決戦の朝
1.クランハウス-居間
今日は待ちに待ったクリスマスイブ。
リアルで特にやることがないのでゲームをしている。
知らないゴミどもから「お前は動くなクズ」だの「どうせログインしてるんだろカス」だのとささやきがバンバン飛んでくるので大人しく家で経験値稼ぎをしている。
いや、しかしこのゲームのログイン方式は半没入型。血圧計をくっ付けたまま超美人のカノジョを助手席に乗っけてハイウェイをフェラーリでカッ飛ばしてラブホに直行することは可能、ということ……!
キャラクターとプレイヤーは分離していく仕様なのだから、あるいはこの俺自身ですら俺のリアルが充実していないと証明することはできやしない。超時空コタタマくんだぜ。ね? モグラさん。
俺は俺の隣で俺の経験値稼ぎを見守ってくれているモグラさんぬいぐるみを抱き上げてキャッキャした。おお、よしよし。
居ない居ないばあの要領でキレる。ダンとテーブルを叩き、吠えた。
あいつ……! サトゥ氏が邪魔臭ぇ! もう殺すッ! ブッ殺してやるァ!
俺はウチの丸太小屋を飛び出して雄叫びを上げながら森を駆ける。
あのクソのような廃人を、いよいよ俺は本腰入れて排除することにした。
とにかく邪魔だ。何かってーと俺の思考をトレースしてくる。先手を打たれたら勝てない。だから今度は俺が先手を打つ。キレーなチャンネーとイチャつくゲーマーライフを守るため、俺の夢を叶えるためにお前はここで死ね!
俺は得意のMPKで【敗残兵】もろともサトゥ氏を葬り去った。
キキキキキキキッ、コココー!
ポポロンの眷属は群れを成すことで戦い方の幅が一気に広がる。元々群れで狩りをする生き物なのだろう。ほんの小さな隙間から家屋に侵入し、床下から獲物を捕食し体積を膨張していく。気付いた時にはもう遅い。スライムたちは本能的に脱出経路を閉ざし、捕らえた獲物の口を塞ぐ。
異常な反応速度と決断力を持っているセブンを警戒していたのだが、たまたま死んでいたのかもしれない。完全勝利だ。食事を終えたスライムたちが玄関のドアを開けて溶け残ったシチューのルーのようにどろりと這い出す。大量の血を吸ったことで赤く染まったボディが色鮮やかで綺麗だった。体内にぷかりと浮いた白骨死体がジュンと消化される。
俺はクソ廃人の巣窟の手前で勝利の舞を踊った。皆殺しにしてやったぞ。やったぁ。
死に戻りした【敗残兵】の反撃。ゲッゲッゲッとカエルみたいな鳴き声を発しながらサトゥ氏が迫る。
ギョギョギョ! メゲゲー!
俺は得体の知れない音声を発して迎え撃つ。ゆけいっ、スライムたちよー!
液状化したスライムたちが地表を覆っていく。表面積を広げることで鈍足を補う攻撃形態だ。しかし敵もさるもの。製作費をケチったアニメみたいなハチャメチャな動きでスライムさんたちに武器を突き立てていく。攻撃形態に移行したスライムたちは急所の核の守備が手薄になるという弱点を持つ。とはいえ非力な種族人間が核をひと突きしてあっさり殺せるほどモンスターは脆くない。
結合し、大きな水たまりみたいになったスライムに廃人どもが呑まれていく。そいつらがぶちゅっと潰れた。リングの形成。来るぞっ、【四ツ落下】だ!
国内最強の戦闘集団【敗残兵】ですら生贄を用いずに【四ツ落下】を発動できる魔法使いは数えるほどしか居ない。逆に言うとまったく居ない訳ではないのだが、だからと言って生贄を捧げることに何ら躊躇いを持たないのがコイツらの怖さだ。
ぐわんと空間が歪んで展開された超重力がスライムたちの露出した核をぶちぶちと引き千切っていく。
そう来ると思ったぜ! 今だ!
俺はこんなこともあろうかと前もってスライム軍団の幾ばくかを樹上に仕込んでいた。パチンと指を鳴らして金属片を霧散させる。ボトボトと地べたに落ちてきたスライムたちが仲間を殺した魔法使いを触手で八つ裂きにする。
全身血まみれになったサトゥ氏がスライムを斬り付けながら狂ったように笑っている。
「ひひひひっ。はははー! コタタマ氏ィー!」
怖い怖い怖い! ナニ発情してんだ! くっそがー! 俺はそこら辺を歩いていた人間爆弾を投げつけてサトゥ氏を殺した。よしっ、さすがは種族人間の超必殺技。さしものサトゥ氏も俺の究極奥義・事前相談もナシに人間爆弾を投げつけたらなんとなく自爆してくれるスペシャルアタックの敵ではない。
スライム軍団とクソ廃人集団、双方に甚大な被害が出ている。頃合い良しと見て俺は捨て台詞を吐いた。
今日のところはこれくらいにしておいてやるよ! オメェーらの軽いオツムに期待はしちゃいねーが、よーく覚えとけ! 俺が本気を出せばオメェーらなんざイチコロよ! 国内サーバー最強だの何だの言われて調子に乗ってんじゃねーぞ! この雑魚どもが! これに懲りたら二度と俺にちょっかい掛けるんじゃっ……!
