ダンシング・ドール
1.マールマール鉱山-女神像
テントウムシ女ことレディを接待することと相成った訳だが、お互い準備があるのでいったん別れて待ち合わせする運びになった。
帰路、モノはついでとばかりに俺はサトウシリーズの頂点を争う戦いを見学しに行く。
まぁ普通に興味があった。しょせんはゲームだと散々バカにしてきた俺だが、ゲームだからこそデキるコトもあるのだなぁと感心しきりである。
つまりプレイヤーは何度でも死ねて、復活直後の無防備な瞬間を狙うリスキルという文化もある。
だから納得行くまで殺し合いたいならば、女神像のある地下空間で戦り合えばいいのだ。
国内サーバー最強の戦闘集団は伊達じゃない。全体的に押しているのは【敗残兵】だ。
何度でも死ねるとはいえ、デスペナが嵩めば動けなくなる。
壁に背を預けて、やっと立っているアオが小さく悪態を吐いた。
「クソッ、強ぇな……」
セブンが手のひらの上でネジやら何やらをジャラジャラと鳴らしながら言う。
「まだやるか?」
二死、三死差なら巻き返せるかもしれないが、それ以上となると厳しい。デスペナが嵩めば手足の震えやせん妄といった症状に襲われるため、パフォーマンスが低下していくのだ。
額に手を当てて項垂れたアオが目眩を追い払うように首を横に振る。
「……いいや、俺の負けだ。……次だ。次は勝つ」
セブンは口の端を釣り上げて皮肉げに笑った。つまらなそうに鼻を鳴らして言う。
「ふん……。諦めの悪いヤツは嫌いじゃねえが、お前は勝ち筋を探ろうとするとダメになるタイプだな」
助言らしきものをしたセブンがドカッと地べたにあぐらをかいて座った。全勝とは行かなかったようだ。セブンも相当消耗している。大きく吐息してサトゥ氏のほうを見た。
ちょうどそちらも決着がついた頃合いだ。
当初は互角の戦いを繰り広げていたサトゥ氏とスマイルだが、勝ったり負けたりを繰り返している内に少しずつ勝率が傾いていったらしい。
地面に大の字になっているスマイルにサトゥ氏がぴたりと剣尖を突き付ける。その剣先はぶるぶると震えていて、だらりと垂らした手の指がぴくぴくと痙攣している。
サトゥ氏は苛立たしげに「チッ」と舌打ちして言った。
「……まだ、ゲームは下らないかよ? これだけやれるのに、あんたは……どうしてなんだよ……」
対照的にスマイルは清々しい顔をしている。
「ああ、下らないな。逆に問いたい。サトゥ、お前は強い。だが虚しくはならないか? この戦いを私は録画した。最高の戦いだった。しかし動画を投稿したとして、再生数は1万も行けばいいほうだろう。何ならテーマ曲をバックにMADを作成したほうが良い稼ぎになる。私たちの戦いはその程度のものだ。もう一度聞く。サトゥ。虚しくはならないか?」
サトゥ氏は剣の柄を逆手に握り直して言った。
「俺は、ゲームが好きなんだ。……サトウさん。あんたと、こんなふうになる前は、あんたもそうだと思ってた……」
サトゥ氏の剣が振り下ろされた。
俺は冒険者ギルドの顔見知りとくっちゃべっている。
という訳でよ、プロマネージャーを二人ほど寄越してくれねーか?
