ネフィリアさんの日常
1.クランハウス-マイルーム
チンチンチンチン……
朝。目を覚ますとアットムの顔がすぐ近くにあった。
こうして改めて見ると目元を縁取る睫毛は長く、そこら辺の女より綺麗な顔立ちをしている。
アットムを起こさないよう慎重に上体を起こすと、ネフィリアがベッド脇に立って茶碗を箸でチンチンと叩いていた。
……メシを作れってか。なんで俺が。姫プレイは身内だけでやれよ。
チンチンチンチンチンチンチンチン
ネフィリアはチンチン速度を上げた。
やめろ。チンチンで受け答えするな。事によってはちょっと嬉しくなっちゃうだろ……。ったく、仕方ねえな。
俺はベッドに引っ掛けていた上着を素肌の上から直接羽織った。
デキる男をアピールするにあたって家事は強力な武器になる。家事を女に押し付けてサボるような男だとは思われたくなかった。
本職には及ぶべくもないが、セミプロの俺は直結厨のワザを幾つか身に付けている。
ネフィリアクラスのプレイヤーともなるとリアルの人物像を読むことは困難だが、語彙の豊富さや話の組み立て方から十代のガキンチョということはあるまい。そういうのは話していれば分かるのだ。超絶天才美少女だったら知らん。何事にも例外はあるとはいえ、例外パターンを計算に入れていたら話が先に進まない。
いずれにせよネフィリアは特殊な才能を秘めたプレイヤーで、俺はリアルで「ステキ!抱いて!」ってなった時を想定して動かざるを得ない。家事を面倒臭がるこの女に対して俺が味にうるさく、綺麗好きであることをアピールするのは大事なことだった。許せんよな。俺は寝起きの頭で義憤を燃やしつつネフィリアの手を引いて居間に降りていく。
ネフィリアにソファーで座って待っているよう言い聞かせてモグラさんぬいぐるみを預け、キッチンに入る。
壁に掛かっているホワイトボードを見ると、ネフィリアお世話係の項目の欄外に俺の名前が追加されており、俺とフリエアの欄にマグネットが張り付いていた。
ノミ女と一緒かよ。あいつ苦手なんだよなぁ。
フリエアは学校のクラスでトップヒエラルキーに位置する女で、文化祭の出し物なんかで案を出したら周りも流されるタイプのガキンチョだ。ネフィリアんトコのクラメンはリアフレの集まりなので、そういうのは見てれば分かる。頭が良く、センスがいい。君臨はすれども統治はせずってヤツだな。そういうヤツの周りには自然とリア充が集まるので、勝手に気を利かせたリア充がピラミッドの頂点を形成する。真の自由民なので非リア充ともお構いなしにガンガン絡んでいくぞ。ちょっとテンション上がった非リア充があとでピラミッドの二段目から釘を刺されるパターンだ。
つまりフリエアの機嫌を損ねたが最後、俺は次の日から小娘共にシカトされる可能性もある訳だ。嫌だねぇ。面倒臭い女だよ。卒業を見越してキープしてるマゴット辺りにシカトされたら俺は泣いちゃうよ。
そんなことを考えながらテキパキと朝メシを作っていると、ログインしてきたフリエアがキッチンに入ってきた。
「おはよー。手伝っ」
なんでパジャマじゃないんだよ。
第一声、俺は被せ気味に軽くキレた。
「は?」
は?じゃないんだよ。お前らは居候なんだぞ。誤解を招かないよう言っておくが、俺はロリコンじゃない。ロリコンじゃないが、それとこれは別なんだよ。ソシャゲーでもよー、レギュラー陣って訳じゃないが別衣装のガチャ引いたらオッて思うだろ。性能は別としてだよ? 性能が良かったらレギュラー入りするんだけど、そこまで話を広げたら論旨が破綻するから置いておくとして。俺はパジャマ萌えに理解を示す男だ。居候のお前は俺の空気を読んでパジャマを着てくるべきだった。この理屈、分かるな? やり直せ。整形チケット使ってすっぴん仕様にしろとまでは言わん。元からゲームの女キャラってのは化粧の概念が崩壊してるからな。お前、脱コルって知ってる? 脱コルセット。中世時代か?知らんけど、一昔前の上流階級の女性は腰回りをコルセットでキツく締めて、くびれを強調してたんだとさ。そういう、女性だからこうあろう、こうじゃなくちゃいけないってはおかしくない?ってのが脱コルね。要するに化粧する化粧しないっつう問題じゃないんだが、俺ぁ〜やっぱりばっちりメイク決めて戦闘態勢整えたキレーなチャンネーを見るのが好きだな。単純にドキドキするもんよ。
とか何とか言ってる内に朝メシ出来たわ。おい、フリエア。配膳しろ。なんだ、この箸。茶碗もか。これ個人別だろ。ガラがバラバラじゃねえか。どれが誰のか全然分かんねえ。
「タマっちなら分かるんじゃない?」
そりゃお前がそう言うからには個性が出てるんだろうから大体分かるけどよ。
俺は大体分かった。俺はネフィリアんトコのクランハウスでメシを作ることもあるのだ。俺の目は特別製なので、見れば一発で記憶できる。小娘共はちょこちょこと小物類を刷新するため、これまでの変遷も記憶している。
俺が初見で全部当てると、ノミ女は「キショっ」とドン引きした。
言っとくがネフィリアだって俺と同じことができるぞ。それどころか買い替える前に誰がどんなガラを選ぶか言い当てるかもしれん。まぁ俺とネフィリアが同じことやれるから何だって話ではあるが。分かるよ。俺も自分のこと若干キショいと思ったし。
