ともに生きていく
1.命を
何やら若社長が本性を現そうとしているようだが、生憎と俺は死に掛けていた。
岩壁に半ば埋没してぐったりしている俺を知らない粗大ゴミどもが覗き込んで好き勝手に言う。
【うわ、こりゃひでぇ】
【コイツはもう助からねーな】
【心身燃焼は!?】
【もう打ってる! でも、そういう魔法じゃねんだよ!】
【この場でオペをするしかない……!】
ヤメロやめてください。君たちはお医者様ではありませんよね?お医者様である筈がないし百歩譲ってお医者様だったとしても今の俺みたいなフシギな生き物の腹を開いたことはないハズなので俺にナニをする気だブッ飛ばすぞショッカー。
【これ何だ? 肝臓か?】
【脾臓じゃないか?】
【ひ臓? それたまに聞くけど具体的に何なの? 腎臓の仲間?】
……お分かり頂けるだろうか。今、俺の腹に手を突っ込んでる連中は人体の仕組みについて詳しくなく、内臓と言えば心臓と肺と肝臓と腎臓くらいしか知らないのである。今日びガンプラだってもう少しパーツ多いぞ。
【おっと先生。そんなところに居たら危ねーよ。汚れるしよ、コッチ来なよ】
先生は俺のチラモツしたお腹の中をフィールドワークしているようだ。輝くような白い毛並みが俺の血でドス黒く染まるのも厭わず、へし曲がったフレームを潜って俺のモツを触診している。自分に言い聞かせるようにブツブツと呟きながら。
「エンドフレームは【ギルド】のレプリカ……しかし元が人間である以上は対応する臓器がある筈だ……」
知らない粗大ゴミが見るに見かねて先生を摘み出そうとする。
【先生よぅ。そんなにマジになるなって。バトルフェーズに移行してる。崖っぷちはこの場で死んだってロストしない】
先生は俺の触診を続けながら知らない粗大ゴミを見上げた。
「私もそう思う。でも、何故かな? コタタマ本人ですら匙を投げているのに……彼の鼓動はこんなにも力強い。生きたいと言っている。先に音を上げるのは私の流儀じゃないんだよ」
先生を摘み出そうとしていた知らない粗大ゴミの手がぴたりと止まった。
【……俺らは何をしたらいい? 指示をくれ】
その言葉を待っていたとばかりに先生がテキパキと指示を下す。
「よし、ならば臓器を圧迫しているフレームを切除してくれ。慎重にね。出血はあるだろうけど、大丈夫。君たちの身体は誰かを救う準備ができている。失うばかりじゃないんだ。私たちの底力を見せてやろう。何から何まで思い通りになどなるものか」
それは無意味な行動だった。
俺を少しばかり長生きさせたところで何が変わるでもない。
暫定エイリアンたちはあまりにも強大で、俺たちは弱い種族だった。
それは努力したところで決して埋まらない格差だった。
だが、虫けらに等しい俺たちだって生きていて、たまにはイイ奴のふりをすることもある……。
2.決戦
星くずが落ちていくようにアナウンスが走る。
【GunS Guilds Online】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:不明】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【Eight Children(八人の子供たち)】
【♯%】【クァレュュ】【Level-????】
ついに本性を晒した若社長がョ%レ氏と対峙した。
年季が違う。レベルは若社長のほうが上だ。レイド級の多くがそうであるように、彼らの恐ろしさはその巨体から繰り出される圧倒的なパワーとタフネスだ。
小細工は無用とばかりに若社長が仕掛ける。絡み合ったタコ足をグイと引き寄せてョ%レ氏を地面に叩き付けた。衝撃にグラグラと洞窟が揺れ、天井に生えている突起物がバラバラと落ちてくる。それらは若社長の身体に当たったが、強靭な筋肉に阻まれて何ら痛痒を与えていないようだった。
戦闘の興奮に若社長の瞳が薄く赤く色付く。ョ%レ氏にのし掛かって言う。
【どうした? この私に挑むからには何か考えがあるんだろう? よもや肉弾戦で敵うなどとは考えていまいね? だとしたら、いささか興醒めだが。私は君を高く買っていたのだが、やはりイョには遠く及ばないか】
ョ%レ氏のタコ足が負荷に耐えかねて皮を突き破るように裂けていく。噴き出した青い血が魔石となってバラバラと降り注ぐが、両者は気にも留めなかった。双方、スキルは封じられているのだろう。若社長の身体に張り付いた繭がその証左だった。
追いつめられながらもョ%レ氏の軽口は健在だ。
【君はいつもギルドの後ろにコソコソと隠れているように見えたからね。もしかしたら近接戦は苦手なのかと思ったのさ】
生意気な社員のタコ足を一本、若社長がねじ切った。ゴミでも捨てるように放り投げ、青い血を撒き散らしながらョ%レ氏のタコ足が岩壁に張り付く。
若社長は口調を改め、優しげに問い掛けた。
