旅立ち
1.ちびナイ劇場
ステージの中央で、ちびナイが焦らすように身体を左右に揺らしている。
【今年のクリスマスはどうしよっかな〜?】
どうしよっかなじゃねんだよ。イベントやれや。稼ぎ時だろうがよ。
【プレイヤーのみんなは分かんないかもしんないけどさ、プライベートと仕事のどっちを優先したほうがいいかなって悩み?あるじゃん? だって、なんかさ……別にクリスマスの日に働いたってさ、メリット?ないじゃん?】
おお、全力でマウントを取りに来たな。
俺はいっそ感心した。
ちびナイが紅葉みたいな両手を合わせて小首を傾げた。ウィンクなど一つ飛ばして嬉しそうに謝罪する。
【だからゴメンね! 今年のクリスマスイベントはナシで! いつもみたいにボロい衣装は配っとくからそっちでテキトーに楽しんでよ! ね! てかクリスマスってそういうモンだし!】
お前を殺したいが、いいだろう。続けろ。察するにマレと先約があるんだろ? 俺はお前らの仲を応援してるぞ。どこぞの男が一人ばかり幸せになるよりはマシだからな。
【ゴメンねゴメンね〜。私もクリスマスはイベントしなくちゃな〜って思ってたんだけど、マレがどうしてもって言うからさ〜。いや〜ツラいっすわ。あっちを立てればこっちが立たずって言うの? あ、プレイヤーのみんなは分かんないか。クリスマスもゲームするんでしょ? 私は全然アリだと思うよ? 別に焦る必要ないじゃん?】
あんまり調子に乗ると元社長に要望を送って俺らをクロホシして貰ってゲームをメチャクチャにするぞ。あとになって俺らは後悔するが俺らの理性を信用するなよ? マジでやるぞ。
観客席からヤバいレベルの殺意が飛んだらしい。ちびナイはわたわたと手を振って傍らのちびマレに泣きついた。
【じ、冗談じゃ〜ん。本気にしないでよ。ね? マレたん】
マレたんは椅子に腰掛けてテレビを凝視している。
そのテレビの画面にリモート参加のプフちんが映っていた。
プフちんは微妙に視線を逸らしてマレと目が合わないようにしている。
記憶結晶に宿ったポポロンに身体を乗っ取られてNAiの胸元に埋まっているガムジェムを撫でくりまわして以来、初となる出演だ。
プフちんは恐縮した。
【……その、いつぞやは……】
NAiにとってはすでに過去の出来事なのだろう。テテテとテレビの側面に回り込んでパッと顔出しする。
【プフちんじゃ〜ん! 話、聞いてた? メンゴ! どうしても外せない用事があってさ〜】
プフちん側ではどアップでNAiの顔が映ったのだろう。ウッと身を引いたプフちんが顔を真っ赤にしてバッと目を逸らす。
【い、いえ。お気になさらず……。じ、人員を。人員を……補充します。ひ、必要なことですから。シフトを組むのは……当たり前のことです。有給申請をするのが、良いかと。ハイ】
【ありがとー!】
NAiの輝くような笑顔。プフちんはもじもじしている。
背後で二人をじっと見つめているマレさんのオーラがヤバい。
NAiが冷や汗を流しながら全チャを切ってボソボソとプフちんに物申す。
「……台本と違うでしょ。もっと普通にしてよ。私はもう気にしてないって言ったじゃん」
プフちんは弱々しくかぶりを振った。顔面を両手で覆ってテーブルに突っ伏す。
【む、無理。無理です。私は……ああ、私はなんてことを……。最大解放まで見られた。し、知られたくなかった。私の弱い心が……最悪の事態を招いてしまった。こんなのは、こんなのは……オタバレだ】
オタバレしたプフちんが己に喝を入れてバッと顔を上げる。
【私の固有スキルはカップリング魔法です】
……それは開き直りにも似た宣告であった。
