お祭りへ行こう!
1.山岳都市ニャンダム
ウチの子たちに慰められながら夏祭り会場に向かっている。
「ほら、泣かないの」
だって、だってぇ……!
俺はひょっとこ面の奥でぐしぐしと洟をすすった。
お面が邪魔で涙と鼻水を拭えないし、今更になって真人間に戻れるのかと不安で仕方なかった。俺は今までゴミどもに散々ひどいことをしてきたから、怒りと憎しみを失ってしまうと途端に脆くなるのだと初めて知った。それらは匿名の悪意に対して鈍感にしてくれる心の鎧でもあったのだ。
俺は世界を呪って生きてきた。そう言うと少し大袈裟かもしれないが、俺の人生を好みと違う色で塗りたくってくる全てのものへの怒りがあった。きれいなものだけでキャンバスを埋めたいのに構想にないものを盛りに盛られて、そのたびにテーマの変更を余儀なくされる。もう取り返しがつかないのだと自覚してしまったら心が折れそうになるから鈍感になって生きていくしかない。
悲しかった。心細かった。地球上において人間は食物連鎖の頂点だ。なのに、ちっとも楽にならない。まるで目には見えない意思が人類という種にマラソンを強要しているかのようだ。今からトップ集団に追いつけるとは到底思えなくて、では自分は何のために走っているのかと不安になる。
それらを一言にまとめると「死ね!」ということになる。怒りと憎しみだけが己の人生を肯定してくれるものだった。
しかし腹立たしいことに、世の中には心を奪われるようなキレイなものもあるのだ。
「わぁ……!」
俺たちは感嘆の声を上げた。
山岳都市は一夜にして夏祭り会場へと変貌を遂げていた。
頭上に張り巡らせたヒモか何かから数え切れないほどの提灯が吊るされている。和紙越しに漏れる光に不思議とぬくもりを感じる。
所狭しと並んだ屋台を、浴衣姿のキレーなチャンネーとひょっとこ面のゴミが見て回っている。
遠くからドン、ドンと和太鼓を叩く音が聞こえてくる。横笛の音色が夜空に溶けていく。
これは……ティナンと生産職連合の仕業だ。ティナンが本気になれば種族人間の監視の目を掻い潜ってごく短時間で山岳都市を祭り仕様に塗り替えることはできる。ただしそのためには綿密な前準備を要する。あまたの生産職を抱える連合ならそれができる。
へっ、あいつら……。
目の前の光景に圧倒されて、俺は急に元気になった。俺の胸に灯ったのは馴染み深いあの感触だ。
俺をハブりやがったな。
……俺だって生産職の一員なのに、こんなのは一言たりとて聞いちゃいない。明確な意思を以て蚊帳の外に置かれている。おそらくは俺が関わるとろくなことにならないと思われているのだ。
おめかしした歩兵ちゃんが特徴的なモノアイを俺に向けてカシャカシャとシャッター音を立てる。照合された。
……そうかい。ネフィリアも一枚噛んでるんだな。
今やネフィリアの許可なくしてこの手のイベントは成立しない。歩兵ちゃんをレンタルしたゴミどもは放っておくと街中でサバゲーを始めるからだ。
ネフィリアめ。うまくやりやがったな。ここまで読んでいたのか。この俺に片棒を担がせるとは。……しかしこれで貸し借りはナシ。今回の件は目を瞑るとしよう。
あっ、マグちゃんどこ行くの!
マグちゃんがパッと屋台に走っていく。射的の屋台だ。マグちゃんはコルク銃をまじまじと見つめて、
「……銃をクラフトしたの? どうやって?」
マグちゃん。それはコルク銃だよ。弁を開け閉めして空気圧でコルクを飛ばすんだ。火薬は使ってない。まぁ子供のおもちゃみたいなものかな。一度やってみる?
マグちゃんは赤い瞳でじっと俺を見つめてからコクリと頷いた。
よしよし。俺は役得とばかりにマグちゃんを抱き寄せて射的の指南をした。でへへ……。マグちゃんって細身だけどすらっとしててスタイルいいよな。
んおっ、赤カブトと半端ロリが居ねえ! おい金髪っ、じゃねえポチョ! マグちゃんを頼む!
ポチョは青い目ん玉で俺をじっと見てからコクリと頷いた。
「今の金髪呼ばわりは良かった」
どういうことなの? 俺はもうコイツが何を考えてるのかさっぱり分からない。もはや国内製じゃないからとかそういう問題じゃない。むしろ海外製であることを良いことにめちゃくちゃやってるふしすらある。
ええいっ、とにかくマグちゃんから目を離すなよ!
