星の王子さま
1.山岳都市ニャンダム
出来立てのエンドフレームの装甲がこもった熱を排出するように赤い輝きを発している。五体の感覚が広がり、戦いに不必要とされる余計な機能が命の火に分解されていく感覚があった。熱した鉄を槌で打てば火の粉が散る。それらが夜陰に浮かぶ山岳都市の街並みを赤く照らしている。
舞台は特設ステージから山岳都市全域へと移り、それだけでも収まりきらずに飛び立った巨人の双眸が赤い残照を引いて眼下の山岳都市を見下ろす。
古代の英霊の記憶と力を宿した光の使徒と、未だに何者でもないプレイヤーたちが対峙した。
エンドフレームは鉄の棺と似る。正体不明の敵性体【ギルド】と戦うために与えられた力が、しかし真に運用されるのは多くの場面でプレイヤー同士の争いだ。
俺たちは運営ほど賢くはないから、彼らの「正しい選択」に乗り遅れるし振り落とされていく。だから結局は自分たちの足で歩いていくしかない。
特設ステージではマレがNAiに抱きついてすすり泣いている。内裏雛はマレが倒したようだ。NAiは疲労の色が濃い。良くやった。あとは俺たちに任せておけ、と言いたいところだが……。
俺たちの視線に気が付いたNAiが噛み付くように吠えた。
【なんだよ! 文句あんのか!?】
おお、怖い怖い。俺たちはぴょこぴょこと素早く屈伸した。
【煽ってんのかテメェーら!?】
嫌だなぁ、そんなんじゃないっスよ。マレ推しガチ勢のNAiさんチース。チーッス。
おっと、イヨママ。動くな。俺はイョママに銃口を向けた。動かないでくれ。頼む。俺らはあんたの出した問題に正解した。ひょっとこ面を外す鍵は素直じゃない女の本音を引き出すことだった。そうだろ? 俺らはあんたの期待に応えた。満点とは言えないかもしれないが、及第点はくれてやってもいいんじゃないか。だったらご褒美をくれよ。
……マレ。NAiを連れて逃げろ。ティナンには頼れない。自分の足で立って歩くんだよ。俺たちもそうすることにしよう……。いつまでもママのおっぱいに甘えてらんねえよな。世知辛い話だが……。
マレがボロボロと零れる涙を拭いながらコクリと頷いた。ぐったりしているNAiをおぶって駆け出す。
俺は触手をじゅるじゅるとくねらせて銃口をイョママとイョママが召喚した光の使徒に向けた。
……フリオの兄貴、あんたはどっち側なんだ?
敵対したとして、勝てるか? 俺たちは。フリオの兄貴に。自問するが答えは出ない。
召喚された兄貴はその場を一歩も動かず、俺たちの準備が整うのを待っていた。ドラム缶のような腕を組んで身じろぎ一つせずに俺たちを睥睨している。
……ダサい。ダサいのだ。兄貴の機体は間違いなくダサい。
なのに……。
くそっ、カッコいいぜ。兄貴……。ファンになっちまいそうだ。
フリオの兄貴を見ていると、自分の機体がひどく痩せっぽちで女々しく思えてくる。
宇宙開闢より類稀な偉丈夫を見上げるイョママが可愛らしくおねだりした。
【フリオくん、手伝って?】
それに対する兄貴の答えは的外れなものだった。
【ダメだ。イョ。お前は身体が弱いからな。無理はさせん】
【え、あ、最高指揮官が近くに来てるの?】
一瞬だけ戸惑ったもののイョママはすぐに答えを出した。それはおそらく的確なものだったが、一足飛びに本質に辿り着いてしまう彼女の思索に俺たちは付いていけない。何がどうしてそういう結論に至ったのか、まるで分からない。少し考えてみても影を踏むように何の感触も得られない。
そして、それはフリオの兄貴にとっても同様だった。
【む……。何の話か知らんが、ここはお前の指示に従うのが良さそうだ。できるか?】
【じゃあ魔石を……】
【それはダメだ】
小さな子供に対するような気遣いにイョママは人懐っこい猫のように目を細めてくすくすと笑った。屈託のない笑顔だった。
【変わらないなぁ。フリオくんは過保護だよ。あなたと比べたら誰だって不健康になっちゃう】
【それくらいしか取り柄がないからな。積もる話はありそうだが……客人をあまり待たせるのも無作法というもの。では始めよう】
兄貴は腕組みを解いて俺たちを見た。
俺たちは口々に兄貴の説得を試みた。
兄貴は聞く耳を持たなかった。
いや、反応がない。俺たちの声が届いていない……?
