バーニング・ラブ
1.クランハウス-居間
ラム子が気になると言うので、収集してきたゴミの耳をテーブルの上に揃えて置いてじっと待っている。
どこからともなく這い出た黒い触手がゴミの耳を虚空に引きずり込んで消えた。
俺のレベル上げは順調だ。人間の部位を捧げるのはいささか抵抗があるが、一人や二人消えたところで特に問題はないのでボーナスチャンスと割り切るようにしている。
俺はそっとメニューを開いた。
レベル6とある。
俺はゴクリと生唾を呑んだ。
……美味しすぎる。ラム子の指令をこなすようになって二週間。たったの二週間でこれだ。クソのような指令はスルーしているが、この調子で行けば遠からずレベル10に到達するだろう。俺は一体どんな悪事に加担させられているのかと、たまに怖くなる。
……人間の遺伝情報を渡すのはマズかったりするのか? いや、本当にマズいならョ%レ氏が止めるだろう。未だ俺の所有権を握っているNAiも何も言ってこない。だからこれは仕様……仕様なんだ……何も問題はない……。
俺はそう自分に言い聞かせた。
新たにラム子の指令が追加される。
ラム子の興味は多岐に渡る。取るに足らない下らないものから秘宝と呼ばれるものまでまちまちで、法則性らしきものは見当たらない。雲を掴むような不条理な指令が下されることもある。
そしてこの時、ラム子はティナンに興味を抱いたようだ。制限時間がイヤに短い。3秒、2秒、1秒……指令は失敗に終わった。ペナルティは今のところ表面化していない。ベムトロンによれば、指令未達のペナルティは知る手段がないとのことだ。結局はラム子の気分次第ということだろう。
……俺は未だNAiの特別な所有権に縛られている。ティナンに手出しはできない。しかし戒律を失ったギルド堕ちならば……。
俺は呻き声を上げて頭を抱えた。
……いつかこんなことになるんじゃないかと思ってたんだ。
俺は甘っちょろい男だとよく言われる。知らないゴミの中には俺の甘さを指摘するヤツも居る。そいつらに言わせてみれば俺は単なる道化役で、本気で他人を陥れる気がないらしい。そいつらが口を揃えて言うのが、何故表側に出た?ということだ。名を知られ、姿を知られた俺の行動にはどうしても制限が付く。きっと俺は有名になりたかった。自己顕示欲を抑えきれなかった。俺の堪え性のなさはそうした部分に起因している。しかし世の中には、名声を欲することなく、ただひたすらに他人の破滅を望む吐き気を催すような邪悪が息を潜めているのだ。俺などよりも遥かに狡猾で、あのネフィリアすら上回る奸計を張り巡らす真の邪悪が!
今や特別な所有権は絶対的なものではなくなった。
対決の日は近い。
俺は備えねばならない。
何故なら俺は……いつしかこの世界を愛してしまったから。ティナンの幸せを願うようになってしまったから。守るべきものを見つけてしまったから。
という訳で、俺はギルド堕ちの情報をリークした。どうやらギルド堕ちの目に映るアナウンスは種類が違うこと。急に変な反応を示したヤツは怪しい。最高指揮官の指令をクリアすると経験値をたくさん貰える。急に強くなったヤツも怪しい。戒律が消えてるのでスキルは使えない。どんなにシラを切ろうがスキルを使えないヤツは黒。意識的に自壊できるみたい。自壊したら黒。ティナン関連の指令が飛ぶこともある。ティナンに近付こうするヤツは殺していい。特別な所有権に縛られない。そいつらは真っ先に何をする? 女キャラに近付こうとする。知らないゴミが近寄って来たら殺していい。基本的に雑魚なので徒党を組むと思われる。もう組んでるかもしれない。今後も分かったことがあればリークする。俺のように密告するヤツも居る。俺も特別な所有権を剥ぎてえわ。クソが。全員死に晒せ。
よし、ひとまず解決したな。
俺はギルド堕ち問題を解決した。
俺? 俺はギルド堕ちだとバレるようなヘマをしない。新しいオモチャを見せびらかすようなアホどもとは違う。逆説的に特別な所有権というルールが俺の身の潔白を証明し、俺をギルド狩りから守ってくれるのだ。そして俺と似た境遇のギルド堕ちも俺と同じことを考える。賞金首制度?なのか何なのか知らんが、そいつが導入されたのは俺よりも穏便に済ませようとしたヤツの仕業だろう。
ギルド堕ちのみんな、勉強になったね。
この手の情報は隠せないんだよ。みんな自分が可愛いし他人の幸せをブッ壊したくてうずうずしてるからね。え、妬み? そうですけど?
