優しい別れ
1.山岳都市ニャンダム
まぁ人間じゃないから、だから何だって話だよな。
トドマッつぁんと一緒に山岳都市の坂道をえっちらおっちらと登っている。
隣を歩くトドマッつぁんは俺に言われたことを気にしているようで、しょんぼりと落ち込んだ様子だ。プレイヤーのマナー改善に関してはまったく進んでおらず、むしろドンドン悪化しているという件だろう。
俺だってできることならトドマッつぁんに甘い言葉を囁いてレアキャラの好感度を稼ぎたかったさ。しかし事はそう単純じゃない。トドマッは野良人間たちを自分の仲間だからと楽観的に考えていたようだが、山に残ったメンバーによる調査はかなりの段階まで進んでいると見ていい。言い方は悪いが、人里に降りたメンバーが街で遊び呆けていたことはまずバレている。つまりこのまま放っておくとトドマッは山に連れ戻される可能性が非常に高い。それじゃあ俺は困る訳だ。何しろこの女は俺の嫁候補であり、俺がログインしていない時間帯に動ける便利な女だからだ。俺は憎まれ口を叩く面があるのでどうしてもそういう表現になってしまうのだが、要は愛してるのさ。このゲームの女キャラはどいつもこいつも美人なので、俺は誰が相手でも一瞬で恋に落ちる自信がある。一目惚れってやつさ。運命を感じるね。まったく、俺ってヤツはなんてチョロいんだ。
とにかくそういう訳なので、トドマッつぁんには今後も引き続きウチの丸太小屋にホームステイして貰わなくちゃ困る。コイツが山に連れ戻されたらウチの子たちも悲しむだろう。一応、先生にも相談してある。先生はトドマッの意思を尊重するという考えだ。ご自分が交渉に当たれば野良人間たちを説得するのは簡単だからだろう。それでは一時しのぎにしかならない。大切なのはトドマッが今後どうするかだ。サトゥ氏と縁を切ってイチから出直すのか、それとも改宗して正式に先生を崇め奉る俺たちの仲間になるのか。トドマッ次第ではあるが……あるいは人の良心を信じる彼女のことだ。これまでの行いを悔い改めて先生にたかるカスバエどもを闇から闇へと葬る特殊部隊に志願するかもしれない。神ッ神ィッ! いずれにせよ俺はトドマッを手放す気など毛頭ない。最悪、自然回帰派は今日という日を最後にこのゲームの歴史から姿を消すことになるだろう。そして俺は戦士の転職場を完全に手中に収めて新たなマーケット市場を切り開くことになる。俺は最悪の事態に備えて目を$にして商売人モードに移行した。頭の中で電卓を叩きチンとレジを開けてジャラジャラと金を放り込んでいく。
しょんぼりしていたトドマッが、ぐっと顔を上げて足取りを早める。彼女の中で何らかの答えが出たようだ。
「コタタマ。ありがとう。イヤな役をさせてしまった。あなたの言うことは正しいと思う。でも、私はやっぱり仲間を見捨てることなんかできない。もる」
俺は目の$マークを消して彼女の決意の言葉に耳を傾ける。
トドマッはマナー厨の棟梁だ。申し訳程度に語尾にもるを付けた彼女が、人の良心を信じ、不当は正さねばならないと考えるのであれば、俺の言葉を良いふうに解釈するのは当然のことだった。
問題はここからだ。
おそらく【敗残兵】のクソどもが暗躍している。ヤツらにとっては現状維持が最も望ましい展開なのだから今すぐは動かない。しかし状況次第では一気に攻勢を掛けてくるだろう。俺はマークされている。俺のバックには先生が付いているから手荒な真似は控えているだけで、俺が野良人間どもの掌握に乗り出せば辺り一帯は血の海と化すだろう。となれば、ヤツらが今やるのは不確定要素の排除。
俺とトドマッの周囲から不自然に人通りが消えていく。呻き声一つ上げることさえ許されずに物陰に引きずり込まれた知らないゴミの足がビクンと痙攣して地べたをターと血が伝った。やろうと思えば痕跡一つ残さずに殺れたろう。だから、これは警告。俺に余計な真似はするなと言っている。
へへっ、俺がそんな脅しにビビるタマじゃないってことくらい分かってンだろ? 構ってちゃんがよォ。示威行為は自分を納得させるための言い訳。本当は俺に遊んで欲しいんだろ? ったく、ゲーマーってのはどこまで行ってもガキだぜ。そう焦んなよ……。もうすぐだ。
俺はだんだん興奮してきた。身体が熱い。血がたぎる。俺はそこら辺をほっつき歩いている知らないゴミの襟首を掴んで引き倒すと即座に斧で首を刎ねた。噴出する血をビタビタと浴びて、いよいよ俺のボルテージはMAXだ。俺は円環状の黒い波を全身から放って吠えた。
もっとだッ! 俺に血を見せろォー!
