コタタマとネフィリア、過去の真実
1.クランハウス-マイルーム
夜。切り株型の机の上にノートを広げて落書きをしている。
ふふーん、ふーん。
無意識の内に鼻歌を口ずさんでいたことに気付く。いかんいかん。ポチョの癖が感染ったかな? 野郎がハミングなんざしても気持ち悪いだけだ。気を付けないとな。
しかしバッチリ聞かれていたらしく、ネフィリアがドアの隙間からこちらをじっと見つめている。
「ご機嫌だな」
ここで照れたら負けだ。俺は強気に出た。
そんなトコで何してんだ。入れよ。俺とお前の仲だ。そう警戒しなくともセクハラなんかしねーよ。さすがに今のお前の姿じゃ張り合いがねーからな。
お師匠様は俺がロリコンじゃないと信じてくれているようで、俺の招きに応じて部屋に入ってきた。
ちゃんとパジャマを着ている。サイズが合っておらず、ぶかぶかなのはアダルトバージョンの採寸になっているからだろう。てっぺんにボンボンが付いたナイトキャップを被っていて、妙なところで先生と似ていると感じた。先生もご就寝なされる時はナイトキャップを愛用しているのだ。
身体にストレスを与えない作りになっている寝間着はログアウトとログインを促進する効果があり、理に適った選択だ。慣れの問題もあるため、あまり大きな差ではないが、待機時間を伸ばして得られるメリットなどほとんどない。にも拘らず俺が普段着で寝るのは待機時間中に俺を拉致って厄介ごとに俺の頭を突っ込むクソのような廃人や俺がログインするや窓を突き破って参上する知らないゴミが後を絶たないためである。まぁそんなのは日常茶飯事であり、いちいちツッコんでられないというのが本音だ。なんなら窓の修理を理由にマグちゃんを俺の部屋に呼べるので悪くないとすら思っている。やはり細工師に転職して正解だった。もう鍛冶屋じゃないから窓を直せないというのは最高の言い訳だ。
面倒臭がりながらも頼られて満更でもない様子のマグちゃんセレクション集を頭の中で再生していると、ネフィリアが俺のベッドにごろんと寝転がった。掛け布団の上でうつ伏せになり、頬杖を突いてこちらをじっと見つめてくる。
「それ、何してるんだ?」
あ、これ懐かしいな。
俺はネフィリアの下で働いていた頃のことを思い出した。
惑星ティナンの一日は三十六時間。地球時間で同じ時間にログインしても昼と夜を交互に体験することになる。
戦うことでしか自らの存在意義を見出せない廃人ならいざ知らず、夜間にモンスターに喧嘩を売るのは無謀を通り越して受験生の子供に夜食を提供するママでしかない。
俺は夜目が利くほうであるが、当然ながら昼間のほうが遠くまで見えるし、あらゆる面で種族人間を凌駕するモンスターに対して有利ということは一切ない。
だから、これは俺に限った話ではなく、夜間のプレイヤーは従来のMMOで言うところのサブ職よろしく暗殺や盗み、覗きに励むことになる。
しかし歩兵ちゃんを従えるネフィリアを迎え入れたことで、ウチの丸太小屋の防犯体制は鉄壁であった。今も発砲音がしじまを切り裂き、知らないゴミの呻き声と共に俺の部屋の窓にべっとり血の手形が付いた。俺はカーテンをシャッと閉めてノートをひらひらと振る。
これかい? 先生とアットムくらいにしか見せたことはないんだが、まぁお前ならいいだろう。ほれ。
俺が投げて寄越したノートをネフィリアが枕元に置いてパラパラとめくる。
「……? なんだ、これ?」
あん? 眠くて頭が回ってないんじゃねーか? 見りゃ分かるだろ。俺から見た色んなやつの印象をまとめたもんだよ。今はお前んトコのクラメンの印象を書いてた。
俺はベッドに腰掛けてネフィリア越しにノートを指差していく。
