魔女災禍
レイド級は無尽蔵に魔石を生み出す存在だ。
ダメージを与えると魔石をボロボロ落とす。まるで血肉の代替物であるかのように。
そして一部の生産職は血液を魔石に変換できる。
また魔石の別名を「Egg」と言う。
Egg。卵である。
つまりレイド級は魔石から眷属を生み出しているのだ。
モンスターは生殖能力を持たない。
ティナンもそうなのだ。
彼らはモンスターの一種なので魔石から生まれる。
ただしレイド級は居ないので、魔石が自然発生するのを待たねばならない。
……常設ダンジョンのモンスターがそうであるように。
ではティナンは何のために結婚するのか。
生殖能力を持たないということは、ソウルソサエティがないということ。
よってベッドの上で卍解するためではない。
ガムジェムがその答えなのではないか。
ティナンは結婚した時に山の中腹で食っちゃ寝しているニャンダム様に報告する。
ニャンダムはレイド級なので体内にガムジェムを隠し持っている。
俺もジョゼット爺さんと一緒にニャンダム様に俺たち結婚しますと報告した。
あれは……子宝祈願だったのか……。
1.スピン牧場-先王の住む小屋
子宝を授かったジョゼット爺さんは俺の立場を慮ってくれた。
「私が育てる。コタタマ。お前は何かと忙しいだろう。こちらのことは気にするな。以前にも言ったが、私とお前の婚姻は形式上のものだ。私はお前を縛り付けるつもりはない」
俺は素早く計算した。
おいおい、爺さん。いやジョゼット。俺を何だと思ってるんだ? 俺にだって自分の子供を可愛いと思う感情くらいはあるんだぜ? まぁさすがに突然すぎて実感は湧かないが……。そんなものさ。できちゃった婚って言ってな、種族人間にゃ〜結婚する前にオメデタっていう文化もあるんだ。順序は逆かもしれんが、そうやって幸せな家庭を築くケースもあらぁな。
……ここで渋っても俺には何の得もない。ジョゼット爺さんの子供ってことは王族だろう。高いパラメーターを期待できる。第一、じゃあヨロシクって訳にゃ行かねーだろ……。さすがに育児放棄はヤバい。シルシルりんにフラれるのは想像に難くないし、何しても許してくれそうなスズキですらどう出るか分からない。とにかくこの場はジョゼット爺さんを不安にさせないことだ。ここが俺の天王山、ここが俺の正念場だ……! 笑え〜……!
俺はガチガチにフリーズした顔面の筋肉を総動員してくしゃっと笑った。ジョゼット爺さんの華奢な肩に手を置いて宣言する。
「俺たちの子供だ。大切に育てような」
2.クランハウス-居間
ウチの丸太小屋でモグラさんぬいぐるみに今後の人生設計について相談している。
……爺さんの手前ああ言ったけど、本当に俺の子なのかなぁ?
疑問であった。
まず血縁関係なくない? そりゃ俺と爺さんは夫婦だけどよ、だからって爺さんが拾った魔石から俺のガキが生まれるの?
それがまぁベッドの上でプロレスごっこした結果なら仕方ねーかとも思うけど、俺は別にプロレスごっこしてねーし、なんか損した気分なんだよな。いや別に爺さんとプロレスごっこしたい訳じゃねーけど。
つーか、これってどうなの? あの魔石が孵化して王族ティナンが生まれるとするじゃん。その場合、少なくともティナン文化では俺と爺さんのガキってことになるんだよな? 俺と爺さんは結婚してる訳で……。
……先生とリュウリュウが面倒見てる黒い繭は俺が側室との間にこさえた子供みたいな感じになるの? いや俺はお妃様だから間男と?こさえた??なんだ???不貞の子??
と、とりあえず育児放棄するガチめのクズルートは避けた。次の段階に進もう。まずは先手を打つこと。事が事だけに隠し通せるとは思えない。ウチの子たちには俺の口から説明しておかないと。人伝にバレて拗れるのが一番マズい。間抜けはそうやって失敗するんだ。……隠し通せるか? 隠し通せるかもしれない。そもそも自白したからって許される問題なのかコレ?
