先生の旅立ち
1.クランハウス-居間
「私はレ氏と対決せねばならない。あの男が目指すところはどこにあるのか。その中にティナンたちの居場所はあるのかを問い質す。しかし……もしかしたら私が期待する答えは返って来ないかもしれない。その場合は……。どちらにせよ、私には助けが必要だ。世界は広い。私に賛同してくれる人々がきっと居る」
コゴローが生まれた時から……厳密には俺がョ%レ氏に種付けされた時からだろう……先生はずっとそう考えていた。
そして人型のレイド級がちびナイ劇場に侵入した時、先生の中で欠けていた最後のピースが埋まったのだ。
人型の力を借りればョ%レ氏が待つ月面基地に辿り着くことができる。
俺にクランマスターの座を譲ったのは、海外サーバーでの活動がメインになるからだ。
着ぐるみ部隊には国外調査を担当しているメンバーも居る。彼らと合流するつもりなのだろう。
先生が居間に集まったメンバーに別れの言葉を告げていく。
「ポチョ。君は特別な力を持ったプレイヤーだ。私の目に狂いはなかった。君は多くのプレイヤーに愛される力を持っている。本当なら君に私のあとを継いで貰うつもりだった。しかしコタタマが私の目の前に現れた時、立場の変化が君の魅力を削いでしまうのではないか……とも思った。コタタマを支えてあげるんだよ。これまでずっと私を支えてくれたようにね」
俺たちは先生にひしっと抱き付いて「嫌だ!」だの「行かないで!」だのと泣き叫んでいる。先生は俺たちに揉みくちゃにされながら天井を仰いだ。
「君たちは実に手の掛かる子たちだった。目を離せるようになったら卒業させようと思ってたんだけど、結局最後まで一緒だったなぁ。……いや、私が手放したくなかったのか。手の掛かる子ほど可愛いものだ」
人型さんが俺らをべりべりと先生から引き剥がしていく。
間髪入れずにコゴローとショコラが先生に抱きつく。
「と、父さん……!」
「腹黒……」
先生のろっ骨がみしりと不吉な音を立てた。
けふっと咳き込んだ先生が二人の頭を撫でる。
「オリーブと仲良くしなさい。彼は大きな責務を背負って生まれた子だ。それは運命と言い換えてもいい。寂しくはないよ。私の心の中にはいつも君たちが居る。君たちもそうだと嬉しい」
人型さんは先生と同行することになる。
俺は人型さんをティナンの暮らしを脅かす脅威という目でしか見れなかったが、先生はそうではなかった。
先生が選んだのは人型さんとビジネスパートナーになるという道だ。
人型さんはこう言った。
「私の目的はゲストを打ち倒すことだ。その目的の前ではお前たちが砂漠を越えようと越えまいと些細なこと。私はGoatと共に行くぞ。このヘンテコな生き物は使える」
「私のことは先生と呼びなさい」
「……気が向いたらな」
先生が人型さんにョ%レ氏に立ち向かえるだけの知識を提供し、人型さんはきたるべき時に先生をョ%レ氏の元に導く。
人型さんは先生の提案を受諾した。これにより、俺やスマイルくんが頭を悩ませていた諸問題は一気に解決することになる……。
人型さんは「クリスピー」と名乗った。
美味そうな名前しやがって……。
俺から先生を奪おうとする悪魔に俺は果敢に立ち向かったが相手にされなかった。力を以て挑めばより強い力で組み伏せられる。そうした力がクリスピーとかいう変な名前をしたレイド級には備わっていた。
「ゴミめ。お前が砂漠を越えて私の眼前に立ったなら、また相手をしてやるよ」
ネフィリアの姿をした化け物にそう言われて、俺は今更のようにコイツの唇の感触を思い出した。頬が熱い。やはりモンスターには特別な所有権は適用されないのだと知って、俺はクリスピーさんに期待の眼差しを向ける。
クリスピーさんはニヤッと薄紅色の唇を吊り上げた。
「言ったろう。また今度、だ」
俺は意地を張った。
次だ! 次は俺が勝つ! オメェーのスキルは見切った! 次は俺が勝つ……! 先生に手出ししたらタダじゃおかんぞ!
クリスピーさんはニヤニヤしている。
「お前たちはゲストの手のひらの上だ。いつまでもそうやって踊っていればいい。しょせんは操り人形なのだからな」
何をっ、この……!
