素直になれない男たち
1.ポポロンの森-優しい世界に
思ったのと少し……イヤかなり違う結果になったな。
お犬様の優しい世界についてだ。
不自然なまでに住み分けができている。
もうちょっとゴチャると思っていた。
しかし実際には住み分けができている。
新入りからしてみれば、一歩でもこちら側に足を踏み入れれば急に世界が変わったような錯覚を覚えるだろう。
……チャンネル操作か。思ったよりも色んなことができるんだな。おそらくはある種の情報操作をされてる。お犬様の耳には「本番」の件が届かない、とかだ。
……今年のバレンタインのチョコしかり、ョ%レ氏は所有権について何か新しい取り組みをしているように思える。もっと色々と試してみるべきだったか……? いや、あの時はあれがベスト。知らないゴミを見くびると足元をすくわれる。トップクラスのプレイヤーにしたって個人ならそんなに怖くない。怖いのは集団だ。
その集団に偏りを生むシステム。チャンネル操作……。
人型のレイド級がやっていたことだ。
影響力か。つまり……大きな力の差がある場合は一方的に関係を切ることができる。ヤツがやっていたのはそれだ。
対処法はある。それはヤツの中で俺の存在をデカくすること。無視できなくすることだ。
俺がクソ廃人の魔の手から逃れることができないように。
そう、こんなふうにな。
「コタタマ氏うぇーい。うぇーいコタタマ氏うぇーい」
ブッ殺すぞ。
ログインするなりサトゥ氏に誘拐されて森に居る。
何なのお前? 前から言おう言おうと思ってたけどログイン中に攫うのはヤメロ。俺はパパっとログインしたい派だから自分がどうなってるのか分かんねんだよ。
「いやグロいよ。相当グロい。最初は目ん玉がログインしてきて視神経が伸びて脳みそが出てくる」
じゃあお前は俺の目ん玉を掻っ攫って誘拐してんの? マジでヤメロ。一歩間違えたらお前のナカにログインしちゃうだろ。
まぁそれはいい。で? 何の用だよ?
「レベル10になってウチに復帰したんだよ。正確にはもうレベル11なんだけど」
軽々と俺の限界を超えていきやがるな。早いよ。早すぎる。なんかレベル上げのコツとかあんのか? 教えろよ。
「頭を空っぽにしないことだな。俺はゲームだとこんなだけどリアルじゃアレだから、そういう社会的な不安とか、こんな毎日ゲームばっかしてていいのかとか、そういう将来俺はどうなるんだっていう気持ちを忘れずに戦うことだ。こう、焼けつくような焦りがな、イイ感じのスパイスなんだよ」
そんなの嫌だわ。なんの参考にもならねえ。リアルはつまんねえってんでゲームやってんのにどういう拷問だよ。
世間話もそこそこにサトゥ氏に俺を誘拐した動機を尋ねた。
サトゥ氏はイキイキしている。
「や、リチェットがさ。俺に下積みから始めろって言うんだよ。復帰しましたハイどーぞってマスターの座は渡せねえって」
へえ。リチェットやるじゃん。アイツのそういうトコ俺は好きだね。
「俺は納得してない。リチェットはぬるい。レベル上げが苦にならないよう工夫してたりするんだぜ」
そう言ってサトゥ氏は俺の肩にガッと腕を回してきた。
「そうじゃないだろ。レベル上げはキツくて地味でひたすら虚無であるべきだ。分厚い壁をブチ破って先に進むからイイんだ。そうだろ?」
なに言ってんだ。楽しくレベル上げしたほうがいいに決まってんだろ。
……サトゥ氏はニヤニヤとしながら俺の顔をじっと見つめている。
「でも、お前はそう考えちゃいない。俺が言った意味をちゃーんと理解してる」
……レベル上げは作業だ。それは拷問と似ている。達成感などというものはない。獲得した高レベルで俺TUEEEEしても損得勘定では明らかに損が上回る。それはゲーマーにとっては常識だった。
かといって認めるのも癪だったので俺はサトゥ氏の腕を振りはらって話題を逸らした。
回りくどいんだよ。さっさと用件を言え。
