アットムくん
1.コニャックの保健室
コニャックさんに身体に聞かれている。
ベッドの上に横たわる俺を見て彼女は激怒した。
「キミは神様から貰った身体を何だと思ってるんだい!? ああ、こんなにして……!」
コニャックさんは俺の手足を丁寧に取り外して断面を丹念に眺めた。
「ふうん……? こうなってるのか。動けばいいってもんじゃないだろうに……!」
コニャックは一部のプレイヤーから親しみを込めて飼育員さんと呼ばれるティナンだ。
ティナンにしては育った見た目をしており、ティナン四天王のモンブラン辺りと並んでいるととても良い感じだと俺なんかは思う。
飼育員さんは怒りに打ち震えた。
「キミをこんなふうにしたのは誰だい!? 言うんだ!」
……それを聞いてどうしようってんです?
飼育員さんは直答を避けた。
「重要なコトだ! こんな身体で長く生きられるもんか……! どうせ生命維持は最低限の処置をされてるんだろ? 私は詳しいんだよ。ほら、やっぱりね……!」
飼育員さんは俺のお腹の中をまさぐり、ますます憤慨した。正義感に燃えて俺をお説教してくる。
「許されざる行いだよ! 人体実験と何が違うって言うんだい!? これが初めてって訳じゃないんだろ? お願いされたら誰にでもお腹を開くのかい……? なんてイヤらしい子なんだろうね……! そんな子にはおしおきだよ!」
そう言って飼育員さんは大人向けの身体検査を実施した。俺の身体の秘奥が暴かれていく。ギシギシとベッドが揺れ、飼育員さんの獣のような荒い息遣いだけが室内に響く。
俺は天井のシミの数をかぞえながら飼育員さんに相談を持ち掛けた。
コニャック、俺に協力してくれ。見ての通り、今の俺は戦闘に特化した身体をしている。近々再手術の予定だ。何かと不便でな……。その前に、アットムの野郎に今の俺を見せたい。戦いたいとかじゃないんだ。俺の全盛期がアットムに知られることなく過ぎ去っていくのが耐えられないんだ。俺は……多分……アットムに負い目を感じてるんだろうな。あいつ、ティナンだけを見ていればいいのに、俺なんかを気にしてさ……。俺と一緒に居たらアイツはダメになるんじゃないかって、ずっとそう思ってて……。
胸の内に秘めてきた弱音がするりと零れ落ちた。飼育員さんは不思議な人だ。この人になら俺の全てを見せてもいいと思わせる何かがある。それはきっと彼女が誰よりも俺の身体に詳しいからなんだろう。誰にも見せたことがないところを見られて、今更何かを隠そうという気にはなれなかった。
俺のナカをまさぐっていた飼育員さんの手がぴたりと止まる。
「……私はそうは思わないけどね」
え……?
