リモートウッディの大冒険
1.マールマール鉱山-山中
何故だ!?
俺は疑問を発した。
地べたに突っ伏してうおーんと慟哭を上げる。
旧ネフィリアチームで大切に大切に育てた葉っぱちゃんが全て枯れてしまった。全てだ! 一つ残らず、ということ……!
か、悲しすぎる。俺は生きとし生けるものに満遍なく愛を注げる男。
だのに俺の傍らに立つアンパンは冷めたものである。
「いや、だから〜。言ったじゃん。クラフト技能じゃなしに何かを作るのは難しいの! 配合を変えても全部ダメってのはよくあることなんだって」
俺はテニプリの阿久津のようにびょんと跳ね上がってアンパンの眼前に立った。言う。
お前に人の情はないのか。丹精込めて育てた葉っぱちゃんが全滅したんだぞ。悲しくはないのか。俺は悲しいっ。胸が張り裂けそうだッ。
アンパンくんはドン引きしている。
「怖い怖い怖い。今の動きなに? 旦那に関わった人たちがドンドン人間離れしていくのは何なの? 言っとくけど俺は旦那たちが怪音波出せるのも納得してないからね? あんなの、人間がやっていいことじゃないよ……」
アンパンはダメだ。コイツに人並みの反応を期待した俺がバカだった。
俺はこの場には居ないネフィリアたんに俺たちの葉っぱちゃんが全滅した旨をささやきで情感たっぷりに告げた。
『そうか』
ん? それだけ?
それだけだった。
……ちっ、しょせんは人でなしの集まりか。俺くらいだな、葉っぱちゃんのために泣いてやれるマトモな人間は。
俺が懐からスポイトを取り出そうとしていると、アンパンくんが枯れてしまった葉っぱちゃんを手に取ってまじまじと観察を始めた。「んー……」と悩ましい声を上げてから、不意に顔を上げて俺を見てくる。
「てかさ、クラフト技能じゃダメなの? 俺、言われた通りにやってただけだから趣旨がよく分かってないんだよね」
基本的に俺とネフィリアはアンパンに細かい説明はしない。良心の呵責に耐えかねるフリをしてきて面倒臭いからだ。コイツはいつも俺に言われて仕方なくやった、みたいな演技をして自分だけ安全圏を確保しようとする。
しかし次世代の葉っぱちゃんを思えば、ここらで細かい説明をしておいたほうがいいかもしれない……。この手の作業はアンパンの得意分野であり、専門家でも何でもない俺やネフィリアの二人では自ずと限界がある。
そう考えた俺はアンパンくんに内緒にしていた計画を開陳することにした。ひとまず演技から入る。
なに? アンパン。お前、ネフィリアから何も聞いてなかったのか?
「えっ。ま、マズいかな?」
いや……。まぁいいんじゃないか。俺もチラッとネフィリアが言ってたのを聞いてただけだし、細かい経緯を知ってたとしても結果は変わらなかったろう。だからこれから話すのは飽くまでも俺が知ってる限りでのコトになるんだが……。
俺はネフィリアがこの場に居ないことを良いことにネフィリア主導の計画であることを印象付けた。
三次職のよ、クルセイダーに転職するためにある種のクスリを使ってるのは知ってるよな?
