アットムの戦い
1.山岳都市ニャンダム-露店バザー
俺は細工師に戻った。
タコ野郎の像に土下座して地べたに頭を擦り付けて就職した。心にもない美辞麗句を並べ立てて最速で内定を貰った。ちっぽけな、しかしどうしても捨てることのできなかったプライドをブン投げて高速で手のひらを返した。ウチの子やシルシルりんにそれだけはできないと突っぱねていたのに、俺の無様な就職活動は当然のようにゴミどもに撮影されて、ありとあらゆる角度から動画サイトに投稿された。ゆっくりにも解説された。一体どれだけの言葉が嘘になったのか分からない。なんなら無職のままで居たほうがオイシイという説すらあった。
それでも、こんな俺にだって譲れない一線というものはあった。
シロ様クロ様である。
俺が細工師としてイチから再出発するということで、シロ様クロ様の細工師講座を受けている。
「あ、待って。コタタマくん。そうじゃなくて、こう。ね?」
シロ様が俺の繭に手を入れてくる。肉球のやわらかな感触が俺の手の甲に触れる。
あ、こうですか? えへへ……。
シロ様クロ様は上機嫌だ。不人気職の細工師が増えるのが嬉しいようで、レクチャーの傍ら俺に密着してくる。ち、ち、近いな? 俺はドギマギしている。カッコイイところを見せてリードしたいのに、ちっとも頭が回らない。口元はだらしなくゆるむし、脳みそがぽかぽかと温かくて汗が止まらない。
俺が往来でしまりのない顔をしていると、通りすがりの知らないゴミが嬉しそうに絡んできた。
「崖っぷち〜」
オンドレぁ! 跳ね上がった俺の斧を知らないゴミは仰け反って躱した。浅く裂けた頬を指でこすって付着した血をペロリと舐める。
「へへっ、ワンパターンなんだよオメェーはよ〜」
言うなり、俺の身体を見て不満げな顔をした。
「……また女のカッコしてんのかよ。どーも調子狂うぜ」
バンシーモードである。
シロ様クロ様にご迷惑を掛けないよう化けたのだが、もう最近じゃ女だろうとお構いなしだ。とはいえ女の姿をしている俺を殺すのは抵抗があるらしく反撃して来ない。けけけっ、ざまーみろ。
しかし代わりに余計な口出しをしてきた。
「崖っぷち〜。シロ様クロ様はオメェーがどんな商売してるのか知ってるのか〜?」
んー? ご存知なんじゃないかなー。結構手広くやってるしー。
「トボけんじゃねえ。オメェの言う武器精錬のコトだよ〜」
ははっ。殺すぞ〜?
ここぞとばかりに告げ口してくるゴミに、俺は耳の裏にウッディを生やしてビッとレーザー光線を放った。ウッディの姿は俺の耳に隠れて見えていないハズだ。俺の耳を貫通した一閃に、しかし知らないゴミはボクサーよろしく上体を左右に揺さぶって回避した。
「そう来ると思ったぜ〜。言ったろ。ワンパターンなんだよオメェーは〜」
頭を狙うと読んでいたのか。くそっ、通りすがりの知らないゴミが俺の心理に精通してやがる。ウッディのステルスアタックすら通用しないとは……。
このゴミを始末するのは少しばかり骨が折れそうだ。俺は素早く路線変更した。ぺらぺらと口を回す。
誤解を招くような発言はやめて欲しいな〜。武器精錬は強制じゃないんだよ。俺は消費者のニーズに応えてるだけ。言うなればプリクラなんだよね。女の子が可愛く撮りたいって言ってるから、こういうふうにデコったらいいんじゃない?って提案してるだけなんだよね。
「人体実験をプリクラと言い切るか……」
そりゃゲームだからね。むしろ何の違いが? ここに居る俺らはデータ、つまりデジカメの画像データと同じ立場なんだぜ。だったら少しでもカッコ良く加工してやりたいよな? お肌をキレーにしてよ、おめめパッチリ、小顔に色白、武器腕、多脚は男のロマンだぜ。だろ〜?
