家族
1.決戦
パフワくんの片腕が刎ね飛ばされ、くるくると宙を舞った。削ぎ落とされた角が地に突き立つ。
レベル差は絶対だ。しかし何事にも例外はある。律理の羽と【重撃連打】による絶大な攻撃力とスピードにミスを期待できない%特有の知性が合わさった時、モョモ氏の当たり判定の小ささはこの上なく厄介な特性として機能する。
パフワくんとプフさんには迷いもあったろう。彼らにはモョモ氏と戦う積極的な理由がない。モョモ氏の激しい攻撃の合間を縫って諸悪の根源たる若社長に攻撃を試みるが、本性を晒した暫定エイリアンの動きは次元が違った。
ョ%レ氏が小細工を弄したのは存分に動ける広い空間と間合いを欲してのことだ。それを成し遂げた時点でヤツの中で種族人間と七土種族の仕事は終わっていた。
圧倒的なパワーとスピードで迫る若社長を、ョ%レ氏は先読みと格闘術でいなし、捌いている。若社長もバカではないから捕まったら終わりだ。綱渡りをしているような危うさがある。
業を煮やしてタコ足を広げて突進してきた若社長をョ%レ氏は投げ飛ばした。二本欠けたタコ足をうにょると掲げて挑発する。
【どうかね? クァレュュ。今のはプレイヤーの技だ。ギルドに守られ、安全なところで指揮棒を振るう君には必要ない技術だ。しかしスキルを封じられてはその限りではない。君は選択を誤ったのだよ。父上を見習うべきだったな】
【……どうかな? 君の言う通り僕は素人かもしれないけど、エンドフレームは疲れるよね。すぐにガス欠になる。僕らは長期戦には向いてないんだよ。今の投げ技……ちっとも効いてないぞ。決定打に欠けるんじゃないか? 時間を稼ごうとしているのかな……。何かあるのかな? 僕が気にしているのはそこなんだよ】
そう言って若社長はチラリと先生を見た。
先生が抱えている繭は、ョ%レ氏が俺のナカに種を仕込んだ奥の手だ。若社長のスキルをクラフト技能の応用で相殺することはョ%レ氏にとって絶対の勝利条件の一つであり、なればこそ事前に種を仕込んでおく必要があった。つまり俺は暴走したョ%レ氏が執着しても不自然ではない都合のいい男だった。俺をタコ足で締め付けて装甲とフレームをへし折った時に種付けをしたのだろう。
短距離走では、ョ%レ氏はどうあっても若社長には敵わない。若社長はやろうと思えばいつでも先生から繭を奪うことができる。その事実が若社長にとっては胡散臭く思えて仕方ないのだろう。
【……ホントに何を考えてるのかな? こうやって僕が迷うことも読み筋かい? 僕を買い被ってやしないか? たまにどうでも良くなることもあるんだぜ?】
ョ%レ氏は巨体を揺すって笑った。
【ふふふ……ははははははははは!】
すぐにぴたりと笑いを収めて言う。
【クァレュュ。君は限界突破の代償に知性を差し出した。失ったから分からない。分からないから必要以上に警戒する。この私とて何から何まで思い通りに行くことなどないのだよ】
ョ%レ氏が繭を指差す。
【あれはオマケだ。保険と言うほどのものでもない。おそらくは役に立たないだろう……そう思っていた。案の定だ。君たち親子があまりにもしつこいのでね、私自身もヒューマンに何かあるのかと疑ってしまった】
半ばから千切れたタコ足を一本上げて告げる。
【クァレュュ。いいことを教えてあげよう】
そのタコ足が復元していく。クラフト技能だ。
【君のスキルは大したことがない】
若社長の身体に張り付いている繭が弾けて消えた。
スキルが解禁された。
そうと知りつつ若社長はあえて固有スキルに頼らなかった。勇者のエクストラスキル。死出の門を広げて叫ぶ。
【エト! 来い!】
召喚されたエト様が、SSRキャラのガチャ輩出の演出よろしく煌びやかなエフェクトを纏って夜空に輝く星座のように夕暮れの空を舞う。
エト様は、ペペロンの兄貴をして替えが利かないと言わしめる光の使徒だ。おそらくは終盤に発動すれば勝ち確の強烈なスキルを持っている。
それゆえにギルドにはエト様キラーとでも言うべき兵科が存在する。副官というのがそうなのだろう。長きに渡って盤面で猛威を振るう定石、後手一手損エト換わりだ!