【推しメンを自分の思い描く理想の世界に導く。それが能力。オブジェクトの増設などはしょせんその副産物に過ぎません。いえ、副産物ですらない。思い通りに限界突破できなかったので妥協した。言ってみれば隠れ蓑……そう、第一段階のスキルなどカモフラージュでしかありません】
プフさんの顔は赤い。多量の発汗が見られた。一世一代の告白。この期に及んでプフさんはネタバレを躊躇しなかった。
【プレイヤーのみなさん。段階解放の順列はあなた方自身が決めるのです。言ったもん勝ちです。私のようにオタバレしたくないなら生涯をかけて磨き上げたオタ芸を第四段階だと言い張りなさい。本質的に解放段階などというものに意味はない。視点の違いです。だから段階解放は四つあると言われるのです。それは……見る角度の違いです。正しくは一次元解放、二次元解放、三次元解放、可次元解放と言います。私の可次元解放……分かりやすく全次元解放でもいいですが……間違った表現です。この場はあえて間違いをよしとしましょう。何故なら私は間違った女だ】
怒涛の自虐を繰り出したプフさんがバッと両手を広げて俺らに要求した。
【私の全次元解放! それがオタ芸なのです! さあ、軽蔑しなさい!】
……いや、いいんじゃないか。逆に親しみが湧くよ。ほら、NAiさん。何やってるの。俺らに代わってプフさんを慰めて。観客席に押し込まれた俺らの発言権を封じてるのはあなたでしょっ。
俺らの代弁者、ちびナイが黙っとれと言わんばかりにしっしと手を振る。
「おい、プフ……! そんなのどうでもいいだろ。台本通りにやれ……!」
プフちんがキレた。
【無理だって言ってンじゃん! 私はあなたのことバリバリ意識しちゃってるよ! あんなの、意識するなってほうが無理でしょ!】
NAiが全チャを入れて吠えた。
【オメェーの裏人格が勝手にやったことだろ! 何が無理なんだよォー!】
マレさんがボソリと言った。
【……そう。やっぱり覚えてるんだ】
ヤッッッッッバ……!
修羅場だ。
俺らはナッパ戦のクリリンばりに叫んだ。
レ氏〜! 早く来てくれ〜!
パッとスポットライトが観客席に降り落ちる。
タコさん……!
例によって例のごとく観客席に紛れ込んでいたタコさんウィンナーはイラ立っていた。
【チッ。請われて出るというのは……つまらないな】
性格悪すぎィ!
俺らの運営ディレクターが億劫そうにステージに上がって振り返る。
瞳の色は轟々と燃え盛るような赤。強い攻撃色。自分の見せ場が俺らに穢されたのがよほどお気に召さなかったらしい。
チラッとNAiを見て傲然と告げる。
【面倒だ。ナイ。君が決めろ。マレとプフ、どちらを取るのか。この場で、今すぐに裁定を下し給え】
【えー?】
ちびナイさんは不満げだ。ペラペラと口を回す。
【そんなこと言われても困っちゃうなー。あのさ、私ね? ヒューマンを見てて思ったの。ずっと仲良しでいるのって難しいことなんだって。倦怠期って言うの? それは避けられないんだなって。だからお友達は多いほうがいいんだよね。二人より三人だよね。そしたらフォローし合えるじゃん? どっちが上とかじゃなくてさ、ずっと仲良しでいたいから。だからこその三人なんだよね。それってハッキリ言って科学的にそうなんだって答え出てない? なのに、なんであえて非科学的なことするのかなー?って。私、ちょっと分かんなーい】
NAiは浮気に走ろうとする己を自己正当化した。
ョ%レ氏は深く頷いた。
【なんというAIだ。私は自身の才能が恐ろしくなってきた。そうとも。私が運営ディレクターのョ%レ氏だ】
強引に自己紹介をねじ込んだタコさんウィンナーがタコ足をうにょると動かして、観客席の最上段を指差した。
【挑戦は受けよう。いつでも、何度でもな。君には期待している】