【ョレ。いいことを教えてあげよう。このゲームは早い話がハッキングとセキュリティ構築の解釈を広げたものなんだよ。ギルドの侵攻を阻むには、どうしても同じ舞台に立つ必要があった。チューニングと言ってね。チャンネルを同期させるためには幾つかの関門があった。だから、まぁ簡単に言うと……】
そう言って若社長は俺たちをチラッと見た。
【データというものの扱い方が異なるんだ。彼らは単純で簡素なものほど容量を低くすることができると信じている。でも、そうじゃないんだ。複雑でキズの少ないものほど負荷を減らせる方法もあるんだよ。だから彼らじゃ僕には勝てないし、君が何をしようとも力関係が逆転することはない】
【……君たち親子は何が何でも私がヒューマンを使って何かしようとしていることにしたいらしいね。正直、心外だよ】
若社長がョ%レ氏のタコ足をもう一本、ねじ切って放り投げた。筋肉の収縮反応でビクビクと痙攣するタコ足を見つめて言う。
【あと六本あるね】
ョ%レ氏はフッと笑った。
【少し狭いな。プフ。DPは足りるかね?】
この場には居ないプフさんの全体チャットが響く。
【ええ、もちろん。お釣りが出ますよ】
ねじ切られたョ%レ氏のタコ足がダンジョンに吸収されていく。
ここはプフさんが運営するダンジョン内部だ。彼女たちは【ギルド】の本拠地に攻め入ることを期待された種族であり、それゆえにダンジョンアタックをメインとしたゲームを与えられている。
ダンジョンは引きずり込んだ獲物を消化して成長していく。
莫大なポイントを獲得したダンジョンが変異していく。
足元の地面がブロック状に分解し、俺たちは底の見えない暗い闇に投げ込まれた。若社長とタコ足を絡ませたョ%レ氏もぽっかりと口を開けた暗闇へと沈んでいく。
舌打ちした若社長が悪態を吐く。
【何をしようが無駄だ! ョレ! この場で僕にほんの少しでも抵抗できるとしたら、それはお前だけだ!】
自由落下が始まる。
なお、俺はオペ中である。こんな悪辣な環境の病院ある? 停電にジェットコースターってお前。数々の難手術に挑んできたブラックジャック先生もびっくりのアクロバット手術だよ。
3.深部-決闘場
ダストシュートに落っこちたみたいにズサーッと砂場をゴロゴロと転がって俺は停止した。
もう、死にそう……。
【気をしっかり持てっ、崖っぷち!】
【……コイツよく生きてんな。グロいことになってんぞ】
グロいとか言うな。生きるってことはグロいってことなんだよ。
グロいことになってる俺だが、めげずにオペ再開。
俺たちが落とされたのはコロシアムと似た広大なスペースだった。ダンジョン内部である筈なのに、どういう理屈か茜色の空が頭上に広がっている。エンフレ戦を想定した場所のようだ。足元に敷きつめられた砂が死に掛けている俺に優しい。
一方、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされている俺を無視して暫定エイリアンどもの内輪揉めは佳境を迎えようとしていた。
瞳を怒りに染めたョ%レ氏が咆哮を上げる。
【ウオオオオオオオオオオオオオオッ!】
アナウンスが走る。
【Extra-Skill発動!】
【鼓舞】
【英雄は人心を奮い立たせる】
【スキル発動!】
【制限時間:00.55.54…53…52……】
称号持ちは固有スキルとは別にエクストラスキルを使える。
英雄のそれは【鼓舞】と言い、味方のアビリティを強制発動することができる。
アビリティとスキルは呼び名が違うだけで、本質的には同じものだ。
表記上は【勇者】である筈のレイさんは何故か【英雄】のエクストラスキルを使ったことがある。どうやったのかは分からないが、その時は光の使徒の自我を覚醒させていたように見えた。
そしてョ%レ氏は先ほど俺たちに「協力しろ」と言った。命令口調なのはムカつくが、種族人間など何の役にも立たないと散々言っていた、あのレ氏が。
ョ%レ氏の咆哮に打たれた粗大ゴミどもが禍々しい光を放つ。
エンフレ戦を想定した広大なスペースに放り出されたことで、ョ%レ氏と若社長の一対一の図式は崩れていた。各々の武器を引き抜いて若社長へと駆け出した粗大ゴミが光に導かれるように一気に加速する。
暫定エイリアンの防御は厚い。俺が何をしてもダメだった。だから粗大ゴミどもは実に簡単な方法で俺を上回る打撃力を獲得した。それは、とても簡単な理屈だったので事前に相談する必要すらなかった。何ならモンスターと戦う時にいつもやっていることだった。
一人でダメなら二人だ。
残像を引いて若社長に肉薄した粗大ゴミが渾身の力を込めて武器を叩き付けた。その上から更に別の粗大ゴミが武器を叩きつける。
若社長の表皮に申し訳程度の擦り傷ができた。
ダメージが通ったことを喜ぶべきなのか、それともこれっぽっちの傷で終わったことを嘆くべきなのか。