「ネフィリアんトコのメンバーっつーとリアルJCだろ。ホスト遊びなんて教えていいのかよ……」
普段あんまり前に出ようとしないヤツなんだよ。俺は別にあいつらの親でも先公でもねーが、たまには主役を張らせてやってもいいんじゃねーか。ひょっとしたら忘れられない思い出になるかもな。そう考えたらなかなか楽しそうだろ? 俺も接待役ってのがちぃとばかり気に入らねえけどよ……。
「答えになってねーけど……。まぁそういうことなら分かった。あんたも来るってんなら話は簡単だ。声を掛ければ何人かは集まるだろう。二人ってのは確定か? 三人くらいは用立てるぞ」
いや、三人は要らない。レディはテイマーだ。家でペットを飼ってないらしく【歩兵】を召喚獣にしてる。人数が多くなるとゴチャつく。守りが手薄なくらいでちょうどいい。どのくらいやれるのか見てみてーしな。
じゃ、そういうことで。
2.山岳都市ニャンダム-露店バザー
おめかししてきたレディとバザーで合流した。歩兵も一緒だ。レディは開口一番、
「えっ、バンシーモード?」
そりゃな。仕方ねーだろ。俺が男の姿で行くとゴミどもが絡んできて冒険どころじゃねーんだよ。あと冒険者ギルドのパーティーじゃ男女比は同じくらいが一般的っつーのもある。いくら出会い目的でも女一人に男三人ってのは抵抗あるだろ。心配せんでも今回の俺は大人しくしてるさ。主役はお前だ。その服、似合ってるぜ。お姫様。
なお、俺が目立っても仕方ないので俺の服装はパンツルックだ。ズボン履きってことね。パンイチじゃないよ。
お、来た来た。通りの向こうから二人の男がこちらへ歩いてくる。精悍な男となよっとした男の二人組だ。ほう、乙女ゲー兄弟を出してきたか。
冒険者ギルドの屋台骨を支えているのは男キャラだ。客に希望するパーティー構成を用紙に記入して貰う訳だが、初っ端からイキナリ自分以外は全員女でとハッキリ書けるヤツは少ない。別に女目当てじゃないとカモフラージュするためだ。大抵の客は男女混合パーティーを希望するので、俺はそこに正解を用意した。
冒険者ギルドはバカな男キャラを雇わない。客がどんなに雑魚でもヨイショする人員が必要だからだ。女キャラはバカでもいい。それは個性として受け止められるからだ。しかし男キャラは可愛くないのでバカじゃダメだ。
だから俺は見込みがありそうな野郎どもの教育を徹底した。
乙女ゲー兄弟は俺が手掛けたプロマネージャーでもトップの五指に入るコンビだ。
リアル兄弟という強みを活かし、乙女ゲーによくある設定をこれでもかと盛り込んだ二人である。
目に見えて緊張しているレディに俺は声を掛けた。
そう緊張しなさんな。あいつらはプロだ。たとえお前が奇声を上げて殴り掛かっても完璧に対応してくれるぞ。試しに俺がやって見せてやろう。
俺は奇声を上げて乙女ゲー兄弟に殴り掛かった。
マニュアルにはない蛮行ですら乙女ゲー兄弟はキャラ付けに利用する。
悲鳴を上げた弟を兄が庇って俺の拳を掴んで止める。
「ご挨拶ですね、チーフ」
内輪ネタから入ったか。そうだな。せっかく俺が居るなら利用するのが正しい。だが、客を疎かにするのは良くない。その辺はどう考えてる? 大切なのはバランスだぞ。いや、俺が乙女ゲー兄弟の面倒を見るのはおかしいか。コイツらはプロだ。俺はレディを楽しませることだけ考えればいい。
俺は言った。
おいおい、相変わらず兄貴におんぶ抱っこか? 大丈夫かよ〜。俺ぁ〜戦力にならねえぜ?