でも……クロアリは許されてた感あるよな。あれ? どっちだっけ? そもそもウチの子たちとクロアリって面識なくない? いや、でもニジゲンは先生の杖のメンテでちょこちょこウチの丸太小屋に寄るし、バレてないってことはなくない? ど、どっち?
……よしんばバレてたとしても、クロアリはギルドだしな……。今回の件とは少しケースが異なるような……。いや、俺は差別をするつもりはないよ? クロアリのこと、ちゃんと俺の子として可愛がってるつもり。問題は第三者から見てどうなのかってことであって。どうなんだってばよ?
わ、分からない。俺の人間関係はめちゃくちゃだ。めちゃくちゃすぎて誰が誰と繋がってて互いにどういう感情を向けているのかさっぱり分からない。虫食いだらけの相関図だ。なんとなく俺と関わりのある女どもは仲良さそうな雰囲気だが、表に出さないだけで不穏なものを内心秘めていたとしても何ら不思議ではない。くそっ、俺の好雄はドコだよ!?(ときメモより) 俺に攻略対象の好感度を教えてくれっ、好雄……! しかし好雄は答えず、俺の脳裏で微笑むばかりだ。
……大丈夫だ。黙ってれば多分バレない。爺さんにはうまく口止めしておくとして……。時間を稼ぎつつティナンの生態をWe.TVでお茶の間にご紹介して……あれ?これ托卵じゃない?みたいな……実の子じゃないなら仕方ないよねコタタマくん可哀想みたいな……そういうイメージで……。
い、イケるか? 無理じゃね? ヨソでガキこさえたって完全にダメなパターンじゃね? これ正解ってあるの?
いや、でもクロアリは……。
俺は思考の袋小路に迷い込んだ。
居間で頭を抱えてうんうんと唸っていると、ウチの三人娘に包囲された。
俺は目がいいので、女の足を見れば誰か分かる。スリッパ履きの素足から伸びるふくらはぎ、肉付きはウチの金髪と半端ロリと赤カブトのそれだ。
俺は気付いていないふりをして頭を抱える作業を続行した。
ど、どうしたらいい? 先手を打つべきなのか? 全部ゲロっちゃえば多少は心証が良くなったりするの? そういうシステムが適用されないならバレてから「寂しかったんだ……!」みたいな感じで泣きついたほうが良くない? てかバレなければみんな幸せになれるんじゃないの? でもバレないってことはないだろー!
俺は顔面を両手で覆った。
……! 待て。落ち着け。この距離で俺が女の接近を見落とすことはない。
俺は肺腑から声を絞り出した。
な、何用にござる?
疾しさのあまり語尾がござった。
ポチョとスズキがテーブルをどかしてソファを寄せた。
俺からモグラさんぬいぐるみを取り上げた赤カブトが膝のくっ付く距離まで接近したソファに座る。ポチョとスズキは俺のとなりに座った。
俺はタイムスリップを試みた。人は過去には戻れないかもしれないが、アリバイ工作はできる。今ここに居る俺は昨日の俺だ。まだジョゼット爺さんの家には行ってない。問題を先延ばしするんだ。それが今ここでできる俺のベスト……!
俺は口火を切った。
動画見た? 俺の土下座動画。見たよね……。ホンットあのゴミども、どうしてくれようかと……!
劣化ティナンさんが司会を始めた。
「本日はですね。とある筋から、人間の里の〜……とある、お店で。玉遊びを、ですね。しているコタタマくんを目撃した、という情報が寄せられまして……」
ひょっ!?
今ここに居る俺は昨日の俺なのに、まだ行ってない筈のパチ屋での戦歴がつまびらかにされようとしていた。
過去と未来が交錯し、まるで罪そのものが俺の像を結んで追い掛けてくるかのようだ。
赤カブトさんが挙手して私論を述べた。
「あの、私は、その玉遊びについてあまり詳しくはありませんが、お友達に尋ねてみたところ、あまり良い反応を頂けなかったのです。私も話だけ聞いても何が楽しいのかよく分からないと言いますか……」
ま、待て待て。俺は口を挟んだ。
言わせてくれ。あのな、楽しいとかじゃない。勝負なんだよ。真剣勝負なんだ。江戸時代とかさ、天下泰平の世にも武士は剣術を重んじてた訳よ。誰が一等強ぇーのか? それを競い合った訳よ。けど時代が下って今のご時世に刀を振り回してやっとうって訳にゃ〜行かねーだろ? だったらどうする? 打つしかねえだろ。玉をよ。
そう言って俺は手首をくいっと回した。
だろ? ポチョよ!