俺はジタバタと暴れたがクリスピーさんに押さえ込まれて身動きが取れなかった。
先生の旅立ちの時がやって来た。
玄関先で待機していたリュウリュウが無言で先生のあとに続く。
リュウリュウも旅に同行するようだ。
俺は堪らず言った。
先生! 俺も……!
振り返った先生が機先を制して言う。
「コタタマ。あとは任せる。本音を言えば、とても心配だ……。けど、知らない人たちと一緒に遊んでいる時の君はとても楽しそうに見えた。それはね、サトゥやネフィリアですら持っていない力だよ。MMORPGにおける最強の力だ。大切にしなさい」
それだけ言って先生が去っていく。丸い背中が遠ざかっていく。嫌だ。俺も一緒に行く。俺が追い掛けようとすると、先生はピタッと立ち止まってチラッと俺を見た。
……引き留めて貰いたがってる? きっとそうだ。俺は懇願した。
先生! 行かないで! ずっと俺のそばに居てください!
先生はプイとそっぽを向いた。
違ったらしい。
また歩き出した先生がピタッと立ち止まって俺をチラチラッと見てくる。
…………。
俺は考えた。
先生は神といえど全知全能の存在ではない。これまで表立って動かなかったのは醜く愚かな種族人間の自由意思を尊重していたからだろう。その先生がついに動き出そうとしている。世界各国をめぐるおつもりだ。西側の国々では、このゲームは完全に別ゲーになっているという噂を聞く……。
俺はハッとした。
先生! また……会えますよね!?
正解を引いたらしい。
先生が昇竜拳(小)を繰り出してバイバイとひづめを振る。
「ああ、晩ごはんまでには戻る……!」
このゲームには女神像がある。
俺らが勝手に盛り上がって今生の別れみたいな雰囲気になっていたし、先生も引くに引けず愁嘆場を演じたが、住み慣れたおうちに帰らない理由など一切なかったのだ……!
そう、先生は帰ってくるんだ……! 俺たちの元に! たぶん割と毎日!
雰囲気に流されてメソメソしていたウチの子たちが先生の晩ごはんまでには帰る宣言を受けて「え!?」と顔を上げる。
先生はクリスピーとリュウリュウを引き連れてスタコラサッサと駆け去っていった。
俺はバッと振り返ってウチの子たちに直立を命じた。
「整列ゥー! 俺が【ふれあい牧場】の新クランマスターだッ! 俺は先生のようには甘くねぇーぞ! ビシバシ行くつもりだからそのつもりで居ろッ!」
俺は調子に乗っていた。
先生にあとを託された俺がコイツらを立派なクラメンに育て上げるのだという使命感に燃えていた。
俺のことはマスターと呼べッ! いいなッ!
まずは俺が正式に先生の後継者となったことを周知徹底せねばならない。そのためには舐められないことだ。【ふれあい牧場】は二代目マスターになって落ちぶれたなんて言わせねぇ。
俺は今まで平メンバーということもあってウチの運営に直接的には関わって来なかった。が、これからは違う。
俺がルールだ。
整列したウチの子たちを順ぐりにじろじろと眺めていく。
アットムくんは居ない。例によって例のごとく都合が付かなかった。
全幅の信頼を置くロリコンの不在。
……コイツらで俺を守れるのか?
そのことであった。
俺はウチの子たちの実力がどの程度なのか知らない。
なんとなく強いということは知っているが、それが廃人に通用するレベルなのかどうか……。それによって今後の動き方が変わってくる。この際だから俺の手で鍛え直してやってもいいかもしれない。
俺の無遠慮な視線にウチの子たちがもじもじして腕でおっぱいを隠す。
「ど、ドコ見てるの……」
改めて比較検証していた俺はザッときびすを返して森へ歩いていく。
行くぞッ! まずはお前らのウデを見せて貰うッ! 野生のポーキーを狩るッ!
これは、とあるVRMMOの物語
マレ〜。ごはん炊いて? なんだよ、まだ拗ねてんのか? そんな心配するなって。お前は私にとって特別なんだよ。だから私は不安なのさ……。私は天使だ。本来は感情を持たない殺戮人形さ。この力が、いつかお前を傷付けるんじゃないかってナ……。いざという時、プフなら……七土なら私を止められる。お前を守ってくれる。そう思ってるんだ……。
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