母と子
1.クランハウス-居間
どういう人間なんだ、こいつは。
コゴローに関して、である。
いや、まぁギルドなんだろうがギルドだからで済ませたら何でもアリになっちまうからな。人間のふりをしている以上は人間としてのマナーを守ってもらわなくちゃそりゃおかしいだろってなるだろ。
ウチの丸太小屋の居間にて。
俺がモグラさんぬいぐるみと一緒にラム子クエストを吟味していると、居間に降りてきたコゴローが俺をガン無視して読書を始めた。
ええ?ってなるよ俺は。つい先週、これからは親子として失われた時間を取り戻していくんだよっていう流れだった、じゃん! それををさぁ……なんかもうなかったことにされてんだよね。こち亀かよ。部長が「両津はどこだ!」って戦車で派出所で突っ込んできても来週には全部元通りみたいなさぁ。それが痩せ我慢だったらまだいいよ? 気まずくなるのが嫌だから、あえてスルーしてるみたいな。でも違うじゃん。俺をチラ見するとかそういうアクションが一切ないじゃん。無視だよ、無視。俺からしたら取っ掛かりが何もない訳よ。仮に気まずそうにしてたらフォローしてやるとかできるのに。マジでコイツ可愛くねえ。
しかもこのクソガキ二号。俺の女からやたら可愛がられてるんだよな。居間に降りてきたスズキがコゴローのとなりに座って、
「なに読んでるの?」
「あ? 何でもいいだろ。野菜の本だよ。こういう知識は無駄になんねーからな。あんたら地球人に聞いてもよぉ、分かんねーって言うの。ハァ?ってなるよ。俺は知識ゼロからスタートしてっかんね。最初は下手に出るよ。本だけじゃ分かんねーこともあるからさ。体験談が聞きたいんだよ。それなのに、あんたらは分かんねーって言うの。専門家に聞けって言われんの。しかも自分に聞くのは間違ってるみたいな態度で。ハァ?だよ。そりゃひねくれるよ。まともな人間は先生くらいだ。あとは着ぐるみ部隊くらいか。少なくともリュウリュウは知ったかぶりしなかったぜ。会話が成り立つ。俺は会話をしたいんだよ。なんで、どいつもこいつも喧嘩腰なんだよ」
口の利き方がなってねえな。
俺は喧嘩腰で横槍を入れた。
コゴローよ。スズキがお前に何かしたのか? 違うだろ。そいつは全然まともなほうだ。頭も悪くない。お前のそういう態度は敵を作るぞ。他ならぬ俺が言うんだから間違いない。こう思え。スズキと種族人間は別の種族だ。身内は特別扱いしろ。最後の最後までお前を見捨てないのは身内だけだぞ。
コゴローは納得した。
「そりゃそうだな。悪かった」
そういうところも可愛くねんだよなぁ!
俺は吠えた。
お前ホントに生後二週間か!?
コゴローは俺を無視した。
「スズキ姉。今日、オリーブとショコラが遊びに来るから出掛けてくるわ」
スズキはうんうんと頷いた。俺とコゴローの仲を心配しているらしく、俺に話を振ってくる。
「コゴローはオリーブくんと仲がいいんだよ」
ショコラと、ではなく?
「ショコラはコゴローのこと気に入ってるみたい」
つまりコゴローはショコラのことをあまり良く思ってないのか。おい、仲良くしろよ。お前、兄貴だろ。
一連の遣り取りにコゴローは感心したようだった。上から目線でママである俺の知能指数を評価してくる。
「へえ、あんたはそこそこ頭が回るんだな。ろくな評判を聞かないが、今のは悪くなかった。まーまーだ。まーまーだよ、あんた」
ブッ殺すぞクソガキ!
……くそっ、コイツ俺のガキだ。自分が頭いいと思ってる。傍目から見たら俺ってこんな感じなんだろうな。ムカつくわ〜。
しかし俺のガキなら女好きのハズ。特にウチの子たちが他の男とイチャついてたら耐えられないハズだ。
遊歩道!
俺は金属片で足場を組み上げると、そいつをギャンと動かしてスズキのお腹に飛び付いた。
この女は俺んだ! 悔しいだろオラー! あげないもんね! ははーん!
「ハァ?」
コゴローはバカじゃねえのコイツという目で俺を見た。
スズキが俺の頭を撫でてくる。
「私は二人とも好きだよ。仲良くしてくれたら嬉しいけど……ちょっとしたことでイライラするのも家族っぽいよね」
コンニチハー!