おっと、トドマッつぁんがびっくりして俺を見ている。
「な、なんで殺したの……?」
俺は正直に打ち明けた。
すまん。一種の発作だ。いかんいかん……。サトゥ氏がどっかで俺を見てると思うと、つい、な。……野郎、今頃は嬉しそうに笑ってると思うぜ。トドマッ。よぉーく覚えておけよ。これが今のプレイヤーの現状だ。最高にイカれたヤツは誰なのか? そいつを競い合ってる面がある。……試すような真似をして悪かったな。
「え? 試、す……?」
俺は自分の殺しを正当化するためにペラペラと口を回した。
トドマッ。お前がどう思ってるのかは分かんねーけど、俺はギルド堕ちだ。ジャムジェムとパールマグナを残して引退したくなかったから、特別なプレイヤーであろうとしたよ。一時のよぅ、楽しいなんて感情は当てにならねえからな。俺は俺自身の忍耐力を信用してねえ。どんなに楽しいゲームだって、ずっと続けてたら飽きるだろ。そうなった時、俺はあいつらを見捨てずにいられるのか?
……たぶんジャムジェムとパールマグナはよ、気にしないで、いいよって笑って俺を送り出してくれるんだよ。友達が居るから、もう大丈夫ってな。けど、俺はそんなの納得できねえ。俺はゴミだ。人間のクズだ。どうせ気の向いた時に戻って来ればいいだのと甘えた理屈に縋って休止とは名ばかりの引退をする。トドマッ。お前もネトゲーマーなら分かるだろ。そんなヤツはもう二度と戻ってこねえ。だから欲した。ギルドに堕ちてまで……。俺をこの世界に縛り付ける拘束系のスキル持ちをな。
だが、ギルドってやつを……ううっ。俺は歴戦の中二病患者のように斧を持つ右手を押さえて苦しげに呻いた。
俺は……ギルドってやつを……甘く見ていたらしい……。最高、指揮官の指令……。こうまで、俺の意思を、やれるヤツが、居るのか……。
俺はこの場には居ないラム子に全ての罪を着せた。
片膝を屈して呻き声を上げる俺を心配してトドマッつぁんが今にも泣きそうな顔で俺に縋り付いてくる。
「こ、コタタマ! 気をしっかり持て! 負けないでっ!」
む、泣かせるつもりはなかった。ちょいとばかり演技が過ぎたな。
俺はぴょこたんっと立ち上がって何事もなかったかのように歩き出した。
あ、もう大丈夫です。波があんのよ。俺自身はそんなに気にしてねーが、ギルド堕ちも楽じゃないってね。
で、トドマッよ。実際んトコ、お前はどーするつもりなんだ? 先に言っとくが、俺はお前を手放すつもりはないぜ。お前を手放すくらいなら自然回帰派を皆殺しにする。お前がそばに居てくれるなら、俺は手を汚さずに済む。これは契約だ。俺はお前らマナー厨の敵で、お前になら俺は殺されてやってもいい。俺は身内に甘いからな。この前もドイツ行ったらモブ星人どもがよ……マグちゃんに俺の悪行を言いつけやがって。久々に命乞いしたぜ。死にたくねえって心から思ったよ。
俺ぁ〜ゴミどもから崖っぷちだの何だの言われててよ〜。要は堪え性がねんだな。興奮すると他がどうでも良くなる。でも、お前らの声は俺に響くんだ。俺にはお前らが必要なんだよ。殺されるから許されてる面もあるしな。へへっ、長々と自分語りしちまったな。少し喋り過ぎた。忘れてくれ。
忘れてくれと言われて忘れる人間など居ない。むしろ印象付けるためにそう言った。効果はばつぐんだ。トドマッつぁんは頬を染め、感動した面持ちで俺を見つめている。
「そんな、私なんか……」
俺はトドマッつぁんの肩をそっと抱き寄せながら、内心でふぃ〜と冷や汗を拭った。
危ない危ない。なんとかうまく誤魔化せたぜ。トドマッつぁんは初日組だからな〜。この俺をして全身全霊のペラ回しを要する。頭がいい。腕もある。このゲームに関しても深い知識を持っていて、生半可な嘘は通じない。実際、俺が言ったことはほとんど本心だ。ただしアガっていた時に思ったことなので、その時の気分による。今は別にそういう気分じゃない。ぶっちゃけた話、別に俺が引退しても何とかなるだろうと思っている。赤カブトとマグちゃんは俺を好いてくれているようだが、だからって俺が居なくなっても生涯独身を貫くとは思っていない。むしろ俺のモチベーションはそここそにあった。
歳を取らねえ、外見年齢を自在にコントロールできる……究極の姉妹丼だ! そんなAI娘たちを放ってヨソに行くのは単なるアホだぜ。男の夢がここにあるッ! VRMMOってやつは最高だぜ!
