囚われの天使〜救出編〜
1.ちびナイ劇場
パーンとちびナイがクラッカーを鳴らした。
ドーンと垂れ幕が降りてくる。
そこには筆書きでこう書いてある。
運営ディレクターのョ%レ氏、勇者就任おめでとう!……と。
クラッカーの内容物が、丸テーブルの手前に座っているタコさんウィンナーに、ぱさぁっと掛かった。
素早く回り込んだちびナイがタコさんの肩をバンバンと叩いて言う。
【ョ%レ氏ったら水臭いなぁもう! 言ってくれればいいのに〜! 新社長の記者会見を見てびっくりしちゃった!】
全力で煽っていくスタイル。
すかさずちびマレが取り成した。タコさんのワイングラスにとくとくとワインを注ぎながら、
【あの、でも、このたびはですね、ョ%レ氏の功績が認められたということで。……私はあまり詳しくありませんが、凄いこと、なんですよね……? その、勇者の〜称号を?授かる、というのは】
タコさんは答えない。無言だ。
すわ地雷を踏んだかと焦ったちびマレが早口で続ける。
【ど、どうしてもお嫌なら辞退されればいいと思いますし! 私は全然! はい! それでも全然!】
タコさんがぼそっと言う。
【……これまで私は、これはと思うプレイヤーに称号を与えてきた。中には拒絶の意思を示す者も居た】
その遠回しな言いように、ちびナイが堪らず吹き出した。ニッコニコの笑顔で丸テーブルに乗っかると、タコさんの顔面を至近距離からまじまじと眺める。ちびマレが素早くワイングラスを回収した。ちびナイが輝かんばかりの笑顔で人を小馬鹿にするように首を傾げる。
【称号授与は断れないんですよねぇぇぇ!? そういう機能がないんだ! きゃはっ! ふひひひひひひ! あはははははははっ!】
タコさんの微細な表情の変化も見逃すまいと顔面を寄せ、けたたましい笑い声を上げるちびナイは後先のことをまったく考えていない。
さすがにこれはマズいと思ったのか、プッチョムッチョがちびナイの足を掴んで丸テーブルから引きずり下ろそうとしている。
ちびナイはジタバタと暴れた。
【はーなーせーよー! お前らも祝福してやれよぉ! 実の兄弟なんだろが! 私はぁ! プレイヤーのみんなのために言ってるの! 勇者の称号って分かんないこと多いしぃ! みんなも気になるよね! それをさぁ! 運営ディレクターが個人の感情でフタするっておかしくなーい!? おかしいよねー!】
ちびナイが「おらっ!」と裂帛の気合いと共に金属片を射出した。戒律を刻まれた丸テーブルがちびナイを乗せてびょんと飛び上がる。びょんびょんと暴れ馬のように跳ね、プッチョムッチョを振り落とした。黄金体験かな? ちびナイがふんぬと平べったい胸を張る。
【見たか! これが私の真の実力だ! 完全体となった私のなぁー!】
俺たちは完全体となったNAiの真の実力とやらをちびナイ劇場で見せられた。本邦初公開となるそれは三頭身のデフォルメキャラによって為された。
【こ、こんのクソ天使!】
トレードマークのサングラスをかなぐり捨てたプッチョムッチョが変身した。
デフォルメバージョンのちびタコ二人がタコ足を絡めて床をバンと叩く。せーので声を揃えて叫ぶ。
【風来! 招雷! 行けっ、鵺!】
合体技だと!?
ちびナイも目を見張る。
【むっ!?】
ムッチョプッチョのそれは、この世界で生まれたもっとも新しい世代の固有スキルだ。
スキルの起源たる【奇跡】の使い手たる天使NAiですら、おそらくはプッチョムッチョの固有スキル……その先にあるものを知らない。その先にあるものとは、すなわち……段階解放だ!