俺はとても清々しい気分になった。
心なし世界が輝いて見えるぜ。
穏やかな気持ちで湯飲みの緑茶をすすっていると、赤カブトを乗せたピンクさんが階段を這って降りてくる。
ピンクさんは見た目通りぷにぷにしてて触り心地がいい。赤カブトはだらしなく両手両足を垂らしてのんびりとしている。
ピンクさんがビッと怪光線を放って俺と接続する。おお……。俺は感動に打ち震えた。
ピンクさんは俺のセクハラ影分身だ。怪光線を介して繋がることで俺はピンクさんと同期できる。着痩せするタイプの赤カブトと密着している感触が伝わってくる。
俺は鼻の下が伸びないよう細心の注意を払った。この秘密を墓の下まで持っていく決意はとうに済ませてある。
ネフィリアによれば、ピンクさんは俺の兵科に深く関わっている。どうやら俺はただの特攻兵ではないらしい。何か知っている様子だったベムトロンは、ロストしたハズの俺をピンクさんを使って再出力した……。
この半端な状況は多分俺が望んだことなんだろう。ギルドを感知できそうな連中は揃って俺をギルド憑きだと判定した。まだ完全ギルド化していないと。きっと赤カブトもそう思っている。それならそれでいい。なにも不安がらせることはない。だから俺はピンクさんの秘密を俺の胸だけにとどめておくつもりだ。
俺は赤カブトのやわらかな身体の感触を堪能しながらピンクさんに触手を生やして尻を撫で回すよう念じた。しかしピンクさんは触手を生やしてくれなかった。見た目がポポロンと似ているのでイケるのではないかと思ったが、そう甘くはないらしい。ならば俺がやるしかあるまい。俺は赤カブトの尻に腕を伸ばし掛けて、危ういところで思いとどまった。落ち着け……! 特別な所有権に阻まれるに決まってるだろ……! くそっ、冷静じゃない。赤カブトのカラダが俺を惑わせる。思わぬ副作用だ。俺は深呼吸して荒ぶる性欲を鎮めた。
しかし水面下で己自身と戦う俺の事情など知ったことではないとばかりに赤カブトがピンクさんをぎゅうぎゅうと抱きしめる。俺に話し掛けてくる声は無邪気そのものだ。
「ペタさん、今日ひま?」
ひまって訳じゃないが……何だよ?
「一緒にお出掛けしない? もしも良かったら、だけど……」
今ひまになった。どこに行く?