ほら、これがキャラネだろ。その横にある丸とか四角とかが印象だ。トゲトゲだったら俺に対して攻撃的とかそんな感じだよ。そりゃあ文面で箇条書きにしたほうが正確なんだろうが、俺は俺なりに目の使い方を工夫してんのよ。こうやって図形で表しとけば一発でなんとなく分かるだろ。メモ代わりと言うよりは可視化してその場で覚えるためのモンだな。
ネフィリアは俺の説明を聞いているのか聞いていないのか、「ふーん」だの「へー」だのとテキトーな相槌を打ちながらノートをパラパラとめくっている。
なお、ネフィリアの印象は大きなハートマークで、ドキドキと高鳴っている図だ。コイツほど俺の好みに火の玉ストレートを放ってくるとなると、俺に攻める以外の選択肢はなく、もはや印象などどうでもいいのだ。
ネフィリアは自分のページを素早くめくってスルーした。くそっ、なんて可愛げのない女だ。でも好き。
ネフィリアはノートを眺めながら寝返りを打って枕に頬を押し付けた。
「……コタタマ。私の下に付くのは嫌か?」
いいや。お前と一緒に遊ぶのは楽しかったよ。そりゃあ何から何まで満足してたとは言わんが、理想郷じゃあるまいし不満の一つや二つは出るさ。……本音を言うとな、俺がお前の元を出てったのはモンスター娘が居ると確信したからなんだ。
「居ないだろ」
違う。居たんだよ。俺はこの目で確かに見たんだ。
俺は当時の出来事を訥々と語り出した。
あの日、俺はモンスター娘の目撃情報を5chに書き込んでいた……。目撃情報と言っても実際に目撃した訳じゃない。ただ、スレ民が見た見た言ってて、俺だけ見てないのが悔しくてな……。気付けば俺はプレイヤーに住処を追われて行き場をなくしたモンスター娘を匿って同棲していることになっていた。それは、もちろん作り話だ。過去の俺と同じようにモンスター娘を探し求めてうろつき回った挙句、レイド級に轢かれて死んだ間抜けがスレで喚き散らすのが楽しくて仕方なかった……。
「それ、もう真相だろ」
そう思ったよ、俺も。さすがにな。5chで見た見た言ってるスレ民も俺と同じなんだと、新入りを騙して楽しんでるだけなんだと認めるのは勇気が必要だったよ。正直、俺は半ば諦め掛けていた。この世界にモンスター娘は居ない……俺が彼女たちと出会うことはないんだと……。
そんな折だ。あの事件が起きたのは。
ネフィリア。お前も噂には聞いたことがあるんじゃないか? 世に言う暗黒騎士事件だよ。
「……イマリンか。あの女は頭がおかしい」
そう、このゲームに暗黒騎士というジョブはないが、暗黒騎士と呼ばれたプレイヤーは居たのである。
それがイマリンだ。
誰よりもモンスター娘を愛し、追い求めた悲しき女である。ヤツが仕出かした事件を挙げていったらキリがない。レイド級に生贄を捧げて取り入ろうとした、モンスターと同居しようとしてモンスター屋敷を建設した、種族人間とモンスターの交配計画、常軌を逸した行いの数々……。何がしたかったのか未だによく分からない案件も多い。セブンをストーカーしていただの、女神像を真似た石像を各地に置いただの……。一時期騒ぎになった大規模な冷蔵庫窃盗事件の首謀者なのではないかという噂もある。
暗黒騎士という呼び名は、イマリンが黒い全身甲冑を愛用していたことから付いたものだ。ニュアンスとしては暗黒騎士(笑)というのが近い。プレイヤーの二つ名は大抵が晒しスレが発信源になっている。
イマリンの全身甲冑はモンスターと戯れることを目的としたものだった。
今でこそ廃れたが、鎧というのは実のところモンスターに対しても有効だ。ただしモンスターの攻撃をいなす技術が要る。正面からまともに受ければ人間は衝撃で死ぬからだ。
