ジェラシー
1.ポポロンの森
オンドレぁ!
俺はゴミの首を刎ねた。
どうと倒れ伏したゴミがボロンと魔石をドロップする。
俺は戦利品を拾い上げてほくそ笑んだ。
これだ。やはり俺は間違っていなかった。
【夢死暗澹】の攻略法。それは殺られる前に殺ること。
これまでの俺は近付いてくるゴミを刺客と見なして先手を取ることで対抗してきた。
しかしその遣り方ではスナイパーには太刀打ちできない。
だから遣り方を変える。
スナイパーは一定の距離から近付いてこない。誰が刺客かなんて分からねえ。
だから俺自身が刺客になる。
種族人間はゴミだ。ゴミがレイド級のスキルを真似ても劣化コピーにしかならない。だから俺にだけ効く角度、射程距離なんてものが出てくる。いや、あるいはパピコの【夢死暗澹】にもそれらしきものはあったのかもしれない。だが気付けなかった。射程距離が長すぎて、安全地帯なんてものはなかったからだ。目がいいだけの俺を狙い撃てるからといって、それが何だと言うのか。
【夢死暗澹】の本質はやはりハッキングなのだろう。パピコは光を見ていないゴミですらまとめて輪切りにしたぜ。
シンプルなスキルほど強い。ゴミ共は劣化コピーしたスキルの脱落した部分を悪用しているに過ぎない。ならばそれを逆手に取ることもできる。
俺は腕をバッと真横に突き出して袖を腕まくりした。露出した肌からにょきっとウッディたちが生えて列を成す。
種族人間の【夢死暗澹】は不完全なもので、視線が通っていなくては攻撃が成立しない。それはつまり俺の視界内に居なくてはならないということだ。後ろから俺を撃つことはできない。そして【夢死暗澹】の複雑さは不要な色気を出す土壌になる。
ゴミどもは俺のよく見える目がマイナスに働いていることを面白がっている。なんだかんだでセクハラに活用している俺の目を否定したくて仕方ないのだ。だから他のプレイヤーを巻き添えにすることを避けようとする。本人は無駄な犠牲を出さないようにしているプロ意識の表れだと解釈しているかもしれないが、そんな上等なもんじゃない。単に技術点の高いスナイプを見せつけて悦に浸りたいだけだ。そういうのを不要な色気って言うんだぜ。
だが、俺は違う。俺は色気を出さない。俺以外の男は全員死ねばいい。
俺の腕の上で列を成したウッディたちがビビビッとレーザー光線を放ち、俺の視界に入っている野郎どもを一人残らず射殺した。
へっ、呆気ねえな。ヒーラーならこんなもんか。回避の意識が低すぎる。とっさに横っ飛びするのを回避とは言わねえんだぜ? とっさのことに利き足の右のほうに跳ぼうとするのが見え透いてるし、運良く被弾を免れたとしてもスラリーの扱い方がヘタクソだからあとが続かない。俺が今までしのぎを削ってきた近接職のゴミどもならそんなヘマをしなかった。
腕をおろした俺はメドローアを初お披露目したポップよろしく勝利宣言した。
……勝った!
俺の傍らで待機していたフリエアが胡乱な目で俺を見つめてくる。
「……ブライトを目指すって言ってなかった?」
俺は生産職だからな。十人や二十人殺したからって問題ねえさ。血の気が多い戦闘職とは違う。そりゃあ出掛けるたびに野郎どもを皆殺しにしてたらマズいだろうが、こんなのは一過性のもんだ。あいつらだって俺に構ってるよりも女の尻を追っかけてたほうが楽しいに決まってるんだからな。裏を搔く、裏の裏を搔く、裏の裏の裏……イタチごっこが始まれば面倒臭くなって飽きる。
俺の的確な指摘に、ノミ女は感心半分呆れ半分といったところだ。
「そもそも嫌がらせ目的でこんなコトになってるのがおかしいんだけどね……。時間の無駄と言うか……」
お前も大人になれば分かるさ。有意義な人生なんてモンはねえ。人生の寄り道だとか言うが、そもそもメインストリートがクソまみれなんだ。寄り道に逸れたほうがよっぽどキレーな路面を拝めるだろうぜ。
「ク…とか言うな! 汚い、汚い!」
俺は赤面したフリエアにバンバンと叩かれた。
2.山岳都市ニャンダム-露店バザー
フリエアと一緒に買い物に来ている。
なお、ネフィリアはお留守番だ。連れ出そうとしたのだが、地蔵のように動こうとしなかった。俺とフリエアの連携を不安視しているだのもっともらしい理屈をこねていたが、あれは単に外出するのが面倒臭いだけだ。すっかり自堕落になっちまって。小娘どもに囲われて暮らす生活がよほど快適と見える。このゲームのログイン方式は半没入型なので、リアルでスマホをいじっていれば暇を持て余すということがないのだ。なんならアバターに読書でもさせておけば頭が良くなったような気さえする。
まぁ両手に花を果たせなかったのは残念だが、フリエアは小娘どもの中では大人びた容姿をしていて高校生と言っても通じる。見た目だけなら俺の好みに近いので、こうして二人きりで歩き回るのは悪い気分じゃない。
ひとまず俺はフリエアに俺を異性として意識するよう働きかけることにした。
なんだかこうしてるとデートみたいだな。
ノミ女は俺の言葉を無視した。
「最近どうなの。マゴットさんと」
そう言うお前はどうなの。あれから進展した?