ムッとした弟キャラが反論してくる。
「チーフはいつも突然なんですよ! ええっと、レディさん? ゴメンね。この人、僕らの元上司だから、どうしていいのか分かんなくて。この人、パワハラの権化だから。言葉のチョイスがおかしいって二、三時間は軽く怒鳴られて、そんな人がイキナリ今日は俺も客だからっておかしくない? 今この人ナニやってんの?」
乙女ゲー兄弟はキャラの引き出しを五個か六個は持っている。客の性格によって兄弟でフォローし合えるのがコイツらの強みだ。リアル兄弟なので、客に内緒でリアルで相談することもできる。
レディは空気を読める小娘だ。俺を共通の話題と見なして朗らかに答える。
「タマっちは、私たちにはあんまりそういうのはないですね〜。自分が頭いいと思ってるのがたまにムカつくかな」
実際そうだろうがよ。お前らは考えが浅いんだよ〜。
会話の輪が出来上がった。弟キャラが額にぴしゃりと手を当てておどける。
「出たっ。年下キラーだよ。兄さん、聞いた? チーフのヤラシイ一面が完全に出てる。年下の女の子に悪口を言わせるってどういうことなの? ネフィリアさんがこういう感じなんだよ。たまに優しくしてくるの。しかもあとになって気付くんだよ。もう着地点が一緒なんだよね……」
兄キャラが弟キャラの頭をぺんっと叩いた。
「内輪ネタはヤメロ」
兄キャラが俺の手を握ろうとしてやめた。俺の見た目が女キャラだからだろう。代わりに頭を下げて言ってくる。
「……チーフ。お久しぶりです。弟が、すみません。出掛ける前からコイツ、チーフに会えるってハシャいでて。今日はよろしくお願いします。レディさんも。……その、お手柔らかに頼みます。チーフ、いえ、コタタマさんには色々と世話になってて……マジで勘弁してください」
俺はしゃがみ込んでレディ付きの歩兵をよしよしと撫でてやっている。
おい、レディ。コイツの名前は?
「唐松」
……なんでお前らのネーミングセンスは微妙に渋いの?
唐松ね。俺はコタタマってーんだ。よろしくな。
唐松はじっと俺を見つめている。俺は【ギルド】に好かれるほうなんだが、唐松はそうでもなさそうだ。
俺はひょいと乙女ゲー兄弟を見上げて言う。
お前らは兄弟揃って近接職だったな。クルセイダーか?
「ええ、転職して結構経ちますね」
「チーフは? 職を転々としてるって聞きますよ」
俺は、鍛冶屋はヤメだ。ウチのモンの成長に付いて行けなくてな。実は前からそうじゃないかと考えてたんだが……俺はどうやら【戒律】をいじくるほうが向いてる。代償を用意すればレベル差を覆せるからな。
乙女ゲー兄弟が何故か動揺した。
「せ、生体クラフトか。いや……そうだな。あんたには向いてる。適任だ。この上なく」
違う。細工をやるんだよ。生体クラフトなんて物騒なモンに誰が首を突っ込むか。
俺は立ち上がって乙女ゲー兄弟とレディを順に指差した。唐松を見て、最後に俺自身を指差して言う。
近接兼ヒーラーが二人に魔法職が一人。後衛も居る。そして生産職の俺……。バランスは悪くないな。レディ、どこ行く? お前が決めていいぞ。
「ん〜。じゃあ骨ダン」
骨ダンはダメだ。それ以外にしろ。俺はどうもアンデッドってのは生理的に受け付けねえ。ヒーラーにしか経験値が入んねえしよ。そうだな、常設ダンジョンもいいが……このメンツならフィールド狩りもできるだろう。まずは草原に出るか。
「ガンガン口出ししてくる……」
レディが乙女ゲー兄弟に向き直ってぺこりと頭を下げた。
「レディです」
「レディさんですね。私はヘンゼルと言います。それと」
兄キャラが会釈して弟キャラを目で促す。