てな訳で、すっかり上機嫌になった俺はトドマッつぁんの華奢な肩をすりすりと撫で回しながら野良人間どもが待ち受ける霊峰ニャンダムへと歩を進めるのであった。
2.ニャンダム山脈
俺がコスプレに理解を示す男であることは言うまでもない。
頭から獣の皮を被った野良人間たちは露出度が高く、何人ものヘソ出し女が俺の劣情を煽ってくる。くっ、その手には乗らねーぞ……。俺はびろーんと伸びた鼻の下を黒い金属片で押し上げて口元全体を覆った。
警戒した野良人間たちが素早く飛び退いて武器を構える。
「ギルド憑き……! トドマッ、そんなヤツを連れてきて何のつもりもる!?」
へへっ、俺が居ねえと始まらねえだろがよ〜。お前らの大好きな害悪プレイヤー様だよ〜。
下心を悟られないよう俺はとっさにイキッた。ちっ、予定が狂ったな。最初はトドマッの同居人として情に訴えかけるつもりだったんだが……。
しかし下心なくして俺というキャラクターは成立しない。ネフィリアめっ。俺は高速で義憤を燃やした。一気に先行きが不透明になった状況を頭の中で整理する。
トドマッは定期的に山の民と落ち合って物資の援助と現状の報告をしている。幸い……と言っていいのかどうなのか、トドマッの周りに居る人間はウチの子たちを始めとして正常個体が多い。特にポチョなんかはああ見えてマナー厨に通ずる部分がある。生産職の面々に慕われていることもあり、自然とあたたかい人間の輪が広がっていくのだ。類は友を呼ぶと言うが、俺の周りに集まってくるのは宇宙デブリよろしくゴミだらけなことを考えると、ゴミがゴミを呼び、集まったゴミが更なるゴミを引き寄せるのかもしれない。誰がゴミの惑星だ。セルフツッコミもそこそこに、俺はトドマッを片手で制して前に出た。
開口一番どちゃくそヘイトを買ってしまったので、やむを得ずここは俺が主導権を握るしかあるまい。念のためにチラッと周囲の確認をすると茂みに潜んだサトゥ氏とバッチリ目が合った。居るぅ……。俺と目が合うとサトゥ氏はニチャリと相好を崩し、茂みの中に消えていった。
くそっ、罪もない野良人間たちを苦しめる諸悪の根源め。彼女たちを救えるのはこの俺しか居ないっ。俺は強い義務感を以ってして声を張った。
オメェーらの頭はどいつだ! 前に出な!
俺はヘソ出し女の中で一番俺の好みに合致した女をギンと凝視した。お前か?
俺くらいになるとひと目で集団の頭を張る人物を見分けられると思ったのだが、特にそういったことはないようだ。
熊の毛皮を頭から被った大男がズイと前に出る。
「俺もる」
くそっ、くそっ……! もるもる言ってもちっとも可愛くねェーんだよ! どうしていつもこうなんだ。トップは女キャラであるべきだろ! 可愛いは正義じゃねーのかよ! 俺の空気を読めと何度言ったら分かるッ!