「コタタマ。キミを必要としているのはアットムのほうだよ。キミを失ったら……あれは怪物になってしまう」
……なんであれ、俺の影響でアイツが変わってしまうのが怖いんです。
「よくお聞き。キミは分かってるだろう。彼にはとても冷酷な面がある」
そりゃまぁ。
出会った当初と比べたらアットムは随分と丸くなった。簡単に言うと幽遊白書の樹と出会う前の仙水に近いと言うか……クソ真面目で融通が利かないというのとは少し違うのだが……先生に対しても「凄い人であることは認めますよ」みたいな……無駄に意地を張る部分があった。それは過去の話といえど、人間の性根はそう簡単には変わらない。むしろ変わったのはアットムの俺に対する態度であると考えたほうが自然だ。
コニャックは俺の体液で濡れた手を布で拭うと、ベッドに腰掛けて俺の顔を覗き込んできた。
「特にαテスターが脅かされるとダメだ。この前も……パールマグナに手出しをしようとした攻略組を皆殺しにした。一度キレると止まらない」
……アットムがそういうことをしているのは何となく察していた。
赤カブトとマグちゃんはアットムを「アットムくん」と呼ぶ。赤カブトはともかくマグちゃんは誰であろうと呼び捨てにするのに、アットムだけはそうしない。おそらくは俺の知らないところで殺戮に走るアットムの姿を目にしたことがあるのだ。尊敬、畏怖、隔意、様々な感情が入り乱れての「アットムくん」なのだろう。
コニャックが優しい手つきで俺の頬を撫でてくる。
「良くも悪くもアットムは変わった。変えたのはキミだ。もう手遅れなのさ。今更になって手を引くのは違うよ。私たちはキミらの邪魔をしない。さ、お行き。アットムは地下牢に居る」
飼育員さん……。
俺は飼育員さんに見送られてそっと息を引き取った。ダッシュで死に戻りしてポチョ、マグちゃんと合流。作戦を練る。
計画に変更はない。アットムくんに俺のカッチョイイところを見せる。飼育員さんと話したことで俺の決意は更に強固なものとなった。
しかしポチョとマグちゃんはやる気を失っていた。
「帰ろ?」
「……アットムくん、地下牢に居るんだって」
ああ、コニャックもそう言ってたな。それがどうした?
今や牢獄なんざ種族人間にとっては宿泊施設みたいなもんだ。脱けようと思えばいつでも脱けれる。反省しているとアピールするためにとどまっているに過ぎない。心を入れ替えたと言えばティナンが誉めてくれるので、刑期が明けてシャバに出ても看守ティナン恋しさに軽犯罪を犯してわざと捕まるヤツも居るくらいだ。科せられた罪を悔いて更生しても同じ人間であるハズの女キャラは誉めてくれないのでそうなる。自業自得だと分かっちゃいるが、それでも幸せになりたいと願うのが人間だ。何しろしょせんはゲームだ。犠牲者などというものは居ない。どちらがより多くの時間を無駄にしたか、それだけの違いである。
それなのに地下牢にブチ込まれたアットムくんにポチョとマグちゃんは冷たかった。
「ショコラの不興を買ったって……」
「むしろ率先して楯突いたって……」
なんと。そうか、アットムのヤツ。ああいうのが好みのタイプなのか。そういえば以前にバンシーモードの俺に叱られたいとか言ってたな……。ロリコンショタコンだけじゃ飽き足らずにマゾの性癖に目覚めやがったのか。なんてやつだ。性癖の限界突破だぜ、アットム!
うだうだ言うポチョとマグちゃんを引き連れて俺はアットムが暮らすムショへと向かった。
2.面会室
面会を希望すると、全身を拘束されてミノムシみたいになったアットムくんが看守ティナンに運ばれてやって来た。
ボテっと床に放り投げられたアットムが気恥ずかしそうにのたくる。
「……やあ、久しぶり。恥ずかしいところを見られちゃったね」
「ホントだよ」
マグちゃんは舌鋒も高らかに鋭く、床でもぞもぞするアットムくんを見る目は刺すようだった。
俺はマグちゃんを押しのけて善良な一般市民と囚人を隔てる透明な仕切り板に武器腕を押し付ける。
アットムくんは全身を拘束されていて、壁越しに手を合わせることすら許されていない。
俺は看守ティナンに目で訴えるも、彼女は首を横に振った。
「危険だ。この男は武器を必要としない。指一本で人間を殺せる」
アットムくんが寝返りを打って、俺の姿がよく見えるよう位置を調整した。