「コタタマ氏〜」
「コタタマ氏〜」
「コタタマ氏〜」
おっほー! 俺はガターンと腰を抜かした。さ、サトゥ氏が増えた。整形チケットだろうと分かってはいるが、同じ顔をした人間がわらわらと寄ってくるのは不気味すぎる。双子の美人姉妹なら許せるけど。イヤむしろ全然アリだな。
イヤイヤをして後ずさりする俺に、わらわらと寄ってきたサトゥ氏たちの魔の手が伸びる。俺は悲鳴を上げてキショい虫を振り払うようにサトゥ氏たちの手を払いのけるが、キリがない。サトゥ氏がドンドン増えていく。ついには御神輿のように身体を担がれてしまった。俺を担いだサトゥ氏たちがゲッゲッゲッと人ならぬ鳴き声を発しながら森の奥へと消えていく。
その後、俺の姿を見たゴミは居ない……。
てな具合に完全敗北を喫したので、俺はサトゥ氏の排除を諦めてサトゥ氏とお茶をしていた。
お茶ウマーァァァアアアアア。
情緒が不安定になっている俺は自己紹介をするトトロのようなクソデカボイスでお茶が美味である旨を告げた。サトゥ氏の多重影分身によるトラウマである。
トラウマの元凶がマグカップに浮かべた葉っぱを枯らしながら朗らかに笑っている。
「いやー、今日はちょっと面白かったなー」
お茶オイシイ。
【敗残兵】の皆さんは居間で思い思いの時間を過ごしながら「レベル上がった」「俺も」と無邪気に喜んでいる。
俺のやったことは無駄だった。俺はこの人たちにとって経験値稼ぎの道具なんだ。それは少し悲しいけど、みんな俺に優しくしてくれる。
「コタタマくん、スゴく良かったよ」
「思ったよりも大胆なんだね。びっくりしたよ」
「ああいうの初めて? 少し驚かせちゃったかな……」
いえ、お茶オイシイです。
受け答えが怪しい俺にサトゥ氏が苦笑してパンパンと手を叩いて合図した。
「よしよし。ほーら、お前の大好きな女だぞ〜」
ぴょこっと顔を出した金髪碧眼の女がちょこっと手を振る。
「ポチョだよ〜」
幼稚園児がお遊戯するように踊りながら歩み寄ってきた金髪女が俺の隣にちょこんと座る。
俺の可愛いポチョ子はもっと可愛く動く。俺の可愛いポチョ子の名を騙る不届きもの。ニセポチョめ。好きだ。
念のために告白した俺は、女体効果により急速に自我を再構築した。
ウチの子はやっぱり可愛いな〜。顔面偏差値そのものはその辺を歩いてる女キャラと大差ないだろうけど、思い出補正で二倍か三倍は可愛く見える。
すっかり機嫌を良くした俺がニセポチョの細い腰に腕を回して抱き寄せると、赤面したニセポチョが白状した。
「あ、あの……。メガロッパです……」
言われんでも分ぁーってるよ。俺を誰だと思ってる。お前がどんなにうまく化けようが俺の目は誤魔化せねーよ。知らないゴミならいざ知らず、ハナから俺は個人の判別に整形チケット一枚でどうにでもなる容姿なんぞに頼っちゃいねえ。メガロッパ。お前は俺と話す時に俯き加減になる癖があるんだよ。前髪をいじる癖、足のつま先で地面をこする癖……他にも色々とある。同じ癖を持ってるヤツも居るには居るが、手の角度、足の角度を照合して一致してたら別人の線はまずない。俺の目はそういうことができる。俺の目を欺けるのはピエッタくらいさ。完璧な演技にいつかピエッタ本人にイヤお前はピエッタじゃないとか言いそうでもう訳が分からない。助けて。俺の頭の中には七人のピエッタさんが住んでるんだよ。頭がおかしくなりそう……。
俺はカッチョ良くメガロッパの変装の未熟さを指摘したものの最終的にピエッタさんの幻影に翻弄されて助けを求めた。パチッとウィンクする似非ティナンやスカートの端を摘んでクルッと回る似非ティナンが頭の中をぐるぐると巡っている。ピエッタか……? いやピエッタじゃない……ピエッタか? またピエッタなのか?