そんなことを考えながら俺は顎をくいっとやって大男に指図した。
付いてきな。あんたとサシで話がしたい。
……トドマッにはトドマッなりの考えがあるだろう。女衆と話し合って貰ってる間に俺はコイツを墜とす。
しかしそう簡単には行かない。
「ここでいいもる。言いたいことがあるならこの場で言えもる」
あんたが良くても俺は良くねーんだよ。
俺はチラッとトドマッを見てから続けた。
……プライベートが関わる問題だ。それ以上は俺の口からはチョットな……。
大男はしばし無言で俺を見つめてから、
「……いいだろうもる」
もるもるもるもるうっせーなぁ。その語尾要らねーだろ。俺はそう思いながらも会釈して感謝の意を示した。
大男を木陰に連れ込む。よっぽど殺してやろうかと思ったが、俺は耐えた。木陰に連れ込むと衝動的に殺したくなるのは、このゲームのプレイヤーのサガだ。がんばって我慢していると足元が疎かになったらしく、木の根につまずく。コケかける俺を大男がたくましい腕で支えてくれた。
「気を付けろもる」
優しい。世俗に毒されていない野良人間の優しさに触れ、俺のささくれ立った気持ちが鎮まっていく。
気恥ずかしさから目を逸らした俺に、熊さんは男らしい彫りの深い顔立ちをゆるめてフッと微笑んだ。
「トドマッを山に連れ戻すつもりはないもるよ」
えっ……。
ドキッとする俺に、熊さんは続けた。
「トドマッは友に恵まれたもる。人里で楽しそうに暮らしている彼女を見て、俺たちはホッとしたもる。慣れない暮らしに苦労をしているのではないかと、心配だったもる……」
そ、そうだったのか……。
意外な展開に俺は目をぱちくりした。
……監視しているように見えたのは、彼ら山の民が隠密性に優れた戦士でもあったから。そして俺の疑心暗鬼によるものだった。
取り越し苦労って訳か……。
熊さんはコクリと頷き、
「サトゥさんから詳しい事情は聞いたもる。汚れ仕事を任せているのは、仲間として認めて貰うためもる。ドロは自分が被るからと……頭を下げられたもるよ」
一気にキナ臭くなったな……。
そのサトゥ氏が話がこじれた時のために武装勢力を引き連れて野良人間たちを包囲しているのだが、それについて熊さんはどう思うのだろうか。……いや、サトゥ氏のことだ。反勢力を装った手駒も用意していることだろう。雲行きが怪しくなったと見るや野良人間たちを襲撃させ、颯爽と駆け付けた【敗残兵】の精鋭が野良人間たちを救出するという筋書きか。……こちらであらかじめヤツの計画をバラすか? いや、無駄だ。少しでも俺が不穏な動きをすれば殺される。だから前もって俺に姿を見せたのか。くそっ、なんてやつだ。読まれている。俺が取るであろう行動を全て。この場で俺さえ始末できたなら、あとはサトゥ氏の独壇場だ。人里を離れ山でのどかな暮らしをしている野良人間たちでは対抗できない。
何かないか? 何か。せっかくここまで来たのに手ぶらで帰るのは嫌だ。ヤツの鼻を明かしたい。何でもいい。ほんの少しでもいいんだ……! 考えろ……!
……? 何かないかと必死で目を凝らしているうちに、俺はふと気になるものを見つけた。指差して熊さんに尋ねる。
あれは……何だ?
「ん? ああ、ギルドもるよ」
遠目に見える大木に、人型のギルドが剣で磔にされていた。一定のダメージを負ったギルドは自壊する筈なのだが、そうした兆候は特に見られない。
俺はゾッとした。
さ、サトゥ氏……。お前はここで、一体何をやっているんだ。何故あんなものを……俺に見せる……?
自壊しないギルド。人型の。セーブポイント……。
だ、ダメだ。【敗残兵】の闇を見た。これ以上こんなところに長居したくない。俺はそそくさと帰り支度を始めた。
…………。
少し考えてから、俺は熊さんに尋ねた。
あ、あんたはどう考えてるんだ? あんなのは……普通じゃない。ヤバいと思わないのか?
「もう見慣れたもるよ。アメリカサーバーから空輸したらしいもる。もちろんニャンダム様の許しは得たもるよ? サトゥさんはニャンダム様に気に入られたもる」
聞かなきゃ良かった。俺は後悔した。そして嫉妬した。
……くそっ、あの泥棒猫め。二号さんの分際でニャンダム様に取り入るとは。ニャンダム様の正妻は俺なのに。今年のクリスマスもニャンダム様にたくさんのプレゼントを用意して喜んで貰わなくちゃ。よーし、ニャンダム様のレベル上げするぞ〜。正直ニャンダム様に会うのは怖いけど、そんなこと言ってられない! サトゥ氏なんかに負けないんだから!
俺は決意も新たにクリスマスプレゼントの準備に移ることにした。
じゃあなっ! バイバイと手を振ると、熊さんがハッとしたように息を呑んだ。
ん? どうした?
「ああ、いや……。何でもないもる」
そうか。
俺は気付かないふりをした。
心の中で別れを告げる。
……達者でな。レオナルド。
後ろ髪を引かれて、バッと振り返る。
熊さんは優しい顔で笑っていた。
俺は未練を断ち切って歩き出す。
……そうだよな。思い出は綺麗なまま。
罪を抱えて生きていくのはつらいから、卑怯かもしれないけど胸中で呟く。
レオナルド。ごめん。俺、あの時は言い出せなかったけど……。
俺さ、実は無口キャラじゃないんだ。
これは、とあるVRMMOの物語
誰も信じてませんよ。
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