まったく、どいつもこいつも。会場に着いたら先生やアットムと合流すると言っておいたのになんで勝手にどっか行くんだ。
しかしゴミが多すぎて誰が誰やら分からない。半端ロリとAI娘一号のアイデンティティを否定するようで申し訳ないが、若干ロリが入ったプレイヤーや赤毛のプレイヤーなど珍しくも何ともないのだ。スタンダードの一形態ですらある。なんなら回り回って金髪碧眼のほうが珍しいくらいだ。あえて王道は避けるという傾向がネトゲーマーにはある。
俺は目に力を込めると、記憶にあるスズキと赤カブトの浴衣の柄に標的を絞って他にフィルターを掛けた。スナイパーモードへ移行。黒い金属片でスコープを組み上げ、視界に浮かんだ照準を上下左右に振る。しゃがみ込んでいるスズキと赤カブトの尻を照準に収めた。スコープをキリリと回して倍率を調整する。今……! 俺はスクショを撮影した。
黒い金属片を散らして二人に歩み寄る。
お前らなぁ、黙ってどっか行くのはやめろよ〜。
「あっ、ごめん!」
「ペタさんコレ! コレやりたい!」
あん? 型抜きか。時間掛かっから後にしようぜ。先生とアットムが待ってる。どうしてもって言うなら俺の手を貸してやるから。な?
冗談めかして手を差し伸べると、赤カブトさんが抜き打ちした剣をスーッと鞘に納刀していく。パチンと鍔鳴り。俺の手首がゴトリと地べたに落ちた。
は、疾い……。俺は胸中で呻いた。手首から先を切り落とされた腕を掴んで止血しながら分析する。
今のはスラリーの部位別使用だ。魔法職の赤カブトは低速固定の第一段階しか使えないが、殺傷圏内を狭めることで力を一点に集中したのか。慣性を保存し、振り上げる動作と硬直時間をキャンセルした……。理屈から言えばそれは可能だ。身体への負担は増すから一定以上のレベルさえあれば。いずれにせよ非常に高度な技術を要求される。
しかし今のは……【敗残兵】の空中殺法と言うよりは、ポチョの……。
地べたに転がる俺の片手を赤カブトは素早く回収した。頬に押し当てて「えへへ」とはにかむ。
俺は強い羞恥心に襲われた。
ば、ばか。隠せ。人に見られるだろ……。
顔を上げた赤カブトと目が合う。提灯の明かりに照らされて、彼女の瞳がキラキラと輝いて見えた。俺は吸い寄せられるように目を離せなくなる。雑踏に紛れても不思議ではないのに、彼女の息遣いがイヤに艶かしく俺の耳に届く。
「もしもーし」
スズキの声に、俺はハッと我に返った。
「一応、私もココに居るので二人の世界に入るの遠慮して貰っていいですか?」
赤カブトはサッと頬を染めた。からかわれたと察してか、拗ねたように言う。
「す、スズキさんっ……!」
スズキはころころと笑っている。
無口キャラだった過去が嘘のようだ。まぁ実際、こちらが素に近いのだろう。無口キャラ時代のですます調は聞くに堪えないほどのひどいクォリティだった。あれは演技だろう。キャラ付けに失敗したか。そうだよな、女だってモテたいさ。誰だってシンデレラになりたいよな。
よし、行こうぜ!
俺が声を掛けて先に歩き出すと、スズキと赤カブトは体当たりするような勢いで俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。おお、今夜の二人は少し大胆だな。俺はドキドキした。
浮かれているのはポチョとマグちゃんも一緒だ。屋台に目移りしてすぐにふらふらし出すウチの子たちを引率するのはなかなか骨が折れた。しかし悪い気分ではなかった。非日常的な雰囲気が軽めのお触りを許容してくれたから。俺が冷静でいられたのは、屋台よりもウチの子たちの浴衣姿に興味を引かれていたからだろう。普段はそういう雰囲気にならないマグちゃんですら、俺が偶然を装って身体を密着させると恥ずかしそうにもじもじする。凄くイイ。
しかし本日のMVPを一人挙げろと言われたならアットムくんということになる。
アットムくんは女体化していた。ちゃんと浴衣も着てる。
興奮した俺は俺によるスクショ撮影会を開催した。
お前やるじゃん! アットムよぉ〜! そうか、女キャラに化けたら浴衣貰えるもんなぁ〜! よっ、天才!
