優しい世界
新規プレイヤーに興味がないと言えば嘘になる。
何故なら俺のようなまったり派は新規プレイヤーにマウントを取って気持ち良くなりたいからだ。
何しろ廃人どもには勝てないし勝たせてくれない。廃人でなくとも真面目にレベル上げをしている連中には敵わない。
俺だって勝ちたいさ。
じゃあどうする? 簡単だ。勝てるやつを探せばいい。つまり初心者狩りだ。
要はピラミッド構造というやつだな。
廃人どもが俺らまったり派で気持ち良くなり、俺らはチワワどもで気持ち良くなる。俺らの薫陶を受けてチワワどもは立派なゴミに育っていく。そいつらは新規追加されたチワワどもを使って気持ち良くなればいい。それが社会の構造というものだ。
にも拘らず、似非ティナンのピエッタと結託し、この俺を使って気持ち良くなろうとするチワワが現れた。
その勘違いを正してやらねばなるまい。
教えてやるよ。お前らは黙って俺の欲望の捌け口になってればいいんだってことをナ……。
1.人間の里-怪しい倉庫
チワワどもの策略に落ちた俺は縄で縛られて怪しい倉庫に連れ込まれた。
だが、そこには既に先客が居た。
「遅かったな」
セブン……!
死に損ないの登場に生意気なチワワが動揺を露わにした。
「!? ど、どうやった!? 何故ここが……」
トップクラスの廃人に俺たちの理屈は通用しない。
激しく動揺したチワワの隙を突いて俺はセブンに駆け寄る。
はっはー! お前らはおしまいだ! オメェーらチワワじゃコイツにゃ勝てねぇーよ!
濃厚な死臭が俺の鼻をつく。
……セブン?
セブンは立ったまま死んでいた。
見れば背中から剣が生えていた。こ、この剣は……。
俺はバッと背後を振り返った。
物陰から姿を現したサトゥ氏が倉庫に点在している椅子の一つに腰掛けて大きく息を吐いた。負傷しているようで、ボトボトと垂れた血が点々と地べたに赤い染みを作っていく。
サトゥ氏は俺たちに気が付いて緩慢な動作で軽く手を上げた。力なく笑う。
「……よう。ははっ……。お前らを待ってる間……暇潰しにPvPしてたらこのザマだ。ここまで、やる、つもりは、なかったんだが……」
……サトゥ氏とセブンは国内サーバーでは頭一つか二つは抜けている。対人戦の練習に丁度いい相手が身近に居るのだからPvPで遊んでも不思議ではない。しかし以前はもっと時と場所を選んでいた。
サトゥ氏は両腕をだらりと垂らして天井を仰いだ。死期が近いのか、意思や感情が剥がれ落ちた綺麗な目をしている。
「強く、なれ……。それしか、ない。マシーンに……」
サトゥ氏は静かに息を引き取った。ひどい遺言だった。
ほろほろと自壊していくサトゥ氏の死体にピエッタさんが「死んだ? 死んだか?」と確認しながらちょこちょこと近寄っていく。
「ったくよー。廃人はこれだから。邪魔」
邪魔な死体をどかそうとすると、ピエッタさんの手をサトゥ氏の死体がガッと掴んだ。
「ぎぇっ!?」
妙ちくりんな悲鳴を上げたピエッタさんをサトゥ氏の眼球がギョロリと動いて見つめる。
……プレイヤーの母体は別にあるため、きちんと練習を積めば相当な無茶が利く。脳みそと眼球にエネルギーを回して自壊を一時的に止めたのだろう。
しかし生命活動の破綻は加速度的に進むものだ。無茶に無茶を重ねた敵キャラのようにサトゥ氏の肉体は崩れて跡形もなく消えた。
ピエッタさんはサトゥ氏に掴まれていた手首を気持ち悪そうにさすっている。
「うえ〜……。キッッッショ……! コイツら、どんどんキショくなってく……」
そもそも何をしに来たんだ、あいつらは。
ピエッタさんはサトゥ氏が座っていた椅子に座るのが嫌らしく、他の椅子をずりずりと引きずってくる。
俺はサトゥ氏が座っていた椅子に座った。ピエッタさんが俺の近くまで引きずってきた椅子に座る。
チワワどもは怯えていた。廃人の生態に面食らった様子だ。俺は廃人どものフォローをしてやることにした。
廃人も人それぞれだ。あいつら二人は特別イカれてる部類だから気にするな。結局ナニしに来たのか全然分かんねーしよ。
しかし生意気なチワワには心当たりがあるらしい。
「け、警告か……?」
聞けば、このチワワ。俺に手出しする前に【敗残兵】のクランハウスを訪ねて現状の是正を訴えたこともあるらしい。
ほーん。で?