苦悩に頭を抱える俺を、サトゥ氏が上機嫌にニコニコして見つめている。
「お前を励まそうって、最初は俺がポチョさんに化けるって話だったんだけどなー」
お前だったら殺したぞ。
「そーそー。お前は目がいいから絶対にバレるってメガロッパが言ってて〜」
ハッとしたメガロッパが指でバッテンマークを作ってサトゥ氏に見せている。それ以上余計なことを言うなということだろう。
しかしサトゥ氏は感情の機微を悟る能力を失っていた。
「ん? ああ、いいんだ。多重影分身の術のオリジナルはコタタマ氏だよ」
むしろナルトだけどな。
……人は何かを得れば一方で何かを失っていく。サトゥ氏の恋愛機能は犠牲になったのだ。俺を誘惑する役を買って出たことをバラされて恥ずかしがっているメガロッパが、整形チケットを使った戦法を部外者に喋るのを止めているように見える程度には。
そのことが何を意味するか。
……表面上は穏やかだが、サトゥ氏のギアが入っている。つい先ほど手をかざしていたマグカップのお茶が腐臭を発していた。
仕上がってやがる……。
サトゥ氏が身体の凝りをほぐすように伸びをする。そして今思い出したかのようにこう言った。
「そういえば、今日はレイド戦だな」
俺は参加しないぞ。
楽しそうに身体を揺すっていたサトゥ氏がピタッと静止した。電源スイッチをオフにしたようにストッと表情が落ちる。
「いいや、お前は参加するさ。リリララは動くかな……。精彩予測ってのは、不便なスキルだな」
お前、何をやろうとしてる……。
「来れば分かるさ。ああ、楽しみだな。リリララとは一度本気でヤり合ってみたかった。あいつは強いぜ。嗅覚を強化してるのは気に入らないが、魔法アタッカーは成長が早いからな」
リチェット! こっちに来い!
廃人どもにエサを与えていたリチェットが「どしたー?」とのんびりした様子でトコトコと歩いてくる。
……ダメか? 俺はじろじろとリチェットを観察する。サトゥ氏が【目抜き梟】に何か悪さを働こうとしている。リチェットはアイドル気取りどもと仲良しだ。しかし【敗残兵】の最高幹部の一人でもある……。いや、どちらにせよ告げ口するぶんには構わないだろう。
……リチェット。サトゥ氏がリリララを殺そうとしてるぞ。
「あ、うん。そうなるかもな。なんだ、サトゥ。喋ったのか?」
「ああ。コタタマ氏は今回のレイド戦に参加しないらしい。なら何も問題はないハズだ。コイツが【目抜き梟】のために動く義理はない」
そりゃそうだが、気に入らねーな。このことはモッニカに伝えさせて貰うぜ。俺はいつだって女の味方だ。
立ち上がった俺をサトゥ氏は止めなかった。のどを低く鳴らして笑う。
「くくっ、コタタマ氏〜。山のアレを見たろ? 歌って踊ってお気楽に過ごしてるアイツらじゃ俺らにゃ勝てねえよ。だが、リリララだけは別格だ。賭けに乗ってやってもいいと伝えてくれ」
くそっ、言ってろ! 誰が伝えるか、ばーか!
サトゥ氏がキレた。
「ばかって言うほうがばかなんだぞ! ばーか!」
ばーか、ばーか!
俺は言い逃げしようとしたがレベル差で逃げ切れなかった。サトゥ氏とポカポカ殴り合う。俺は堪らず悲鳴を上げた。
リチェット隊長、助けて!
隊長が俺からサトゥ氏を引き剥がしてくれた。
「こら、喧嘩しないの! 仲良くしなさい!」
隊長〜! サトゥ氏がぶった!
「隊長! コタタマ氏がばかって言った!」
俺たちの言いぶんを黙って聞いていたリチェット隊長が腰に手を当てて俺たちを「めっ」した。
「二人ともゴメンなさいして! 仲直りの握手しなさい!」
俺たちはリチェット隊長に叱られてしゅんとした。
ご、ごめんなさい……。
「俺も……ごめん」
俺とサトゥ氏は仲直りの握手をした。
バイバイと手を振って【敗残兵】の基地をあとにする。
俺は頭を取り外して自害した。
一刻も早くサトゥ氏が何か企んでいることをリリララに伝えなくては……!
俺はデスルーラして【目抜き梟】のクランハウスがあるスピンドック平原へと急いだ。
これは、とあるVRMMOの物語
……なんで私は外でマレと待ち合わせしてるんだ? 一緒に家を出ればいいじゃん……。
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