「そお? じゃあね〜……う〜ん……ペタさんは? どこか行きたいトコある?」
俺は素早く計算した。
ティナンの尽力もあり、このゲームの娯楽施設は徐々に増えているがリアルにはまったく及ばないというのが実情だ。リアルに優っていることと言えばモンスターをブッ殺したりブッ殺されたりするくらいで、つまりVRMMOの正体は村の暮らしクマさんといっしょ体験コーナーなのだと言える。よって行きたいところなどない。俺が興味があるのはデートスポットよりも赤カブトのイベントCG集めなのだとキッパリ断言できる。そういう意味では露店バザー巡りなどはポイントが高い。ふとした時にしゃがみ込んで胸チラしたりするからだ。しかし今日の俺はパンチラの気分だ。風が強いところ……高所か。よし、ワッフルの巣にしよう。
俺は悩むふりをした。
行きたいトコっていうか気になることはあるが……デートに向いてるかって言うとな〜。
「え? なになに? 気になる。言ってよ〜」
んー。ワッフルの雛って見たことある? 俺、結構あいつらに愛着あるんだよ。どのくらい育ったかなって。ただ正規のルートっつーか、普通に歩いてけるマップじゃないからさ。まぁ行こうと思えば行けるんだけど……。
パンチラショットを狙いつつ可愛い雛で赤カブトのガードをゆるくする。俺の計画は完璧だ。
AI娘はさして警戒することもなく俺の計画に乗ってきた。嬉しそうに手を打ち鳴らして、
「私も見たい!」
そういうことになった。
2.ポポロンの森
ワッフルの雛の主食はセブンだが、俺もまた副菜として名を馳せている一人だ。
もっとも最近は俺の身体をめぐってゴミとブーンで三角関係になっているらしく頻度が落ちている。
こうして赤カブトと森を散策していると、茂みに潜んだゴミがハァハァと興奮して俺を見ている始末だ。
だが生憎と俺のストーカーは優秀でな。
俺がパチンと指を鳴らすと、茂みに潜んでいるゴミにヌッと機械化した腕部が伸び、たちまち森の暗がりへと引きずり込んでいく。野太い嬌声が漏れ出て、すぐに静かになった。あらかじめ俺を狙う男は好きにしていいと言っておいたので、今頃はめいめいで好みの男を見つけて楽しんでいることだろう。
俺も知らないゴミと遊ぶのは嫌いじゃないが、俺の空気を読まないヤツにはたまにこうしてキツいお灸を据えてやらないとな。
そうした薄汚れた裏社会のオキテをあまり知らずに育った赤カブトは無邪気なものだ。弾むような足取りで俺の斜め前を歩いている。パッと振り返り、
「ペタさんは鳥さんと仲良しだもんね。呼んだら来たりするの?」
いいや、呼ばなくても来るんだ。
言うが早いか、滑空してきたブーンの蹴爪がガッと俺の肩を掴んだ。俺はあえて右肩を差し出すことで左腕の可動域を確保した。ブーンが高度を上げるよりも早く赤カブトの腰に左腕を回して刈り取るように道連れにする。
ぶっつけ本番だったが、うまく行ったな。ブーンに攫われたパーティーメンバーを救出するイベントの始動条件は今なお完全には解明されていない。ワッフルの下知によるものと言われているが、途中でブーンに食われたりもする。眷属はレイド級に絶対服従だ。少なくとも食われる場合は下知ではなかったということになる。一説によると下知の主はとある時期から雛にすり替わっており、それゆえに三パターンのイベント分岐に枝分かれしたのではないかと目されている。
赤カブトは攫われた俺を追ってワッフルの巣に向かうつもりでいたのかもしれない。撒き散らした火の輪を潜って戦闘機ばりの急加速をするブーンに甲高い悲鳴を上げて俺の頭をぽかぽかと叩いてくる。
「何コレ!? 速い速い速い落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる!」
俺はキリッとして言った。お前を手放しはしないさ。ずっと一緒だって約束しただろ?