「あー……仲のいい友達か恋人を殺すってやつね。気持ちが入ってないとダメだからクスリを使うとか何とか……」
そ。要は万華鏡写輪眼の開眼条件だな。厳密に言うとクルセイダーの場合は殺される側の気持ちが入ってないとダメなんだが……。まぁ同じことだ。
で、それっぽいクスリはクラフト技能で作れたんだよ。でも、それは簡単に言うと毒でさ。人間が悲しいとか苦しいとか感じた時に起きる生理現象を再現するものなんだな。ほら、胸が締め付けられるような〜とかよく言うじゃん。人間の脳みそってかなりいい加減な造りしてるから、然るべき状況で胸がきゅーってなると、「あ、俺は今悲しいんだな」って勝手に勘違いするのよ。
「だろうね」
だよ。けど、そこが限界。レベルが足りないのか何なのか知らんけど、お前に今作らせてるようなクスリはクラフト技能じゃ作れなかったらしい。クラフト技能に制限が掛かってるっていう可能性もあるな。
でもさ、キノコは森に生えてるじゃん。キノコだけ異質なんだよ。この世界には微生物が居ないって話なのに、菌類はアリなの?ってこと。菌類だって乱暴に言えば微生物の一種なんだぜ。
つまりキノコと同じ条件……土壌に苗を植えて育てればクラフト技能じゃ作れない薬効成分を得られるんじゃないかとネフィリアは考えた訳だな。
「ていうか麻薬だよね」
麻薬じゃないよ、アンパンくん。アンパンくん、麻薬じゃないんだよ。アンパンくん、腐敗と発酵の違いは知ってるね? 納豆は腐ってるけど食べ物だから発酵食品なんだよ。それと同じことさ。要するに使う側の問題なんだ。包丁は凶器にもなるけど、仮にそれで誰かが刺し殺されたとして、包丁を作った職人さんに罪はない……。この理屈、分かるね? どんなものだってそうさ。俺はね、アンパンくん。VRMMOだから、ゲームだからって麻薬を打つのは悪いことだと思ってる。それは許されることではないんだ。じゃあ麻薬って何なの? そこから考えないといけない。分かるかな、アンパンくん……。俺が思うに、麻薬とは悪の心なんだよ。大切なのは誰かを思いやる気持ちさ。正義の心を持って育てたなら、それは麻薬じゃあない。ほんの少し依存症があるだけさ。そうだろ?
「近い近い近い。旦那、目が$になってるから……! それ、どうやってるの!?」
おっと、いかんいかん。俺は目から$を消した。
こほん、失礼。まぁ正義の心で育てても無償で配布するって訳にゃ〜いかん。金は稼がせて貰うさ。困ってるヤツにだけ配るなんてのは無理だからな。どうしても手に入れたいヤツが、がんばって金を稼いで買う。それが正しい社会の在り方ってモンよ。俺らは神様じゃあないからな。
とりあえず全滅した葉っぱちゃんは次世代に向けて肥やしにするとしよう。幾つかサンプルで保管しとくか?
「……そういうことなら、いっそキノコから入ったほうが早いかもね。この星のキノコは毒性が強すぎる。たぶん、これ……この星にモンスターが生まれた原因だ」
難しい話は分からん。キノコ狩りすればいいんか?
「あ、うん。じゃあ、そうしよっか」
そういうことになった。
2.緑の洞窟
キノコと言えばホブゴブリンどもの巣窟である。目的はヤツらが住むキノコハウスだ。デカけりゃいいってもんでもないだろうが、入手条件が厳しいものほど高い効果を期待できるのはゲームのお約束だからな。理想を言えばキノコハウスの屋根……カサを一部採取して繭で包んで持ち帰りたい。
なお、俺は再手術して人間の身体を取り戻してある。正面から攻め込んでも勝ち目はない。しかもホブゴブリンには俺の目が通用しない。俺がヤラシイ目を向けても連中は紳士を気取って気付かないフリをするのだ。
ならば、どうするか。
アンパンくんに理想のお嫁さんになって貰うしかない。
ヤツらの目をアンパンに釘付けにして、その隙に俺が動く。素早くカサを採取して脱出するという作戦だ。
いいな? アンパン。
「ヤだ。俺、家事なんてやらないもん。俺と旦那の役割、逆にしよ?」
俺じゃダメなんだよ。俺はそこそこ何でもできるからな。家事ができないフリをしてもホブゴブリンの目は欺けない。ヤツらはプロだ。ろくに料理もしたことがないお前が花嫁修行を続ける内に少しずつ家事の楽しさに目覚めてホブゴブリンの指導に熱が入る以外にこのミッションは達成できない。
「……条件が厳しいよぅ」
またそうやって泣き言を……。仮にも女キャラなんだから家事の一つや二つができなくてどうするの!
「女の人だって家事なんてヤだって人は居るよ! 旦那は時代錯誤だな〜。亭主関白の人ですか〜?」
最近よぅ、ニュースサイトでその手の話題が多いよな。主婦は重労働なんですよ!ってやつ。
「あるね〜。旦那はどっち派?」
俺のリアルを探るな。とはいえ、家事育児を分担しようにも分担する相手が居ねえと始まらねぇわな。お一人様の意見なんざ誰も求めてねーだろう。という訳で、アンパンよ。どこに嫁に出しても恥ずかしくないオトコになって来い!