俺はスズキのお腹に顔面を埋めて叫んだ。
久しぶりの女体に興奮が止まらなかった。
「やんっ」
くすぐったそうに身をよじったスズキが俺の頭を抱きしめてくる。
……相変わらず頭のいいヤツだ。事あるごとに俺をスズキエンドに叩き落とそうとしてくる。だが俺はその手には乗らないぜ。俺はハーレムを目指す。たった一人の女には縛られない。
俺はぐりっと首をねじってコゴローを見た。フフンと鼻を鳴らす。
コゴローは盛大に溜息を吐いた。パタンと本を閉じて俺の顔面に蹴りを叩き込んでくる。おお……! 俺はフラ付いた。テーブルに腕を引っ掛けて身体を支える。そ、そう来るか……。手の早ぇガキだ。
コゴローが静かにスズキを諭す。
「……スズキ姉。その男はダメだ。忘れちまえよ。あんたならもっとイイ男がすぐに見つかる」
フフフ……! 俺は楽しくなってきた。
コゴロー! テメェは、まさしく俺のガキ……! こうまで似てっとよぉ! 同族嫌悪を通り越して笑えてくるぜ!
俺はザッと立ち上がるとポケットに両手を突っ込み、お辞儀をするように上体を屈めてコゴローの顔面をまじまじと眺めた。
コゴローもザッと立ち上がりポケットに両手を突っ込む。
「俺は笑えねーけどなぁ。テメェのガキってだけで俺がどんだけ迷惑してると思ってんだ。ゴミどもは嬉しそうに絡んでくるしよぉ。頭のイカれた奴らは頼んでもねえのに俺を二代目だの何だのと祭り上げてくる。迷惑なんだよ」
俺とコゴローのひたいがゴチンとくっ付く。
俺は笑いが止まらない。
くくくくっ……。そりゃ仕方ねえな。テメェは紛れもなく俺の血を引いてる。賭けてもいいぜ。今にとんでもない悪事をやらかすだろう。何しろ俺のガキだからな。クズの子はしょせんクズって訳だ。幸せそうに笑ってる奴らを見ると血がうずくんだろ? 分かるぜ。俺たちは繋がってる。親子だからな。
コゴローがニヤッと笑う。
「そうかもな。あんたに嫌がらせするのは楽しそうだ」
イイ答えだ。やれるものならやってみな。その日を楽しみにしてるぜ。
俺は上体を起こしてコゴローにガムを差し出した。おら、やるよ。食えよ。
コゴローがガムを一枚引っこ抜いてクチャクチャと噛む。俺もガムを一枚引っこ抜いてクチャクチャと噛む。どちらからともなく視線を切ると、席に戻って作業を続行した。
スズキが「え? 終わり?」とでも言いたげに俺とコゴローを交互に見ている。終わりだよ。コゴローは俺のガキ。それがよく分かった。今はそれで十分。俺たちは二度目の自己紹介を終えたんだ。自己紹介は最低でも三回は要るってのが俺の持論だからな。
クソガキ一号ことティナン王子のオリーブがウチの丸太小屋に上がり込んできた。クソガキ三号のショコラの手を引いている。
俺はガムをクチャクチャするのをやめて、しゅんと気配を消した。日常に埋没し風景に紛れ、丸太小屋との同化を試みる。
オリーブを追い抜いたショコラがてててと早足でコゴローに歩み寄って抱きつく。
「コゴロー」
コゴローはとても嫌そうな顔をした。
「……よう、ショコラ」
コゴローさんはショコラに懐かれているようだ。
オリーブはそれが気に入らないようでムッとした。
「もっと嬉しそうにしろよ。お前は妹が可愛くないのか? 冷たすぎるんだよ」
コゴローは「ふん」と偉そうに鼻を鳴らした。オリーブのあごに手を添えてクイと持ち上げる。
「俺はお前のことは割と気に入ってるけどな。話の分かるヤツは好きだぜ」
オリーブがカッとなってコゴローの手を払う。
「僕は嫌いだ! お前なんかにショコラは渡さない!」
スズキがそわそわしている。見た目だけは可愛いショコラとお近付きになりたいようだ。が、俺は力になってやれそうにない。ショコラとの自己紹介は先日もう済ませたし、焦っても良いことはない。親子の溝を少しずつ埋めていけたらと思っている。
しかしコゴローさんには別の考えがあるらしかった。
「ショコラ。そこに座ってるのがコタタマだ。俺らの親父だよ。お前と仲良くしたいけど、どうしたらいいか分からないって言ってたぜ」
そのようなことを口にした覚えは一切なかったが、ショコラさんの手前否定する訳にも行かず俺は席を立って窓際に移動した。窓を開けて換気する。いい風だ。
俺はショコラさんにむんずと背中を掴まれて片手でひょいと持ち上げられた。
うん、これ脱出不能なんだよね。一見どうにでもなりそうだけどティナンの反射神経は種族人間の五倍速いって言ったら少しは伝わるかな? ティナンからしてみたらスローモーションで動く雑魚キャラに対して自分は普通に動けるっていうね。簡単に言うとDIOなんだよ。ティナンはDIOなの。しかも俺たちは承太郎みたいに「入門」できないんだな。スペックが劣るっていうのはそういうことなんだぜ。一長一短とかそういう生ぬるいモンじゃねえ。どこかしら優ってる部分はあるだろうなんてのは幻想だ。
だからって抵抗しない訳じゃないんだけどな。
俺はブンブンと頭を振って暴れた。
おろして! ママをおろして!
