夏、夜道、男二人……
1.クランハウス-居間
部屋で浴衣の着付けをしているウチの子たちを居間で待っている。
本日より夏祭りイベントとやらが始まる。
女キャラには無償で浴衣が配布されるようなのだが、膨大な数の柄から選択できるらしく、おもに元無口キャラのセンスが心配だった俺は当日にウチの丸太小屋で一度集合するよう提案したのだ。
ヤバいと言えばマグちゃんもヤバい。普段着は別に悪くないし、むしろ俺なんかより良いくらいなのだが、マグちゃんは浴衣なんて着たことないだろう。センスに問題はなくとも知らないものはどうしようもない。西洋風のドレスと同じ感覚で選ぶとクソ地味になるか、ラストダンジョンに挑むくらいの気持ちでアクセサリーをゴテゴテに盛りかねない。
トントンと階段を降りてくる音。
この足音はポチョとスズキだな。
着付けレースを制したのは金髪ロリコンビだったか。ウチで浴衣を着付けをできるのは半端ロリとAI娘一号なので、人間組とAI組に分かれて貰ったのだ。問題児二人に一気に来られると俺はショック死しかねないという懸念がある。つい先日、闇ダンでショック死したもんだから俺は自分の心臓への信用をわずかに失っていた……。
俺は階段側に背を向けてソファに座ってゴミどものプロフィールを眺めている。
金髪ロリコンビがそろそろと俺に歩み寄ってきて、ぽんと俺の肩に手を置いた。と同時に「わっ!」と俺を驚かせようとしてくる。
俺はぐりっと首をねじって二人を見た。
「えー!?」
逆ドッキリ成功。
ひょっとこのお面を付けた俺はケラケラと笑った。
甘いよ甘い。俺は普段、階段側に座らないだろ。そこは疑って掛からないと。俺はひょっとこのお面を外そうとしたが顔面に張り付いて外れなかった。へえ? 外れないんだ?
このひょっとこのお面は男キャラに配布されたアイテムだ。外れないのか……なるほどな? プフさん主導のイベントとあって少しばかり油断しちまったかな……。
まぁ座って。俺は金髪ロリコンビに着席を勧めた。
AI娘一号と二号が揃うまで、居間でお喋りしていよう。金髪ロリコンビの出来栄えを俺はじっくりと眺める。
ほう。ほうほう。俺は二度三度と頷いた。
こりゃあ少しばかりスズキさんを見くびってたか? どうやら俺の負けらしい。悪くない……どころかイイ。イイじゃん。
俺はぺこりと頭を下げた。疑って悪かった。スズキよ。お前、ちゃんと俺の言ったこと守ってたんだな。お前、がんばったよ。俺から言えることはもう何もなさそうだ。
俺に絶賛されてスズキさんはくすぐったそうに身じろぎした。
「えへへ……。ポチョに選んで貰ったんだ」
ダメじゃん。誉めちゃったよ、俺。割と手放しに。俺はそう思ったが口には出さなかった。相方に選んで貰ったということは、本日のポチョさんとスズキさんはリアルで遣り取りしているということだ。ウチの子たちのオフコラボについて俺は口出ししないと決めている。ヘタに話題を振るとヤバいからだ。
俺は素早く話題を変えた。
何気にポチョはセンスいいよな。いいコンビだよお前らは。て言うのもだな、俺はマグちゃんが心配なんだよ。浴衣って見ようによっては地味だからな。知らないとネックレスとか付けてきそうじゃんってのもあってウチで集合しようって言ったんだよ。そうそうマグちゃんと言えば……あのさぁ、マグちゃんって悪知恵だけ働くタイプの子だよな。
この前さぁ、レベルいくつ?っていう話になって……。なんでそういう話になったんだっけかな。ああ、クラスチェンジの話だったかな? なんか四次職の方向性が怪しくなってきてね?っていう話してて。いや、俺さぁ。もう新ジョブの話は聞き流すようにしてんのよ。だってレベル40とかどう考えても無理じゃん。イヤもうレベル20ですら厳しいんだよ。たまに狩りに行ってもゴミどもが絡んできて俺が喋って一日終わるもん。狩りに行ってんのにモンスターと一回も戦わずに帰るみたいな……。そんでゴミどもに文句言われるんだぜ。話が長すぎるだのお喋りクソ野郎だの。だったら絡んでくるなやって思うじゃん?
