。先生が……」
……【目抜き梟】と言えばワガママなリリララが有名だが、モッニカ女史の均整の取れた身体付きは大器晩成型というか親しくなるにつれてエロく見えてくるという非凡さがあった。人は巨乳だけでは生きていけないのだ。大小様々なおっぱいが人生に彩りを与え豊かなものにしてくれる。実りのある人生とはつまりおっぱいに他ならない。
が、それはそれとして巨乳に目を奪われるのは何故なのか。それは人が生まれ持つという原罪、いわゆる業というやつなのかもしれない。
ワガママボディを隠そうともしないリリララがちょこちょこと寄ってきてモッニカ女史を慰める。
「モニカ、大丈夫。先生は私たちを見捨てたりしない。すぐにまた会えるよ」
リリララの運動着はかなりゆったりしたものになっている。おっぱいが大きすぎて平均的なサイズの服では収まりきらないのだろう。通気性と布の厚さを両立するのは困難だから、汗を吸って濡れた運動着越しに胸の谷間がくっきりと浮き出ていた。険しい渓谷が俺の冒険心をくすぐる。
ハッとしたリリララがおっぱいを腕で隠して俺をジト目で見てくる。
「……えっち」
俺は強気に出た。
男だからな。朴念仁じゃ居られないさ。ただ、これでも気を遣ってるんだぜ? 加減してる……。リリララ。お前には今のまま素直な子で居て欲しいからな。
モッニカ女史がぴしゃりと俺を叱りつける。
「ま、真面目になさい! なな、何を考えてるんですか! ふしだらな!」
ちっ、うっせーな。キレーなチャンネーに寄って来られたら誰だって意識しちまうだろーよ。まして俺は目がいいんだ。お前らとは別の景色が見えてンだよ。
まぁそれはいい。新マスターとして挨拶がてらウチのメンバーを連れてきたのは訳があってな。あいつらの実力がどの程度のモンか判定しようと思って試してみたんだが、どうもうまくねえ。俺には技術的なモンが分かんねーからな。お前らと比べてどうかってんなら少しは目安になるんじゃねーかと思ってよ〜。どうだい? ここは一つウチのメンバーと対抗戦と行こうじゃねーか。
モッニカ女史は頬に手を当てて首を傾げた。
「なぜ私たちですの?」
「モニカっ……」
「あっ……そ、そうですか」
リリララがモッニカ女史の袖をくいっと引っ張ってハッとしたモッニカ女史が何かを察しその何かに気付いていないフリをした。
モッニカ女史が殊更に朗らかな様子でニコリと笑った。
「メンバーたちにどうするか聞いてみますわ! 少しお待ちになって?」
そう言って、タッと軽い足取りで足早にアイドル気取りどもの元へと駆け寄っていく。
取り残された俺はじっとリリララを見た。
リリララはサッと目を逸らした。
……そうまで? 俺がウチの子たちに他の男を殺して欲しくないってのはそうまでヤバい感じなの?
意を決したリリララがおっきなおっぱいの前で手をグーにする。
「が、がんばえ〜」
俺はリリララに応援された。それはリリララをして舌ったらずな萌えキャラを演じさせるほどの深い罪であるらしかった。
4.協議の結果
「……その、コタタマさんの目が気になると申しますか……」
困ったことに難色を示したのは【目抜き梟】のメンバーだけではなかった。ウチの子たちもアイドル気取りどもを殺すことに抵抗があるらしい。
……?
いや、でもお前らはそのつもりでここに来たんだろ? 納得してたんじゃねーの?
俺は首をひねった。
ウチのメンバーで言うとスズキ辺りはかなり察しの良いほうだ。今更になって殺し合うのはチョット……と言い出すのは違和感があった。
俺に目を向けられてスズキがサッと目を逸らす。もじもじしながら、
「た、対戦するのは別にいいけど。コタタマが見てる前で、っていうのは……チョット恥ずかしい、かも……」
…………。
……?
もはや異次元と言ってもいい理屈に俺はおののいた。
見れば、他の面々もウチのちんちくりん一号と同じ意見であるらしい。
……なんで?
ひとまず尋ねてみた。
アイドル気取りどもがチラチラと視線を交わして発言権を譲り合う。
俺は残虐ファイトの第一人者たる赤カブトに標的を絞った。
ジャム……?
ささやくように名前を呼んで近寄ろうとすると、体育座りしている赤カブトが恥晒しな身内の行いに堪えきれなくなったようにガバッと顔を伏せた。
「も〜……! ばか〜!」
……ええ? これ俺が悪いの?
赤カブトがとなりに座っているマグちゃんに泣きつく。
マグちゃんは思いきりの良い子だ。赤カブトの頭を支えにパッと立ち上がるや否や俺を指差して一気に言い切る。
「ペタタマセンセーが変なコト言うからみんな意識しちゃってんの! てか他のオトコを殺して欲しくないってのがまず分かんないし! じゃあ女でもダメじゃん! そうやって私たちのこといつもヤラシイ目で見てたんでしょ! 変態!」
くそっ……。
なに言ってんのか全然分かんねえ……。
分かんねえ、が……つまり俺の見てないトコなら平気ってことだな!?
「え、うん。それはダイジョブでしょ。フツーに。ね? PvPくらいいつも遊びでやるし」
うんうんと全員頷いた。
しかし俺は食い下がった。
どうしてもか!? どうしても俺が見てたらダメか!?
……俺はキレーなチャンネーがあんあん言いながら戦うのが見たかった。本音を明かせばそうなる。
俺とマグちゃんの視線が真っ向からぶつかり合う。
先に目を逸らしたのはマグちゃんだった。目線だけ俺からズラしてぽつりと呟く。
「……だ、ダメ」
ちっ……チクショー!
俺は這いつくばってバンバンと床を叩いた。
悔しかった。
エロい声を聞かれるのが恥ずかしいから俺を隔離するという理屈なら分かる。納得もしよう。
しかしそうではないのだ。
俺以外の男を殺すのがダメなら女でもダメだろうという理屈は幻想に過ぎない。
曲解された俺の性癖がいびつに歪んだまぼろしの像を結んでいる。
その証拠にコイツらは俺が見てないところでなら殺し合ってもいいと言っていて……。
別に女なら殺してもいいという俺の真意がコイツらにはちっとも伝わってない。
それが悔しい。
俺はわんわんと声を上げて泣いた。
女の涙が武器になると言うならば、今の俺は女キャラだ。俺の涙も武器となる。
交渉の結果、分厚い布で目隠ししたら現場に居てもいいという許可が出たぞ。やったぁ。泣いてみるもんだね。
俺は目隠しして女どものエロい声を堪能した。
悪くない。これはこれで想像を掻き立てられる感じだ。
俺は新たな気付きを得た。
これは、とあるVRMMOの物語
……ふむ。果実のように瑞々しい魂。こちらは甘く、とろけるようだ。それでいてしつこくない。デザート天国だー!
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