花
1.地球人たちの戦い
正常個体さんのエンドフレームがザンザンと砂を蹴立てて迫る。
綺麗だ、と俺は思った。
異常個体と同じ生き物とは思えない。ゾッとするような美しさだ。
それは正常個体の多くが女キャラで、男はどんなに強がっても女に惹かれるからだろう。大多数の意見はエンフレの外見に反映される。俺がカービィとよく間違われるのもその所為だ。任天堂には申し訳ないが、このゲームの晒しスレでカービィは俺の代名詞である。まぁニジゲン情報なので細かいディテールまでは知らないが。
もるもると威嚇している異常個体どもに、正常個体さんたちはチラリとョ%レ氏を見て口々に言った。
【レ氏。いいんですよね?】
【私たちは足手纏い。そうですよね?】
【ギルド憑きが居なければあなたは全力で戦える】
こ、コイツら……。
俺は戦慄した。常日頃から俺に絡んでくるのは異常個体ばっかりだ。だから俺は極端に偏った見識しかないのだと自覚した。
正常個体さんたちにとってョ%レ氏は頼りになる運営ディレクターで、決して敵ではないのだ。
ョ%レ氏は小さく笑って頷いた。
【無論。好きにし給え。それがMMORPGというものだ】
英雄のエクストラスキルの影響によるものか、正常個体さんたちの機体が淡く輝く。
彼女たちは各々の武器を引き抜き、怯える異常個体どもに言った。
【あのさ〜。前から思ってたんだけど、わざわざ強い敵と戦う必要なくない?】
【だよね。一発でやられてさ、そんなの何が楽しいの?】
【……どうしても戦いたいならさ。わ、私たちが居るじゃん?】
意味が分からなかった。同士討ちして一体何になると言うのか。しかし内ゲバは俺たちのお家芸だった。それは良くないことなのだと言ったところでどれほどの説得力があるのか怪しいものだった。
つまるところ俺たちは完全に行き詰まった。
もはや説得は不可能と悟った異常個体どもがハラを決めて気炎を吐く。
【ひ、怯むな! 数はこっちが上だ!】
【あいつらは俺らを生かして返す気なんざこれっぽっちもねえ! 生きるか死ぬかだ!】
【やったらぁ! 正常個体がなんぼのモンじゃあ!】
見た目がグロく、生体として破綻気味の異常個体は弱い。それは、きっと空想の産物であるモンスターが架空の存在に過ぎず、現実には存在しないことと無関係ではなかった。ドラゴンは空を飛べないだろうし、灰になった吸血鬼が蘇るのは質量保存の法則に反している。
二本の足で地に立って歩き、二本の腕で武器を振るう正常個体さんたちは理に適っている。だから強い。
それでも、むざむざ殺されてなるものかと異常個体どもは健気に迎撃に移る。異形ゆえの破綻を危ういほど濃く引きずって。
彼らには一様に学校の学級会で吊るし上げられる男子の悲壮さがあった……。
2.宇宙人たちの戦い
一方、プフさんとパフワくんは突然内輪揉めを始めた種族人間に構っている暇などなかった。
だらりと脱力して佇んでいる若社長を討ち取るイメージが湧かないのか、じりじりとすり足で立ち位置を変えるが、一向に攻めようとしない。気圧されている。
変身種族のハイエンドフレームはエネルギーの消耗が大きく、時間的な制約が付きまとう。悠長に様子見をしている場合ではない。そんなことは言われるまでもないことだろう。それでもなお、なのだ。
パフワくんが焦燥を露わに後ずさる。
【くっ……! こ、コイツ、ハッタリじゃねえ……!】
若社長は細かく立ち位置を変える二人を目で追うことすらしない。
【……パフワ。彼女のためなら何でもするとお前は言ったな。私が気に入らないからと、たったそれだけのことで反故にするのか? お前にとって巫女はその程度の存在でしかなかったのか。私はお前を買い被っていたらしい。残念だよ。実にね】
パフワくんが自分の胸に握り拳を当てて吠えた。
【俺の中の怨霊たちが言っている。真実の愛は自力で掴むモンだってな!】
若社長は処置なしとばかりにパフワくんから視線を外してプフさんを見た。
プフさんがたしなめるように言う。
