ネフィリアさんの日常
1.人間の里-怪しい倉庫
ユーザーイベントだ。
俺にお化け屋敷で生首役のオファーが来た。
……ハァ?
いや、知らんがな。なんで俺だよ?
しかもオファーとは言うが、正確にはオーディションに参加してみませんかという誘いだ。その辺の理屈は分かる。普通に募集しても集まらないんだろう。【敗残兵】や【目抜き梟】みたいな有名どころならともかく、そうじゃないからな。希望者はうまく行って五人ってトコだろう。ましてそいつら全員が条件を満たしてることはまずない。もちろん選考基準はあらかじめ開示するんだろうが、実際に会ってみたらイメージと違うとか人間性に疑問が残るってのは普通にあり得る訳だ。性格が悪いヤツは応募してくんな、なんて公の場では言えないし、言っても無駄だからな。むしろそれで遠慮するのは多少なりともまともなヤツだろう。だから公序良俗という言葉が出てくる。でも性格が悪くても別に法律違反じゃねーからな。あんまり意味がない。
つまり今回のオファーは俺に客寄せパンダになれってこと。もしくは俺を誘き寄せる罠だな。さあ、どっちだ? 罠ってのはさすがに穿ちすぎか? 自意識過剰だよな。俺もそう思う。
でも実際に罠だった。
オーディション会場と称する怪しい倉庫へと足を運んだ俺を、知らないゴミどもが取り囲んでゲラゲラと笑う。
「これから面接ゥーを、行うゥ!」
「名演技を頼むわ、生首役さんよォ!」
まぁね。俺だって何の根拠もなく自意識過剰になってる訳じゃないのよ。こういう手の込んだ真似をしてくるゴミがフツーに居るんだな。そんなことをしても何にもならないからあり得ないとか、やるならもっとうまくやるだろうっていう考え方じゃダメなんだな。コイツらはその日の気分とノリで生きてる。酔っ払って「こういうのはどうよ〜」「いいじゃん、やろうぜ」で確定したりもする。返り討ちに遭ったところで失うものがほとんど何もないんだから、そりゃそうなる。
そして完全に想定内だったので当然俺は単身ノコノコと殺されにやって来たりはしない。俺の合図一つでゴミどもは即座に狙撃されて全滅する手筈になっている。本当ならもっとヒドいことをしてやりたいのだが、いかんせん犯行計画が浅すぎて逆手に取ることもできなかった。無敵かよ。そういう意味では今回の件は俺の負けと言ってもいい。俺の貴重な時間をコイツらは潰すことに成功した。ちょっと面白そうな企画だと思ったのも事実だ。
とはいえ。とはいえ、だ。
罠かもしれないと思っていたのにわざわざこうして俺が足を運んだのもそれ相応の理由がある。
情報収集のためだ。
この手のゴミは俺よりも自分たちがワルであることをアピールしたがるため、イキナリ問答無用で襲撃してくることはない。要は冥途の土産ってヤツを俺に聞かせたくて堪らないんだな。なんならそれが主目的で勝敗は別にどっちでもいいと考えているかもしれない。そういうのを本末転倒と言うのだが、驚くべきことに種族人間の人生はスゴロクなのだ。自分に何ができて、何ができないのかを把握していないから運任せにサイコロを振って生きる日々だ。ろくな成功体験がないから考えることをやめている。実際、どんなに成功を収めたヤツだって運の関与は否定できないだろう。ョ%レ氏の言葉を借りれば、それは人類社会の未成熟さによるものだ。それを克服しようとしたのがガンダム種運命のディステニープランなんだな。
俺がアニメ知識で政治について考えていると、俺を取り囲んでいるゴミどもが急に賢くなった。
「崖っぷち〜! 随分と余裕あンな! 俺らは包囲されてる! そうなんだろ……!」
「とことん見くびってくれるじゃねーか! 俺らが何も対策してないとでも思ったか!? 残念だったな!」
お? もしや裏の裏を掻いてきたのか? オーディション会場をあらかじめ知らせるなど、あまりにも杜撰な計画だったので俺はコイツらを格下だと見なしていた。しかしアホを装っていたという可能性はある。それを差し引いてもヤサを公表する理由にはならないので、結論としてコイツらは急に賢くなったということになる。そんなヤツらを毎日のように相手にしているのだから正直もう俺は考えるのが面倒臭くなっていた。
いいね。少し面白くなってきた。
俺はカマした。
おいおい、そんな見え透いた手にこの俺が引っ掛かるとでも思ってるのか? もちろん手は打ってあるさ。
ハッタリだ。二重の対策などない。コイツらが一手先を読んであらかじめ伏兵を置いていたなら今頃狙撃班は全滅していることだろう。俺は孤立無援、絶体絶命の危機ということになる。