「……サトゥさんはダメだ。俺の話を聞いてるようで聞いてない。俺が話してる間ずっと手元で何かやってるし……」
まぁサトゥ氏はな、いつもそんな感じだよ。リチェットに話を持ってけばワンチャンあったのに。あいつは話が分かる女だ。
「リチェット? ああ、チャーハン作ってた人かな……。あんな綺麗な人にイキナリ話し掛けらんないですよ」
それ言ったら女キャラは大抵が美人だろ。
ピエッタさんが俺を小突いてきたので、俺は引き続き似非ティナンの顔面の造作を称賛した。
お前らとつるんでるピエッタにしたってよ〜。リアルに換算したら百年に一人の美少女ってレベルだぜ? 俺が芸能界のスカウトだったら遅くとも三歳の頃には目を付けて親御さんに挨拶に出向くね。
こんなもんでどうでしょうとチラッとピエッタさんを見ると、ピエッタさんは少し悩んでから「ウン」と一つ頷いた。よし、OKが出た。ピエッタさんのOKが出たので、そろそろ本題に移るとしよう。
「三歳の頃にはってくだりは要らねーかな。若干キショい」
いやOKは出ていなかった。俺はお世辞を追加した。
本当に妖精さんみたいで……。実に、ええ、将来が楽しみな……。絵になるっつーか、まだこんなに幼いのに雰囲気がありますよね。
「うん、まぁヨシ」
ピエッタさんの許可が出たぞ。やったぁ。
ノルマを達成した俺は改めてチワワどもを順ぐりに眺めた。
……ふん、どいつもこいつも代わり映えしねー顔してんな。ピエッタ、コイツらを焚き付けたのはお前か?
「テメーやサトゥじゃあるまいし、そんな面倒臭いコトわざわざやるかよ」
だろうな。しかし俺をハメるにしちゃあ随分と手の込んだ真似をしてくれたな。わざわざチワワどもを使わんでもお前ならもっと簡単に俺を連れ出せたろうに。
なぁピエッタよぅ、仕事のツレは選べよ。今この場に居るチワワどもの大半は一ヶ月後にゃ〜居なくなってるぜ。どんなゲームだってそうさ。一週間、二週間は熱中できても慣れちまえばその先は延々と続く単なる作業だ。その作業を続けるだけのモチベーションがコイツらにはない。居なくなるヤツに義理立てしてどうなるってんだ? なぁピエッタ。俺の側に付けよ。俺はコイツらとは違う。俺は一時の感情ってモンを信用してねえ。だから俺が引退しないよう手を打ってきた。
「イヤだよ。だってお前アホじゃん」
ピエッタさん。ピエッタさんはそう言うけど、俺はそこそこ頭が回るってよく言われるんだよ? ピエッタさんも前に俺のことそういうふうに言ってくれたよね? それなのにどうしてそんなひどいこと言うの?
「そりゃ日頃の行いだろ」
俺は論破された。
日頃の行いとか言われたらさぁ、何も言い返せねんだよなぁ。それやめよう? ピエッタさんはもっと俺の良いトコに目を向けて欲しい。人間誰だって短所の一つや二つはあるでしょ? ねえ聞いてる? つめをいじるのやめて?
つめのお手入れで忙しいピエッタさんに代わって生意気なチワワが口を出してくる。
「コタタマさん。俺らと一緒にこの世界をもっと良くしませんか?」
あ?
「俺は本気ですよ。さっきも言いましたけど、俺はサトゥさんに直談判してる。けど【敗残兵】はダメです……。あの人たちは戦いにしか興味がない」
世界を良くするって言ったな。具体的に何をどうしたいんだよ?