「僕はグレーテル。よろしくね!」
レディは目を丸くした。
「ヘンゼルとグレーテル……。お菓子の家だ」
こんなゴツいのが家に来たら魔女も面食らうだろうよ。
俺はニカッと笑ってレディに手を差し出した。
さあ、シンデレラ。舞踏会に行こうぜ。魔法が解ける前にな。
3.スピンドック平原
もっとも、かぼちゃの馬車に乗るのは俺だ。
唐松の上に乗って乙女ゲー兄弟とレディの戦いぶりを観戦している。
ヘンゼルとグレーテルは強い。廃人ほどじゃないが、安定した動きだ。スピンを挟み込んで斧で殴りつつ、レディの射程距離から付かず離れずの距離を保っている。
モンスターの動きは単純だ。ヘイトの増減で行動が決まる。それは一説によるとレイド級の下知によるもので、細かく指示を出すのが面倒だから大雑把なものにしているらしい。要はカルネージハートのプログラミングみたいなモンだろう。
むしろカルネージハートに出てきそうな唐松に関してはプログラミングの必要がない。八本脚をガシャガシャと動かして射線を確保するなりスピンに銃弾を叩き込んでいく。
レディは嫌がらせのゴミスキルで戦闘に貢献しているふりをしている。魔法職の悪い癖だ。手持ち無沙汰になるとじっとしていることができない。
グレーテルがこけおどしの発破に合わせて後退する。構わず突進してくるスピンを女のような細腕でいなしながらレディを誉めた。
「ありがとう、レディさん! ぐっ、硬いな……! 兄さん! あれで行こう!」
冒険者ギルドはプレイヤーを鍛える組織ではないので、客のやることに文句は付けない。
乙女ゲー兄弟が嬌声を上げて一斉に加速した。立ち位置をスイッチしてスピンの腹を斧で叩く。スピンはぐるんと旋回してグレーテルにぴったりと張り付く。【スライドリード(速い)】を使ってもモンスターを完全に振り切ることは難しい。ましてスピンの瞬発力はモンスターの中でもトップクラスだ。
ヘンゼルがレディに目配せしてバッと飛び退いた。
初戦はフィニッシュを攻撃魔法でキメる。それは野良パでは暗黙の了解だった。マナは放っておけば徐々に自然回復するから、満タンの状態を保ち続けるのは無駄でしかない。
大きく頷いたレディが杖を突き出して嬌声を上げる。
「んっ、う……やぁっ……!」
斜めに切り込んだグレーテルがスピンの前足を掻い潜って誘導する。旋回したスピンの後ろ足をレディの放った光の輪がとらえた。後ろ足を起点にスピンの体表を光の波が伝播していく。
【全身強打】に打ち据えられたスピンが大きく仰け反ってどうと倒れ伏した。少し間を置いてから自壊し、ボロンと魔石をドロップした。
グレーテルが汗を拭いながら大きく息を吐いた。地べたに足を伸ばして座り込むと、レディにニコッと笑いかける。
「やっぱり魔法アタッカーが居ると楽だね。ラストオーダーを気にしなくていいし。ね、兄さん」
ヘンゼルは斧を肩に担いで周辺を警戒している。
「ああ。一気に叩けば逃げられる心配もないしな」
お疲れ〜。俺は唐松の身体をパンパンと叩いてドロップした魔石を指差した。俺を乗せた唐松がガシャガシャと移動して魔石を回収する。よしよし。唐松を撫でてやっていると、レディが俺を指差してきゃんきゃんと喚いてくる。
「てか、タマっち何もしてないじゃん!」
あん? 俺にどうしろってんだ。俺はレベル1の生産職だぞ。三次職に混ざって前に出て死ねってのか。
俺を乗せた唐松がレディに近寄ってエサをねだる猫のように身体をすり寄せる。
俺はベロリと舌舐めずりして唐松から降りた。乙女ゲー兄弟にちょいちょいと指を前後してこっちへ来るよう指示する。
眉をひそめた二人が俺のそばに寄ってくる。