いつもテキトーに頷いてくれるポチョさんは、しかし今回に限って頷いてくれなかった。
「お金ならあげるから私たちと遊ぼ?」
そうじゃない。違うぞ、ポチョ。それは違う。俺の話を聞いてくれ。俺は金のために打ってるんじゃねえ。金欲しさじゃねんだ。分かるか。俺はパチ屋でしのぎを削ってるんだ。そう、ライバルなんだよ。好敵手なんだ。俺はヤツの。ヤツは俺の。ヤツが俺を待ってる。決着をつけようぜって言ってるんだ。放っておけねえだろうが!
スズキさんが挙手した。どうぞ。
「その理屈はよく分かりませんが……。私は、まぁコタタマくんのお金なので、自由に使って良いかと」
す、スズキさんっ。俺はひしっとスズキさんに抱きついた。俺の言いたいことを全部言ってくれた! そう、そうなんだよ! お前はなんてイイ女なんだ……!
赤カブトがムッとして反論した。
「そうやってスズキさんはいつもいつもいつもペタさんを甘やかして〜! ダメだよ! スズキさんはペタさんをダメにして離れられないようにしたいんでしょ! そんなのダメだよ! ダメダメダメ!」
スズキさんは気まずそうに目を逸らした。
「だって……。私も最初はジャムと同じこと考えてたんだよ? コイツ何とかしなきゃ……!って。先生とか先輩たちの前だけでイイ顔しようとしてたし……。でも、さ」
そう言ってスズキさんはもじもじと指を絡めた。
「なんか、私の前でだけ、すごいテキトーだったり……だらしないカッコとかしてたらさ〜……だんだん……仕方ないなーって、なるじゃん!」
スズキさんは強硬に同意を求めた。
過去バナを持ち出した元無口キャラに元騎士キャラが呼応した。
「懐かしいね。コタタマは私に一目惚れして【ふれあい牧場】に入ったんだよ」
事実だが? 俺は美人と見れば一発で惚れる。まぁ【ふれあい牧場】に仲間入りしたのは先生に誘われたのと、ポチョに派手にブッ殺されてビビッたからなのだが。導入部と結果の部分は間違ってない。
ジャム。お前は? なんかないの? 俺と初めて会った時の感想とか。
「え? えっとぉ……。NAiさんのチュートリアルで一緒になってぇ、ちょっと話してぇ、一人だけ裸になってたから可哀想な人だなって。……あ! その時から賭け事ばっかりしてた!」
おっと、やぶ蛇だったか。
しかし、なるほど。そういうことなら、ジャムジェムよ。俺とお前を結び付けたのはギャンブルだった……ってことだナ? そう邪険にしなさんな。
「そ、そんなこと言ってもダメだから! パチンコするくらいなら私と一緒に居て!」
四六時中一緒って訳にゃ〜行かねーが。いいぜ。まぁ無理のねえ範囲でな。睡眠時間を削るとかはナシにしようや。長い付き合いだ。俺はお前らのログイン時間を大体把握してる。じゃあこうしよう。俺は開店ダッシュする。お前らは一人で退屈になったら俺にささやきを飛ばす。何事もよ、一気に何でもかんでもやろうとするのは良くねんだ。ちょっとずつ擦り合わせて行こうや。な?
俺の改善案に、パチ反対派の金髪と赤毛は一応は納得してくれたようだ。
三人娘の考えが変わらないうちに俺は次弾を装填する。
助かるよ。悪ぃな。俺もお前らとの時間は多く取りたいんだが、今は、ほら、先生とリュウリュウが……な?