つまり鎧が廃れたのは、それをできないプレイヤーが増えたから。新規プレイヤーの所為である。あと鎧erが減るにつれてコスプレ感が出てきてしまったのもある。ゴミどもが途中でファンタジーに寄せるのを諦めたのか何なのか、鉄筋コンクリをガンガン建て始めたからな。近代ふうの街並みを鎧着て歩くのはキツい。現代の日本なら職務質問待ったなしである。
とはいえプレイヤー単体で見たなら鎧が似合わないことはなかった。胴長短足族に生まれたのがよほどお気に召さなかったらしく、国内サーバーのプレイヤーはFFキャラよろしく美男、美女揃いだ。イマリンは鎧がよく似合う女だった。だから騙された。
ヤツは。あの女は、モンスター娘を追い求めるあまり、自分自身がモンスター娘となることを思い付いたのだ。
正体がバレそうになったコナンくんよろしく己の影武者を立て、整形チケットで人魚やハーピーといったモンスター娘に化けて人前に姿を晒す。
生物として破綻した姿だ。もちろん短命で終わる。人魚になったからといってエラ呼吸できる訳ではない。水に潜れば溺れて死ぬ。
しかし目撃証言を作ることはできる。
暗黒騎士事件。それは、ネトゲー史上において類を見ない盛大な釣りであった。
……今になって思えば、イマリンはティナンの正体がモンスターであることに気が付いていたのだろう。プレイヤーの頭に爆弾が仕掛けられていることがまだ判明していなかった頃の話だ。足を引っ張り合う心理を理解できないティナンはあまりに無防備に見えた。
だからイマリンはモンスター娘の存在をでっち上げてティナンをプレイヤーの性的な目から守ろうとしたのではないか。……真相は分からない。イマリンはロストすることで記憶を失い、真実は永遠に葬られた。しかしそれは見方を変えれば完璧な仕事をしたということでもある。おそらくは記憶を戻さないよう自分自身にメッセージを残している。
かくしてイマリンによる壮大な自作自演はモンスター娘を求めてやまないプレイヤーに数多くの難題を投げ掛けることになる。
どうせ自作自演だと頭では理解していても、俺たちはモンスター娘をお持ち帰りするために知恵を絞るしかなかった。それ以外に選択肢などなかった。ゲーマーの一人として、モンスター娘に特別な所有権が適用されるのか否かを検証せずには居られなかったのである。
熱い時代だった。あの頃……俺たちは本気で生きていた。VRMMOの「可能性」を追求するんだという「熱」があった。あるいは、その「熱」は未だに俺たちの中でくすぶっているのかもしれない。俺たちは……正直女なら誰でも良くて……イマリンのように種族人間の女キャラに絶望することができないのだ。どうしても期待してしまう。だから俺たちはイマリンの「本気」にきっと敗北したのだろう。認めざるを得ねえ。大したヤツだよ。
だからよ……。ネフィリア。俺がお前の元を出てったのは、いわば時代の……。
ネフィリアはすぅすぅと寝息を立てて眠っていた。
俺はフッと微笑して、ネフィリアに俺の上着を掛けてやった。聞こえていないと分かってはいたが、あるいはそれゆえだったのかもしれない……俺らしくもなく素直に内心を吐露する。
「俺は無知シチュもイケるクチなんだ。そうじゃなけりゃ今頃は……」
イヤそれは未練だな。
我知らず自嘲が漏れる。
発情期なら仕方ねえよな、なんて妄想を語ったところで人は過去には戻れない。
無意味な人生などないと言うならば、俺がモンスター娘を追って駆け抜けた日々にも何かしらの意味があるのだろう。
俺は作業に戻った。
夜の静寂に包まれて、ひどくゆったりとした、心地の良い時間が過ぎていく……。
これは、とあるVRMMOの物語
コタタマ、そういうのを徒労と言うのですよ。
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