広まる血
1.クランハウス-居間
先生とリュウリュウが交代で見ている黒い繭が少しずつ大きくなっている。
どれくらいで産まれるのか、産まれるとしても何かしらの兆しがあるのか、何が産まれるのか、そもそも生き物なのか、俺たちには何も分からない。
まぁ仮に生き物だとして。
正直、俺の子って言われてもな……。てか俺のナカに産みつけられてただけであって、本当に俺の子なの? 違うんじゃない?
とはいえ先生の手前そんなことは言えやしない。くそっ、レ氏め。これで生まれたのが俺に似て使えねえゴミだった日にはタダじゃ置かねぇぞ。養育費をブン取ってやる。
対外的に俺のガキという扱いである以上、子育てを放棄して先生に押し付けてしまうのも聞こえが悪い。
だが、今日は……。
俺はソファに引っ掛けた上着をばさぁっと羽織って玄関へと向かう。
黒い繭を抱えた先生が俺の背中をじっと見つめていた。
……男には、女に黙って戦場へと赴く時があるのだ。
それは、絶対に勝てる戦いなどないから。言えば引き止められると分かっているから。
別れはとうに心の中で済ませてある。
自分勝手な言い分だと分かっちゃいるけど、不器用に生きてきた男は惚れた女の涙の拭い方すら知らない。
ただ、幸せになってくれと。それだけを祈って進んでいく。前へ。
2.ポポロンの森-人間の里
シュンと自動ドアが開いて入店を知らせる低い声がフロアに響く。
【殺シテクレ……】
ついに完成した人力パチンコである。
本当に苦労した。
まずパチンコに特化したキャラクターを育てなくてはならなかった。どうしてもカバーできない部分をアビリティで補助しなくてはならなかったし、そいつのエンフレを加工し、さらに延命措置を施さなくてはならなかった。課題は多く、しかしスマイルくんが新技術を提供してくれるなどの幸運にも恵まれ、このたびついに開店にこぎ着けることができた。
今日も朝っぱらからパチを打っているゴミどもが雁首を揃えてジャンジャンバリバリジャンジャンバリバリとイイ音を鳴らしている。
エンフレを加工して作ったフロアは広い。俺たちに娯楽の場を提供しているエンフレくんはログインしてただひたすら俺たちが打っているのを見ているだけなのだが、その辺に抜かりはない。ギャンブルというのは言ってみれば客から客に金が移動するだけなので、確率を調整すれば確実に儲けが出る仕組みになっている。そりゃあ豪運の客に儲けを持ってかれる日もあるだろうが、確率というのは収束していく。百回や千回なら多少のバラつきは出るだろうけど、これが一万、十万となっていくと、おおよそ誤差の範囲に収まっていくのだ。だから大事なのは人を集めること。たくさん集めてたくさん金を吐き出して貰うことだ。
諸経費を除いた儲けはエンフレくんの稼ぎになるため、レイド級に軽く喧嘩を売ってロストしたのちの活動が捗る。無論、ロストするのは後継機の指名を終えたあとだ。俺たちはやろうと思えばエンフレくんの貯金をがっぽり頂戴することもできるので、そこはキッチリと守って貰う。パチ屋が代替わりすることで俺たちは新台で遊べるという隙のない布陣だ。
ただしリアルマネーを賭けることはできないので、そこはアビリティでカバーすることになる。
それが、俺たちが試行錯誤の末に編み出した限界突破のレシピだ。
黒い紋様がフロアを波打ち、俺含むパチンカス一同を軽微の興奮状態へと誘っていく。
ゲーム内マネーで打つパチンコはどうあっても紛い物の域を出ることはない。身の破滅に繋がらないから真剣勝負にならない。真剣勝負じゃないものに人は己の生き様を問うことはできない。そのためのドーピング・アビリティ(造語)だ。
俺は逸る気持ちをぐっと抑えてフロアを練り歩き、腕組みなどしてじろじろと主戦場となる台を選定していく。
戦いは台を選ぶ前から始まっている。本当なら開店ダッシュしたかったのだが、ウチの子たちに内緒で遊びに来ているので、そうあからさまなことはできなかった。
マイナスからのスタート。だが俺は負けない。逆境こそが男の執念を熱く燃やし、ついには確変へと至る肥やしとなるのだ。
俺は軍資金を握り締めて台との対話に移る。
ひと目、目にした時にビビッと来たよ。好みのタイプだってな。へへっ、一目惚れってトコだな。そんな訳で、よろしくな。イイ声で鳴いてくれよ?