そう、レ氏が残してった繭だよ。押し付けられたようなもんだけどよ、俺の子供……ってことになるらしい。どうにも……どう接していいものやら。まぁクロアリのいい遊び相手になるんじゃねえかとポジティブに考えるようにしてる。生まれてくる命に罪はないからな。先生の受け売りだが、俺の意図したことじゃないとはいえ、子は親を選べねえって言うだろ。だったら、せめて歓迎してやりてえよな。
俺は探りを入れた。さり気なく言質を取りに行くことも忘れない。
三人娘は感激していた。俺がAI娘とNPCに関してはいつも真剣だったからだ。もっとも俺に言わせてみれば、そいつらと何度でも死ねる種族ゴミを同列に並べるのはもはや善悪の問題ではなく、レアリティの概念を理解できない単なるアホなのだが。俺はたとえパーティーがガッチリ固まっていたとしてもSSRのキャラは取っておく。ガッチリ固まっていると言ってもアップデートで仕様変更はあり得るし、クソのような性能のSSRでも引きが偏って限界突破を重ねればエースになり得るからだ。それはソシャゲーの話だが、このゲームで似たような事態にならないという保証は何もない。
俺は三人娘の点数稼ぎを続ける。俺のガキについての話は多大なリスクを孕んでいる。素早く話題を変えていくことは重要なことだった。二つ以上前の話題を掘り起こされることはそうそうないからだ。
となりに座っているポチョとスズキをチラ見してから赤カブトをじっと見る。
ジャム。お前が自分の生まれについて気にしてるのは知ってる。俺たちと対等な関係を築こうとしてるのも知ってる。でも俺たちは、やっぱりお前とマグちゃんのことが大事だ。開き直れとは言わんけどよ……ロストだけはせんでくれよな。困ったことがあったら頼ってくれ。お前にもお前にしかできないことがあるんだろうし、そん時ゃ〜俺らを助けてくれや。それで、あいこだろ。俺らの関係はそれでいいんじゃねーか。
「ペタさん……」
赤カブトは瞳を潤ませてコクリと頷いた。
「……うん。私、納得はしてないけど……できるか分かんないけど……そうだよね。みんなのこと、大好きだから……私、自分のことも大切にする。あのね、ペタさん」
うん?
「クロアリって、ニジゲンさんトコの子だよね? どういうことなの?」
二つ以上前の話題が掘り起こされることはそうそうないが、どうしても気になるワードは容赦なく掘り起こされる。
俺はドッと冷や汗を掻いた。びっしりと顔面に冷や汗を浮かべて言う。
……どう、とは? 何度か会ってる、よな?
「…………」
こ、コイツ……。俺が探りを入れてることに気が付いてる。OSが更新された……!?
内心で愕然とする俺に、AI娘一号がぐっと身を乗り出して俺の耳を摘んだ。俺の耳元でぼそっと呟く。
「他に隠し子とか、居ないよね?」
い、居たら……どうなる?
赤カブトさんは姿勢を正してにっこりと笑った。
「みんなでお祝いするんだよ」
俺はハッとした。お前ら……。
ポチョとスズキもにこにこ笑っている。
バレて、いや、知っていたのか……。
思えば、当たり前のことだった。パチ屋通いがバレていたのだ。その後の動向も把握されていたとしても何らおかしくない。俺は常日頃からストーカー集団に監視されているし、最初から隠し通せるハズもなかったのだ。
そう考えると急に気が楽になって、俺は肩の荷が降りたとばかりに自白した。
隠し子ね。十人くらいかな。
ウサ吉のことはお前らも知ってるだろ。白の洞窟にウオロクってのが居る。ネフィリアに殺されたと思っていたが、生きていた。ネフィリアが仕損じるとは思えない。多分、魔石を回収できなかったのが原因だ。魔石を放置すると復活するんだろう。なら、他にも……。回収できなかった上位個体の魔石が幾つかある。あと、ジョゼット爺さんと俺の子供ができた。
三人娘はしばし無言だった。硬直したように笑顔をキープしている。
秘密を共有できて俺は満足だ。
ややあってからスズキが代表してコメントした。
「子だくさんだね」
俺たちは家族だ。
俺は歯列をギラつかせて決して他人事ではないことを強烈に示唆した。放たれた閃光が居間を埋め尽くし、目に映るもの全てを白く塗り潰していく。純白に包まれた彼女たちはとても綺麗で……神聖な約束を思わせた。俺たちは今ここで共に未来を歩むと誓ったんだな。そう思った。
ああ、永遠はここにあったんだ……。
これは、とあるVRMMOの物語
ネフィリアさん、事件です。
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