【クァレュュ。あなたの口約束は当てにならないのですよ。それはあなたのこれまでの行いによるものです。……プロインにギルドを放ちましたね。兵科のツリーが不自然だ】
若社長のプフさんに対する評価は高い。パフワくんに向ける高圧的な口調を改めて、おどけるように言った。
【覚えてないなぁ】
【アマリナに出現した最高指揮官。あなたの手駒なのでは? スキルの組み合わせが出来すぎている】
【ああ、それは覚えてる。ひどい濡れ衣だね。僕にもリソースの限界はある。最高指揮官を二体以上従えることはできないよ】
【ギルド憑きの実験場。バァズィの人間たちはほとんどギルドそのものだ。恐れを知らない種族。本当にそうなのでしょうか?】
【報告ではそう聞いてるね。参ったなぁ。全部、僕が悪いの?】
【……この星に不時着したギルド。彼らは、どこからやって来たのですか? 指揮官は? 所属は? 自然発生したなら不時着とは言わない】
【ョレに聞きなよ。この件に関して僕は本当にノータッチだ】
ギルドを支配し、意のままに操ることができる若社長は、それゆえに自作自演も思いのままだ。決定的な証拠など、よほどあからさまなヘマをしない限り出て来やしない。
プフさんの槍を持つ手がわなわなと震えている。
【……何もかもが疑わしく思える! それはあなたのスキルが原因なのだと、あなた自身に罪はないと! 私は自分に言って聞かせてきた! それなのに、会長の監視がなくなった途端にコレだ! 異常個体が光の使徒に選出されないのは好き嫌いの問題ではない! 彼らは何者にも従わない! 召喚したら勝手に戦線離脱して里帰りするのが彼らだ!】
そんなことはない。
俺は異常個体の肩を持った。
若社長も異常個体の肩を持った。
【それは偏見だね。僕は旧態依然としたシステムを正し、放っておいたら埋もれてしまう才能を発掘してあげたいと思ってるんだよ。要は改革だね。今まではお父さんの顔を立てていただけさ。でも、もうその必要はなくなった】
双眸に強い輝きを宿したプフさんが力任せに槍を地に突き立てた。
【あの会長が隙を突かれるとしたら! 私をバカにするな! クァレュュ! 何があったかなど自ずと知れる! お前は自分の母親を何だと思っている! イョの口車に乗ったな!】
若社長がうにょるとタコ足を掲げた。タコ足に立っているモョモ氏に告げる。
【もういい。モョモ。あいつら二人を始末しろ。私はョレをやる】
モョモ氏が父のタコ足からぴょんと飛び降りて手をかざすと、黒い金属片が結集して大剣と化した。変身をするつもりはなさそうだ。何か……あるのか。作戦か、事情が。
ご指名を受けたョ%レ氏が二本欠けたタコ足を手繰り寄せるように大儀そうに立つ。
【もういいかね? 待ちくたびれたよ。なんと言うか……クァレュュ。君も大変だな】
ョ%レ氏は若社長に同情した。
その余裕が若社長は気に入らない。
【……怖いな。ョレ。やっぱり知恵比べじゃ君には勝てない。どこまで読んでいる? 力尽くで行くべきなのかな? どう思う?】
ョ%レ氏は軽口に応じた。
【では、提案を一つ。モョモを解放してくれないか? ライバルが居なくなるというのは、思いの他つまらくてね。張り合いがないと言うかな。今の彼女はからかい甲斐がない。彼女を解放してくれたなら私は手を引こう。どうかな?】
【いいね。じゃあ僕からも条件を一つ。モョモのお婿さんになってよ。娘も満更じゃないと思うんだ】
ョ%レ氏は大仰にタコ足を竦めた。
【残念だ。この交渉は成立しそうにない】
モョモ氏が一顧だにせずに皮肉をぶつける。
「そう言ってくれて嬉しいよ。ョレ」
プフさんとパフワくんとモョモ氏が、ョ%レ氏と若社長が、一斉に動いた。
稲妻が走り、縦横無尽に宙を駆けて衝突する。
3.コタタマの戦い
バグか、エラーか、狂気か、それ以外の何かなのか。
ポチョさんの青い目ん玉の奥に灯るナニカを窺い知ることはできない。
俺の血で全身ベタベタの真っ黒になってしまった先生が慌ただしくオペの指示をゴミどもに飛ばし、ゴミどもは俺のお腹の中をクチュクチュしている。あっ、あっ、あっ……。
【オイッ鬼太郎!】
……なんです、父さん?