風を従えた稲妻が獣のように地を駆け、ちびナイの身体を突き抜けた。雷獣が雄々しく吠え、光が炸裂する。光が過ぎ去ったあと、余韻を残すように静電気がパリパリと大気を伝った。
ちびナイは無傷だった。自分の身体をぺたぺたと触って後ずさる。
【わ、私に何をした?】
プッチョムッチョはニヒルに笑った。
【へっ、バーロー。俺らが知るかよ】
スキルに説明書などないのだ。
【バーカ!】
ちびナイが丸テーブルを蹴って飛びタコ次男と三男にドロップキックを浴びせた。ぼてっと背中から落ちる。タコ足がもつれてすっ転んだ二人を尻目に立ち上がろうともがく、が頭が重い。重く、そしてデカい。三頭身だ。手足も短い。「こなくそっ」と短い腕を必死に伸ばして金属片に掴まり、ふにゃふにゃした動きで立ち上がる。この得体の知れない金属片がちびナイの翼だ。
あるいは日頃の不摂生が彼女から大空を奪ったのかもしれない。ちびナイはぜぇぜぇと息を荒げている。
それでも、彼女の目はまだ生きていた。肩で息をしながらも、スッとョ%レ氏を指差す。次はお前だと言うように。
ちびナイの宣戦布告。
ョ%レ氏はちびナイを一顧だにしない。意気消沈している。タコ足をぐにゃりと垂らして椅子に腰掛けている。腑抜けた姿だ。
このゲームの正式サービスが開始した頃、完全無欠に思えたョ%レ氏とてミスはする。
けれど……奇妙な話ではあるが……俺たちはクソ運営のョ%レ氏に完璧な存在であって欲しかった。完全無欠の「敵」であって欲しかった。
観客席からちびナイを応援する声が疎らに上がる。それらはやがて大声援となってちびナイ劇場を揺るがす。
それはきっとヤラセだった。そうでなくとも観客席に押し込まれた俺たちに発言権はなく、ちびナイが何らかの操作をしたことは確定的な事柄だった。
それでも、声援に後押しされたちびナイは飛んだのだ。ョ%レ氏へと。
俺たちは怪鳥のように飛び上がったちびナイを目で追う。
……ダメだ! 高さが足りない。
いや! ステージを一周してきた丸テーブルとちびナイが奇跡の邂逅を果たした。
ちびナイが丸テーブルの背を蹴って再度の跳躍に入る。いやダメか。がくりと膝が揺れる。ぐらりと大きく体勢を崩したちびナイが、まなじりが裂けんばかりに目を見開いた。リミッターを解除したか? 片足だけの力で落馬しかける身体を揺り戻して叫ぶ。
【Teller-Knives!(あなたが彼らにパンを与えるなら、私たちはパンを切り分けるナイフの一振りでいい)】
アナウンスが走る。
【限界突破!】
ちびナイの胸の辺りから禍々しい光が漏れ出す。それはねずみ算のように爆発的に広がり、瞬く間に手足の隅々まで行き渡った。
不完全な体勢からちびナイが跳躍した。人間を超えたか? 助走も踏み切りも到底満足の行くものだったとは思えないが、1メートルは優に飛んでいる。
禍々しい光の残照を引いて、ちびナイが申し分のない高さからぐぐっと身体を丸めて吠えた。
【兄弟仲良く地べたを舐めろー!】
ちびナイのドロップキックがョ%レ氏に炸裂した。
スマブラのKOシーンのようにド派手な演出が入る。
椅子ごとズサーッとステージを横滑りしたョ%レ氏が、蹴られた側頭部をタコ足でさすりながらうざったそうにちびナイのほうを見た。その目が怪訝そうに細められる。
【……ナイ?】
ちびナイは大きな魔石の中に閉じ込められていた。ばんばんと半透明の殻を叩いている。
ョ%レ氏が椅子を蹴って立ち上がるや駆け出した。タコ足の先端を血が出るほど強く握り締め、変換した魔石を吸盤に張り付けて大きく振りかぶる。
振りおろしたタコ足を、幾重にも展開した戒律の輪が送り出し、神速の一撃へと昇華した。俺の目でも追えなかった。見えたのは、散っていく戒律の輪と、千切れ飛んだョ%レ氏のタコ足だった。
ちびナイを閉ざした魔石はびくともしなかった。
ョ%レ氏が呟く。
【この魔石は七土の……。イョ。君か】
【うふふ。天使、捕まえた】
その声に、プッチョムッチョがギョッとした。
【ママ!?】
ママ。Mother。母。
ョ%レ氏が顔を上げた。その視線が向かう先に死出の門が咲く。人ひとり通るのがやっとの小さな門だ。
そこからするりと軽やかに歩み出た人物が、ぴょんとステップを踏んで華やかに微笑んだ。
女王様かな?
服装はさほど奇抜なものではない。パンツルックの働く女性という出で立ちだが、イヤに刺々しい王冠を頭に乗せている。
腕まくりしたジャケットの裾が風もないのにバタバタとたなびいている。
威風堂々とした佇まい。ただし当然のように三頭身のデフォルメキャラだった。
……最近のトレンド%、イョってやつか。
タコ三兄弟が明言した訳ではないが、様々な証言から、イョとかいう八人の子供たちの一員がタコ三兄弟の実の親であり、クラフト技能の祖であることはなんとなく察しが付いていた。
いかんせんデフォルメされているので容貌の詳細は判別しかねる。心なし大人っぽくデザインされてるかな?という感じだ。
イョ(仮)はくりっとした目をプッチョムッチョに向けた。
【こら、プッチョムッチョ。たまには実家に顔を出しなさいって言ったでしょ〜? ママ、心配しちゃった】
穏やかな口振りだ。親子関係はそう悪いものではないらしく、プッチョムッチョは甘えが抜け切らない子供っぽい口調で反論した。
【人前でやめてよママ!】
【手紙に書いたでしょ! 俺たちはもう大人なんだよ!】
イョ(仮)さんは二人の反論を受け入れなかった。双子へと向けるピンク掛かった瞳の色彩はごく軽度の興奮を表している。
【そんなこと言ったって仕方ないでしょ? 私にとってあなたたちはいつまで経っても可愛いおちびちゃんなんだから】
そう言って、問題の長男をチラリと見た。
【もちろん、あなたもね。ョレちゃん】
問題の長男に動揺は見られない。
【私も親孝行な息子のつもりだよ】
ちびマレがちびナイを閉じ込めている魔石にてくてくと近寄り、大根みたいになった手でぺんっと叩いた。
魔石はあっさりと割れた。
床に尻もちをついたちびナイは、手を差し出してくる妹キャラを呆然と見上げるばかりだった。
これは、とあるVRMMOの物語
……こいつ、実は結構凄いやつなのか?
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