俺はぐっと身を乗り出して声を潜めた。内緒話をするようにボソリと呟く。
……俺から絡みに行くから無駄なんだよね。
「ちょっ、怖い怖い怖い……。そのお面なんなの? 外れないの?」
外れないんだよね。いや、怪しいなとは思ったよ? 思ったけどさ、床に転がってたら一度は付けてみるでしょ。ドラクエの呪いの装備ってあるじゃん。あれ、あからさますぎて回避余裕なんだけど、いや〜アイテム名が分かんないと普通に引っ掛かるもんだな。呪いを解除する呪文のシャナクってあるじゃん。こんなの使わねーよって思ってたけど、実際に冒険者の目線だとスゲー重要な呪文だったんだな。まぁこのゲームに呪いを解く魔法なんてないんだけどね。
で、話を戻すけど。マグちゃんがさぁ、四次職のルートがおかしいって言うんだよ。なんか思い出したのかな。知らんけど。四次職にあるハズの司教がないって。まぁそういうの調べるのはサトゥ氏辺りの仕事だよねって、俺。そしたらさぁ、マグちゃんが俺のレベル最高記録で幾つなの?って聞いてくんの。絶対に分かってて言ってるんだよなぁ。そう、マグちゃんがレベル6になったんだよ。めっちゃ煽られたんだが?
そうこう言ってると、AI娘一号と二号がドタバタと階段を駆け降りてきた。マグちゃんが素早く俺を盾にして赤カブトを警戒する。
「ちょっと〜! ジャムがキモい! 何とかしてよ!」
「キモくないよ」
言下に否定した赤カブトが回り込んでマグちゃんを捕まえようとした。マグちゃんが悲鳴を上げる。
「キモいキモいキモい! なんで触ろうとしてくんの!?」
「お揃いですね、パールマグナ」
「お揃いじゃねーし! ちょっと似てるってだけだろ! ふ、フルネームやめろ!」
「運命的なものを感じませんか」
こらこら。即答して追い詰めるのはやめなさい。俺は仲裁した。
赤カブトのサトゥ氏に植え付けられた悪いトコが出ている。戦闘マシーンの片鱗だ。
マグちゃんを庇う俺を、赤カブトさんは例のガラス玉のような目ん玉で見つめてくる。
「ペタタマくん。そのお面はなんですか?」
呪いのお面ですかね。
「外れないのですか?」
よくご存知で。ええ。
「そうですか。では、試してみましょう」
俺は赤カブトに手を引かれて部屋に連れ込まれた。
2.ポポロンの森
結論から言うと、ひょっとこのお面は外れなかった。顔面ごと取り外してもダメなら何をしても無駄だろう。
俺たちは女神像とウチの丸太小屋の中間地点で合流した。
赤カブトさんは俺の顔面を取り外して平常心に戻ったようだ。マグちゃんと腕を組んで楽しそうに歩いている。
マグちゃんは憮然としているものの、もはや諦めの境地に達しているようだった。無理に腕を振りほどこうとはしない。赤カブトの計画は順調に進んでいるようだ。
道すがら、目に映るゴミどもは俺と同じようにひょっとこのお面を付けているやつばかりだ。……やっぱり付けちゃうよな。
迷子にならないようスズキに手を引かれているポチョが俺に尋ねてくる。
「先生は? あとアットム」
俺は一度説明したことをもう一度説明した。
二人とは山岳都市で合流する。今回のイベントに関わってるっぽい。大々的にティナンが動いてる。その割には情報規制が徹底してて、どうやらティナン王族の勅命が走ってるらしい。たぶん信頼が置けて口の固いプレイヤー……つまり着ぐるみ部隊のことだが……神々を味方に引き込んで何かを企んでる。まぁ行ってのお楽しみってトコかな。
俺は楽観的だ。プフさんを信用している。プッチョムッチョはイョママを気にしていたが、俺はイョママを信じてみようと思う。イョママのおっぱいを信じたい。ママのおっぱいだけは嘘を吐かないんだ。むしろおっぱいを信じられないなら俺たちは何を信じればいいのか。
俺は完全にイカれていた。自覚はあるが、どうにもならない。
イョママは生産職の極致だ。一度接してみて分かった。イョママにあってョ%レ氏にないもの。それは魔石を生み出す「眷属」の差だ。ョ%レ氏は……俺たちに構っているうちはイョママには敵わない。自分の血を魔石に変換することはできるようだが、その遣り方ではクラフト技能の絶対の欠点であるタイムラグを克服できない。上等な魔石をあらかじめ用意しておくことだけが唯一の正解なのだ。
モョモ氏と元社長がやたらと俺たち種族人間に何かあるのかと疑っていたのは、そのためなのだろう。クラフト技能……【黄泉比良坂】の固有スキルを持つものにとって、魔石の供給源はこの上なく重要なことなのだ。
今となっては俺ですらこう思う。
何故あのタコ野郎は俺たちを選んだのか。
……俺は呪いのお面という発想に打ちのめされていた。
外せない。たったそれだけのことで、こんなにも……。
知らないゴミがおそるおそる俺に近寄ってくる。ひょっとこのお面越しに不安そうに、
「崖っぷち、か……?」
……ああ。俺だよ。お前は……知らないゴミ、か……?