……シロ様クロ様はお手元で日傘をくるくると回している。
「コタタマくんがそういうことやってるのは知ってるけど……。ね、クロ」
「うん、シロ。……あのね、エンドフレームに変身する時の君たち、もっとひどいことになってるからね?」
へ? 俺と知らないゴミはきょとんとした。
「……いや、エンフレは、なんつーか、仮面ライダーとか戦隊モノの変身みたいなモンなんで。へんしーん!みたいな。そういうノリなんで」
だよな。俺は知らないゴミの意見に同意した。
しかしシロ様クロ様に言わせてみれば違うらしい。
「……だって血が凄く出るよ? どちらかと言えば変な薬を打たれて理性を失っちゃった人だよ?」
「女の子は全然そんな感じじゃないのにね……。なんで男の子の変身は痛そうなの?」
いや、そりゃあ、まぁ、そのほうがカッコイイから、とか? なぁ?
知らないゴミは俺の意見に同意した。
「そう、な。うん。……え? カッコ良くないですか? なんか、こう、犠牲を払って変身みたいな感じなんですけど……」
シロ様クロ様は俺と知らないゴミの意見に同意してくれなかった。
えー? でも、言われてみれば痛い思いして変身するのがカッコイイってのは変、か? これはアレだな、魔法少女と改造人間の違いかもしれんな。本郷猛は改造人間なのであって、超人的なパワーを持ってるけど一歩間違えばショッカーの怪人にされてたっていう背景がある訳よ。な?
俺は背伸びして知らないゴミの肩にひじを乗っけた。
おっとアットムくん。アットムくんがひょいと顔を出して俺を知らないゴミから引き離した。
ようアットム〜。
急に登場したアットムくんに知らないゴミが急にテンションを上げた。
「アットムだと……! オメェーがアンデッド殺しの骨抜きか!」
うっ、知らぬ間になんか異名みたいなの付いてる……。
ネカマ六人衆のように面倒臭いからとワンセットで呼ぶやつとは違う。このゲームにおける異名は迷惑プレイヤーの代名詞のようなものだ。それは晒しスレで決まる。偽名を名乗るゴミが多すぎたのである。しかもその手のゴミは悪さをする時に備えてビジュアルが似てるプレイヤーのキャラネを調べてストックしておくため、迂闊にスレで名前を出すこともできない。
知らないゴミは興奮している。
「面白ぇ! 噂にゃ聞いてる。掛かって来いよ!」
強い男と見ればすぐにコレだ。
まぁ弱い男に価値がないのは本当だ。
ネトゲー史においてプレイヤー同士の交流はどんどん簡略化されている。
ソシャゲーに至ってはスタンプを押すだけというパターンもある。
他のプレイヤーが育てたキャラクターを助っ人に呼べても、キャラクターのデータを拝借しているだけなので中の人は不在という有様だ。呼ばれたほうは召喚回数に応じてフレンドポイントが入るので、そいつで無料ガチャを引く。当たるのはまずゴミだ。
喋る、喋らない以前に他のプレイヤーと会うことがない。会えても最初から最後まで戦闘中なので挨拶を交わす程度だ。それもスタンプで。
自由な会話を許せば使えない雑魚キャラは身の程を知れと諭され、課金戦士は雑魚キャラから廃課金乙と煽られ、そのどちらでもないミドル層は声を掛けられることすらなく植物のように生きていくことになる。
オンラインゲームにおいて、実のところプレイヤー同士のコミュケーションは不要であり、スタンプを押すというBOTでもできるような簡単な仕事だけが求められていると気付いたのは……気付かれてしまったのはいつの頃だったのか。
人格を封じられ、ほんの少したりとて不快な思いをしないよう計算され尽くしたスタンプを押すマシーンと化したプレイヤーは、それゆえに強さでしか自己を表現できない。
そこにネトゲーの真髄を見出してしまったならもう戻れない。強い男だけが彼らの関心を強く惹きつけ、心に吹く隙間風を埋めてくれる存在だった。
しかしネトゲー歴が浅いアットムにとってそうした感傷は理解のできないものだった。堪らないといったように舌舐めずりをする知らないゴミを不快げに見つめるばかりだ。