俺はルーティーンに入った。着席し、尻と腰の具合を確かめてから手首をくいくいと回す。まぶたを閉ざして深呼吸を一つ。ウチの子たちの笑顔をまぶたの裏に思い浮かべる。戦う理由はある。勝ちたい理由も。生きて帰るんだ。あいつらの元へ。
俺はカッと目を見開いた。
ハンドルをぐッと握る。
3.決戦
出ねえぞッッッ!
4.スピンドック平原-スピン牧場
戦いに敗れた男は生き恥を晒しながらも傷を癒す旅に出る。
身ぐるみを剥がされてパチ屋を追い出された俺はパンイチでジョゼット爺さんを訪ねた。
無心のためだ。
思えば俺はティナン王族の一員であり、山岳都市という巨大な貯金箱を自由にしてもいい立場に居るハズなのだ。違うとは言わせない。究極的に言えば国は民のためにあらず。王のためにある。なーに国庫を空にしろとは言わんさ。ちょいとばかり俺にお小遣いをくれればいい。だってそうだろ。王妃の俺が何だってパチでスッたからと貧しい思いをせにゃならんのだ。国家の威信ってモンに関わるぜ。
だろ? ジョゼット爺さんよ!
「……王配ともあろうものが、そうみだりに肌を晒すものではない。家に入れ」
俺はジョゼット爺さんに手を引かれてお邪魔することにした。
服を貸してくれるらしいが、爺さんの服はどれもサイズが小さい。が、こんなこともあろうかと事前に俺の服も用意しておいてくれたようだ。
「私が用意したものではない。民たちがお前のためにと贈ってきたものだ」
俺はピエロの衣装みたいなのに袖を通しながら感嘆の声を上げた。
へえ、そうなのか。意外だね。てっきり嫌われてるとばかり思ってたぜ。
「民たちはお前を歓迎しているようだ。お前は悪ぶってはいるが、民たちのために命を懸けることができる男だ。それは王族の資質と言えるな」
俺はそうは思わないけどな。頭を取られたら残されたやつらに勝ち目はねえ。どんなに追い詰められようとも自分だけは生き残ってやるってヤツのほうが役に立つだろ。
「ふっ、そうかもな」
ジョゼット爺さんは俺の言葉を否定しなかった。
王とはどうあるべきか。そんなものは状況次第で変わる。議論しても仕方のないことだ。生き意地が汚い王様を見て失望する連中も居るだろうし、率先して身体を張る王様を見て愚かだと嘲笑する連中も居る。結局のところ、王の資質とは勝利し続けることだ。
小遣いを貰ってリベンジする予定だったが、話したいことは山ほどあった。なかなか俺に懐いてくれない義理の娘たちや山岳都市のこと。ゴミどもがやらかした最近のあれこれ。リアルの地球文明にまで話が及ぶと、いよいよ取り留めがなくなって、俺は爺さんの仕事ぶりを眺めながら金魚のフンのようにあとを付いて回ってぺらぺらと口を回した。爺さんはあまり口数が多いほうではないが、夫としての義務は果たそうとしているようで、ぺらぺらと喋り続ける俺を見る目は優しかった。
話してるうちに夜も更け、俺は爺さんの家に泊まることにした。
爺さんのベッドに二人で一緒に眠る。そのベッドは多分俺の服と同じようにティナンが贈ってきたもので、爺さんが一人で使うには大きすぎるものだった。
たまにはこうやって泊まりに来てやるか。俺はそんなことを思いながら爺さんのとなりでまぶたを閉じた。
5.翌朝
その翌朝の出来事である。
俺よりも早く起きていた爺さんが魔石を抱えて佇んでいた。
上体をむくりと起こしてぼんやりしている俺に、爺さんは言った。
「……子が生まれた。私とお前の子だ」
なん……だと?
俺は驚愕した。
これは、とあるVRMMOの物語
なん……だと?
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