サトゥ氏は俺の内心を見透かしたかのようにニヤニヤしている。
「リチェットの遣り方は手ぬるい。ウチの頭は俺が張る。そのためには手柄を上げることだ。でっかい手柄をな」
俺は関係ねえ。お前らで勝手にやれ。
「関係はあるさ。聞いたぜ。人型のレイド級を追ってるんだって?」
……やっぱり関係ねえな。お前はどう転んでも人型に従わねえだろ。ティナンがどうなろうと知ったこっちゃねえ……それがお前だ。
クソのような廃人は苦笑した。
「おいおい、俺を何だと思ってるんだよ。傷付くぜ。もちろんティナンは守ってやるさ。貴重な戦力だ。みすみす手放す理由がどこにある?」
……コイツ、わざと引っ掛かるような言い方をしてる。俺の反論を誘っている。論理的な罠を用意してるな。その手には乗らねえぜ。
俺はプイとそっぽを向いた。
サトゥ氏が俺の肩にガッと手を置いて説得してくる。
「なぁ、コタタマ氏。ニャンダムはマーマレードを見捨てられねーよ。あいつがニャンダムの城で幽閉されてたのは知ってるだろ。ニャンダムはマーマレードに情を移してる。レイド級の性格は利用できる、だろ?」
……たしかにそれらしき場面は何度か目にした。マーマレードはニャンダムを呼び捨てにするし、ニャンダムはそれを許していた。
…………。
熟考の末、俺はプイとそっぽを向いた。
ニャンダムはプライドが高すぎる。マーマレードを見捨てることはできないと決め付けるのは危険だ。
サトゥ氏が俺の肩を掴んだ手にグッと力を込める。
「……ヤマダさんが何か楽しそうなことをしてるんだってナ? 俺も混ぜろよ」
手柄ってのは? 俺は折れた。
この男だけはダメだ。コイツは男を狂わせる。お犬様とは対極にある存在であり、名もなきプレイヤーをゴミに作り替えていく性質を持っている。
クソのような廃人はにっこりと笑った。
「もちろん【君主】のジョブだよ。サトウさんとヤる。協力してくれるよな? 俺たち、友達だろ?」
レベル11って言ったな。実際は12か? 今のお前じゃスマイルの旦那はヤれねーよ。お前とヤり合った時の旦那じゃない。そのことはお前が一番よく分かってるだろ。なんで今なんだよ?
「……今とか、そういう問題じゃないのさ」
そう言ったサトゥ氏の瞳は情欲に濡れていた。
……勝敗は度外視。コイツが欲してるのはスマイルくんと戦うための理由だ。
サトゥ氏が挑めば、スマイルくんは応じるだろう。
けれどサトゥ氏は……スマイルくんと戦いたがっていることを知られたくないのだ。
だから俺に戦わざるを得ない舞台を用意しろと言っている。
俺は驚愕した。
なんて面倒臭い男だ……。
俺は関わり合いになるのが心底嫌だったが、このような濃厚な人間関係を築き上げるに至った男が目障りで仕方なかった。男同士で濃密に絡み合うからこのゲームは巷でホモオンラインだのと呼ばれるのだ。
もう好きにするといい。勝手に殺し合ってどっちも死ねばいい。
俺は受諾した。舞台を整えるのに少しばかり期間をくれるよう告げる。スマイルくんを騙し討ちするようなことはしたくない。俺は別にどっちの味方でもないのだ。
サトゥ氏は納得してくれた。
「それでいい。頼むぜ。【君主】を手土産にすれば俺はウチの頭に返り咲ける」
そんな言い訳じみたことを口にしながらサトゥ氏は去っていった。
2.人間の里
スマイルくんは日によってヤサを転々とする。見つけ出すのは苦労した。と言うよりスマイルくんのほうからコンタクトを取って貰わねば無理だったろう。俺が探していることを知って分かりやすく待ち構えてくれたのだ。
「サトゥがそんなことを?」
ああ。
俺は頷きながらもスマイルくんの護衛をしているアオミドリが気になって仕方なかった。
……いつの間にか人間に戻っている。
何事もなかったかのようにアオが言う。
「おい、崖っぷち。テメェ……調子に乗ってんなよ? いや、ルリイエか? 今のオメェーはどっちなんだよ? ハッキリしろ」
何を……言っている?