「いいんだ。コタタマ。会いたかったよ」
アットム……。
あんなにも会いたいと願っていたのに、いざこうして会ってみるとどんな言葉も陳腐に思えて口から出てこなかった。
俺の想いを汲んだかのようにアットムが切り出す。ふわりと微笑んで、
「ロボじゃないか。その腕……ここからじゃ見えないけど、足もかな? どうしたの。スゴくカッコイイね」
俺は不覚にも泣きそうになった。全然カッコ良くなんかない。本当は分かってるんだ。こんなのはグロいだけだ。バランスが悪いし不格好で、わずかに残った生体パーツにしても機能的に複雑すぎて代替えの部品を用意できなかっただけ。頭のてっぺんからつま先まで全身を完全に機械化したほうがまだ救いがあった。
しかしそれを俺が口に出して認める訳には行かなかった。アットムがカッコイイと誉めてくれたから。
俺は意識的に口元をひん曲げて強がりを口にした。
アットムよぅ。ショコラに楯突いたんだって? わざとなんだろ? お前はキツい女が好きだからな。ダチの娘をそういう目で見るのはヤメロよな……。俺じゃなかったら見捨ててるぜ。
アットムはうんうんと頷いて俺の話を聞いている。
……この腕な、俺がちょっと前から始めた商売の武器精錬ってやつだよ。まさか俺自身が高精錬する羽目になるとは思わなかったぜ。どうしてもマールマールの眷属に勝ちたくてな。ジャムジェムとメガロッパとハチでユニットを組んでよ、We.TVに出演して貰ったんだ。俺がモグラ越えに挑戦するっていう耐久配信だ。スタッフは反対したんだが、サトゥ氏がうるせーからよ、俺の被害者っつう立場なら幾らかやり易いだろ。あいつらが何かやらかしたら俺がドロを被るさ。せっかくのドル箱だからな……。使い潰すのは勿体ねえ。精々稼いで貰うさ。
アットムはうんうんと頷いて俺の話を聞いている。
……話は前後するが、コゴローとも会ったよ。俺に似て可愛げのねえガキだ。ギルドで言う、歩兵らしい。ウッディが言うには指揮官候補ってことになるらしいんだが、どうかな……。最近、ウッディとは話してねえ。段々と俺と意識が混ざってきてる。いや、話してないというか、ずっと話してる感じだ。むしろ身近に感じるようになったかな……。俺はギルドになったよ。まぁ大方の予想通り俺自身は何も変わんねえ。光の使徒と似たようなモンだろう。光の使徒ってのはベムトロンが元社長に情報提供して作らせたモンだからな。元社長に降った最高指揮官がプレイヤーのエンドフレームを生み出せるスキルを持った個体だったのは偶然じゃねえだろう。
アットムはうんうんと頷いて俺の話を聞いている。いつしか涙がぽろぽろと零れて頬を伝っていた。
俺は自分でもどんな表情をしているのか分からない。ただ堰を切ったように言葉があふれて止まらなかった。
きっとアットムにカッチョイイところを見せるというのは言い訳だった。
俺は、ただ、こうしてコイツと話したかっただけだ。
そう自覚した瞬間、俺は頭に血が登って俺と相棒を隔てる薄っぺらい板に強い怒りを覚えた。武器腕を振り上げると、看守ティナンが身構える姿が目に入った。俺はギリッと奥歯を噛み締めて武器腕をおろした。かろうじて言う。
……アットム。早く出てこいよな。また一緒に遊ぼうぜ。俺とお前で、二人で一緒によ、ショコラをからかうのも面白そうだ。
アットムはうんと頷いて花咲くように微笑んだ。涙に掠れた声で感極まったように言う。
「ショコラのね、折檻は……最高だよ」
俺はぐっと俯いて泣いた。俺のダチはどうしようもない変態で……悲しくて泣いたのではない。胸にこみ上げてくる感情が抑えきれなかった。その感情に名前を付けるのは難しい。再会の場が面会室だったことや、アットムが黙って俺の話を聞いてくれたこと……アットムがウチのAI娘のために戦ってくれたこと……初めて出会った時のこと……様々なことが頭の中をぐるぐると回っている。
困惑に近いだろうか……。なんなんだコイツは。そう思った。それが何故か嬉しい。
アットムという男は、こうまで俺を狂わせる。コイツにゃ敵わねえ。
これは、とあるVRMMOの物語
刑務所抜きには語れない友情ですね。
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