俺もまた不安だった。
顔が見えないというだけで、こんなにも無感動になれるものなのか……。いつものあの感覚がやって来ない。湧き上がってくるものが何もない。敵意も、殺意も、何も。
知らないゴミも戸惑っている。歯切れ悪く同行を申し出てくる。
「そっ、か……。じゃあ、まぁ……夏祭り、行くか?」
そう、だな……。
……このお面を作ったのは、たぶんイョママだ。
俺たちは争いの根源にある顔面偏差値を封じられ、争う理由を見失っていた。難癖を付けようにも、気に入らない目つきをしているという言葉すら虚しくお面の表面を滑るばかりだ。
罵り合うことすらできずに、俺たちは森を歩いていく。
俺は知らないゴミの首を刎ねてやりたかった。いつもそうしているように。なのに、間抜けなひょっとこ面を見ていると、ちっともそんな気になれなかった。
後ろではウチの子たちがきゃあきゃあとはしゃいでいる。森に響くかしましい声の切れ目に、俺と知らないゴミは適正な距離を探り合うようにボソボソと喋っている。
「……お面、やっぱ付けちゃうよな」
あ、うん。俺も、うん。さっき、そう思った。うん……。
「どうやっても外れなくてさ。壊したらって思って、モンスターに喧嘩売ったら普通に殴り殺されたわ。壊れなかったし。はは……」
ん。所有権っスかね? 俺も試しに顔面ごと剥がしてみたんだけどダメでさ。参っちゃうよな。はは……。
「そうっ、スね……」
リアクション、薄くないっスか? 他になんか……ね? あるっしょ。殺し、ちゃうっスよ?
……無理に喧嘩を売ろうとしたら妙な具合になった。
「いや、まぁ……。っスね。あ、殺し合ったり、します? なんか、案外、そのほうがいいかもって……」
あ、いや、どうっ、スかね。ヨーイドンじゃ、俺、勝てねえっつーか。そう言われると、やりにくいってのは、あるかな……。
「で、すよね」
で、すよ。うん……。
「じ、じゃあ、この辺で……」
あ、はい。
……知らないゴミがバイバイと手を振って深部のほうに歩いていく。そちらに用事はないハズなのに、気まずさに耐えられなくなって……。
う、うおおおおおお!
俺は斧を振り上げて知らないゴミに襲い掛かった。いつもの自分を取り戻すために、ただそれだけのためにやったことだった。俺の中に怒りや憎しみはない。俺に根ざしたハズのそれを呼び覚ますために己を鼓舞して襲い掛かった。
待っていましたとばかりに知らないゴミが斧を振り上げる。俺と知らないゴミの斧が交差した。武器越しに間抜けなひょっとこ面が俺を見つめてくる。
俺と知らないゴミの腕からフッと力が抜けた。
俺たちはどちらからともなく地べたに這いつくばって慟哭を上げた。
なんっ、なんだよ、これはぁ!
こんなのはッ、俺じゃねえ!
お前はッ、誰なんだよ!?
俺たちは抱きしめ合っておいおいと泣いた。
殺し合うことすらできない自分たちがみじめで仕方なかった。
マグちゃんがぽつりと言う。
「どうしちゃったの、あの人たち……」
これは、とあるVRMMO
殺し合うことでしか己を保てない哀れな生き物になってる……。
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