しかしただの負け惜しみだったらしく、俺が合図を出すと知らないゴミどもはシュパッとヘッドショットされて死んだ。
あるある。あるよね。いざ計画を実行を移してみたら当日になってこれヤバいんじゃね?ガバガバじゃね?って気付いて、とりあえずカマしてみるんだ。俺とて狙撃班を配置するなんて読まれて当たり前だと言われるまで気付かなかった。危なかった……。この勝負はどちらが先に急に賢くなるかの争いだった。そしてどちらも急に賢くならなかったから俺はギリギリで勝ちを拾えただけに過ぎない。俺含め誰一人として二手先を読まない凄まじい戦いだった。
かろうじて脳死戦を制した俺は大きく息を吐いた。
紙一重の差だったぜ……。
あと少しでも早く急に賢くなられていたら殺られていた。
「危ないところだったな、崖っぷち」
そう言って狙撃班の一人が倉庫に入ってくる。
俺は頷いた。
ああ。何も考えていなかった。とりあえず狙撃すれば勝てるだろうと……。
「フッ。俺も似たようなもんだ。ひとまず引き受けたものの……作戦概要に目を通したのは配置に着いてからだ」
俺たちはネトゲーマーだ。ネトゲーマーはプロフェッショナルではない。遊びでゲームをやっている。五分で作れるような超シンプルな書類(図解入り)を広げて見る労力を引き延ばせるギリギリまで惜しむのは珍しい話ではなかった。しかし腑に落ちないことも一つ……。
口頭で説明はしたつもりだったが……聞いてなかったのか。てっきり二、三分で終わる作業だから引き受けたと思っていた。では何故俺の依頼を?
引き受けたのかと問う俺に、そいつは皮肉げに笑った。
「お前には借りがあるからな。研究所から救出された借りだ。が、これで貸し借りはナシ。サービス期間は終わりだ。次からはその日の気分で断るぜ」
それだけ言ってそいつは立ち去っていった。まるで一分一秒が惜しいとでも言うように動画を視聴しながら。
そう、つい先週俺をヘッドショットしたギルド堕ちの彼だ。
友達になったんだよ。【狙撃兵】は使えるからね。人工進化研究所とかいう怪しい建物で残骸みたいになってたところを救出した。
情報をリークされたギルド堕ちは厳しい立場に置かれている。俺は同じギルド堕ちとして彼らを陰ながら支援したいと考えている。リークしたのは俺だが、それとこれとは話が別だ。大切なのは彼らを俺が管理していることなのだから。誰がリークしたかは問題ではない。
俺は苦笑し、知らないゴミどもの死体が転がる倉庫をあとにした……。
2.エッダ水道-【提灯あんこう】秘密基地
クソガキ三号の養育費を稼ぐために俺はマナポ産業で荒稼ぎをしているネフィリアを訪ねることにした。
ショコラは俺のガキなので、ネフィリアにとっても赤の他人ではない。ネフィリアが俺にお小遣いを渡し、俺がショコラに金銭面での支援を行う。金の使い道としてはパチに突っ込んで溶かすよりはなんぼかマシだろう。きっとネフィリアたんも喜んでくれるハズだ。
しかし考えようによってはネフィリアは赤の他人であり、まったく無関係という見方もある。ならばネフィリアには無意識の内にショコラの足長おじさんになって貰うことがベストなのではないか。
そう考えた俺は、【歩兵】たちの監視の目を掻い潜って悪の秘密基地に潜入した。
ギルドパワーレンタル社の設立に伴い、マーマレードの要望により俺は【歩兵】たちを指揮する権限を得ていた。もちろんネフィリアの命令が優先されることは変わりないが、ネフィリアが不在時に指揮を代行できる。本当は代行指揮権なんかよりも俺の命令に忠実な兵士を十体ほど欲しかったのだが、それについては頑なに断られた。
従って俺はネフィリアが不在時にちょこちょこと【歩兵】たちの配置を細かく変更することにした。ネフィリアは自分が不在時に下された俺の命令を細かくチェックしているようだが、俺は諦めなかった。粘着して細々とした配置変更を繰り返すことでクソ面倒臭くなったネフィリアが確認を大雑把なものにする瞬間を待っていたのだ。
なんだかんだでネフィリアは俺に甘い。いざという時には俺がネフィリア側に付くと思っている。そしてそれはおそらく正しい。俺はネフィリアを見捨てられない。見た目が好みだからだ。俺は美女とおっさんが溺れていたら美女を助ける。無論、表向きは両方助ける手段を模索するふりをするが。美女と先生だったら? 俺の信仰を疑うのか。教会の牧師に聞くんだな。とんちの利いた答えをくれるだろう。