いくら俺が節操なしでハーレム願望丸出しのクソ野郎といえど、さすがにウチの子たちにセクシーポーズを要求するのは躊躇われる。しかしアットムくんは俺の相棒なので遠慮なく俺の欲望をぶつけることができる。男ってのはそうやって信頼関係を築いていくのだ。
アットムくんは照れながらも俺のスクショ欲を満たしてくれた。俺のひと夏の思い出はアットムメスで埋まった。
着衣の乱れを整えたアットムと手を繋いで待つことしばし。
撮影で忙しい俺に代わってウチの子たちを引率してくれていた先生と合流。
先生も浴衣姿だ。理由はよく分からない。性別は男を選択しているハズなのだが、着ぐるみ部隊の皆様方は何故か浴衣を配布されているらしい。たぶんNAiの趣味だろう。あのポンコツ天使は運営側でありながら平気で特定のプレイヤーを贔屓する。公平性を重んじる運営ディレクターと敵対関係にあるため、対抗心から来るものなのかもしれない。
数々の戦利品を携えた先生は頭にウルトラマンのお面を付け、りんご飴とわたあめで完全武装している。ウチの子たちの誰よりも夏祭りをエンジョイしているようだった。
「コタタマ。私とアットムは打ち合わせがあるので、いったんティナン姫の屋敷に向かう。そろそろ花火が上がる。楽しんで行きなさい。では」
しゅたっとりんご飴を持つひづめを上げた先生が駆け去っていく。アットムもバイバイと手を振って先生のあとを追う。
できることなら一緒に花火を見たかったが仕方ない。打ち合わせをするならゴミどもが大人しくなる花火の時間になるだろう。
二人を見送ったあと、ウチの子たちは女体化したアットムくんの話で盛り上がっていた。
「アットムくん綺麗だったね」
赤カブトが放心したようにそう言えば、何故かスズキが誇らしげに答える。
「でしょ。しかも笑うと可愛いんだよ」
「アットムは私が育てた」
ポチョが自分の手柄を主張し、マグちゃんが意地を張る。
「でも男じゃん」
「分かんないよ〜? 私、アットムとリアルで会ったことないもん」
スズキがデリケートな話題を広げに掛かると、俺に飛び火してきた。俺のとなりに座ったポチョが俺に頭をすり寄せて尋ねてくる。
「ママは? 女の人だったりしない……?」
やめろやめろ。俺のリアルを探るな。俺を殺すつもりか。お前らの口がどんなに固くても態度には出るし、口を割らせる方法なんか幾らでもあるんだぞ。人間の理性なんか当てになるもんか。こんなに可愛い女どもに囲まれてよ〜、俺が知らないゴミの立場なら俺に成り代わることを考えるね。いい機会だから合言葉でも決めるか。
空気が変になった。
スズキとポチョと赤カブトが頬を赤らめて俯く。
……なに? 俺、なんか変なこと言った?
三人を代表してスズキがボソリと答える。
「……私たちが殺したくなるのコタタマだけだから」
……そ、そうか。
俺はそれだけ言った。
由々しき問題だった。つまりコイツらにはコタタマシリーズによる撹乱が通用しない。
一方で嬉しく感じている。それもまた偽らざる本音だった。いや、安堵だろうか。コイツらが俺以外の男を殺すのは正直……イヤだな。コイツらが殺す男は俺だけであって欲しい。俺は独占欲が強いほうだから、尚更そう思う。それは俺からしてみるとごく自然なことだった。
恥ずかしがってもじもじしている俺たちに、マグちゃんは呆れていた。
「頭おかしい、この人たち」
ひゅるる〜、どん
花火が上がった。
制限により種族人間に火薬はクラフトできないので、人力花火だ。
人間爆弾さんを打ち上げて自爆して貰っている。
ベジータ流に言うと汚い花火ということになるのだが、遠目に見るとそれはとても美しかった。程良い距離感が生命のグロさの解像度を下げてくれる。飛び散る肉片や鮮血を夜の優しさが包んで覆い隠してくれていた。
先生とアットムも武家屋敷で俺たちと同じものを見てるのかな……。そうだといいなと俺は思った。
これは、とあるVRMMOの物語
やだー! 働きたくないー! ああっ、プッチョムッチョー! 手をッ……! ぐっ、もう少し……ああ! マレっ!? 貴様! 裏切ったな!? 私の気持ちを裏切ったな! お前だけは私の味方だと思っていたのに! マレ! マレー!
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