ョ%レ氏の対応は素早かった。そう来ると読んでいたとばかりにクラフト技能を発動。繭から孵ったメカドラゴンが大口径のレーザー砲を放つ。召喚されたエト様はじゅんッと消し飛ばされた。
ョ%レ氏がこれ見よがしにメカドラの首にタコ足を引っ掛けてせせら笑う。
【おや、クァレュュ? どうしたね? エト・メト・ララトは五系に連なるものだ。つい先ほど役に立たないと言ったばかりじゃないか】
【……そうだったかな? 僕は彼女をこの上なく高く評価しているつもりだけどね。まぁすぐに死んじゃうけど、僕は割と好きだな。お父さんの肩に乗って冒険してた頃の彼女はとても輝いていたよ。子供心に憧れたもんさ】
搦め手は通用しない。
ここに来てスキルを解禁したョ%レ氏が力押しを要求しているのは明らかだ。
若社長はギルドを支配できるスキルを持っており、以前の口振りからその支配はギルド憑きにも及ぶと見ていい。
しかし正常個体さんたちの参戦により異常個体どもは狩られており、ギルド憑きはまず例外なく異常個体の一派だ。ギルド側に付く連中にろくなのは居ない。
若社長の切り札は二つ。最高指揮官とクァトロくんだ。どちらもョ%レ氏の戦力を上回っている。しかし若社長はこの期に及んでョ%レ氏の計略を侮ることはできない。いや、そう考えることすら術中なのか。だがョ%レ氏が他者のスキルに干渉できることは確かなことで、しかもギルドの浸食を跳ね除けた実績を持つ。せっかく手に入れたクァトロくんを召喚するのはあまりにもリスクが高いように思えた。だが、だが、だが……。
思考の袋小路だ。
今や若社長の仕掛けたありとあらゆる手が逆転して彼自身を縛り付けていた。偶然そうなったと割り切れるほど若社長は大胆にはなれない。自分たちこそがこの世で最も優れた種族だと信じているからだ。
二人の♯%が睨み合ったまま時間ばかりが過ぎ去っていく。
動いたのは同時だった。
タコ足を互いへと突き出しスキルを発動。若社長は最高指揮官を温存することを選んだ。空を埋め尽くすほどの大量のギルドを召喚し、物量戦を仕掛ける。対するョ%レ氏は数え切れないほどの兵器群をクラフトした。繭を突き破った砲門が火を吹き、群れなすギルドを薙ぎ払っていく。敵の攻撃を学習して模倣、進化する最高指揮官には使えない手だ。逆に言えば、若社長が最高指揮官を召喚していたならば飛びっきりの悪手だった。
しかし戦場にIFはなく、読み合いに負けたという結果だけが残る。
もう失敗はできないと若社長が勝負手を切る。
【サラ! 来い!】
【クァレュュ】
ョ%レ氏が出し抜けに声を掛けた。ギクリとした若社長に、この上なく生意気な社員はとっておきの秘密を打ち明けるように言った。
【肉親の情というものはな、侮れない。甘く見ると……手痛い教訓を学ぶことになる】
ョ%レ氏の巨体が真っ二つに両断された。
バチバチと放電する金属片が結集し、大剣の形を結び、ゆっくりと下降していく。
地に降り立ったクァトロくんが小さな手を掲げ、大剣の柄を握る。
息子の窮地に駆け付けた最強の勇者が、不意に上空を見上げて、七土種族の四肢を削り落としている孫娘を見る。両断されたョ%レ氏の身体が墜落して大量の土砂を巻き上げた。
唐突に標的を失ったギルドたちが指示を仰ぐように若社長を見る。召喚された最高指揮官も同様だった。
しかし若社長にそんな余裕はなかった。どんなに口汚く罵ろうが、彼にとってクァトロくんは絶対的な存在だった。素早く駆け寄って自分は悪くないのだと主張する。
【お、お父さん。やり直そうよ】
クァトロくんは、漆黒の戦装束に身を纏いギルド化したモョモ氏を見つめている。内なる感情が漏れ出したようにバチッと放電した。
ョ%レ氏の狙いはクァトロくんを引きずり出すことだった。大した勝算もなくそれをやったのだと疑うことはもうできなかった。
若社長は自信を失っている。早口に言い訳を重ねる。