不審に思う俺たちにイョママが丁寧に解説してくれた。
【無駄だよ。最高指揮官のジャマーが散布されてる。あなたたちの所属はあいまいで宙ぶらりんになってるから、今のフリオくんにはあなたたちがギルドに見えてる。たぶん私のことも……幼かった頃の姿に見えてる。こういうことがあるからイヤなんだよ……】
アナウンスが走る。
【GunS Guilds Online】
【光の使徒が山岳都市ニャンダムに召喚されました】
【警告!】
【召喚者:Eight Childrenと敵対関係にあります】
【ヘイトが個体基準値を上回っています】
【敵対関係を解消してください】
【光の使徒が戦闘準備に移行しました】
【制限時間:03…02…01……】
【Failed】
【敵対関係の解消に失敗しました】
【War Battle!】
【使徒戦】
【あなたはギルドなのか?】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:儀仗兵の撃破】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【Positive Acts(光の使徒)】
【皇太子】
【儀仗兵】【フリー】【Level-1666】
兄貴が、ずいと前に出る。
律儀に名乗りを上げた。
【私はウォー・フリー・オー。ウォー・クー・ラーの子にして王星ジャスティンの皇太子だ。無辜の民らは私を白鷺と呼ぶ。お前たちもそうしろ。さあ、どこからでも掛かって来い。腕に覚えがあるものは名乗りを上げよ。この白鷺、逃げも隠れもせん!】
2.決戦
イョママがフリオの兄貴の機体に飛び乗り、逃げていくマレとNAiを指差した。
【彼女たちを捕まえて】
禍つ鳥の大群が上空を旋回している。その内の幾ばくかは高度を下げてフリオの兄貴の頭と肩にとまった。くちばしから火の粉を漏らし、ぢょんぢょんと歌うようにさえずる。
【心得た】
短く応答した兄貴が前進する。
俺たちは一斉攻撃を仕掛けた。
兄貴のレベルは1666。レイド級ほどじゃない。しかし兄貴も七土種族の生まれだ。当然、変身能力を持っている。変身されたらどんなに低く見積もってもレベル2500は越えてくる。変身される前にケリを付けるしかない。
以前にNAiが口にしたように四次職は強力なジョブが揃ってる。その職性能は素晴らしく、三次職までがお遊びに思えてくるほどだ。それを指し示すように前衛、後衛という垣根を越える役割の収斂がハッキリとした兆候となって表れていた。
メイジ系とテイマー系は統合されてシーカーに。ヒーラーと三種の生産職は統合されてエゴイストに。アジテーターは物理アタッカーと魔法アタッカーを兼ね、ブーステッドマンは二種のスライドリードに加えてクラフト技能で自らの手で武器を作ることができる。
このゲームにおいて職業は上位に進むほど収斂されていく。枝分かれしたジョブツリーはヒエラルキーの最上位たる君主に通じる。
固有スキルは一人につき一つというゲームデザインがそうさせるのだ。
どれほどレベルアップを重ねようとも新しいスキルを獲得することはないから、上位職は一人で何でもできるようになっていく。
先陣を切ったのは名だたる廃人でもなければ、俺のように自分が偉いと勘違いした一発屋でもなかった。
バカげた経験値テーブルによりプレイヤーの主力は攻略組から圧倒的大多数を占めるモブキャラへと移り変わりつつある。
プレイヤーの身体能力はレベル依存だ。フィジカルが互角なら技量で圧倒するのは一気に難しくなる。格闘技というものは身体を鍛えている人間が使うから強いのだ。
残像の尾を引いて高速でフリオに接近した機体が至近距離から電撃を放つ。他の機体があとに続き、ありとあらゆる角度から打撃を打ち込んでいく。同士討ちを恐れることなく飽和した火線を保ち続ける。敵機を過小評価して攻撃の手は休めるようなアホは居なかった。巻き上がった戦塵が兄貴の姿を覆い隠しても構わず砲撃を叩き込んでいく。
戦塵を掻き分けて突き出された太い腕が、知らない粗大ゴミをむんずと掴んだ。万力の如し膂力で引き寄せ、岩石のような拳を腹に叩き込む。知らないゴミの身体がくの字に折れて血反吐を撒き散らす。
【げえっ……!】
兄貴は無傷だった。新品同然の鋼鉄のボディが光を反射してギラリと輝く。
俺は動揺した。れ、レベル1666なんだろ……? レベル3000オーバーのレイド級ですらエンフレの一撃をまともに浴びたらちょっとくらいは嫌そうな顔をするぞ……。
種明かしは即座に実行に移された。
腹パンを食らわせた粗大ゴミを兄貴がじっくりと観察して、戦闘不能と見たか、パッと手放した。地響きを立てて地べたに転がった粗大ゴミから命の火が徴収されていく。
……【心身燃焼】……。
兄貴が前進し、別の粗大ゴミをむんずと掴む。ぐいと引き寄せて腹パン。
兄貴の戦法はごく単純なものだった。
攻撃されようが何だろうがお構いなしだ。
俺は驚愕した。
あ、あいつ……元社長め……嘘を吐きやがったな。
フリオの兄貴は変身すらしていない。
この宇宙には、ある特定の分野において暫定エイリアンをも上回る種族が居たのだ。
フリオの兄貴の肩の上で、イョママが誇らしげに胸を張っている。こちらも無傷だ。【心身燃焼】の恩恵に預かっているのだろう。イョママは言った。
【フリオくんは強いでしょ。この人は特別なの。まぁ特別と言うか、何と言うか……】
五人目の粗大ゴミを葬った兄貴が何ら恥じ入ることなく言ってのける。
【私は不能だ。性欲を知らぬ。女を抱くことを知らぬ。ゆえに童貞であり、あまねく人々を等しく愛そう。この世界は美しい】
不能王ウォー・フリー・オーが進撃を続ける。阻むものを腹パンで沈め、たゆまず山岳都市を歩いていく。
彼には俺たちがギルドに見えている。イョママは確かにそう言った。
それなのに、兄貴は裡でくすぶる情熱を持て余したかのようにバッと両腕を広げてこう告げたのである。
【回復してやろう!】
兄貴の身体から発散された命の火が山岳都市全域で燃え上がる。
俺たちはもうどうしていいのか分からなかった。一気に分からなくなった。
やけくそになって兄貴の逞しい身体にしがみ付く。
兄貴は止まらない。俺たちを引きずって前進する。
今度は俺の番だった。
むんずと掴まれて、兄貴の身体をまさぐっていた触手を力尽くでベリベリと引き剥がされる。このパワー……!
ぐうんと片手で持ち上げられた俺の真ん丸ボディに兄貴の巨拳が突き刺さる。
ゲェーっ!?
これは、とあるVRMMOの物語
いいぞ、もっとやれ!
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