俺は金属片を地べたに打ち込んでカタパルトよろしくアンパンを射出した。
「にゃー!」
間抜けな悲鳴を上げたアンパンが空高く舞い上がり、バッと跳躍したホブゴブリンが空中でアンパンをお姫様抱っこしてシュタッと着地した。アンパンを地面に降ろしてやり、お怪我は?とでも言うように上体を屈めてアンパンの顔を覗き込む。
へなへなと脱力して尻もちを付いたアンパンくんが世の無常を嘆くように言った。
「うぅ……人間より人間ができてる……」
種族人間がモンスターに優る部分など何一つとしてないのだ。人間性ですら。
3.緑の洞窟-深部
かくしてアンパンくんの花嫁修行が幕を開けた。
俺はホブゴブリンの監視の目を掻い潜ってアンパンが囚われたキノコハウスに接近するが、ガードが厳しくてこれ以上は近寄れない。……ウッディ、行けるか?
(……行けるかもしれない。シンイチ、お前の兵科の影響なのか……。今ならやれる気がする)
ウッディは俺から離れて長時間の単独行動はできない。正確には俺の脳みそを使って思考しているので、単独行動すると思考能力が落ちて夜空に浮かぶ星の数をかぞえ始めたりするのだ。いや、まぁ今になって思えばラム子の指令に逆らえなくなるのか。
しかし俺がウッディの工兵としての特性を使えるように、俺がギルド堕ちしたことでウッディもまた新たな能力を獲得しようとしていた。
俺から分離したリモートウッディがキノコハウスを目指してのたのたと地べたを這っていく。いいぞ、その調子だ、がんばれ……!
き、厳しいか……? 俺から離れるに従ってリモートウッディの行進速度が落ちていく。目的を見失いそうになっているらしく、段々と針路がズレていく。
負けるな、ウッディ!
俺は目ん玉を取り外してぽーんと放り投げた。ウッディがエサを見つけた幼虫のように俺の目ん玉に覆い被さる。俺の目ん玉を取り込んだウッディがハッとしてこちらを振り返る。お辞儀をするように上体を屈めて、再びキノコハウスへと針路を向けた。今度は迷うことなく這っていく。
おお、やってみるもんだな。しかも、これは……? 俺とウッディの視界が接続したようだ。ウッディ視点の映像が見える。
やがてキノコハウスに辿り着いたウッディは、扉の前で立ち往生した。俺はささやきでアンパンに扉を開けるよう命じる。
無理? 無理じゃない。ホブゴブリンの目を盗んで何とかするんだ。お前の花嫁修行の進捗が分かんねーと動きようがねーんだよォ〜。
おっとバレた。キノコハウス周辺をうろついているホブゴブリンがウッディを摘み上げる。モンスターはギルドを目の敵にしている……。これまでかと思われた、まさにその時である。
「旦那〜。旦那〜。小姑がキツいよ〜。助けてぇ、旦那ぁ〜」
アンパンくんの情けない悲鳴がキノコハウスから響いた。
ウッディを摘み上げたホブゴブリンがこちらを振り向く。うっ、結構な距離があるんだが、俺が見えてんのか? とっさに岩陰に身を隠したものの、今のタイミングはかなり際どかった。……ヘイ、ボブ。どうなんだい?
ボブはキノコハウスを見て、摘み上げたウッディを見た。そして全てを悟ったかのようにウッディをそっと地面に戻し、キノコハウスのドアを少しだけ開けた……。
くそっ、振る舞いがいちいち紳士的なんだよ。全てお見通しとばかりに情けを掛けてきやがる。曜日ダンジョンで日々バイトに勤しむゴブリンたちですらもうちょっと原始的だぜ。
ボブのご厚意により侵入を果たしたウッディがアンパンくんのパンチラ画像をお届けしてきた。視点が低すぎて俺が最低の覗き見ホモ野郎みたいになってる。
ウッディ、もっと上に行って! 俺がピピッと思念を飛ばすと、アンパンの指導にあたっているホブゴブが全てを察したかのようにウッディを自分の肩の上に乗せた。……どうして俺はモンスターと協力プレイをしているんだ……。
ま、まぁいい。そっちがその気なら利用してやるまでよ。
俺はリモートウッディを介してアンパンくんの花嫁修行を見守るのであった。
これは、とあるVRMMOの物語
あー忙しい。家事ってホントに大変! 気の休まる暇がないってこのことね! ほら、プッチョムッチョ! 散歩に行くよ〜!
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