【僕らさ、こっちの世界に喚ばれてさ、メチャクチャになって……。僕も……お父さんにひどいことを言ったよね。分かってるんだ。別にお父さんの所為じゃないって。分かってるんだよ。お父さんだって被害者だ。お父さんはいつも僕らを守ってくれた。感謝してるんだよ。でも、どうしても素直になれなくて……。僕は大人になって、結婚して、子供が生まれた。僕はダメな父親だったと思う。でも、だから、どこかでやり直したいってずっと思ってた。モョモをお母さんに、お婆ちゃんに会わせてやりたいんだよ。イョならそれができる。彼女のスキルならお母さんを作れる。ニセモノなんかじゃない。完全なコピーだ。ねえ、お父さん。僕らはもう帰れないよ。レイはどうにかしてお父さんと僕だけでもあっちに帰せないかって色んな星に行って手掛かりを探してくれてるんだ。でもダメだった。どうやってこっちに喚ばれたのかすら分からない。だったらもういいじゃないか。お父さんはこっちで幸せになって欲しいんだよ。お母さんだってそれを望んでるよ。お父さんと、お母さんと、僕と、モョモでさ。幸せな家庭を作ろうよ。全部やり直そう。ダメかな? 僕は間違ってるのかな? お父さん。ねえ、お父さん……!】
確信はあった筈だ。
若社長は自分の父を「無敵の勇者」だと言っていた。その支配に手抜かりがある筈がない。多少の手違いがあったところで解けるような生易しいものではない。
しかし……。クァトロくんはありとあらゆる危機を乗り越えてきた歴戦の勇者だ。
数々の奇跡を起こして仲間たちを勝利に導いてきた。
そのことを誰よりもよく知っているのは、偉大な父の背中を見て育った実の息子に他ならなかった。
それは、自信喪失したことでスキルのタガがゆるんだ結果なのか、それとも単なる奇跡だったのか。
「う、あぁぁ……」
獣のような唸り声を発したクァトロくんが頭を抱えて歯ぎしりする。放電が激しさを増し、ポタポタと垂れた汗が蒸発していく。
アナウンスが走る。
【警告】
【強制執行】
【大人の矜持】
【消えゆく定め、命の灯火、守るべきもの】
【誰も忘れない】
【背負い立つもの】
【帰りたい】
【帰れない】
【残してきたもの】
【手に入れたもの】
【千の誓いと千の遺言】
【覚悟はいとも容易く己を裏切る】
【謝らないで】
クァトロくんの目から零れた涙が電撃の尾を引いて文字を刻んでいく。
【どんなに離れていても】
【私たちは夫婦なのだから】
クァトロくんが仰け反って絶叫を上げた。
「ああーぁあ!」
激しい稲妻がクァトロくんの全身を貫く。
羽化するように黒い装束が剥がれ落ちた。
【The One】
【勇者】
【君主】【クァトロ】【Level-?????】
モョモ氏の黒い大剣がプフさんの喉元に迫る。
地を蹴って飛び上がったクァトロくんがモョモ氏の大剣に手を添えてぴたりと止めた。
刃の上を滑った手がモョモ氏の頬にそっと触れる。
舐めるような稲妻がモョモ氏の身体を伝う。
モョモ氏の肢体を包む漆黒の戦装束が霧散した。
ふっと脱力して倒れ込む孫娘をクァトロくんがしっかりと抱きとめる。
ゆっくりと下降してきたクァトロくんに、若社長はびくっとして後ずさった。
信じられないとばかりに頭を何度も横に振る。
【う、嘘だ……。そんなことが、ある筈がない……】
クァトロくんが息子のタコ足にそっと手を置く。
「彼女とは」
言い掛けて、すぐに思い直して全体チャットに切り替えた。
【彼女とは二度と会えないかもしれない。僕だって寂しいよ。無性に悲しくなる時だってある。それでも僕にはお前が居る。お前が奥さんを貰って……。孫が生まれた。可愛い女の子だ。クロ。モモ。僕らは家族だ】
若社長の瞳が濃紺に染まり、ボロボロと涙が零れる。
懺悔をするようにタコ足を地に突っ伏すと、巨体を縮めて泣いた。赤ん坊のように。
【お母さん、お父さん、お母さん……。ううううううう……!】
若社長の慟哭が、ゴミどもの残骸が散らばる戦場の跡に鳴り響く……。
異常個体どもは全滅していた。
貰い泣きした正常個体さんたちが、言葉に詰まって喉を鳴らし、洟をすする。
最後までがんばった異常個体の希望の星、パフワくんがふわっと幽体離脱した。
機体の自壊が始まり、役目を終えた怨霊たちが解放されていく。
テレサたちが天上に昇っていく。
ひと足先に幽体離脱した俺たちが差し出した手と、テレサたちの手が重なる。
行こう。
テレサたちはコクリと頷いた。
地上では、愛しげに繭を抱えた先生が昇天していく俺たちにひづめを振っている。
その姿が、徐々に遠ざかっていく。
……先生の傍らに立つポチョさんは繭をじっと見つめていた。
そういえば……。
俺はふと思った。
最近、ポチョさんに殺されてないな?
まぁ別にいいんだけど。
いや、それ自体は素晴らしいことなんだろうけど。
なんかね。なんとなく、うん。
腑に落ちないものが残った。
これは、とあるVRMMOの物語。
めでたし、めでたし。
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