以前に言っていたのだが、フリエアはマゴットと仲良くなりたいらしい。クラスメイトとはいえ属しているグループが違っていて、なかなかお近付きになれないのだとか。別に今のグループメンバーと疎遠になりたい訳ではないため、距離感を掴みかねているというのが真相のようだ。
マゴットにしてもクラス内カースト制度では上のほうだ。現実的に考えても四、五人なら放課後に一緒に遊び回れても、それが十人近くなると団体行動の難易度が一気に上がる。誰か一人でも足並みが崩れると全員でそいつを待つことになるからだ。
フリエアは押しも押されぬトップヒエラルキーの一人であるがゆえにクラス内カースト制度を内心バカらしいと思っていて、もっと気軽にみんなで遊びたいと考えているのだろう。そしてコイツの見立てでは、それを成し遂げられるのはマゴットくらいだろうと考えている。俺は部外者なのでハッキリしたことは言えんが、おそらくこのゲームの中では割とフリエアの理想に近い関係性を築けているのだろう。それがリアルとなると急にうまく行かなくなる。
……まぁネフィリアの存在が大きいんだろうな。ダメ人間化が著しいネフィリアであるが、あの女は俺なんかよりもずっと頭が回る。締めるべきところではキッチリ締めるだろうし、姫クランの方法論はそうバカにしたもんじゃない。どんなオンゲーもトップクランを十個ほど順に並べていくと姫クランの一つや二つは混ざってくるのだ。
このゲームにしたって【敗残兵】と肩を並べる【目抜き梟】は見方を変えれば一種の姫クランだ。リリララという有能な客寄せパンダをメインに据えて、そのお零れに預かる形で他のメンバーがファンを獲得していくという構図になっている。
つまり姫クランはクランの在り方として最適解の一つなのだ。
土台から間違ったやり方でランカーになれるほどMMOは甘くない。何千、何万もの暇人が集まるゲーム形態だからこそ場違いなクランは淘汰されていく。
もっともその辺りの基礎的な知識はフリエアに解説したところで今更だろう。ネフィリアが居るから成り立っているというのも少し考えれば分かることだ。自分がないものねだりしていることも多分理解している。
だから俺にマゴットと仲良くなりたいと打ち明けたのは愚痴を零すのと変わりない。
フリエアは溜息を吐いてマゴット攻略の進捗が思わしくないことを素直に吐露した。
「……前よりは仲良くなれたと思うけど、やっぱりなんだか少し壁を感じてて。心を開いてくれない」
前にも言ったけど、マゴットにもマゴットなりの人付き合いがあるからな。正直、今の関係性が壊れても構わないくらいの気持ちがないと先には進めないと思うぞ。
「私が気後れしてるトコもあるのかなぁ。だってマゴットさん可愛いんだもん。輝いて見える」
……それはラブじゃなくてライクの感情だって信じていいんですよね?
ナイマレの件もあって俺は少し敏感になっていた。
「当たり前でしょ。そんなの漫画だけだよ。そんなことより聞いてよ、タマっち。この前さ、マゴットさんたちと一緒に狩りに行ったの。何度か戦って、マゴットさんが私のこと友達と間違えたみたいで、私に抱きついてきてさ〜。ニコニコして、今の見た!?って。そのあとすぐにゴメンって謝られたんだけど、私ドキドキしちゃった。可愛かったなぁ。今でも思い出すとニヤニヤしちゃう。ちょっと、タマっち! 見ないでよ!」
いやぁ、案外わざとかもしれんぜ。マゴットはあれで勘が鋭いトコもあるからな。お前が仲良くなりたがってることも勘付いてるんじゃないか。
「そ、そう思う? 私も、もしかしたらって思ってたんだけど……! ちょっと待って。それとは別の話もあるの。なんでか知らないけど、ネフィリアさんは私とマゴットさんをペアにしてくれないのね? あっても別の子が一緒だったりで、二人きりっていうのがないの」
ふむ。続けろ。
「うん。でね? たまたま何でだろうね〜っていう話になって。あ、その場にマゴットさんは居なかったんだけど、私の友達は凄くいい子たちだから、私がマゴットさんと仲良くなりたがってるの知ってるんだ。ていうか普通にバレた。そしたらレディさんがさ。あの子、色んな子たちと仲良くて、その時は私たちと一緒に居たんだけど」
あいつ、キョロ充だからな。
「キョロ充じゃないよ! レディさんは気遣いできる凄くいい子だよ!」
別にバカにした訳じゃねーよ。日本の教育は基本的にキョロ充を量産する仕組みになってるんだ。空気を読め、上の言うことに従え、報連相なんてのもそうだぜ。報告、連絡、相談な。古臭い考え方だよ。今やメール一発で情報共有できるのに、なんだって何から何まで無駄な手間を挟まにゃならんのだ。時間の無駄を省けばもっと稼げるだろうに。