極上の美女に誘われたかのように、あっさりと忍耐を放棄した知らないゴミが仕掛ける。
「愛してるぜ! アットム〜!」
アットムが吐き捨てるように言う。
「軽々しく口にするなよ。そんなに簡単なものじゃないだろ」
怪鳥のように飛び上がった知らないゴミが空中で左右に分裂した。スラリーの残像をうまく使うとそういうことができる。消音効果と残像のエフェクトにより、音や影で実体を見分けることは難しい。しかし知らないゴミはアットムくんなら看破しかねないと判断したようだ。アットムを飛び越えて俺に襲い掛かってくる。
「アットムくんよォ! オメェーの大事なモンは俺が頂くわ! ごめんな!」
アットムくんは俺を連れて後ろに下がった。知らないゴミが標的を俺に切り替えるよりも早く動き出していた。
知らないゴミの目算が狂った。
振り返ったアットムが謝罪する。
「悪いね。君がどう出ようとも僕は真っ先にこうするんだ」
知らないゴミは俺を襲うつもりでいたから、その手前でアットムくんとぶつかるには攻撃準備が不足している。振り上げた斧を無理やり軌道修正して身体の正面に持ってくる。
アットムくんが半身をねじこんで巻き込むようにひじをゴミの側頭部に叩き込んだ。知らないゴミはうめき声を上げながらも姿勢を崩さない。アットムくんの拳を警戒した動きだ。
アットムくんは知らないゴミを肩で押し込みながら窮屈そうに振り上げた両腕を頭上で交差した。
アットムの拳法はモンスターを効率良く倒すためのものだ。大司教様の教えを受け、先生の教えを受けたそれは対人用ではない。人間よりも速く、人間よりも強いものと戦うすべだ。拳打のみに絞るならボクシングのほうが強いだろう。総合なら打撃主体の寝技が有効だろう。しかし桁外れの敏捷性と膂力を合わせ持ち、無類の打たれ強さを誇るモンスターに対してアットムは必至となる一撃を追求していくしかなかった。手札を限定して勝ち筋を探るしかなかった。地に足をつけ、蹴り技を排除し、速度という強力な武器を味方につけることを諦めた。同じ土俵で戦っても勝てないからだ。
そうして、やがてアットムが辿り着いた境地こそが……。
ジョゼット爺さんの言う、「正確に打つ」ということだった。
アットムという男は、その点においてティナンすら上回っている。
何度でも死ねる肉体とショタロリへと懸ける執念のみがそれを可能とした。
性癖が持つ爆発力の前では、いかなるドラマも説得力を失うだろう。
頭上で交差した両拳を、アットムが身体をねじりながら打ち下ろした。
拳打に備えていた知らないゴミは対応できない。
「かはぁっ……」
スラリーによるダメージの遅行を試みたか、くの字に折れた身体が残像の尾を引いて後方に吹っ飛んでいく。
アットムの拳をまともに浴びたら助からない。
「ぐふっ!」
派手に血を吐いた知らないゴミががくりと膝から崩れ落ちる。自らの死期を悟り、ニッと笑った。強がりだ。ぶるぶると震える指で俺を指差し、
「わ、悪かった。そいつを……崖っぷちを、狙ったのは、ちょいとばかり、ルール違反、だった、な……! ゆ、許せ」
それだけ言い残して、知らないゴミはそっと息を引き取った。
自壊していくゴミを見つめるアットムの態度は冷たい。
「謝るならコタタマに言いなよ」
知らないゴミがもう立ち上がってこないことを確認してから、アットムくんは俺を振り返ってにこっと微笑んだ。
「コタタマ、細工師に戻ったの? がんばったね」
アットムくんは人見知りをするのだ。
シロ様クロ様が俺の背中にササッと隠れる。
「アットムくん怖い」
アットムくんはニコニコしている。
「怖くありませんよ。ほら、笑顔」
アットムくんは頬に指を当てて、自分たちが友好関係にあることを主張した。
これは、とあるVRMMOの物語
キケンなニオイの人見知り。
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