俺は唐松を構ってやっているレディをチラリと見て言った。
あれをやる。
グレーテルがすかさず拒否した。
「無理だ、チーフ。あれは攻略組のワザだろ……? あの子には必要ないし、できるとも思えない」
ヘンゼルは俺の意図を探ろうとしてくる。
「……チーフ、冒険者ギルドはプレイヤーを育てる組織じゃない。あなたらしくもない。どうして、そんな……」
それも人による。
俺とお前らが今ここでやるべきは、レディに土産話を持たせてやることなんだよ。
……正直俺もそこまでやるつもりはなかったが、気が変わった。唐松が思ったよりも的確に動く。今すぐは無理でも、いずれは辿り着くかもしれない。そのための布石を打つ。
乙女ゲー兄弟は納得していないようだが、俺がやると決めたなら止まらないことは知っている。
「……どうなっても知りませんよ」
俺はニッと笑ってちんちくりん四号を呼びつけた。
レディ。ちょっとこっち来い。
「え? なに?……なに?」
乙女ゲー兄弟の強張った表情にレディが少しビビりながらも近寄ってくる。
俺は地べたに座って原っぱに石ころを置いていく。
レディ。次から魔法は初っ端に撃て。
「え。でも……」
そう。魔法でトドメを刺す。それは正しい。モンスターの耐久力はケタ違いだ。攻撃魔法一発じゃ仕留め切れないかもしれない。そうなればラストオーダーが入るし、お前に向いたタゲを引き剥がすのは無理だろう。
でも、それはライト層とミドル層の考え方。廃人は別の視点からモノを見る。
俺は地べたに置いた石ころの配置を変えて説明を続ける。
このゲームの攻撃魔法は同一圏内の敵味方に等しく被害が及ぶ。だからトドメを刺す役のお前の近くに味方を置くことはできない。
この手順を逆転させる。
そうすればヘンゼルとグレーテルは自由に動けるし、唐松はお前の近くで戦える。大ダメージを受けたスピンは執拗にお前を追うだろう。そうなれば【迅速発破】も嫌がらせとして機能する。
分かるか。実のところ攻撃魔法は最初に撃つべきなんだよ。ドラクエでもそうだろ。敵が減ってからイオナズンを撃ってどうなる? やるなら最初だ。真っ先に敵の戦力を削る。
理屈としては当たり前のようでいて、実行に移せる魔法使いは少ない。モンスターに狙われたら殺されるからだ。標的を定めたモンスターに対して近接職の足止めがどこまで機能するかも怪しい。【全身強打】は別に固定ダメージって訳じゃないからな。当たりどころが悪ければ一発で死ぬが、そうじゃないこともある。まぁ人間は漏れなく死ぬが、モンスターの生命力は凄まじいの一言に尽きる。
レディ。俺はお前をお姫様にしてやると言ったな。お前がお姫様になるのは十二時の鐘が鳴ってからでいい。かぼちゃの馬車で高速道路を突っ切ッてやるよ。
灰かぶりの姫にヌルい環境は似合わない。マールマール鉱山へ行くぞッ。
ちんちくりん四号の頬が引きつった。
4.マールマール鉱山-山中
「ぎゃー! 死ぬ死ぬ死ぬ! ああっ、唐松ー!」
雄叫びを上げて突進してきたモグラさんに唐松が撥ね飛ばされて吹っ飛んだ。木にブチ当たって活動停止する。
野郎ッ! テントウムシ女とパーティーを組んでデサントにクラスチェンジした俺も参戦する。戒律武器をクラフトして矢継ぎ早にモグラさんにブチ込んでいく。しかしモグラさんは止まらない。凶悪な爪が生えた前足で俺の頬をブッ叩くと俺の首がマッチ棒のようにへし折れた。事切れた俺を蹴飛ばして執拗なまでにレディを追う。