また唐突にブッ込んできやがったな。
【マズいぞ。正常個体のあの勢い。守備を抜かれる】
急に戻るな。
……いや、セブンが来る。
七方向からの砲撃。
欲張りめ。正常個体が集まるのを待ってたな。
来るなら来いと言わんばかりにミノムシ野郎が浮上してその身を晒す。
正常個体のガンナーが反転して銃口をセブンに向ける。
いいマトだ。
セブンのエンフレは機動力を犠牲に砲撃能力にステータスを振っている。しかしヤツの真骨頂は思考の引き金の早さ、早撃ちにある。
ターゲットを切り替えての第二射。反撃に意識を移した瞬間に弾が飛んで来たほうとは別の方角から弾が飛んでくる。避けようがない。ヤラシイ攻撃だ。何しろセブンのエンフレは七機全てが本体なのだから砲撃のタイミングが狂うことなどまずあり得ない。
自分の使い方を心得ているのがまた小憎らしい。極端に攻撃寄りの機体なので、放置しても良いことが一つもない。優先的に叩くしかない。しかし敵はミノムシ野郎だけじゃない。ヤツを沈めるためには多少の無茶が要る。
……認めるのは癪だが、廃人三連星は伊達じゃないな。
サトゥ氏はリチェットにハマっている。俺には分かる。あいつはそういうヤツだ。いかにも味方との戦いに苦悩してますという顔をしているが、どんどんテンションが上がってる。遊び相手が手強いのが嬉しいんだ。
【リチェット! よせ! 俺たちが争って何になる!? 俺はADには手出ししない!】
口では何とでも言える。リチェットの攻撃の合間に反撃をねじ込んでいるが、今の一撃は完全に殺すつもりだった。蹴り剥がして顔面めがけて刺突って説得する気ゼロだろ。
……女どもの言ってることは案外当たってるかもな〜。
宇宙最強クラスの宇宙人だの幹部クラスのギルドだの、その辺の連中とドンパチやり合ったら俺らは一瞬で沈む。
野郎どもは女性陣に龍槌閃・惨みたいなの食らってドンドン沈んでるが「勝負」にはなっている。
……俺もいつもみたいにパッとやられてパッと退場って訳にゃ〜いかんよな。
だろ、ポチョ。
ちょこちょこと俺に寄ってきたポチョは、抜き身の凶器を片手に俺のお腹の中を覗き込んだり俺の触手をペタペタと触ったりしている。
トドメ刺されちゃうのかなぁ。
俺はぼんやりとそんなことを思いながら義務的に命乞いした。
待てって。俺もさぁ、どうせバトルフェーズだし? 別に死んだっていいよね的な面はあるよ。あるけどさ、コイツらが一生懸命俺を生かそうとしてくれてる訳じゃん? グッと来るよね。がんばって生きてみようかなって気にもなるじゃん? そういうさぁ、受け継がれる?想い?みたいな……。大事にしたいよねっていう。あ、ダメ? やっぱり俺のこと殺すの?
ポチョさんは顔を上げて俺を見た。
その後ろでは異常個体くんが正常個体さんに串刺しにされている。
【なんで、そうやってすぐに強いヒトと戦おうとするかなー。もっと近くにちょうどいいくらいの人が居るのに。た、例えば私とか……】
【ま、待て。そういう問題か? 違うだろ。今はそんなことやってる場合じゃ……】
【は? そんなことって何? 今、私さー。も、もういい!】
ブチ撒けられたモツがびくびくと蠕動し、生命の美しさや健やかさを声高らかに歌うかのようだ。
ポチョはポッと頬を赤らめてもじもじした。剣をいじくりながら俺から目線を逸らし、
「こ、殺さないよ。何言ってるの……」
またまた。お決まりの台詞じゃないですか。そんなこと言って本当は俺のこと殺したくてウズウズしてるんでしょ?
……でも、残念だな。どうやら俺は助かりそうにない。
俺は山場を迎えていた。
先生が俺のモツに食い込んだ異物を摘出するべく身体を張っている。
「も、もう少しだ……! 踏ん張れ!」
ゴミどもが震える指先で慎重に俺のモツを押さえる。
そして、ついに先生のひづめが異物を探り当てた。最後の力を振り絞ってそれを引き抜く。
ゴミどもがワッと歓声を上げた。
しかし先生はギョッとして硬直していた。
摘出された異物は、俺の血を吸っていびつに膨れ上がった繭だった。
それは俺の生命力を吸い上げると同時に俺をギリギリで生かしていたものだった。
俺の触手が力なくパタリと倒れて、だらしなく寝そべる。
先生がフラフラと覚束ない足取りで俺のお腹の中から這い出す。
ふわっと幽体離脱した俺はわらわらと触手を伸ばして精一杯がんばってくれた先生に感謝の意を伝えるが、先生は自壊していく俺の亡骸を前にガクリと膝を突き、地べたに這いつくばった。
「ウウッ……!」
獣のような唸り声を発してダンと地面を叩く。ひづめに持ったままになっている繭をバッと振り上げる。わなわなと震えてから、地面に叩き付けるのを考え直して胸に搔き抱いた。
「れ、レ氏……! 私が一番我慢ならないことをやったな……! い、命を……」
ョ%レ氏は、若社長との決戦に備えて俺の体内に繭を仕込んだのだ。
最初から、何をどうがんばっても俺が助からないことは決まっていた。
……先生が抱えている繭を、ポチョが魅入られたかのように見つめていた。
呼吸は浅く早く、紅潮した頬を流れたひと雫の汗が、白い喉を伝って落ちた。
繭がどくんと鼓動を打つ。
これは、とあるVRMMOの物語。
桜、散る。
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