「ペタさんのバカー!」
3.ワッフルの巣
で、デカいな……。
ワッフルの巣は改築されていた。
雛たちが成長して収まりきらなくなったようだ。巣立ちをするつもりは特にないらしく……モンスターの習性が地球の鳥と同じとも限らないし……雛たちはワッフルの巣がある大木の枝に別々に巣を作っているようだ。
一瞬、俺の頭を子供部屋おじさんという言葉が過ぎったが、俺は頭を振って追い出した。俺とセブンで育てた雛たちだ。ウチの子に限ってそんな。
しかし……少し見ない間に……なんというか……少し、ぽっちゃりしたな。
スズメと言うよりは、たっぷりと脂肪を蓄えたペンギンのようだった。
飛べるのか、これ……。
丸々と肥えた腹に対して両の翼があまりにも頼りなく見える。
しかし赤カブトの琴線には触れたようだ。
「カワイイ!」
興奮のあまりパンチラに構わず雛に抱きつく。豊満な腹に埋もれる赤カブトに、雛は特に反応らしい反応を示さなかった。脂肪が厚すぎて感覚が鈍くなっているのかもしれない。
Boon……
親のワッフルとは似ても似つかない声で鳴くと、ぐりっと首をねじって俺を見つめてくる。
よ、よう。久しぶりだな。見違えたよ、うん。すっかり大きくなって……。
雛は俺のことを覚えているようだった。
またマズいメシが来たとでも言うように、不快げに目を細める。そして巨体を重たげにのそりと動かして俺の前に寝そべると、ぱかりとクチバシを開けた。
ぎ、義務感で俺を食おうとするんじゃない……。
これにはさしもの俺も声を荒げた。
お前なッ、ハッキリ言うが食いすぎだ! 何をどんだけ食ったらそうなるんだよ!? ぶくぶく太りやがって! そんな体たらくで飛べるんか!? 飛べねーだろ! ほら、ワッフルがこっちを見てるぞ! 悲しそうな目ぇしてやがる! 親御さんに申し訳なく思わんのかお前は!
雛がクチバシを閉じてフフンと鼻を鳴らした。なんだコイツぅ!
おっとブーン。ブーンが俺の身体をぐいぐいと押してくる。やめてくれないか。キミたちはボスの跡継ぎがこんなことになって何とも思わないのかい? それは真の忠義と言えるのかい? 下知によるものだろうが、真の忠臣ならば身命を賭してでも正すべきじゃないのかい? このっ……! やめっ、やめろ! 押すな! ジャムジェムさん! 助けて! この鳥公を得意の攻撃魔法でやっつけちゃってくださいよォー!
「すぅ……」
赤カブトさんは雛の腹に埋もれて眠っていた。
おい! 寝こけてんじゃねえ! くそっ、せめてお前も一緒に食われろ! ずっと一緒なんだろ俺らはァ! 俺は金属片を手元に浮かべる。が、撃てなかった。俺は撃てなかった……!
雛たちと過ごした日々が脳裏を過ぎって、感情がめちゃくちゃになる。なんだよ、これは……! こんなのは、俺は知らねえ!
ハッ!? 俺はハッとした。俺の身体が燃えている。命の火が燃えている。【心身燃焼】……!?
心と、身体。
そのスキルの本質は残機の燃料化にある。
フリオの兄貴はエンドフレームのエネルギーを自在に操ることができた。
炎を噴出して大空を駆けた兄貴……。
あの人は、あの人たちは……内燃機関を体内に持つ種族だ。地球上で車よりも速く走れる陸上動物は居ない。しかし全宇宙に散らばる恒星は核融合反応で燃え続けている。人類の叡智のみが内燃機関に辿り着けると考えるのは自惚れだ。
そして内燃機関によって莫大なエネルギーを取り出すならば、それを制御しうる機構が必要になる。難しいのは、むしろそちらだ。驚嘆すべきは暴力的な生命力でもバカげたタフさでもない。それらを支配し、暴発を許さない制御能力にある。
身体と精神は二つで一つだ。
もしも俺たちに決して砕けない肉体があれば、もっと優しくなれたろう。より少ない食糧で生きるすべがあったなら、もっと寛容になれたろう。
それは、ひとことで言うならば「愛」ということになる。
全てを包み込むような愛を生まれながらにして持つ種族にとって、人間の心を……脳に干渉するのはどの程度の難易度なのか。
お、お前っ、【心身燃焼】で俺の心を……!?
愛……! この感情が愛なのか!?
雛がぱかりとクチバシを開けた。
くそっ、このクソガキ! それでも……!
俺は雛の口に飛び込んだ。今や俺の身体を丸呑みにできるほど大きく育った雛のクチバシがゆっくりと閉ざされる。
俺はクチバシの中でバッと両腕を広げて愛を叫んだ。
「それでも愛してるんだよバカヤロー!」
これは、とあるVRMMOの物語
どういう人間なんだ、こいつは……。
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