しかしショコラが駆け出したので俺は条件反射的にダンゴ虫のように身体を丸めた。
俺を片手で持ったショコラがウチの丸太小屋を飛び出してぐんぐん加速する。
サトゥ氏より、ずっとはやい!
くそっ、バハムートラグーンかよ。実の娘に寝取られてる場合じゃねえ。
オリーブが忍者みたいな動きで森を並走してくる。俺はオリーブくんに助けを求めた。
オリーブくん。助けてくれないかい。キミは俺の娘と仲良くしてくれているみたいだね。もしもキミがショコラの幸せを願ってくれているなら、彼女にはママが必要なんだと分かってくれるね? 幸せというのは独りよがりなものであってはいけないんだよ。オリーブくん。娘の真の幸せを願うなら俺を助けてくれないかい。
オリーブくんは期待の王族というだけあってショコラを追う足にも余裕がある。ショコラの横顔をじっと見つめて、ほうと溜息を吐いた。
「僕の妹。可愛いなぁ」
おい! 人の話を聞け! 俺を助けろって言ってんだよ!
森を抜けて山に入った。
俺はすっかり腑抜けきった様子のクソガキ一号に見切りを付けてショコラに命乞いをした。
どこに連れて行くつもりなのかな? とっておきの場所でもあるのかな? でもね、ママは家に居るのが一番なんだよ。ショコラちゃん。俺たちは親子だ。俺たちの親子関係は、もしかしたら最初に少しつまずいたかもしれない。それは正直……ごめん。俺の所為だよね? 生まれてすぐに会いに行ってやれなくて悪かったと思ってる。でも、それはショコラちゃんとコゴローくんを思ってのことなんだよ。俺もつらかったんだ。会いたかったさ、もちろん。けど、これからはずっと一緒だよ。そんなに焦らなくてもいいんだよ。少しずつ仲良くなっていこう。そのためにはお互いのことを知らなくちゃね。ショコラちゃんがどんな子なのか、ママすっごく興味あるな。だからさ……ちょっ、怖い怖い怖い。やめて。おろして。ジェットコースターなんてモンじゃねえ。殺人メリーゴーランドかよ。ショコラちゃんが分からない。ママ、ショコラちゃんが分からないよ……。何これ。これ何が楽しいの? ドコに向かってるのコレ? ショコラちゃん。ショコラちゃん! ママはあんまり身体が丈夫なほうじゃないんだよ。優しく扱って。ママを優しく扱って! ママは繊細なんだよ。いきなりグンって来ないで。ママはね、おっかさんそれは言わない約束でしょっていう、そういう親子関係になりたいの! こんなのはイヤっ。だからドコに向かってるんだよコレは! 何を目的に登山してるんだオメェーは! あ、あ、あ……。ちょっ、ごめん。マジで謝るから止まって。放置してスンマセンしたぁ! あ、止まっ……。
え。……鉄拳……?
俺は断崖絶壁の崖から放り投げられた。
え。
…………。
……鉄拳?
地表がぐんぐん迫ってくる。
俺はスラリーで減速を試みるが、保存された慣性がデカすぎて制御しきれない。まるで暴れ馬だ。
俺はひと筋の流星のように地表に衝突して全身バラバラになって死んだ。
ふわっと幽体離脱してショコラの様子を見に行くと、俺の娘はこちらを見てニコッと笑った。
え。鉄拳?
これは、とあるVRMMOの物語
鉄拳……。
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