俺は自己完結した。
「てか、あのさぁ……。なんで肌出してんの? タマっち、家だとちょっとだらしなくない?」
お前んトコのクランマスターがさっさとメシ作れってうるさいからだよ。だからって、いつもキチッとしてる訳じゃねえけどよ。俺さぁ、近頃さぁ、服のセンスがヤバいんだよな。自覚あるんだよ。自覚あるけど、どうしようもねーのよ。鬼滅の刃のさぁ、炭治郎の上着のガラあるじゃん?格子状の。あれ鬼滅が流行った途端、注目されるようになったじゃん? そういう感じのことが俺の中で起こってて、この前ついに鋲付きの革ジャン買っちゃったんだよなぁ。世紀末かよ、ドコで着るんだよって感じのヤツ。着るんだよね……。俺、色々と手広くやってるけどさ、どの事業も最終的には借金の取り立てに行き着くみたいなトコあんのよ。んでどいつもこいつも借金を踏み逃げしようとするから結局は数にモノを言わせてリスキルすることになんのよ。そんなことばっかやってると金を借りるほうも貸すほうもだんだん世紀末のモヒカンみたいになってくんだよ。俺、この前「汚物は消毒だ〜!」とか言ってる自分に気付いてハッとしたもんよ。そんなことってある? 北斗の拳、偉大すぎるだろ。たまにシンの真似して胸に七つの傷を付けようとして突き指するやつも居るしよぉ。刺さらんね。刺さらんよ、胸に指は。別に南斗聖拳の継承者でもねえしよ。
な? ネフィリア。うまいか? ん?
ネフィリアはコクコクと頷いた。
そうかそうか。俺もうんうんと頷いた。得も知れぬ充足感があった。今のネフィリアはJCバージョンだが、元よりゲームの女キャラは素でナチュラルメイクしているようなものなので、特別幼くは感じない。これがロリキャラともなると、むしろ化粧していると違和感が強くなるのでグッと化粧っ気がなくなる。その辺りはVRMMOならではの感覚だな。絵に描いたような美少女の顔面をロリボディに乗っけると不気味の谷現象に陥るようだ。最高指揮官殿のラム子なんかは真っ赤な唇をしていて、それに近い感覚があった。
俺がペラペラと口を回していると、フリエアが「ハイ!」と挙手した。なんだ。今俺が喋ってるだろ。あとにしろ。ちなみに不気味の谷ってのはだな……。
「長い長い話が長いのタマっちは! なんなの!? 朝からさぁ! そんなのあとでスマホで検索すれば済むじゃん!」
ンなこと言って検索しないんだろ。そういうトコだぞ。お前らはネットで何でも調べられると思ってるんだろうが、お前らが信仰してるGoogleさんはお前らが何を知らないのかまでは教えてくれないんだよ。だから俺がGoogleさんに代わって、こうして教えてやってるんじゃねーか。
無限に喋り続けようとする俺をノミ女が強引に遮って本日の予定を発表した。
「本日はタマっちの服を買いに行きます! ネフィリアさんも! それでいいよね!?」
嫌だね。野郎を着飾って何が楽しいんだよ。買うならお前らの服だろ。それならいいぜ。もっともネフィリアは買い置きしてる服が山ほどあるからなぁ。小娘共がバンバン貢ぐもんだから、どんどん溜まってるじゃねえか。どうすんだよ、あれ。
ネフィリアが急に本題に入った。
「お前たちはあまり仲が良くないな」
そりゃあ……。
「黙れ。仲良くしろ。私が何の考えもなくヤギ先生のクランハウスに転がり込んだと思ってるのか?」
寝ぼけてるじゃねーか。今ヤギ先生って言ったぞ。
「言ってない」
言った。
「言ってない」
言った。フリエアも聞いたよな?
「言ってないよ」
言ったよ。なんなの、この姫クラン……。お前らがそうやってネフィリアを甘やかすからコイツはどんどんダメになるんだよ!
「私はダメになってない」
義勇さんかよ! くそっ、可愛いな、コイツ……。まぁいいや。こんなトコでぐちぐち言い合っても仕方ねえ。露店バザーに行くんだろ? 何を買うかは行って考えればいい。話は歩きながらでもできる。さっさと行こうぜ。ついでに試しておきたいこともある。そう、【夢死暗澹】の攻略法をな……。
言うなり俺は自分の頭を取り外そうとして、ネフィリアに腕を掴まれた。あんだよ。
「死に戻り禁止」
あ? なんでだよ。デスペナ一回分くらいなら森をちんたら歩いてくよりトクだろ。そうじゃねえってのか?
「私の考えでは、ブライトの転職条件には殺害回数と死亡回数が含まれている。Goatがやりそうなことだ。あの着ぐるみは人死にを好まない。転職イベントの名称は【生きとし生けるものよ】……。転職条件は複数ある。死を恐れ、生命を重んじるプレイヤーの新たな可能性だ。私はブライトを増やしたい」
……ネフィリア。お前はやっぱスゲーな。納得したぜ。そういうことなら従おう。俺もブライトを目指してる一人だからな。
俺がそう言うと、フリエアが不思議な生き物を見るような目を向けてきた。
「タマっちは無理くない?」
無理くない。
これは、とあるVRMMOの物語
そんなこと言ってどうせすぐにオンドレぁするんでしょ?
GunS Guilds Online