今の俺はどこからどう見てもコタタマくんだ。ルリイエではない。
錯乱している手下にスマイルくんが苦笑など漏らして軽く手を振った。
「アオ、少し落ち着け。ルリイエはさっきからお前の横に居るだろう」
「おっ……。そうだったか。そうだな……。ルリイエ、お前はどう思うんだよ?」
アオくんは横に居るハズのルリイエさんではなく俺に感想を尋ねてきた。
俺はバッとミドリを見た。
「面白ーい」
野郎どもの狂態にミドリはころころと笑っている。
良かった。ミドリさんはまともだ。
ひとまず俺はこの場ではルリイエということになっているらしいので、肯定的な意見を述べていく。
いいんじゃねーか? そこに居るサトウシリーズ御大だって内心じゃサトゥ氏と戦いてーんだろ?
俺は特にルリイエの演技をしなかったが、スマイルくんやアオには俺の声がルリイエ音声に変換して聞こえているようだ。
アオくんの声音や口調は普段俺に向けるそれとは少し違った。
「お前はそう言うが……隊長は暇じゃねんだよ」
気持ち悪ゥ! 何コレ!? 俺が話を持ってきたのに俺含め四人で相談してる!
スマイルくんはニコニコしている。この男はいつもそうだ。感情を読まれまいと笑顔の仮面を被っている。
「コタタマくん」
えっ、俺!? どっちなの? 今の俺はどっちの俺なの? 俺も錯乱してきた。
スマイルくんが続ける。
「アオの言う通りだ。私は忙しい。サトゥに構っている暇はない。が……サトゥがどうしてもと言うならば時間を作ろう。つまり……分かるね? 私の首を手土産に【敗残兵】のマスターに返り咲くなどというふざけた提案には乗れない。当然のことだ。そもそも……コタタマくん。君を遣いに出して私の関心を買おうとする、その迂遠な遣り口が気に入らない。そう伝えてくれないか」
……逃げるのか?
試しに挑発してみると、スマイルくんは大仰に肩を竦めた。
「ルリイエ。いつも言っているだろう。今や私は追う側ではない。追われる側なんだよ。良い傾向だ。私のあとを継ぐとすれば、それはヤツしか居ない」
……総括すると、スマイルくんはサトゥ氏本人の口から戦いたいと言って欲しいようだ。
けれどサトゥ氏は【敗残兵】の頭に返り咲くためにスマイルくんと戦うのだと主張していて……。
つまり二人して互いに興味がないフリをしている。
メンド臭っ。なんだこれ? いつの間にこんな面倒臭いことになったんだ?
ともあれ、スマイルくんに言われたことをそのままサトゥ氏に伝える。
サトゥ氏は認めなかった。
「戦いたがってるのはサトウさんのほうだろ。あの人はずっとそうだ。俺に執着してる。一対一でケリを付けたがる」
お前もだろ。
「一緒にしないでくれ。俺には自信がある。俺のほうが上だ。勝算がある。だから誘いに乗ってやってるだけだ」
メンド臭っ。俺はキレた。
いいからさっさと認めちまえよ! お前が戦いたいって言えば向こうは応じるって言ってンだろ!
サトゥ氏もキレた。
「なんで俺が下手に出なくちゃいけないんだよ! いっぺん俺に勝ったからって調子に乗ってるのがムカつくんだよ! なんなら俺は負けてねーし! あいつ俺にビビってたじゃん!」
メンド臭ぇー!
これは、とあるVRMMOの物語
ウダウダ言ってないでさっさとヤれ!
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