シャッと幕が降りた。
2.クランハウス-居間
赤カブトはマグちゃんにベッタリだ。
居間で藁人形をクラフトしているマグちゃんに赤カブトがぴたりと寄り添っている。
「ね、マグちゃん。何してるの……?」
見れば分かるようなことを尋ねた赤カブトにマグちゃんが素っ気なく言う。
「あんたにしがみ付かれてる」
ウチの丸太小屋メンに加入した当初はウザったそうに「さわんな」だのと言っていたマグちゃんであるが、ちっともめげない赤カブトに諦めの境地を経由して今や日常の一部として完全に受け入れていた。
赤カブトの粘り勝ちである。
一方、俺はフレンドリストのログインマーカーを眺めている。先生のログインマーカーが点灯しており、居間に降りてくる瞬間を今か今かと待ちわびている。
今日はネフィリアんトコに顔を出そうと思っているのだが、先生にご挨拶をしてから出掛けたい。まだカナ……。
先生はご多忙な羊さんなので、どうしてもご自分のご都合を優先せざるを得ない場面が出てくる。クランマスターというのは身内のクラメンよりもヨソのクランに気を遣わねばならないのだ。俺はそれが少し悔しい。
……ダメだ。もう待てない。俺は先生の居室にご挨拶に伺うことにした。
AI娘一号と二号に一言断ってから居間を出て、先生の居室に向かう。コンコンとドアをノックして入室の許可を頂く。お邪魔します……。
おっ、ネフィリアじゃねーか。なんだよ。居るなら居ると言えよ。手間が省けたぜ。
珍しいこともあるもんだな。
ネフィリアが先生の授業を受けている。
俺も混ぜさせて貰おう。
チラッと俺を見てすぐに視線を戻したネフィリアが挙手して先生に質問する。
「つまり……私はお前たちの言う、ゲームの中のキャラクター、ということか?」
なんの話だろう。途中から混ざったので、さっぱり分からない。
先生は悪戯っぽく立てたひづめを左右に振った。
「逆かもしれない。先ほどの内容と矛盾するようだが……。そうだね、ギルドを例にしよう。彼らをプレイヤーという立場に置いてみる。すると、どうだろう。我々は一定の周期で出現し、倒されてもさして間を置かずに再生する。これはMOBの特徴と合致する。ではギルドはどうか? 彼らにも同じことが言える。無限に成長し、倒されても何度でも復活する。彼らはまるでプレイヤーそのものだ。人間とギルド。この両者はそっくりそのまま入れ替えても成立してしまう」
ハイ! 俺は挙手した。
なんの話ですか? 全然分かりません!
正直者の俺を先生は褒めてくれた。
「大変素直でよろしい。コタタマ、やはり君になるのか……」
何か言い掛ける先生をネフィリアが手で制した。おい、無礼だぞ。先生の話を遮るなど言語道断だ。腐ったミカンめ。
妖艶な笑みを浮かべたネフィリアが俺に抱きついてくる。赤い唇を俺の口に押し付けてきた。ちっ……! 俺はネフィリアの抱擁を力尽くで振りほどいた。素早く立ち上がってインベントリから斧を取り出す。
俺のつれない態度にネフィリアがきょとんとする。
「なんだ、私とセックスしたいんじゃないのか?」
俺は強がった。
へっ、もうちょっと上手く騙してくれりゃ〜お相手願ったんだがね。
ネフィリアじゃない。人型のレイド級だ。
俺はチラチラと先生を見ながら警告した。
先生! コイツはネフィリアじゃない! レイド級が化けてる!
……先生は何も言わなかった。
俺程度に見抜けることを先生が看破できない筈はない。そんなことは分かっていた。分かっていたが、俺は認めたくなかった。
そうであって欲しくなかった。何かの偶然で先生がうっかり人型に授業をしていたのだと信じたかった。
懇願するように叫ぶ。
先生!