とにかくネフィリアは俺の命令をノイズとして利用するつもりのようだ。俺を味方と見なしてるから俺の命令を全キャンセルするという簡単な対策を取らない。その隙を突いて俺は悪の秘密基地に潜入した。
もっとも俺がそう来ることは読まれているだろう。おそらくはネフィリアの部屋のタンスに眠る俺の最強装備が狙いだと読んでいる。その読みは正しいが、甘いな。俺が何か必勝の策を用意してくると読んでるんだろ? だが、そんなもんはねえ。
俺はベムトロンの下で新たに習得したワザを駆使して秘密基地をコソコソと進んでいく。基地内部をうろつき回る小娘どもの目を掻い潜るだけの簡単な仕事だ。
ネフィリアはログインしている。居間には居なかった。台所で無言の腹ぺこアピールしている訳でもないようだ。ちっ、自分の部屋に居るのか。ツイてねえぜ。一気に攻略難易度が上がった。
くそっ、この配置はマズいな。小娘どもには一応ネフィリアがボスという意識があるらしい。誰にも目撃されずにネフィリアの部屋に辿り着くのは非常に困難だ。どうしても運任せになる部分も出てくる。
……仕方ねえ。使うか。
俺は切り札を使うことにした。コイツはいざって時のために取って置きたかったんだが。
俺は印を結んで目に力を込めた。
歩行者天国……。
無数の金属片が音もなく秘密基地を増築していく。
道がなければ作ればいい。
ぐっ、うぅ……!
俺は地べたに這いつくばって嘔吐くと、ビシャッと吐血した。血で汚れた口元を拭って述懐する。
内臓を……一部、持ってかれたか……。
【歩行者天国】は俺の切り札だ。自分自身の手で覗き部屋を作るという発想が元になっており、余剰パーツだけでは足りずに本体の身体を一部持って行かれる。
俺はフラつく身体を、とっさに壁に手を付いて支えた。しまったと思った時には遅かった。壁に血の手形がべっとりと付く。……悠長にやってる時間はなさそうだ。
俺は隠し扉を潜って壁の中を進んでいく。
今や俺は秘密基地と同化しつつある。小娘どもが近くの廊下をドタバタと走り回るたびに俺の身体に負荷が掛かる。くそっ、少しは大人しくできねえのか。パンツは見れる……見れるがお呼びじゃねんだよ。
歩いているだけで俺の息が切れる。ま、マズい……。建築物との同化は一長一短だ。ネフィリアの部屋まで一気に浸食すればパンツは見れるかもしれないが俺の身体が持たない。そもそもパンツルックだったらどうする? 無駄死にだ。同化を抑えながら射程距離に捉えるしかない。
しかし……これは……持た、ない……。
俺はネフィリアの部屋を目前にして、廊下の壁を背にしてずるずると座り込んだ。く、そっ……ここまでなのかよ……?
意識が朦朧としてくる。
ぼんやりと壁を見つめていると、ふと小指にネフィリアの部屋のドアに触れた。閉め忘れたのか、ドアがかすかに開いている。
誓って言うが、この時の俺にネフィリアの部屋を覗いてやろうという意識はなかった。ただ、とにかく疲れていた。横になりたいという欲求に逆らえずに廊下に寝そべる。小さく咳き込むとドス黒い血が口腔からあふれた。人間の習慣というのは凄いもので、死の間際にあって床を汚したくないという意識が働いた。顔を床から引き剥がし、楽な姿勢を求めて肩の力だけで身体の向きを調整していると、偶然にもドアの隙間からネフィリアの部屋を覗いている格好になった。
ネフィリアの部屋にマゴットが居た。ネフィリアの部屋を片付けているようだった。
「ねっふぃー。どいて。邪魔」
「あとにしろ。ちょっとこっちに来い」
「えー? なんですかぁ?」
ネフィリアはマゴットの細い腕を引っ張ると、ぬいぐるみのように抱えた。
「少しお話ししよう。ちゃんとPvPの練習はしてるか?」
「してますよ〜。クリケットが一番強いかも。 PvPにハマってるっぽくてー」
…………。
俺は生死の境を繰り返し何度も行き来しながら、二人の遣り取りを耳にしていた。
その声も段々と遠ざかっていく。
まぶたを開ける余力はとうに失われていた。
秘密基地との同化に抗う気力は底を突き、黒い水晶が肌を突き破って咲いていく。
砕けた腕の皮膚が脱落して金属製のフレームが覗いた。
片付けを終えて部屋を出たマゴットが目にしたのは、廊下で血まみれになって眠るように息を引き取った俺の変わり果てた姿であった……。
これは、とあるVRMMOの物語
私、この男の死に様にどんどん詳しくなっていく……。
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