で、レディがどうした。
「あ、うん。レディさんがね、マゴットさんたちも同じこと言ってたって。マゴットさんはネフィリアさんのこと大好きでしょ? 私のこと、ネフィリアさんとちょっと似てるって言ってたらしくて……! ど、どう思う? それってさ、私のことも大好きってことにならない!?」
近い近い。興奮するな。
俺は顔面を寄せて同意を求めてくるノミ女を押しのけてソーシャルディスタンスを保った。
お前とネフィリアが似てるねぇ。まぁタイプとしちゃ近いかもな。どっちもキレー系だし、スタイルがいい。内面的なことはいったん置いておくとして、人間やっぱり見た目から入るしかねーし、お前は有利な立場に居る訳だ。ネフィリアに似てるってのはマゴットからしてみれば、かなり高評価だろう。だからこそ慎重に行きたい場面だな。
「そう! そうなの! 私、どうしたらいい!? ネフィリアさんの真似してみたらいいんじゃないかって友達は言うんだけど……!」
うーん、難しいな。どう転んでもおかしくないだろ。そっち方面であんまりあからさまなことはしないほうがいいんじゃねーか? お前はお前らしくなんて知ったふうなことは言うつもりはねーが……人間なんて単純なもんだからな。似てるモンは好きになって当然だ……とはいえ、俺はお前とネフィリアがそっくりだと思ったことはねーぞ。お前がネフィリアの真似して総合戦力が上がるとは思えねえ。属性値に多少の変動がある程度だろう。それがマゴットに刺さるとは限らねえな。……ネフィリアはマゴットのことをどう思ってんだ? お前から見て、可愛がったりしてんのか?
矛先をはぐらかされてフリエアはきょとんとした。
「え? うん。マゴットさんはウチのサブマスターだから、ネフィリアさんはマゴットさんに甘えるようにしてるって言ってたよ」
ふうん? ネフィリアの考えることはよく分からんな。実務面じゃお前のほうが使えるっぽいけど。ともあれネフィリアがクラメンで一番仲良くしてるのはマゴットってことか。マゴットは甘えられる、と言うより頼られるのが好きなのかもな。
するってーと、だ。フリエア。俺個人としてはよ〜、マゴットの才能は周囲を明るく照らしてやれるトコだと思ってるんだよ。あいつはそういう力を持ってる。具体的に言うとネカマ六人衆に近いかな。あいつらがその場に居るだけで、なんか楽しくなってくるんだ。俺のアビリティ、黒いのを打つやつな。あれは俺の悪い感情を伝える効果がある。マゴットの場合は真逆だな。
フリエア。俺にハッキリしたことは言えねーよ。お前らの問題だ。でもマゴットにそういう力があることは知っとけ。たぶんお前の役に立つ。お前のことだ。なんとなく察してるんだろうが、お前らのアビリティは「成長」が鍵になる。ネカマ八曜はお前らのことをうだうだ言うが、あいつらはいざとなったらお前らのために戦うよ。そういうメンバーが揃ってる。ネフィリアはそういうことができるんだ。追跡ってのはそういうアビリティだからな。出会いを運命に委ねないスキルだ。そうやって俺と先生も出会った。先生も同じスキルを持ってるからな。
それは先生の力で、俺の力じゃない。だから俺にはゴミどもが寄ってくる。こんなふうにな。
「崖っぷち〜」
「また別の女かよ。いい身分だナ?」
「女の前で無様に命乞いしてくれよ〜」
出会いを運命と呼ぶなら、俺にとってはコイツらがそうなんだろう。
因果関係などない。ただ街中を歩いていたら、たまたま遭遇して殺し合うだけの行きずりの関係だ。運命などという細く拙い縁に引き寄せられただけだから、この場限りになる。生き、出会い、死に、別れる。それだけのこと。
俺はニヤッと笑って、円環状の黒い波を放つ。
それは俺の隣を歩くフリエアに干渉することなく、通りの向こうから歩いてくる知らないゴミどもと干渉してバチバチと黒い火花を散らす。
ゴミどもがヘタクソな口笛を吹いて喝采を上げる。
「おいおい、ヤる気マンマンじゃねーか」
「そうイキんなよ。嬉しくなっちゃうだろ〜?」
「ヒーラーとばっかり遊んで退屈だったろ? 俺と遊ぼうぜ〜」
ああ、退屈だったよ。俺は挨拶代わりにレーザー光線をビビッと放った。
上体をゆらゆらと揺さぶって訳もなく躱した知らないゴミどもが俺へと迫る。
俺はすでに斧を振り上げて駆け出している。いらえは無用。渾身の力を込めて斧を振り下ろした。
オンドレぁ!
これは、とあるVRMMOの物語
オンドレぁに始まりオンドレぁに終わる物語かな?
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