武器を引いて顔を見合わせた粗大ゴミが苦笑する。
【メタルスライムかな?】
若社長が不快げにタコ足を振り回した。ただのメタルスライムじゃない。攻撃力も申し分ない上に八回攻撃だ。
粗大ゴミの上半身が景気良く破裂して死んだ。まぁレイド級より弱いということはないだろう。バラバラになって吹っ飛んだ装甲の一部が砂上に降り注ぐ。
呆気なく退場した粗大ゴミだが、代わりの粗大ゴミは幾らでも居る。群れなす粗大ゴミが若社長に波状攻撃を仕掛ける。
反撃に出ようとする若社長のタコ足をョ%レ氏が押さえ付ける。
若社長は拍子抜けしているようだった。
【こんなのが君の……奥の手か? いや、そんな筈が……。モョモに一言命じれば、彼らはたちまち全滅だ。何を考えている?】
ョ%レ氏はイキッた。
【弱さは罪だ。たった一つのスキルしか持ち得ない我々が罪に問われる時代がいずれやって来る。何が勇者だ。下らん。この宇宙の問題に、本来は無関係の我々が何故クチバシを突っ込まねばならんのだ】
それは、どちらかと言えば若社長寄りの考え方だった。
ョ%レ氏がタコ足を伸ばして若社長の顔面をぐぐぐと押し込む。若社長の戸惑いは増すばかりだった。レベル差は明白で、ョ%レ氏が膂力で若社長を上回ることは不可能だ。
逆光に目を細めたョ%レ氏が言う。
【そう、これは彼らのゲームだ】
太陽を背に、プフさんとパフワくんが急降下してくる。
二人は全身から光の粒子を放って変身した。
【限界突破!】
パフワくんが空中で仰け反って両腕を投げ出すように全身から角を打ち出した。標的は若社長だ。ワイヤーを角に絡めたプフさんが若社長に急迫する。
若社長は種族人間よりも七土種族をずっと高く評価している。どこかで仕掛けてくると予想していたのかもしれない。しがみ付いてくるョ%レ氏を引き剥がして反撃に出た。しかし緒の民と角の民が共闘するとは思っていなかったようだ。
若社長のタコ足が空を切る。
プフさんのスキルの恩恵を受けていたパフワくんが角を通して光のオブジェクトを生成した。オブジェクトにワイヤーを巻き付けて転身したプフさんが砂を蹴って高く飛ぶ。若社長の頭上を飛び越えた。その手には槍が握られている。
若社長のタコ足に裂傷が走った。
プフさんとパフワくんが着地した。若社長を挟んで、槍と拳を構える。
若社長はのそりと脱力して項垂れた。【ふふふ】と笑う。
【なんだよ。イライラさせるなよ。お前たちが結託したところでギルドに何ができるっていうんだ? お父さんと僕ら八人だけ居れば十分なんだよ。七土五系十三氏族……大して違いはない。結局お前たちじゃどうにもならないから僕らが召喚されたんだからね。お前たちが不甲斐ない所為で僕の人生はメチャクチャになったんだ。その僕が悪いって言うなら今すぐに僕を帰せよ!】
癇癪を起こした若社長にプフさんがたしなめるように言う。
【クァレュュ。あなたは、二言目にはいつもそれです。どうして、ともに生きて行こうとは言ってくれないのですか?】
……それは。
俺には分かった。
一人で居たほうが楽だからだ。
ダストシュートを這い出してきた正常個体の皆さんが、ぐりっと首を傾げて異常個体くんたちをじっと見つめている。
……退場してもロストせずに済むバトルフェーズに欠点があるとすれば、それは正常個体の皆さんも参戦してくることだ。
プフさんパフワくんに少し遅れて馳せ参じた五面ボスのサトゥ氏が砂上を滑るようにカッコ良く着地した。
【役者は揃ったようだナ】
そのサトゥ氏の肩に、リチェットさんが後ろからポンと手を置く。
振り返ったサトゥ氏の腹に拳が叩き込まれた。サトゥ氏の身体がくの字に折れた。
【り、リチェット、さん? な、何を……】
どうと倒れ伏したサトゥ氏がリチェットさんを見上げる。
リチェットさんは地べたに這いつくばるサトゥ氏を見下して言った。
【いや、オマエ、ADプフのスキルを欲しがってたなって思って。そ、それだけ】
エンドフレームはプレイヤーの学習経験の集大成のようなものだ。
正常個体さんたちは、異常個体を生かしておいてもろくなことはしないと学習してしまったらしい。
正直、ぐうの音も出なかった。
日頃の行い、か……。
正常個体さんたちがバッと跳躍して異常個体のみんなに襲い掛かる。
異常個体のみんなは【くそっ……!】と悪態を吐くが、地に足を縫い付けられたように動けない。強い日差しに標的を見失ったようなふりをしているが、それはパンチラを見逃すまいとする学習経験の賜物だった。
男と女。
異常個体と正常個体。
セクハラするものと、されるもの……。
決戦が始まる。
そして、俺もまた……。
「コタタマ」
ポチョさん。
これは、とあるVRMMOの物語。
まな板の上のコタタマ。
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