先生は……言った。
「レ氏は……あの男はダメだ。あの男は生命を軽視しすぎる。コタタマ。私は……」
聞いていられなかった。
俺は人型に斧の先端を突きつける。
俺はコイツの固有スキルについておおよその見当が付いている。確信はない。絶対にこうだと言い切るのは無理だ。だが、もしも俺の予想が当たっていたならば……俺だけがコイツに対抗できる。
そして、もしもコイツが俺の心を読めるならば……だからこそ交渉の余地が生まれる。
俺は口を開きかけて、閉じた。
……下の階にジャムジェムとパールマグナが居る。叫んだのはマズかった。俺の声が聞こえたかもしれない。
俺は声を潜めて懇願した。
時間をくれ。俺はあんたの味方だ。今、ニャンダムと交渉を……。
人型が俺の斧をそっと横にどかして俺の眼前に手のひらを突き出す。言った。
「私の固有スキルは【学習】だ」
秘密を隠そうともしない。それは歴然とした力の差があるから。レイド級はプレイヤーに対して実力を隠すという発想そのものを持たない。
「やってみろ。万に一つ、お前が私に毛ほどの傷を付けられたなら、ティナンには手出ししない」
ガチッと歯車が噛み合ったような感触があった。
リチェットやスマイルにあれだけ啖呵を切ったのに、きっと俺は……俺もまたコイツと戦ってみたかった。
それはゲーマーの業とも言えるものだった。
俺の予想はほぼ当たっていた。
コイツはコピー能力に近いものを持っていて、それは完全に制御できるものではない。
ニャンダムが現れた時に俺の首を絞める力が弱まったのは種族人間に紛れようという意識が働いたからだ。しかし、そもそも力の強弱で見分けることができるならニャンダムは一瞬でコイツを殺しただろう。
力を弱めても意味がないのだ。
つまりコイツの学習能力は無差別に働く。
そして俺は弱い。俺の弱さはサトゥ氏だろうとスマイルだろうと誰であろうとも真似することができない。
やってやるよ!
俺はスラリーを発動した。スラリーの残像エフェクトの正体は幽体だ。源泉になっているのは残機だ。ならば俺はコントロールできる。
俺の残像が際限なく増えていく。
クッと口元を歪めた人型の足元がふらつく。俺の弱さを学習している。
俺はカッとなって人型の胸ぐらを掴んだ。
テメェ! 舐めてんのか! なんでスキルを解かねんだよ!
口約束は当てにならない。俺はコイツの脅威であってはならない。俺がコイツの出した条件をクリアするのはコイツの油断や慢心が原因でなくてはならない。
やるか? やらないか? 俺の決意が揺れる。
人型が言った。
「お前たち人間は、家を大事にするのだろう? 私がスキルを解けば、この家は潰れる」
じゃあ一体どうしろってんですか!?
もうメチャクチャだった。訳が分からなかった。コイツが何をしたいのかさっぱり分からない。俺の手の内は読めていただろう。コイツにとって無駄に経験を積んだ雑魚キャラは邪魔なのだ。学習を阻害され、弱体化してしまう。今まさにコイツがそうなっているように。
俺はガバッと土下座した。
堪忍したってくださいや! なぁ!
「おお……! なんという、弱さだ……! 素晴らしいぞっ、人間……!」
強さを見せたら負ける。そういうことか……!
俺はオギャッた。
ころんと床に寝転がってベロンと腹を晒す。マンマ……! マンマ〜!
一進一退の攻防であった。
ハッ。先生。先生が俺のお腹をひづめでそっと撫でる。
「ポチョに譲ろうと思っていた。でも、こうなる気もしていたよ」
アナウンスが走る……。
【Goat さんよりクランマスター権限が委譲されました】
俺はM字開脚したまま【ふれあい牧場】の新たなマスターとなった……。
「ぺ、ペタさん……?」
「……ペタタマセンセー……」
そして踏み込んできたAI娘たちにオギャッている現場をバッチリ目撃された……。
これは、とあるVRMMO
や、違くて。二股とかじゃなくて。あのね、なんて言ったらいいのかな。えっとぉ、例えばぁ、ランダムチェンジ萌えって知ってる?
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