割り込んだ乙女ゲー兄弟が嬌声を上げて火を噴くような連撃をモグラさんに浴びせる。開戦するなり叩き込んだ【全身強打】は少なくないダメージを与えている。モグラさんの片腕がへし折れた。だらんと垂れた腕を、しかしモグラさんは乱暴に振り回してグレーテルを雑に押しのけた。吹っ飛んだグレーテルが木の幹に身体を打ち付けて吐血する。
「ぐっ、う……! つ、強すぎる」
唐松をやられてカッとなったレディがモグラさんの頭を杖で殴る。
「こ、このー! 死んじゃえ!」
モグラさんがバッと跳躍した。レディの頭を後ろ足で挟んでブンと身体を振る。たちまち首をへし折られたレディの身体がどうと倒れ伏した。
ぬっと立ち上がったモグラさんとヘンゼルが対峙する。
一対一だ。
事切れた弟をチラリと見て、ヘンゼルが「くそったれ」と悪態を吐いた。注射器を取り出してポーションをキメる。【心身燃焼】は打てない。モグラさんが近すぎる。
標的のちんちくりん四号を仕留めたことでモグラさんのスーパーアーマーは解けている。折れた片腕はもう使い物にならない。防御を捨てて獲物に突進するスーパーアーマーの代償は大きい。
対するヘンゼルは満身創痍だ。しかしクスリを打ったことで身体は動く。
時間が種族人間に利することはない。並外れたタフネスを持つモンスターは自然治癒能力も高い。
一瞬の静寂ののち、ヘンゼルが動いた。残像の尾を引いて突進する。次の瞬間には残像が散って稲妻のエフェクトに変化した。【スライドリード】のオーバーフロー。
「アッー!」
嬌声を上げたヘンゼルが跳んだ。
ダッシュで死に戻りした俺たちが目にしたのは、モグラさんの魔石を握りしめて事切れたヘンゼルの変わり果てた姿であった……。
グレーテルがガクリと地べたに膝を付いて慟哭を上げた。
「に、兄さぁーん!」
ちんちくりん四号が俺の頭を掴んでガクガクと揺さぶってくる。
「全然ダメじゃん! 何コレ! 何なのコレ!?」
ははははははははは。
俺は笑った。
魔法先行の戦法をライト層やミドル層が真似しないのは相応の理由があるのだ。
まず第一に廃人は魔法職も近接戦をこなせる。それが分かってるから物理アタッカーの連中も魔法職を無理に庇ったりしない。
課題は見えたな。レディ、お前、モグラさんの攻撃をちゃんと避けろよ。
「無理でしょ! 気付いたら死んでたし!」
俺ぁ〜お前らの固定観念を取り払ってやりたいんだよ。こういう狩りの仕方もある。でも野良パで魔法先行なんかやった日には大縄跳びの戦犯扱いされっからな。冒険者ギルドだからこそ許される。いい経験になったろ。俺のプレゼントはお気に召してくれたかな?
レディは言葉に詰まった。俺の言っていることが正しいからだ。魔法先行の戦法は理に適っている。誰もミスしなければ最短最速でモンスターを撃破できるだろう。何しろ魔法でトドメを刺す戦法は、種族人間にとって最大の手札である攻撃魔法、そのダメージの大半が無駄になっているのだ。
レディが俺から目を逸らして小さくコクリと頷いた。
「う、うん。まぁね」
よっしゃ。じゃあ第二戦と行こうぜ。釣りは任せとけ。俺は目がいい。
俺は目に力を込めて山中をうろついているモグラさんの逞しい後ろ足の付け根を凝視した。
ハッとしたモグラさんがこちらを振り向く。
さあ行こう。どんどん行こう。死に戻りしてちんちくりん四号のマナは満タンだ。悲観に暮れている暇などない。ヘンゼルの合流を待っている時間も惜しい。狩りは身体で覚えるもんだ。相談して対策を練るだの改善点を挙げるだのは効率が悪い。結局は身体が動かなければ意味がないのだから。
地響きを立てて突進してくるモグラさんにレディが悲鳴を上げた。
これは、とあるVRMMOの物語。
ガラスの靴は砕けない。
GunS Guilds Online