「西側のサーバーと連携しようと思ってます」
西側のサーバー……?
俺は内心戸惑った。俺はそっちの事情を何も知らない。宇宙人の相手で忙しかったのと、興味がなかったからだ。俺は興味がないものを調べるほど暇人じゃない。
とはいえチワワどもの知識が俺を上回っているなど到底認められない。先行プレイヤーより優れた後発プレイヤーなぞ存在しねえ。
俺は知っかたぶりをした。
なるほどな。チワワなりに考えはあるワケか。それで? 俺に何をどうしろってんだ?
「コタタマさん。あんたは自分の置かれた立場をもっと自覚するべきですよ」
あ? 立場だ? 知ったことかよ。俺ぁ〜趣味でゲームやってンだ。業務時間じゃねーんだ。それをなんでオメェーに言われたからって俺の都合を曲げにゃならんのよ?
「あんたは俺に興味があるからです」
……ん?
俺が? お前に? 興味があると、そう言ったのか? 言い間違いか?
「俺のことが気になって仕方ないんでしょう? 隠さなくていい。調べは付いてるんです」
俺はチラッとピエッタさんを見た。
ピエッタさんは「あ?」という顔でチワワを見ている。
……おお、新手のホモか。
俺はホモの相手をするのが嫌だったので、他のチワワに目を向けた。
コイツはこう言ってるんだが、お前らはどう考えてるんだ?
「え? 違うんですか?」
え?
「え? だってコタタマさんくらいですよ。俺らにあんなネチネチ絡んでくるの」
「……俺らの個人情報をめちゃくちゃ探ってくるじゃないですか。迷惑なんでやめて欲しいです」
「でもコタタマさん有名人だし……。断ったら何をされるのか分からなくて……」
ピエッタさんが俺をじっと見つめてくる。
俺は言い訳をした。
ち、違ぇーよ。俺はぁ、お前らチワワの反応がぁ、新鮮でぇ、イイナってずっと思っててぇ。いや、だってお前らチョロいんだもん。俺より弱いヤツなんてお前らチワワくらいだしぃ、個人情報ってのもお前らが勝手にお漏らしするから気を付けろ?的な……そういう意味で言ってるのであって……。
お、おおお、俺はそういう目でお前らを見てねーから! 嫌なことは嫌だって言って? ご、ゴミどもが。ゴミどもが俺に馴れ馴れしく接してくるもんだから俺も感覚が麻痺してるっつーか。な? 分かるだろ?
……チワワどもは納得していないようだった。
……ええ? そんなにウザい絡み方したかなぁ? ゴミどもがドンドン強くなってるもんだから俺が気分良く狩りをできるメンバーってチワワどもくらいしか居ないんだよなぁ。そりゃテンションも上がるよ。最近のゴミどもは俺が何言ってもふーんって感じだし、しまいには経験値稼ぎ用に持ち込んだ小物をいじくったりしてるから。もうマンネリ化してるんだよな。あいつらは気が向いた時に俺を殺せればそれで満足なんだ。爛れた関係だよ。でも俺はそんなのイヤなんだ。俺はいつだってドキドキしたいしワクワクしたい。新しい出会いを求めてチワワとこっそり逢瀬を重ねて何が悪いんだ。悪いのは俺を寂しい気持ちにしたゴミどもだ。
寂しかったんだよぉ……!
泣き崩れる俺に、生意気なチワワが近寄ってきて俺の肩にぽんと手を置いた。
「俺らはコタタマさんを大事にしますよ。一緒に行きましょう」
……本当に? そんなこと言ってレベル上がったら世紀末のモヒカンみたいになるでしょ? 崖っぷち〜とか言って絡んでくるんだ。知ってるんだから。
「そんなことはありませんよ。さ、涙を拭いて」
ハンカチを差し出してきたチワワくんに、俺はコクリと頷いた。
うん……。
差し出されたハンカチを、俺はそっと受け取った。
チワワたちは優しい。こいつらと一緒に行くのもそう悪くないかもしれない。俺はそう思った。何よりも俺を大切にしてくれる……。
これは、とあるVRMMOの物語
後発プレイヤーに懐柔される先行プレイヤー。
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